約束の向こう側

 * * *


『どうして助けたの?』


 ほんのちょっぴり陰気な少年、パーシーがふと聞いてきた。


『え?』

『僕は君が駆け付けた村での最初の犠牲者になる筈だったんだ。それ以降の台本なんて一ミリも知らないんだけど』

『あれ……これ、もしかして怒ってる……?』

『少し』

 出演予定も立て込んでるのに、と続けてぽつぽつ。

 瞬間的にマズい事をした、と頭が警告音を出す。

『わりっ! わりわりっ! わりぃー!』

『謝る気あるの? それ』

『あるある! マジごめん! 目の前で誰かが困ってるとつい助けたくなっちゃうんだよ!』

 手をバチッと合わせて平謝り。

 彼はジトッとした目でただ見つめるばかりだった。

『……勘違いしないで欲しいんだけど、死ぬことに対して困ってなんかいないから。君と一緒にしないで』

『え?』

『どうせ死ぬんなら最初の内に死んだ方がマシじゃないか。逆に邪魔されたみたいで何というか迷惑なんだけど』

『……』

『これだから死なんて経験したこともないような奴がさぁ』

『……すねてるのかい?』

『すねてなんかないよ! どうしてダメージ入らない訳!? 逆に欲しいわそのメンタル!!』

 プロは大変だなぁとか思いながら放った言葉が彼を更に逆上させてしまった。

 べべっ、別にキャラ作りしてるとかそういうんじゃない!


 唯、こういう人と関わるのが初めてで困惑してしまっただけで……。


『……。まあ良いよ。ホラ、早く死に場所探そう』

『ア! 分かった!』

『……突然何』

『擦てるんだ!』

『お前馬鹿にしてんのか!!』


 でも付き合ってみたら何だ。本当に擦れてるだけだった。

 綺麗好きで俺が散らかしてる物を彼は片っ端から片付けていった。片付け係決定。

 その代わり俺はパーシーより飯づくりが上手いので俺がご飯係。決定。

 所謂冒険飯を初めて食べた時の彼の顔ったら堪らなかった。とても嬉しかった。

 そうして飯と掃除という日常を経て少しずつ打ち解けていった。死ぬことって意外と怖いらしい。

『だからプロが要るんだなぁ。そしたらパーシーは本当に偉いんだな。ストリテラの誇りだなぁ』

『そう?』

『決まってるじゃん! 俺、死ぬのも殺すのもすげぇ怖いもん。誰にでも出来ることじゃないって』

『……』

『偉い。偉過ぎる。偉人を友に持てて俺は幸せだ、本当に』

『……』

『世界が広がるってこういう事なんだなって、本当に痛感する』

『……ありがと』

 小さな返事だけして彼は暫く黙ってしまった。ただそっぽ向いて――いや、ちょっと星も眺めてたかもしれない。

 からかって、その後良い子良い子って撫でてやったら滅茶苦茶噛みつかれた。


 ここまで俺は特別なことを何もしていない。唯、話をじっと聞いただけ。

 今思えばこれが大正解だったんだって、ちょっと嬉しくなる。

 おかげでこんなに良い「ストリテラ」の友達が出来た。

「異世界ファンタジー」じゃなくて、「ストリテラ」での。


『何だ。パーシーは野良仔猫だったってことだねぇ』


 そんな日々を過ごしたある日の夜。

 彼を誘って丘の上でひと時。

 星がこの日ばかり滅茶苦茶綺麗だった。

『……おい、マジ馬鹿にしてんの?』

『し、してないしてない!!』

『じゃあ何でその例え?』

『最初は物凄い警戒してるけど、ご飯をあげたら簡単に懐く』

『やっぱり馬鹿にしてんだろ!!』

『してないって! ちょ、痛い痛い!!』

『ふんぬふんぬ』

 馬乗りになってぼっこぼこに殴ってくる。

 最初は文句と嫌味が多かったけど最近は笑顔と暴力が増えた。

 ……ちょっと、行くべき道を少し逸れた感が凄いな。

『おっ、俺はさっ! パーシーと冒険出来て良かったって思ってるだけだって! マジで! ちょ、痛いってば!!』

『……!』

『それに、今日は大事な話があるんだよ』

『……告白?』

『するわけないだろ、今更。昔のことを語り合いたいってだけ』

『……それこそ何で今更?』

 ……最の時位、思い出を分け合いたくなるもんなんだ、人間は。

 絶対言わないけど。誤魔化しちゃうけど。

 それから軽く一、二時間はずっと話し込んだ。

 君と見るこの星空も今日が最後。

 明日君は四天王ノーチェに殺される。

 俺に「Never say Goodbye」と「信頼」の二字を置いて。

『なあ、俺達世界の果てまで行こうな』

『出来るかなぁ』

『出来るよ!』

『……いつか死ぬんだよ? 僕。多分この後』

『メタいよ』

『ごめん』

 泣きそうになった時は笑えって、教えられた。

 ニッと笑って君の頭を掻き回すように力強く、撫でた。

『それでも良いさ』


『俺がいつか連れて行くから』


『……』

『このシリーズが終わったらいつかお前と行くよ、世界の果て』

『ジャック』

『見たことない世界に二人で行って、見えない壁ってやつに二人で触るんだ。一気に現実引き戻されるぞー、この世界は丸くないからさ』

『え、ええーっ!? それこそメタいんじゃないの? 面白いなぁ、ジャックは』

 軽く一笑する彼の手を堪らなくなって思い切り握った。

『ね! や、約束しよう! いつか行くって。いつか二人だけの冒険をするって、約束しよう!』

『じゃ、ジャック? どしたの?』

『どんなに長い時間がかかっても、物語はいつかきっと終わるから。そしたら、これまでみたいな旅がしたい』

『……』

『お前と俺の、旅がしたい』

『……』

『お願いだ、頼む! ほれこのたうりー!』


『分かったよ。きっと行こう』


 * * *


「起きた? 寒くてごめんね」

『いい加減振り落とされたいんですか?』

「冗談だって言ってんじゃん!」

『じゃあ言わないでくださいよ!』

「……ここは?」

「マモン烏の上。そして今は移動中です」

『言っときますけど、烏って子どもを大事にする鳥ですからね、孝鳥とかって言葉もあるじゃないで』

「煩いなぁ、ちょっとは黙っとれんのか! お前は!」

 そう言い返した瞬間首にぎゅうとジャックの腕が巻き付く。

 そして一言、大きく叫んだ。


「馬鹿パーシー!!」

「へぁ!?」

『あ』


「え、えと、その、ダレノコトカナー」

「バレバレだし! サングラス如きで俺の目を誤魔化せると思ったんか!」

「あう、お、思って、思って……ないでし……」

「この馬鹿野郎! 馬鹿野郎!! 親友のこともっと信じても良かったんじゃないのか!! 何で正体を隠してたんだよ!!」

「あ、あうう……」

「バカバカバカ! バカッ!!」

 泣きながらぽかぽか叩いてくるジャック。

 う、ううう、そんなに泣かれるとは思ってなかったんだって。言えない事情が背後でてんこ盛りだなんて言えないんだって。

「いつの間にか新しい称号みたいなの持ちやがってー」

「ぎく」

「悪魔の愛し子ー? 敵サイドになるとか言わないよね?」

「い、言わない言わない……っていうかもうそういうのも無いし!」


「――え?」


 きょとんとジャック。

「――ハッ」

 しまったあああああああああ!!

 ついうっかり口を滑らせてー!!

『お馬鹿』

 うううあああ! ちょっとは慰めてくださいよぉ、上位悪魔様ぁ!

「ちょ、待って。物語が崩壊したの!?」

「あ、した……」

 というか犯人僕……。

「皆は! 皆無事なのか!?」

「皆無事だよ、僕らの脱出が一番最後だった!」

「……」

「フレディはそこ……」

 言った途端、隣で飛んでるフレディが首を伸ばして口でジャックの頭をもしょもしょくすぐった。ジャックもその頭を撫でて応じる。

「四天王の皆さんとデヒムさんと魔王様が最後まで手伝ってくれたおかげで崩壊に巻き込まれずに済んだんだよ」

「……そうだったんだ。感謝しないといけないな。連絡先知ってる?」

「あ、それは……」

「ん?」

「ちょっと急ぎの用事があったから……省いてきちゃった」

「えええ!?」

「ごっ、ごめん! ごめんて、ちょ!!」

「おいっパーシー、そういうの一番大事にしてるってお前が一番分かってるんじゃないのか!」

「ふぁっ、ファートムに聞けば良いじゃん!!」

「先生はお忙しいんだぞ!!」

「ああっ、分かった分かった! ごめん、ごめんってば!! また会った時に聞くから許してぇっ!!」

「言ったな」

 瞬間ジト目で迫って来るジャック。

 ――あれ。また口滑らせた? 僕。

「言ったな。約束だぞ」

「え、こま」

「何で困るんだ!」

「えぇっ、そ、それは」

「じゃあハイ決定ー! 決定だから!! 連絡先聞いて来てくださいよー!」

 彼の勢いに押されて思わず首を縦に振った。

 そこに駄目押しで小指を差し出すジャック。

「よし、約束。今度会った時は絶対な」

「う、うん」

 指を絡めた。

 負けた。完っ全な敗北。

 きっと、ジャックには何でもお見通しってやつなのかもしれない。


「それで? 今はどこに向かってるの?」

 規定字数の大多数を喧嘩に費やしておきながら今更ぽかんとした顔で聞いてくるジャック。

 文句の一つ二つ位言いたいところだけど、我慢して本題に移る。


「あの日の約束の場所へ」

「約束……」


「言っただろ? 僕とジャックの二人でいつか世界の果てまで行くってさ」


 やがて眼下に見えてきたのは見たこともないような煌めく白銀の世界。

 無に向かって落ち行く最果ての滝、世界の果てにたった一本だけ生える木、そして「友の丘」と呼ばれる小さく寄り添うふたこぶの丘。


 ――だって今日は特別な日になる。


 * * *


 氷のように突き刺す冷気に包まれた景色の中、雪のカンヴァスにマモンが最初の絵筆を入れた。

「ここが……果て?」

 初めて雪でも見たような顔して――いや実際初めてなのだ――次の絵筆をジャックが入れた。ショートブーツからはみ出た素足は百パーセント春夏専用のそれ。

「意外とこの国狭くてさー。所要時間そんなにかかってないし、さっき居た箱庭とかこっからでも見えちゃうし、更には寒過ぎでしらけるかもしんないけど……」

「……」

「あそこからの景色だけは保証するよ。ここが一番綺麗だったんだ、世界の果ての中で!」

「……調べて、くれたの?」

「当たり前じゃん! そこら中駆けずり回ったんだから」

「……」

「だから行こう、ほら! 手を取って」

「……」

「……ジャック?」

「な、何でもない!」

「……若しかして泣きそうなの?」

「んな訳ないじゃん!」

「あ! 泣いてる! 泣いてるー!! わー泣き虫だー!!」

「泣いてないってば! 早く行こ!!」

 そう言ってぴゅーっと丘の上へ走って行ってしまうジャック。

「ちょ! 待ってっば!!」

 肺も凍りそうな程冷たい空気の中、二人一直線に木の下を目指す。

 緩いながらもこの気温では地味にきつい丘の傾斜がちょっと大変だったが、何とか登りきる。

 振り返った先、ずっと奥まで見えるのはストリテラの全景。

 空に浮かぶ浮島、空をちょろちょろメダカみたいに泳ぐ龍やドラゴン。さっき雨が止んだ地域の虹に、大きな滝に、広がる野原に山を彩る燃える赤。

 四季を全て取り込んだような不思議な景色。狭いながら全ての地域を回ろうと思えば一ヶ月は優に越すだろう。それが冬の冷たい空気で澄んで本当に綺麗だった。地平線に溶けた卵黄のように燃える太陽が沈んでいく。空が布団を被っていく。星々が夢のようにちらちらまたたき出して、夜を守る精霊「星の龍」が各地を回り出す。

 全て主人公稼業で忙しく、見てこれなかった物語の真実、神秘。

 この時間だけが魅せる色遣い、そして透き通った景色をどうしても見せたかった。

 だからこうして急いで出てきたのだ。


「綺麗……」

「ね、綺麗だ」


 その後、あの日の夜みたいになった。

 今日のこの会話も別れを惜しむものだ。二人とも何となく分かっていた。

 でも意図とは裏腹に会話は修学旅行みたいな和気あいあいとしたものに変じていく。ローサ王子が実は一番しぶとくて、最後何故か魔王城に出てきた時は誰よりも無傷だったという話題から始まり、やがてデヒムさんが最後に見せた意外な行動についての話題になった。

「え!? マジで!?」

「そ。マジマジマジ」

「ええ……見たかった……見た過ぎ」

「ああいうのギャップ萌えとかって言うんだろ? 読者ってのは」

「違いないな」

「僕もそういうの作ればモテるのかなぁ」

「何? まだ彼女出来てないの?」

「あー! そうやって直ぐその話にする! ジャックも出来てない癖に!」

「ふふーん、それはどーかなー」

「――!? 真逆!?」

「ざんねーん、でっきてっませぇええん!!」

「にゃろー!! 焦らせやがって!!」

「痛い痛い! ちょ、暴力反対!! 暴力反対の協定結ぼ!」

「知るかそんなもん!!」

 拳骨で頭をグリグリ。

 あの時は互いによくやり合ったものだった。


 そうして夜も深まる頃。


「……行っちゃうのかい」


 先に言葉を発したのはジャックだった。


「行くよ。僕らには使命がある」

「……」

「言いづらいけど……多分それが終わるまでは君にも会えない」

「そっか。今度は俺が待つんだな」

 隣で白い息を吐くジャック。その横顔は何を思っているだろう。

「パーシーの目指すそれは皆の為かい? 悪魔王様が滅茶苦茶怒ってたけど」

「……僕は少なくともそう思ってる。アイツが理解してくれないだけだって思ってる。僕は」

「そっかそっか。皆の為か。じゃあ良いんじゃないかなぁ」

「分かってくれるの……?」

「勿論だよ。物語が壊れるって言われるとちょっとびっくりするけど……何だかんだ楽しかったし、こうして果てに来れたし」

「……」

「君らしくもあるしさ」

 そう言ってくしゃっと笑う。

「ありがとう」

「はっはっは! 良いってことよ」

 ぽぽぽと片手が頭を軽く叩く。

「――あ、そうだ。これ、お守りに持っていきなよ。今の俺には暫く必要のない物だ」

 手渡してきたのは彼のチャームポイントたるあのペンダント。使い込まれて所々細かな傷が付いたそれを。

「そんな! とんでもない、君の一番大事な物じゃないか!」

「良い良い。その代わりまた返しに来てよ」

「……」

「名付けて物質ものじち。なんつて」

「ジャック……」

「だから全てが終わった時はきっと俺の所に尋ねに来て。待ってるからさ」

「……分かった。全てが終わったら一番最初に君の所に行く。きっと行くから」

「ああ、きっとな。ずっと待ってるから」


 そして握手を一つ。

 抱擁を沢山。


 そして――


「それじゃ、ジャック。また――」

「おっと! そこまで」


 わざとらしく言葉を止め、彼はニヤリと一笑。



「Never say Goodbye、なんだろ? パーシー」



「お前の中に俺は生きてる。無論、俺の中でも君が生きている」

「……」

「だって親友だから。俺達に不可能は無いんだから」

「……ジャック」


「前回はそう言って別れた癖に、忘れたとは言わせねぇぜ」



「気張ってこい、親友」

「うん」



 拳をぶつけた。

 アイツは最後までジャックで、僕の勇者だった。


 * * *


『お別れは出来ましたか?』

「うん。今度会った時は世界の果てツアーしようって約束した。その次は世界中回るんだ。地図を真っ黒にする」


「その時は世界が今よりずっとずっと輝いていれば良いな」


『……そうですね』


 三日月が僕らの真上を通り過ぎた。


 後、幾つの物語を壊すことになるのだろう。

 後、幾つの人を救えるのだろう。


 思っては後ろを何度も振り返った。


 そうだ。全てが終わったらまたあそこに二人集まって、今度はテントを張って一晩中語らおう。


 あの時の冒険のように。


(第二話 「魔王」か「王様」か Fine.)

(To Be Continued...)

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