第四話 「神仏」 対 「科学」

銀河現前

『時はYYYY。宇宙には様々な種族が住んでいた。

 それは地球となんら変わりない、無数の命が住む空間。いわば宇宙とは大きな地球のこと、地球とは小宇宙のこと……違う!』


 その途端頭をかきむしり、ばさっと運命の書に顔から突っ込んだ。

「何悩んどんの」

 茶菓子とコーヒーを差し出しながら怜が問う。

「良い序幕が浮かばない」

「浮かばない? アンタが?」

「ううん……」

 コーヒーを啜り答えたファートムの言葉に怜は目を丸くした。

「あら杉田ともあろう人が珍しい。何の序幕書いてんの?」

「SF」

「SF!」

 二度びっくり。

「え……よ、よく許したねぇ、他の三神様が」

「いや、許してもらってない。ってか見せてもいない。仮にこの企画書を持っていったとして、三秒後には間違いなく死んでる」

 ――どういうことか。

 説明しよう。

 簡単に言うと、こってこてのSFは

 もっと簡単に言うと、他の得意ジャンルと比べて話を創造出来ない、のである。

 重厚なストーリー、複雑すぎる人間関係、多様な解釈、ロボット兵の創出、宇宙戦闘機や宇宙戦艦等の武器兵器……。

 あのヒトにそんなのは書けない。書こうと思えば書けるかもしれないが、今はその時ではない。

 それ位書けない。

 ――故に、無理に書こうとすれば物語は穴だらけになる。

 その不完全性を他三神は嫌うのだ。腕を上げてから来い、完璧なSF創出のコツが掴めるまでその企画書は持ってくるな、と一蹴される。

 まあ、管理しきれないハプニングが起こるやもしれん物語を持って来るんじゃねぇ、ということである。

「……? じゃあどういうこと? たわむれ?」

「いや、ちゃんとこの世界に放つよ。ストリテラに新しく銀河が出来るんだ」

「じゃ、じゃあそれこそ何で……」

「んー……」

 そこで暫し一考。

 かなりの時間沈黙が流れ、


「あー……ワナ? ワナ」


とぽつぽつ言った。

「罠?」

「こう、地面に斜めに立てた籠の端っこにさ、紐くくりつけた棒立てるアレあるじゃん。そのすぐ傍に例えば米粒なりお菓子のかけらなり撒いてさ」

「はいはい。雀ちゃん捕るやつね」

「今回のはソレってわけ。つまりはわざと物語と補正を放つの」

 その瞬間、ハッと頭によぎった物がある。


「……ベネノ達に向けてか」

「ああ」


 * * *


「前回言った、彼らの定めた話とは正にこれ。もう魚は網の中にいる」

「……なるほどな。前回猶予はあと二話だとか言った癖に、これからもう一話出来てこれで残り二話になるとか訳分からんこと言い始めたもんだからてっきり、愈々このストリテラにも矛盾が生じたかと思ったが……あれはこれから出来上がる前提で話してたって訳なんだな」

「こういう所で積極的に嘘吐いていかないとね……シナリオブレイカーはいつでも運命の書を通して見てるから」

「アンタもご苦労なこったな。慣れない物語書かされて、序幕も閃けずに」

「とはいえ、構想だけは出来ているんだよ」


 腰掛けていた椅子から立ち上がり、コーヒー片手に彼は歩き出した。怜は煙草に火を点けながらそれを目で追った。

「未来。宇宙も地球同様に進化の過程を踏み、やがて人間同様に未知の文化の生命体が未知なる星々、いわゆる我々が住む太陽系を発見した。1492年、人類が新大陸を発見した歴史があったように。――そこから物語は始まるんだ」

「宇宙人との戦争ものか」

「うん。宇宙戦闘自体には幼い頃より興味があってさ。でも難しい機械の話までは出来なくて、こう、詰んでたって訳。でもやるよ。今回はこれだから良い」

「これだから良い……それは罠に関係あるか?」

「ある。気合と徹夜とコーヒーの力で主人公補正を量産する。今回は敵も味方も全員主人公だ!!」

「なんと!」

「宝の山の中、呆気なくそれを回収したベネノ一行。そして彼らはいずれ向かうんだ、彼らが目指すべき終着点へ。――しかしそんなことをすれば最初から脆い物語はぶっ壊れ、いずれ存在できなくなる」

「それだけの力と土台がないからか?」

「そ」

「そしたら?」

「その瞬間を狙ってぇ俺がぁ、物語の中に彼らをー、閉じ込めるぅ!」

 両腕でわしっと抱え込むようなジェスチャーを披露。

 目の下のクマ。

 ふらふらしてる体。

 明らかに回ってない呂律。

 怜はいきなり不安になってきた。

「……できんの?」

「今はハイだからできばしゅっ!!」

「おい、布団に縛り付けるぞテメェ!!」

「ひゃん……怒らないでぇ……」

 小さくなったファートムの元に怜がどんどん布団やら毛布やらを運んでくる。

「ほら寝ろ、いざ寝ろ、直ぐに寝ろ」

「無茶言うなよ、早くしないと最後の物語に興味が移ってしまう! もう一話新しく作って時間稼がないと、準備もろくに出来ないまま世界が終わってしまう……それだけは何とか避けないといけない」

「……その急遽増えた主人公補正の影響で彼らの力が強くなるとか、そういうのは無いか?」

「俺一人にそんな大層な物は作れないさ。せいぜい軍の一員として動ける程度。――でもだけは特別に乗せておこうと思ってる」

「ある機能?」

「また完成したら教えるさ」

「ふうん……」

 

「でも」

「でも?」


「その土台のお話が全然浮かばないのよなぁーっ!!」

「分かった分かった、俺も手伝うから! 頼むからちゃっちゃと寝てくれよ!!」


 * * *


「先ず……相手方にもこちらにも拠点は必要だ。戦でも必ず陣を張る」

「ほうほう」

「有名ロボットアニメではでっかい宇宙戦艦、他には地球とかコロニーとかがその役割を果たしていたな。もっとも、後者は戦でいう城に当たる訳だが」

「なるほどなるほど」

「他には空船というのもあるし、天文台というのもある」

「はいはい、なるほどなるほどー……これの設定は多分アレだなー。あのゲーム会社んとこからだなぁ」

「一番驚いたのは地球の大地を削り取って、自分達の拠点となる大陸を空中に作っちゃった宇宙人だな」

「もう愈々だなぁ」

「ま、そういう訳だからさ。まずはそれらをヒントに大きめの戦艦を作ろう」

 怜の言葉に合わせてくうに夜空が浮かび、そこに何の装飾も機能性も持たない戦艦の「たまご」が現前した。

「例えば色は現実の船を参考に白……もしくは灰色や青色なんかもいいかもしれん。そして翼の先端とかにワンポイントを入れるんだ。船体にはでかでかと軍の紋章なんかも貼っつけてな」

 どんどん「たまご」が立派な船へと進化していく。

「彼らの足にして彼らの住処。戦場の最前線を陣取りつつ、我々の未来を救うための戦いに身を投じ、時には隠れてやり過ごす。良いじゃねぇか、ロマンロマン」

「船員は何名にしようか……」

「それ以前に誰かキャラクタは投じるのか?」

「新しく作ろうと思えば生んでやれるけど……そんな不安定な世界にはまだやれないな。リリースまでに決めてはおくけど、取り敢えずうちの局員とかに手伝ってもらおうと思ってる」

「なるほど。それならば少年兵とかってのも面白いだろうな」

「ただね……」

「今度は何だ」


「皆ちっちゃいんだよ」


 怜の頭の中でひよこちゃん達がぴよよーっ(訳:いっちょーけんめいがっばりまーしゅ!)と群れになって鳴いてる図が再生される。

「そんないたいけな子ども達、前線突入させるとか」

「鬼の所業だよねぇ……分かってる。だから、彼らは船員として協力してもらって、本当の戦闘員には守護天使達を起用しようと思ってるんだ」

「最上級を贅沢に全員投入かい?」

「餌は豪華であればあるほど食いつきが良いよ」

「そりゃ違いねぇな」

「それで派手に戦わせるよ。このお話のキーパーソンは……そうだね……妖怪博士に手伝ってもらって、ちょっと作るか。やっぱり」

 話が弾んできた。

 頭の中に浮かんだ幻像が空に飛び出し小さな夜空を舞いながら、レーザー光線をぶっ放す。

 敵機が焼き切れ、爆散した。


 嗚呼、そうだった。そうだった。

 目の前の強そうなロボットと主人公のロボットとがバシバシ撃ちあってるのを見て、手に汗を握ったんだった。

 そうして興奮の渦中、それがピークに達した頃、必殺の一撃を食らわせて、目の前で爆発するのだ。

 気付けば目の前の「宙」は大分賑やかになっていた。

「これだ……」

 ジオラマのような夜空を優しく抱え、ストリテラを一望できる自分の家から外に出た。

 怜も煙草をくゆらせながら伴って外に出る。


 頭の中でオーケストラが響いている。

 目の前に宇宙がある。

 目の前にまだ知らぬ世界がある。

 自分達の浪漫を詰め込んだ箱庭が今、解き放たれる。


 きっと短命の世界になる。彼らがここに来ようが来まいが、それはこの物語が必然的に辿るであろう運命。嗚呼、その儚さよ。


 しかし、花火は短命だからこそ美しい。

 この宇宙のビッグバンもきっと短命だからこそ、美しい。


「銀河よ、今宙へ!」


 大きく叫び、その宇宙を前に押し出した。

 光の筋を引きながら遠く向こうまで飛び、やがて空中に綺麗な景色となりながら一層の輝きを放ち、そこに物語が出現した。

 これからここに立つ役者が決まる。きっとその中に彼らは這入ってくる。


 そこで上手くを果たすのだ。


「怜」

「お仕事かい?」

「生まれたばかりの物語だ。かなりの確率で様々なハプニングが起こり、数多の道を踏み外すだろう」

「……」

「その軌道修正を頼みたい。君のその能力を見込んで」

「……ふふ、今に始まったことじゃない癖に、何だい。改まって」

「とはいえ今回のは相当重いはずだ。他の三神の加護が全くないから、どんな動きを突然してくるかも分からない」

「……」

「それでも、行ってくれるかい」

「男に二言はないさ」


「俺ァ、『』だからね」


 そう言って何度目か分からない寂し気な笑顔を放つ。

 彼は永遠にこの使命から逃れられない。


 下界では久し振りの「新作物語」の出現に既に沸き始めている。

 俺も、もう戻れない。


 これは彼らの笑顔を守る為の戦いだ。


「頼んだよ、怜」


 もう既にいない彼の残り香に向かって言葉を送る。


 これから忙しくなる。


(つづく)

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