良薬か、劇薬か
――怪しいと思ってたんだ、最初から。
でも証拠がなければシナリブレイカーとは言えないなんて言うものだから何も手出しが出来なかった。
廊下をひた走りながら館中を探し回る。
でも今は違う。
運命管理局員を舐めんじゃねぇ。
絶対にテメェを紙に戻してやる!
そして主人公を救うんだ!
* * *
思った通りだった。
夜、寝ないで起きてたら案の定あばらぼねが隣のベッドから音もなく起き上がり、部屋の外へそっと出て行く。(外だけに)
そこで確信する。コイツが犯人であり、黒幕であると。
『ソイツなら二階のバルコニーに居る!』
「はい!」
ファートムと連絡を取り合いながら階段を駆け上がる。
『良いか、これ以上主人公不在のまま犠牲者を出させてはいけない。何としてもソイツから「主人公補正」を取り戻し、虹を救出するんだ! 急げ!』
「分かってます!」
「主人公補正」がバグを起こしていたのはシナリオブレイカーによって盗まれていたからだった。その補正を問題なく扱える「作品の主人公」以外がソレを持ち出せば物語はおかしな方向へと狂いだす。
『本来は干渉出来る物でもないが……どうやって奴は虹から補正を盗み出した?』
「知らないですよ――ここも違う! クソ!」
扉を蹴り開けつつ苛々を文句に乗せる。
『……嫌な予感がする。対処は慎重に、しかし放ってもおくな』
「紙に戻しますか」
『相手が降伏に応じないのであれば、即座に決行せよ』
「承知しました……ア!」
そう返事した瞬間、通り過ぎざまに開きっ放しの扉の向こうで呆っと月を眺める長身の男の背が見えた。
「居た!」
銀に光る月が印象的な冷たい夜。風に吹かれながらソイツは立っていた。
* * *
黒々とした大波に今にも吞まれそうな小島。その上に建つ不釣り合いな程大きく豪奢な館。この物語のタイトルにもなっている「人形館」、舞台そのものである。そのバルコニーに立っている男に少年は用があった。極めて重大な用が。
息を切らしながら掌を合わせ、その中にしまってある己が武器、「
「諦めて大人しく観念しろ! お前の正体はもう知れているんだ、『シナリオブレイカー』!」
「……」
「最初からずっと見ていた」
「……」
「確かに主人公が途中で変更されている。これは運命の書には無い記述であり、故に重大な犯罪となる」
「……」
「僕はテメェの仕業だと思ってる」
「……」
「何とか言ったらどうなんだ」
「……」
終始無言を貫き、バルコニーに寄りかかりながら呆っと月を見上げる彼に苛立ちを覚え、背中に突如、棒を突き付けた。
「何とか言ったらどうなんだ!!」
「……」
「最悪、関係のない人間が死ぬんだぞ!!」
――現に死んでいる。
しかし、それでも目の前の彼は決して答えない。
代わりにギラギラと光る「黒い蛇の瞳」を、腹ごとこちらに向けた。
噂に聞くその「瞳」に思わず息を呑む。
何だろう。物凄く、どこか、何かが、若しくは全てにおいて、異様。
無意識の内に強く握り直した。
「待っていました。貴方が来るのを」
……?
何か妙な違和感をふと覚えた。
「さあ、教えてください。何故私がシナリオブレイカーであるのか、その証拠を」
「い、良いともさ。教えてやるよ、お前が積み重ねてきた罪の数を」
――、――。
「先ず挙げるべきは物語が狂いだしたタイミングだろう」
「ほう」
「最初からおかしかったのならば文句など言うまい。でも物語の破綻が始まったのは明らかにアンタが登場してからだ」
「ふむ。それでは証拠が弱いですね。必ずしも私の登場がきっかけだったとは言えないでしょう?」
「いいや、相応の強さは持っているぞ。何せ本来は大正から昭和って時代設定だもんな、この話」
「ほう? だから?」
「レーダーなんてモンが本格的に活躍しだすのは1930年代に入ってからだろ」
「一説では明治時代で既にレーダーのような物が開発されていたというのもありますが? そこはどうお考えですか?」
「だからといってこの時代にあんな性能の良いレーダーがあったとは思えないけど?」
「……」
「確かあれでしょ? アンタ、飛行機に乗りながらたまたまレーダーで感知した島に飛び降りてきたとかなんとかって言ってたじゃん」
「そうですねぇ」
「どんなのろのろ低空飛行だよ。エンジン音聞こえてないんですけど」
自信満々に言って見せるけど。
「……ふふ。貴方は少々勘違いをしておられるようだ」
「は?」
彼の余裕しゃくしゃくぶりも変わらずだった。
「思い出してみてくださいな。この話に含まれるある話の存在を」
「あの話?」
「『悪魔人形』ですよ。元々この話はその新作に影響を少なからず受けた一男氏が企てた計画によるもの。その初出は1957年ですから、この物語内の正確な年は1957年か、遅くとも1958年~1959年といったところでしょうか」
「……」
「とっくに過ぎていますよね? 1930年代とやらは」
「……そうだな」
「それに戦時中、この国と違い外国は飛躍的な進歩を遂げておられる。この国基準で物事を考えている時点からおかしいのですよ」
「……だとしても」
「もうこの会話だけでお前は地雷を二つ程踏み抜いてるんだよ」
突き出した二本指にあばらぼねが顔をしかめる。
「二つ?」
「そうだ。――先ず一つ。先程お前が自信満々に出してきた1957の数字」
「それが、何か?」
「微量の体液等から個人を特定できるいわゆる『DNA鑑定』の精度が信じられるようになってくるのは1980年代周辺以降の話だ。しかも血液を採取せずとも鑑定ができるようになるのは大分後の話になる」
「……だから?」
「まだ分からないのか? 警部が提示してきた証拠は明らかにDNA鑑定によるもの。僕や虹みたいにいつでも新しい情報を仕入れなければならないような職業ならともかく、この話のシリーズに居るキャラクタ達は時代考証に引っかからないようにその当時の知識、常識で生きる必要がある」
「……」
「そんな中誰かさんが、飛び抜けて不自然な技術を話に持ち込んできた為に一気におかしくなった」
「……」
「だから警部がDNA鑑定を突然持ち出してきたんだ」
「……なるほど? 物語が狂う要因を作ったのが私が発言した『レーダー』だと言いたい訳ですね?」
「その通り」
「なるほどなるほど……。ただそう考えるのならば私の話に瞬時に対応してきた黒山氏も怪しいとは言えませんか」
「でもアンタだけが飛び抜けておかしな点はもう一つ。これがお前が踏み抜いた二つ目の地雷、即ち『この物語を知り過ぎている』ということ」
「……ほう?」
「自分も同じような体験が出来る仕事に就いちゃったから気付かなかったけど……アンタ、運命の書に干渉したことあるよね?」
「そうですね、ありますね。でも何がおかしいんですか?」
「……」
ここで開き直るか。
「キャラクタたるもの、物語の円滑な進行のために運命の書を読む者も少なくはありません。特に恋愛小説における『幼馴染役』。彼らはその後の展開を知った上で主人公やヒロインにアドバイスをする。貴方も見たことあるでしょう」
「まあ、恋愛小説なら、な。残念ながらここはミステリ小説なんだよ」
「……何?」
「それが推奨されるのはせいぜい恋愛小説とかそこら辺。こういうミステリ小説で大事になるのは『探偵がいかに万能で賢い奴か』ってこと、つまり如何に探偵の賢さを引き立たせるためにいられるかってこと」
「……」
「展開を知れば隠すのは難しい、故に話に必ず影響が出る。だからミステリ小説のキャラクタは敢えて運命の書を読まないんだよ、探偵すらな!」
だからトリックや先例の勉強をする必要がある。他のキャラクタ――運命管理局職員を除く――が安易に知って良い展開ではないのだ。
「更にダメ押しをもう二つ」
続けて立てられた人差し指と中指にあばらぼねはもう何も言ってこない。
「これらはお前が虹に手をかけた証拠になるものだ」
「何だと?」
「お前、何で自分が『あばらぼね』と呼ばれ始めたこと知ってんの?」
「……!」
ここで分かりやすく目を見開き動揺の色を見せた。
「確かに言ったよ、お前なんかあばらぼねで十分だ! なんて具合に」
「……」
「でもそれを聞いていたのは虹だけだ」
「……」
「どうして自分がそう呼ばれた時に聞き返さなかった?」
「それは……」
「それにお前言ったよな。『クリカエサナクテモイイ』って」
「……」
「お前の前であれ言ったの、あの時が初めてだったはずだけど」
「……」
「言っただろ。『展開を知れば隠すのは難しい』って。正にその時その弊害が出ちまった訳だ!」
「……」
彼の顔が初めて悔しそうに歪んでいく。
もう一押しだ!
「最後の極めつけ! お前が探偵を名乗った後、――」
――言いかけた、正にその時だった。
思考停止。
「ほら言ったでしょう」
「好奇心は猫を殺す、と」
* * *
何が、起きた?
最後の証拠を突き付けようとした時、衝撃波のような物にぶっ飛ばされた――否、違う。自分の周りに突き立っているこの突起物だ。それが服を刺しつつ自分を壁に張り付けた。
とすれば、間違いなく……!
「あなた方は感じていましたか? 物語が激変する瞬間を」
徐に画面の向こう側に向かって話し始めた彼は、そのままそちら側に向かって歩き出す。
「やめろ、読者に手を出すな!」
たまたま空いていた右手で服を突き刺す突起物を外し、奴に向かって投げつけたが、相手に届く前に推進力を失ったロケットのようにぱたりと落ちてしまった。
何者だ。
『本来は干渉出来る物でもないが……どうやって奴は虹から補正を盗み出した?』
『……嫌な予感がする。対処は慎重に、しかし放ってもおくな』
ファートムの言葉がふと頭の中に蘇り、冷汗が額を走り抜けた。
何だ、どういうことだ。物語が激変する瞬間とは。
「良薬として遣わされた少年が……何と勿体ないことだ」
「何が言いたい」
「貴方は、ミステリ小説において犯罪者を興奮、もしくは激昂させることがどんな意味を持つのか……もう少しお勉強してきた方が良かったみたいですね」
「どういう事だ……!」
「こういう事だ」
突然、自分を拘束していた突起物が消えた。
「うっ!」
床に打ち付けられ、起き上がった後で見た光景。
今でも忘れられない。他のキャラクタとは明らかに違うオーラをまとい、死神の鎌が如くの巨大武器を持ち、現前するその姿。
「劇薬となるのか、良薬で居続けられるのか」
「それは自今の貴方の行動が決めるでしょう」
彼はその後、こう名乗った。
自分は七つの大罪が
(つづく)
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