第六話 「天使の隠し子」と「悪魔の愛し子」
最後の手段
「緊急事態」
「崩壊不可避」
「どうにかせねば」
「何とかしないと」
本棚に囲まれたファートムの部屋に秘密裏に四人が集まっている。トランプをしながら運命神と悪魔王がぶちぶち交互に言い合っていた。
「次お前、二枚だぞ」
「はぁ!? ズリィだろ!! こんなの! ぜってぇ出せねェって!!」
「……先生、弱すぎじゃないですか?」
「……ふ」
「部下が二人して笑うな!! 偉いんだぞぉ! 神様なんだぞぉ、俺はぁ!」
「涙目じゃないですか」
「うっさい!!」
「パスか? パスだな? ――よし。じゃあ、八切りで流して、からのジョーカー二枚で私の勝ちだ」
「はああああああっ!? こいつ絶対ぜええーったいイカサマしてる!!」
突然ガタン! と立ち上がり、唾をいっぱい飛ばしながら異議を申し立てるファートム。大人げないが、天使なので仕方ない。悔しかったら喚く。天使とはそういう生き物である。
「してない。貴様が弱すぎるだけだろ。……何でゲームの後半で今だ八枚残ってるんだ。前半調子よく出してただろうが」
「お前がイカサマしてるからだ!」
「してない」
「このーっ! 運命の書の切れ端とか隠し持ってんだろ!」
「その能力は前回奪われたってのに! 誰が今更やるか! お前、その瞬間見てただろうが!!」
激しい口論になってきた中、残った部下二人――座敷童の黒耀とデヒム――は姿勢を丸くしながらゲームを続けた。
「……じゃ私、次出しますね」
「うわわーっ! デヒム、そりゃないよぉ! うひゃー、これは出したくないよぉ」
「そうも言ってられませんよ。ゲームも終盤。互いにもう直ぐ終わるでしょう」
「まあねぇ。そうだけど……うーん。この並び、ポーカーなら強いんだけどなぁ」
「ま、俺がいるから大貧民だけは逃れられるでしょうがねー」
戻ってきた。
「……すねてるんですか? 先生」
「すねてないー」
「……本当に?」
「黒耀は一々煩い!」
「……、……すねてるよね、デヒム」
「……」
言葉には出さないがしっかり頷いておく。
頷きながらキングのスリーカードを出して上がった。
「あああああああっ! デヒムまで裏切った!!」
「裏切りって何ですか、運命神」
「畜生! 俺にはスぺ3があるってのに!!」
「もうジョーカー二枚出てるんだから意味ないですよ。早く捨てちゃえば良いじゃないですか」
「四枚あるから勿体ないの!」
「じゃあとっとと捨てて革命起こして、そのよわよわカードを強くすれば良かったじゃないですか!! 序盤にいくらでも出せたでしょうに!!」
「うるっせ!!」
「はい、エース出します、上がります。お先失礼しまーす」
「ああああああっ! もうヤダこんなゲーム!!」
椅子ごとひっくり返りながら手持ちのトランプをぶち撒けた。本当に序盤は調子が良かったのに、後半になった瞬間一枚も出せず、そのまま終了した。
手持ちには見事に小さな数字ばかりが残っていた。
「先生、本当弱いですね!」
「うるっせ!」
「ケッて言ってみてください」
「ケッ!」
「わぁー! 本物だぁ」
「……ふんだ」
「はいはい。すねる暇あったらお給料増やしといてくださいねー」
「金なんかねぇよ」
「んじゃぁ、経理に直談判しとこっと」
「勝手にしな。多分出ないから」
不機嫌なまま机に突っ伏している自分の上司の面倒を見つつ黒耀は床にばら撒かれたトランプを一枚一枚丁寧に拾っていった。それを机に並べ、デヒムと一緒に枚数がちゃんとあるかどうかを確認する。
神とカードゲームをする時は必ずこの作業を挟まなければならない。神の中には無意識の内に紙を燃やす者もいるからだ。
――と、突然。
耳元の桃色硝子の耳飾りが跳ねた。ペンだこのできた中指がウインドチャイムでも鳴らすように通り過ぎていく。
「ちょっと深呼吸してくる」
「えーっ! ゲームはまだまだこれからなのに――ってか直ぐに始まるのにですか?」
「大丈夫。次のゲーム始まるまでには帰るから」
「……敵方に悟られないようにしてくださいよ? どこで見てるか分かんないんですから」
「わーってる。わーってるって」
そのまま色ガラスがはめ込まれた美しい扉に向かっていった運命神。
彼の背中を見送りながらデヒムはぽつりと言った。
「らしくないですね。彼」
「大富豪なんて、後半強くなるタイプじゃないですか。どう考えたって」
「……」
彼の物語の書き方は、驚く程粗雑だが妙に精密である。
最初は無闇矢鱈に設定が散乱した状態から空想を膨らませ、次第にそれらが示す「そこに存在する意味」を見出し、星座のように繋いでいく。
故にどのように繋げば大富豪の座を採れるか。どうしてこのカードは自分の手元に回ってきたのか。どの順番が一番適切か。
彼はその見極めが得意な筈だったし、実際に時機さえくれば無双をするようなひとだった。
それが――。
「あの子のことだ」
悪魔王がふと口を挟んできた。
二人でそちらを見ると彼は更に言葉を繋いだ。
「アイツはあの子との付き合い方で悩んでいる」
「……」
「何か吹き込まれたらしい」
「詐称ですか」
「いや、金言だ」
「崩壊への道を一人歩き、止めない彼との付き合い方に酷く心惑うておるのだ」
あの子。
ベネノ、という名前になったそうだ。
――彼が行方知れずになるまでは名前など無かったのに。
* * *
猛毒少年ベネノの噂は実は既に広く知れている。自分のように懇意にしていた友だけでなく、てっぺんからそれこそキリまで様々な座敷童達が知っている。運命管理局・中堅座敷童「黒耀」の耳には、その話は早いうちからゴシップとして入ってきていた。
何でも最近聞いた話だとマモンという犯罪者と一緒に歩き回り、四つの物語どころか悪魔王の大事な能力まで奪ったらしいじゃないか。
そうして唯一人、対抗手段として残された運命神ファートム。物語の操作で抵抗できるのは最早彼しかいなくなった。
天界も地獄も珍しく満場一致で「アイツを――元凶マモン――を倒して座敷童を救え」ムードで大盛り上がりなのだが、実際戦う立場にいる彼はかなり複雑な状況下にあった。
我が子が犯罪者に懐いている。
これが大問題。
最初は彼も「マモンを倒せば万事解決」だった。
しかし彼の友が言った言葉に心が揺らいだ。
『ひとが善人になるには理由があって、ひとが悪人になるにも理由がある。なりたくてなった訳じゃないものと、ならなくちゃいけなくてなったものと、憧れの末に叶えたものと。他にも様々でさ』
『でもその事情の裏に隠れてる、ひとの本当の「こころ」っていうのは案外分かんないもんなんだ』
『な、杉田。可愛いだけで、子どもを見てはいないかい』
「何を……それ以上それ以下もちゃんと見てるさ。多分」
夜風が頬を撫でる。ぐちゃぐちゃになった頭を整理したくて、バルコニーの柵にもたれかかった。より冷たい風が髪をばらばらとなびかせた。
この風はきっと、恋人の風神が吹かせているものだ。
会いたいなぁ。
「おい、ファートム」
突然後頭部をステッキでこつんと小突くのは勿論悪魔王。こんな乱暴なこと、やる奴はコイツしかいない。
ぎろりと睨むと胸元に何枚かのカードが押し付けられた。
「準備は出来てる。早く来い」
「……」
「嫌とは言わせんぞ、私を待たせるな」
しぶしぶ受け取って戻ればまた作戦の話になる。
……何だか分からないが、嫌になる。
「言っとくが、もう無理だからな」
だから意図せずしてこんな無責任な事を言ってしまった。
「奇遇だな。同じ考えだ。お前よりよっぽど酷いがな」
――この答えに救われたが。
「で? 何か案はあんの」
またしても会議しながら大富豪。
「最終手段だ」
そう言いながら彼は突然ジョーカーを単体で出してきた。
数字も出していないのにやってきた暴挙。思わず目を丸くした。
推測だが、彼はこれが言いたかった(だけ)と見える。
即ち。
「こちらから『愛し子』を召喚する」
「……!」
「止むを得まい。もうこの段階まで来た」
「愈々お披露目?」
「無論。神殺しには神殺し」
「ふぅん?」
――「悪魔の愛し子」
悪魔王でさえ排除が出来ない程の力の持ち主、かつ、
ならば有効活用するまでと、開き直って自分側に取り込んだ「そのひと」を俗にそう呼ぶのだ。
悪魔が愛した鬼才の持ち主。その名は運命神さえ知らない。
話が通じないことも多い「彼」だが王の言う事だけはよく聞くのだそうだ。
類語。「天使の隠し子」。
なるほど。
他にも取れそうな対策を全て捨て、真っ先にこの段階を踏む。
若しこれさえも潰されれば後は全ておじゃんだが、確実に現時点で一番勝率がある。間違いない。(因みに先に言った「後は全ておじゃん」の「後」だが、勝率はほぼゼロである)
「ほうほう。悪魔王サマ公認シナリオブレイカーくんですな?」
「このストリテラで最も大きく物語を動かせる二人の内の一人だ。扱いは難しいだろうが頼りになるだろう」
「そうねぇ……酷い時は悪魔王様でも止められないんだもんねぇ」
自分の持つカードを見ながらそう言う。
「だが」
「奴等はいわばスペードの3」
出されたジョーカーに重ねるようにして3を置き、場を流した。
「どんなに強いシナリオブレイカーが居たとしても彼は特別。あの手この手でやられるぞ、きっと」
「随分と悲観的じゃないか。らしくないな」
「……」
「今のやり方に苦言を呈されて絶賛ご迷走中、といったところか?」
「……」
直ぐに伏し目がちになる辺り、本当に分かりやすい奴。
「案ずるな。迷った分だけ強くなる」
「お前が言うか」
「お前の何倍生きたと思っている」
「知らね」
「老害の言う事にも偶には真理があるものだぞ」
また淡々とカードを重ねていく。
今度は王が場を流した。
「即ち。スペード3に負けてしまうカードだというのなら、スペード3が勝てない状況下に追い込めば良いということだ」
掌と手の甲をファートムに向かって交互に見せた悪魔王。
拳を握り、開いたその手に突然、先程捨てた筈のジョーカーが現れた。
「ああっ! きったね!」
「今やってるのはあくまで例えだ、分かれ馬鹿! ……お前のところにもあるだろう?」
「ジョーカーのこと?」
「出せ。戦場に出せ」
「……!」
その言葉の真意をファートムは直ぐに汲み取った。
「ま、真逆こっちの『隠し子』まで使うなんて言わねぇだろうな!?」
「使わんでどうする」
矢張り!
「止せ止せ、止めろ! これは流石にアッチが可哀想だ!」
「もう良い子ちゃんにはなれない。分かってるだろう」
「わわ、分かってるけど……」
思わず唾を飲みこんだ。
確かに次に控える「最後の物語」は一番大切な物語。だが、これでは弱いものいじめではないか!
それに対する躊躇もあるのだ。
時間が無いのは分かっていたが、どうも良心が咎めた。
それに、マモンはいわばあの子の心の拠り所。
それが一番の悩みの種だった。
倒せたは良いとして、少年の心の傷は誰が癒やせば良い。
そのまま後を追いはしないか。どうやれば誰も傷つかずに救える。
あの悪魔の死は現時点ではほぼ確実だろう。
だがそれではあの少年を救える気がしない。
では何が救いなのか。そこで全てが行き詰っている。
先程言った、「彼の友が言った言葉に心が揺らいだ」というのはそういうこと。
……何が正解なのだ。
「だが彼らを大人しくさせるにはこれだけの対策がないと駄目だ。それ位は分かるだろう」
「神様さえもぶっ越えた、いわば物語最強のキャラクタなんだぞ? 果たしてぶつけて良いものなのか。議論するとこだぞ、ここー」
「しかしスペードの3に対抗できるのはジョーカー二枚の時だけだ」
「ウ……」
「それに次の補正も奪わせてしまえば」
「奴は……そうだな。大神さえも超えるだろう」
「更には奴等、私の能力を持っている。とすれば?」
「お終いだ。間違いなく」
「その通り」
とすれば矢張り仕方ないのか。
運命神の最後の切り札。「天使の隠し子」。
「彼」も、死神の手を以てしても殺せなかったシナリオブレイカー。
愛し子の方は完璧「天才肌タイプ」だが、こっちは「秀才タイプ」。つまり血の滲む努力の末に手に入れた能力である。
それ故、計算しつくされたシナリオブレイクは人を不幸にするどころか寧ろ幸せにしていた。これが「隠し子」大抜擢の直接的な要因となった。
今は関係ない無駄話だが。
「お前のと私のジョーカーを戦場に一気にぶち込む。補助も何人か送って補強を」
「そうだな。神々に戦闘一族に、選りすぐりばかりを取り揃えて送り込もう」
「そうして彼らを打破するのだ」
マモンとベネノの絆については――「彼」のことだ。
若しかしたら上手くやってくれるかもしれない。
そう考えたらようやく決意が固まってきた。
自分の直属の部下、黒耀に向き直る。
「黒耀。ナナシが行けるかどうか後で聞いておいてくれないか」
「出来るかどうかは約束できませんけど、善処します」
「デヒム。お前も補助に行け」
悪魔王も彼と同じようにデヒムに話を振った。
が、珍しく乗り気じゃない。
「どうした」
「あ……その……もうこれ以上、私……」
「ん?」
「そ、その……食べられませんよね?」
「まあ、行動次第にはなるだろうな。保証は出来ない」
「……」
「相すまぬな。もしも力があれば今度は守ってやれたのだろうが……如何せん私も喰われた」
ぶるり。
「決行は」
一人がたがた震えるデヒムを尻目に黒耀が問う。
「決行は、明日」
「彼らが最後の物語を目指す、最後のその日に」
「神公認シナリオブレイカーをアイツらにぶつけ、座敷童の奪還を目指す」
威厳を湛えながら言い放った運命神に対し、部下二人は返事を返した。
そうして準備のために退出する。
「お前は。今から何して粘る」
残った悪魔王がぽつ、と聞いた。
「……最後まで考える」
「物語をか?」
「いや――」
「救済の道を」
(つづく)
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