物語の完成

「宙に光あれ!!」






 両手に力を籠め、杖を真っ直ぐ構える。






「主。宇宙を共に手に入れましょう」







 添えられ、共に籠められる力。


 ――その時に聞こえた言葉。

 余りにふわふわしていたのでそれが実際に放たれたものだったか、それとも疲れ切った体に記憶が伝えた幻だったか、実を言うと分からなかったのだけど


 それでも良いと思えた。


 僕の中に彼が確かに息づいているのだと、確信が出来たから。


 今なら余計強く、そう思える。


 ――。


 その瞬間その刹那、強く鋭く放たれた光の矢は巨大ロボットの胸を真っ直ぐ捉え、貫いた。


 矢が貫通し、大穴が開いた胸元で火花が散る。シャットダウンしたその巨体を支える「再生促進部」は機能していない。

 直後、宙の闇を爆発四散が照らした。

 物凄い衝撃波が襲いかかり、皆々がそれに耐えた。

 数多の瓦礫が更に細かく砕け散り、残ったビルの窓ガラスを悉く散らす。


 そんな中、もうもうと立ち昇る煙の中から小さな光が飛び出した。

 火炎の朱を白い翼に受け、綺麗に美しく、真っ直ぐ宙へと舞い上がる。


 そして彼はやがて、大きな声で叫んだ。




「大、勝……利いいいいいいい!!」




 昇って来た太陽を背に天高く掲げられたピース、その腕の中でぐったりしていながらも無事らしい博士にその場が湧いた。エクラさんとカルドさんが思わず抱き合って泣き、そこにトゥルエノさんが、がばしと飛びついた。

 通信機からは音割れしそうな勢いの大声がギャンギャン歓声を上げていて、地上では肩で息をする怜さんが、柔らかな笑みを零している。


 それは全ての終幕。

 皆で必死こきながら作った、キャラクタ達の試行錯誤。初めての物語。


 迎えた完走、終幕に皆が安堵し、興奮し、笑いあった。


 ……よせやい。こういうのには弱いんだよ。


 散々だった途中には目を瞑っておこう、最初から完成度の高い作品なんてない。

 こうして作者も物語も強く、たくましくなっていく。


 * * *


『物語が……物語が救われた!! 救われたんだァァアアア……!! 良かったやぁな、良かったやぁぁぁああ!! キエエエエエエ』


 ファートムの大興奮が余りに煩くって、通信機の音量を下げる。ったく……ノイズキャンセリング付いてないのか、この通信機。マナーモード搭載し――


『お疲れ、べんべん。……色々ありがとな』


 ――直ぐに音量をマックスまで上げた。


「主」


 そんな時、ふと。


 優しくかけられたその声に思わず振り返る。

 すぐ傍で僕を支えながら飛翔するその男。


 この戦いで何度も頼ってしまったひと。

 だというのに最後の戦いでは何度も頼りたいと思ったひと。


 僕の半身、僕の片腕。


 僕の、影。


「やり遂げましたね」

「マモン……!!」


 細身ながらガッシリしているその首にぎゅうと抱き着けばいつもの薔薇の香り。

 急に安心して、何故だか涙が零れた。


 きっと、ずっと不安だったんだと思う。

 自分のことなのに直ぐには気付けなかった。


「よしよし。泣き虫ちゃんでちゅねー」

「煩い」

「ふふふ。本当に大きくなりまちた!」

「煩い!」

 お父さんみたいな事言いながら鼻で笑いやがる紳士にちょっとムカっときた。鼻水、スーツに擦り付けてやろうか? ん??


「そんなことより、ほら。ご覧ください主、この満点の星空を」

「……綺麗だね」

「ええ、本当に綺麗だ」

 見上げれば漆黒を埋め尽くす数多の星、宝石、ミルキーウェイ。この世の奇跡を全てぶちまけたかのような、二つとない神の創造物。

「不思議な話です。あの星のあの光は何百年も昔のもの、故に未だ我々の身に起きたこの現象を彼らも観測できていないんです。私達が激戦を繰り広げた事実も、遂に宇宙の覇権を取ったことさえも」

「取ったの?」

「取りました。少なくとも私の中では」

「ふーん……」

「そう。衝撃的な始まりも、苦労に苦労を重ねて作者が心折れかけた中盤も、監視ロボット数百体や巨大ロボット五体との連戦も。全て数百年経たなければ解明されない私達の秘密」

「何だか御伽噺みたいだ」

「そう、御伽噺。彼らは唯の昔話のように私達のことを語るでしょう。まるでタイムカプセルのように、まるで秘密を共有し合うように」


「皆同じように、星を眺めながら」


 読者達が宇宙を語り、宇宙を夢見る理由も何だか分かる気がする。

 星々は皆、秘密と神話をその胸に隠していて、それらを紐解けば僕らみたいな物語がその姿を露わにする。

 何て素敵で何てわくわくすることだろう……!


 宇宙は図書館か、若しくは宝島だったのかもしれない。


「――さ、主! 最後にして、かつ、恒例のお仕事です! お土産頂いて帰りますよ!」

「ほいきた!」


 * * *


「博士、大丈夫ですか?」

「Schelling、しっかりしろ、なぁおい」


 一方その頃、地上で水を飲ませながら博士の覚醒を待っていた守護天使と怜。

 そこに何かが高速で突っ込んできて、何かを掠め取っていった。

 一瞬ぽかんとしたが、テラリィは直ぐに気付いた。


 博士の主人公補正がない!


「「あああああああっ!!」」


「っへへへー! このSF物語の根幹を支える最重要人物の補正は頂いた!」

「またお会いしましょう! 四大天使の皆様!」

「こ、こらー! ベネノ、持ち逃げするな!」

「うう……ここは?」

「あ! テラリィ! 目を覚ましたよ!!」

「博士、博士!」

「おかえりぃぃーっ! 正常Schellingーっ!」

「う、うわっ! 何だ君は! 僕の作品に髭面はいないってば!」

 宙の向こうでは滅茶苦茶大事な補正を持ち逃げする泥棒二名、こっちでは色んな意味で目を覚ました博士に他四名が大喜び。

 あ、あああもう! 忙しいな!!


『――ってこら! 「忙しいな」じゃなくて早く追うんだよ! あのまま持ち逃げされたらこの物語なんぞ簡単に崩れるぞ! 早く追ってくれ、急いで!!』


「あ、あわわ! テラリィ達が追ってきたよ!」

「『昨日の敵は今日の友』的現象ですかね?」

「呑気な事言って! マモンが折角だから決め台詞言おうとか言ったからだろ!? こうなったのはさ! もうー、めっちゃ追ってくるじゃん、全員で!」

「だってぇ、追手が居ないと面白くないじゃないですか!」

「そんな事言ったって!」

「大丈夫。絶対に逃げ切ってみせますよ! こう見えても上位悪魔、しかもトップを飾る七つの大罪が一です! それに何か知らないけど今、物凄く元気なんですっ!」

「……あれ、前にもこんなテンションだった時無かったっけ」

 確か「魔物王に俺はなる」だのなんだの言ってジャックにけちょんけちょんにされてたような……。

 アレ!! 本当に大丈夫か!? コイツ!

「よぉーし。行きますよっ、主!」

「わっ、わっ、ちょ、スピード早い! 酔う、酔う!!」

 後ろからピシュピシュ放たれる雷撃や攻撃魔法をすいすい躱し、僕らは宇宙の彼方、物語の外に向かって飛んで行った。


 あんなに大きく見えていたトランスウォランス艦や浮遊大陸が今じゃゴマ粒だ。

 あんなに大きく見えていたロボット共も今じゃ脅威ではない。


 この宇宙に比べれば。


 色々あった。本当に色々。


 やり遂げたんだな。

 思っては感無量になる。――今はそれどころじゃないけれど!


「あははははっ! 楽しいですねっ! やっぱり宇宙は最高です!」

「……もう、お前が喜んでくれるなら何でも良いよ!」


 そう言って彼方へと手を伸ばした。


 * * *


 こうしてあと一歩の所で補正を持ち逃げされた守護天使四名は一転、物語に取り残された座敷童たちの救出に向かう事になりました。

 ここでもテラリィくんの勘が炸裂。瓦礫の影でがたぶる怯えていた小っちゃな小鳥一羽見逃さない徹底ぶりです。

 そうして誰一人として犠牲者を出すことなく、物語の崩壊を見送ったのでした。


「おのれベネノー!! 覚えてろ! いつかその補正、取り返してやるからなっ!!」


 めでたしめでたし! ハイ終わり!




 ――そう言えばエンジェルはどこ行ったんだろう。


 その謎だけが心の隅に残っていた。


(第四話 「神仏」 対 「科学」 Fine.)

(To Be Continued...)

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