運命の分岐点

「私は七つの大罪が一、強欲のマモン」

 そう自称する男に元のギラギラとした印象は全くない。腰まで伸びる長い金髪、黒い蛇の瞳は相変わらずで、服装は寧ろ地味めに落ち着いた方だ。

 とはいえそれらは最高級の品々だろう。

 ローズマダーで統一したシルクハットにベルベッドのスーツ。スーツとはいえ、貴族とか金持ちが着そうなアレの方。僕には語彙力が足らん。

 更にはあのギラギラサングラスと違い、右目を白銀の綺麗なモノクルが飾っている。ダイヤが縁取ってて可愛……


 ガキン!

「ヒッ――!」


 少し毛が散った。ちょっと漏れた。


「お手並み拝見」


 あっぶな!! このクソ悪魔!!


 * * *


「グ!!」

 慌てて飛び退いた所で、自分が元居た場所にでっかい鎌がぶっ刺さる。

 今度はズダン! と、とんでもなく良い音がした。

 あははー強い強いー。お上手お上手ー……とはならんやろ!!

 あばらぼね――じゃねぇ、マモンが扱う死神の鎌(仮称)はまるで自我を持ったかのような精度と動きでこちらを狙ってくる。

 これは流石にヤバイ。どの敵のどの攻撃よりもヤバイ……!

 で、当の本人はというと遠くでゆるりと立ったまま、逃げ回る座敷童を鎌だけで追いかけている。優雅も優雅。なるほど、操作系の能力者って訳ね。

 瞬間かっ飛んできた鎌が壁に突き刺さり、棚を破壊しながら迫って来る。

 やめろ! 唯でさえ狭いんだから! 散らかすな!

 突壊棒は先も言った通り、かなりの長さを誇る棒。故に狭い場所ではとても戦いにくい。さる武神はこいつの長さを自在に操り、どんな間合いにも対応したとかなんとか聞いているが、僕にそんな素晴らしい力はない。

 どうする、どうする!

 直後こちらのふところ目掛け、回転をかけながら迫って来る鎌を突壊棒で何とか受け止めた。腕にまるで高所から飛び降りたかのような、骨の髄にまで響く衝撃が走る。そのまま己が体を支える足が後ろに滑った。

 押されている。

「ガ、ハッ!」

 汗の玉が散る。棒が割れないのが奇跡。

「どちらが先に潰えるかな?」

 嫌な顔をしながら鎌を押し続けるマモン。背後には先程壊された棚の鋭い破片。これを狙ったのか!? このまま行けば間違いなく腹を貫通する。

 焦りが募る募る。死期が迫る迫る。

 マモンと破片とを何度も見つつ策を練るが、状況が状況なだけに全然浮かばない。こんな終わり方するのか、俺!

 確かに死んでも転生は出来る。だが目の前がこんなになった状況で一瞬でもアイツを放っておいて良いのか?

「駄目に決まってんだろ、そんなの!」

 ならどうする、どうする!

 ――嗚呼。

 なら。

 主人公として何度も修羅場を潜り抜けてきたジャックなら何をする。

 その背が残してくれたものは、策は、知恵は何だ!

 考えろ、考えろ、考えろ!


「クソー、浮かばねぇ!」


 奥の手だ!

「解放! 守護紋様!」


 思い切り叫ぶと棒の先端から強い光が発せられた。

「……ッ」

 同時に巻き起こった旋風に鎌の勢いが瞬間弱まる。

 ここだ!

「ぶっ飛べ!」

 鎌を薙ぎ払い、突っ込んだ先で叫び印を結ぶ。すると足に光が宿った。天井近くまで高く跳躍し相手の脳天を捉える。

 棒と自分とを守護する紋様を解放し、十分じゅっぷんだけ己を総合的に強化する所謂「解放」。運命管理局員に神々が託されたもうた最後の一手。

 解放の後、紋様は当然力を失い、回復の為に時間を費やす。故に魔力、魔法、更には神の加護までをも頂かない自分がやるにはそれ相応のリスクを伴うものだった。だがここで敗れる訳にはいかない。

 自分の使命を胸にかき抱き、決意を乗せて詠唱一宣。

「聖光よ、来たれ! 我に力を!」

 夜闇の中に太陽が生まれたかのようなその先で。聖光に弱り目も開けていられない奴の姿がそこにあった。

「アアアア!」

 渾身の一撃を相手は辛くも――否、それでも己が魔術で跳ね返し、そのまま何合か交わした。

「クソ!」

 落ちた鎌を回収しつつ黒い霧となって部屋を飛び出す。

「待て!」

 勢いに乗って相手を追いかける。

 廊下突き当たりの扉を開け放ち、出た先は円形の廊下、大広間上方をぐるりと囲むそれであり、自分が勝手に助手にさせられてから奴と初めて言葉を交わした場所でもある。すぐ傍に階段はあるけれど、それを使ってる余裕も時間ももうなかった。

 一発で決めろ!

 質量に重力加速度を乗せ、一気に攻め込む。床に衝撃で亀裂が入った。

 避けた相手の間合いに入り込み、首を突こうと構えたが、相手も腹に拳を当てて構えている。

 ――!

 予感がして避けると、直後眼前に刃の軌跡が閃いた。もう一歩遅ければ頭蓋にその先端がめり込んでいたに違いない。肝が冷える。

 その手に握られていたのは飾りが派手なサーベル。直後、また腹に拳を当て、その中から同じようなサーベルを引き抜き、迫ってきた。

 野郎、体内に武器を収納してやがるのか!

 間合いは保ちつつ、そのまま何合か切り結ぶ。遠隔操作などしなくてもコイツは十分強かった。

 ちらりと先端に目をやれば紋様の光が弱まってきているのが見える。

 マズい、非常にマズい!

 結末に急いだ自分もいけないが、この展開は恨まずにいられない。だって、あの時自分の尻に簡単に敷かれていたアイツがこんなに強いとは予想できないだろう、誰だって!

「コナクソ!」

 先端に聖水を振りかけた。これが最後。

 刃の先端を頬に掠めながら間合いを無理矢理詰めていく。

 そうして一瞬の隙を見出したと思った――


 その時だった。


「急くとはらしくありませんね、名もなき少年よ」


 * * *


 相手の弱点であるはずの「聖光」と「聖水」のダブルパンチ。

 それを奴は軽々と握っていた。

「んな!?」

 手中に光がどんどん吸われていく。押しても引いてもびくともせず、どうしようもないまま。

 そうして後に残されたのは先端が唯の水で湿った突壊棒。


 守護が、吸われた――!


「昔、魏・呉・蜀が争った時代。様々な戦術が戦場を彩りましたが、その中の一つに敗走するふりをして敵を誘い込み、伏兵がそれを討つ、というものがありました」

 優雅な姿勢を崩さず悠々と語る彼の周りで扉が大きな音を立てて閉まっていく。二階の入り口も然り。

 嵌めてやった、とでも言いたいのか。

 自分の冷静な現状分析が逆に笑える。どうしてこんな時に落ち着いていられるんだ。死を覚悟している場合か。


「さあ、ここらで第二ラウンドと行きましょう」


 彼がそう言いながら右手を高く持ち上げると、大広間中の壁が何やらガタガタ言い出した。

 月光しか光源のない視界の中。何が起きているのか、状況がつかめない。

「私は強欲のマモン。万物の権限は全て私の手中に」

 手に暗い色の光が宿り、その背後に部屋中の何かが集結していく。

 ちょっと待て、ちょっと待てよ? あれ、大広間の甲冑が持ってた大剣なんじゃないの? あんなにいっぱいあったんだ、へー……って言ってる場合か!

「座敷童如きが、上位悪魔に歯向かうとは良いご身分です」

 集めながら話し出す。突っ込んで邪魔したい所ではあるが、加護も守護も全くないこの身が突っ込むには危険すぎる。

「……」

「補正も手に入れたし、そろそろお暇する頃合いかな、とは思っていたんですよ。話の展開など知ったこっちゃありませんからね。……だから貴方の命ぐらいは助けようと思っていたんです」

「……どうも」

「だが気が変わった」

「……」

「意外にタフで面白いじゃないですか」

 真っ赤な唇を湿らせ、ニタリと笑んだ。


「貴方の存在も手に入れてやる」


 勢いよく振った手に合わせて彼の背後に浮かんでいた数多の剣がこちらに飛んできた。


 * * *


 ガッ!

「ウッ!」

 切り結ぶようにして向かっていこうとして早速棒が真っ二つに切れた。――当たり前か、守護が切れたし。

 しかし尚も嵐のような攻撃は続く。

「クソ!」

 走ってりゃ当たる物も当たらない。その要領で弾幕と化した剣の攻撃を避けていく。真っ二つになってぶっ飛んでった棒を途中で拾い、全速力で駆ける。

 その先に突っ込んできたのは所有者付きの巨大な鎌だった。

「マズッ」

 二刀流は履修してないぞ!

 慣れない手つきで荒々しい斬撃を受け、弾く。

 右に薙ぎ、左に薙ぎ、と優雅な舞のような攻撃を繰り出す相手に防戦一方。槍が刃を失しても十分有効に戦えるから棒術は素晴らしいのに、その良さが全く生かされていない。

 焦りが募る募る。滑り止めの布が巻かれていない方の棒が徐々に手汗で滑り始めた。摩擦が痛い。

 ――あれ、これ、本当に死ぬんじゃないだろうか。

 そんなことを考え出せば力が抜けてくる。頭を振って、思いきり相手の懐に突っ込んだ。

 真っ二つだから何だ! これでも有効な長さはまだ保てているはずだ。きっとそうだ!

 死に物狂いで振るっても相手は黒い霧になって後退、また間合いを取られる。

「ずりぃぞ、テメェ!」

 もうヤケだ。遠くの相手に向かって棒の一端を投げる。しかし予想通り、先の突起物のようにころりと落ちてしまった。

 瞬間、間合いを詰めてくる。

 ぎりぎりの所で壁から大剣を引き抜き、受けた。相変わらず重いな、コイツの打撃!

 息を切らしながら最後の力を振り絞り、重い剣を振る。眼前で火花が散り、鉄臭さが鼻を突いた。

「ウアア!」

 勢いだけで相手を押し、徐々に優勢を取り戻す。

 行け、行けこのままだ、行け!

 歯を噛みしめながら振るった一閃。


 相手の鎌を落とした!


 瞬間雲間から入り込んだ一筋の光線のように希望が見えた。

 これで、これで……!

「今度こそ……!」

 慌てて腹に拳を置こうとするその手ぎりぎりに刃を振るい、そのまま間合いに入った。

「テメェの終わり――」






 ずぶ。






 せり上がって来る温かなものの味をその時、初めて知った。

「ハハ、ハハハ……ハァアハハハ!! 死ね! 座敷童!」

 背中と胸とを貫いた鎌は、所有者の命令通り壁に向かって勢いよく飛んでいく。


 その音が響いた時には紅のべたべたをたっぷり付けた刃が自分の目の前でギラギラ光っていた。

 ごぼ。ばさばさ。

 胸からとめどなく落ちていくを鮮血が染めた。


(つづく)

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