物語防衛戦最前線-7(宙に光あれ-2)

 そうして残ったのは――胸部を剥き出しにしたクライシスマン・親の変わり果てた姿。

 あれは――。


「コアだ!」

「遂に出したな? 博士!」


 * * *


『いけ!! 一斉射撃だ!! 相手に回復の暇も与えない程に撃ちまくれ!!』


 怜さんの絶叫にテラリィを除いた守護天使三人(+僕)が各々の武器を目の前に構え、撃ち出す。

『杉田!! 今だ、Schellingを早く!!』

『待ってろ……!』

 杖の先端がどんどん熱くなってきた。流石に一気に撃ち過ぎだ。ガトリングならとっくにオシャカになってる。

「ファートム、もっと早く出来ないの!?」

『今やってる!! コイツ、コックピットの中で抵抗してやがるから、あのロボット並みにかてぇんだわ!!』

「そ、そうは言っても先生! 手が痺れてきたよ!」

 トゥルエノさんがヒイヒイ言い始めた。そう言えばこの戦闘が始まってから一番射撃をしているのは彼だ。

 もうそろそろ休息を入れてあげないとヤバそうだけど……!?

「ファートム!! 早く!!」

『待てってば!! 急かすな!!』

 僕も段々疲れてきた。魔力はあと幾つ残ってる? 杖はあとどの位持つ?

 皆は。皆は今どんな状況なの!?

 コアから目が離せないんだけど、よくよく見ているとどんどん弾の大きさや威力が減衰していってるのが分かる。

 皆疲れてるんだ。長期戦になっているってのもそうだけど、「勘」や「魔法」なんかは一筋縄ではいかない相手だから余計に。

 ――否、そんな事言ってるけど僕だってもうそろそろ限界だぞ。

 まだか。ファートムはまだか!


 その時。




「ウウウウ、やめろ、やめろっ、やめろっ、ヤメロ!! ヤメロヤメロヤメロヤメロ、ヤメロ!! 僕を殺すな!! もう死にたくない!!」




『ウワワ!!』

『杉田!!』

「ぎゃああああ!!」

『お前達!!』

 辺りが騒然とした。

 クライシスマン・親の体は上手く動かないはずなのに、博士がその体を無理に回転させ、僕達の猛攻を振り切ったのだ。同時に滅茶苦茶に撃ちこまれた弾丸や衝撃波で僕らは悉く向こうに飛ばされた。崩れた瓦礫に背中を強く打ち付けてしまい、息が暫くの間上手く吸えなかった。下手したら脊髄やられてたに違いない……。

 クソ、何て奴……!

『全員無事か!? おい、返事しろ!!』

「な、何とか大丈夫だよ……れいれい……」

『テラリィは無事か。――他は』

「僕も! 僕も大丈夫、です……!」

『べんべん! 良かった、本当に』

 怜さんのほっとした声。その後も次々と天使達の安否が伝えられていく。

 エクラさんとカルドさんはまだ何とか動けるけど、既に魔力をかなり消費している。トゥルエノさんは意識はあるけど消耗が激しく、一時休息を取るということになった。

 トゥルエノさん……。

 因みに僕達二人は攻撃の為の魔力を余り消費していない為、これからの攻撃の要ということになった。

 一層気合が入る。

『怜、こりゃ困ったことになった』

『杉田! ――干渉は』

『正直認めたくはないんだが、失敗だ。意識がはっきりしている上に、自分の体が取られることへの激しい抵抗がある。これに物語の権限を握る「運命の書」の切れ端までもが加わってるから、相当厄介。ったく、どこの誰だ「運命の書」の切れ端を横流しした奴は! それさえ無ければ上手くいってたのに……!』

『……』

 怜さんの息を呑む音が通信機の受話器越しに聞こえる。

『兎に角そういうことだ、怜。もうこれ以上、外部勢力の俺に出来そうなことはない。だが物語をこのまま破滅に追い込む訳にもいかないのも事実だ。この物語の破滅はそれ即ちストリテラの破滅をも意味する。どうしても奴の暴走を止めなければならん』

『……』

『なあ、何か無いか。アイツの動きを強制的に止められるような物は!』

『……』

『なあ、怜!! お前が一番よく分かっているんだろう!? アイツのこと、博士のこと!!』

『……ひとつ。一つだけなら』

『何だ』


『アイツ自体の電源を切るんだ。で』


 その瞬間ハッと脳内に閃くものがあった。


 ――こうやって特別な機械でシャットダウンしてやらないと永遠に生き続ける。まるでゾンビだ!――


「怜さん……シャットダウンですか」

『博士には申し訳ないけれど、致し方ない。やるしかないだろ』

「でもでもっ、電源はどうするんですか!? 今や殆どのビルがあの博士の手によって崩されていて、僕達が戦ったビルさえも跡形もなく崩れ去りました!」

『そうだな……このままじゃ、コイツは使えない』

 くそ……どうすれば!


『――と言うと思ってなァ!?』


 ……。


 ……、……。




 ……!?




 だ、誰だ。もう通信機で喋るキャラが渋滞しかけてるのに無理矢理、通信捻じ込んでくるような非常識人は!

 読者が混乱するだろ!!


『俺だよ俺ェ。今回の影の立役者、古川修平様だ!! この通信機の電波をハックさせて頂いた!!』


 って、お前か!


「ああ、いたなぁ、そんな奴……」

『おいテメェ、ビームぶち込まれたいのか』

「ななっ、何でもないでしっ!」

『分かればよろしい』

 ……彼が元々出演している作品のキャラクタの皆さんが何だか可哀想になってきた。振り回されてるんだろうな、間違いなく。


『こほん』


 一応説明し直しておくと兵器開発副局長の一人で、デヒムさんの攻撃の為に「天の欠片」の代替品というぶっ壊れアイテムを提供した人。


『お前達がいずれそう言うんじゃないかと思ってな? ゴミ電気を応用した電池を工作で作っておいた。これさえあればお前らの言う機械も何でも思いのままよ、感謝しなっ!!』

 ……早速役に立ちそうな立たなそうなアイテムだ。

 何だよ、ゴミ電気って。

『全部丸聞こえだぞ、座敷童』

「ひゃんっ」

『一刻を争う事態だ、文句は受け付けん。兎に角そういう訳だ。海生んとこのフィロをそっちに送る』

 今遠くの方で「何で私が!」って言ってるのが聞こえたな。

『そっちの代表者はフィロに自分の現在地を伝え、電池を受け取れ。足止めならこっちに任せろ。デヒムがどうにかしてくれる』

 ……今遠くの方で「勝手に言うな!」って言ってるのが聞こえたな。

 ……、……今「僕達が代替品作ってやっただろうが、文句言うな」って言ったのは誰だ? 海生の方か?

 直後に、こちらに向かってきたクライシスマン・親の腕を光線で縛ったデヒムさんは優しいよ。泣いちゃうよ。

『で、代表者は誰にする?』

『俺が行く』

 即答したのは怜さん。


『俺が一番アイツのことをよく知っている。だから俺に行かせて欲しい』


『よし分かった。情報屋、お前の所に派遣する。到着予定時間は……凡そ二分後といったところか。――よし、というわけだフィロ。これ持って地上まで降りていけ。そらきりきり歩け、とっとと行けっ!』

 ぽかっ。

『ヒイイッ!』

『達者でなー』


 そこまで一方的に言って、勝手に切りやがった。

 本当に自由な人達だ。


『今の、全員聞こえたな』

「はい」

『今はデヒムが足止めしてくれているが、そろそろ持たなくなる。俺が電力を受け取るまでの間、足止めをお願いしたい』

「……」

『消耗が激しいのは分かっているし、それに関しては本当に申し訳なく思っている』


『しかし、きっとやり遂げてみせる。それまで力を貸してくれないか』


「そんなの当たり前だよ、れいれい! 俺らの力で何とかしてみせる!」

「ったく、しょうがねぇなぁ」

「カルド、もっと素直になれないの?」

『……、……ありがとう。それじゃあ頼んだぞ、お前達!』

「任せてよっ!! ――よし、ベネノ、突っ込むぞ!」

「ほいきた!」

 デヒムさんの光線がクライシスマン・親を抑えきれなくなった所で引き継ぐ様に彼に切りかかっていく。

 ビームの速度も威力も先程のそれらより若干減衰していた。


 消耗しているのは何も俺達ばかりではない。

 物語の終幕はもう直ぐだ。


 何度も目に向かって切りかかりつつ、ビームは確実に避けていく。僕はバリアーを展開しながらテラリィさんを守った。

 遠くにふと目をやると、下で小さく何かが走っている。――怜さん。

 発煙筒を掲げながら宙に向かって合図を送る。そこ目掛けて遠くから宇宙戦闘機が凄いスピードで突っ込んできた。

 フィロさんだろう。

 そして、それに当然反応しないはずはない博士。コアにぶつかる猛攻に体が動かなくなっているのも構わずに、彼はあろうことか、唯一の丸腰であろう怜さんに襲いかかった。

 怜さん……!!

「駄目駄目!! そんなの駄目!!」

 反射的に杖を振り、殴りかかった拳に鋭いビームを幾つもぶつけた。


 それが拳の軌道を少しく逸らした。


 戦闘機から投げられた電池が怜さんの手元に渡る!


 やった!! これでシャットダウンが――






「イヤダアアアアアア、いやだいやだ!! サセナイイイイイイイ!!」






 彼の呑んだ「運命の書」の切れ端の力であろうか、突然巨大な腕がクライシスマン・親の腰の辺りから生えてきた。

 それは一直線に怜さんの体を掴み、持ち上げた。

 反動で電池に接続されたあの機械が手から滑り落ちる。

『グ……!! アアアッ!!』

「怜さん!!」

 通信機越しに聞こえる彼の苦痛極まりない声。

 それに反射的に絶叫した。




 ――怜さんは、絶対に「助けて」って言わない。




 どこで聞いた言葉だったか、突然脳裏に浮かんだその言葉に胸がいっぱいになる。

「れいれい!」

 慌てて怜さんの元に近寄ろうとするテラリィをもう一本生えてきた腕が弾いた。

 今、合計何本だ!? 兄と同じ四本になってるんじゃないか!?

「くそ、れいれい! れいれい!!」

 テラリィさんが必死に接触を試みるが中々上手くいかない。

 クソ、クソクソ! クソ!!

 本当にあともう少しなのに!!

 腹を潰されそうになっている中、苦悶の表情を浮かべながら彼は一生懸命、懐にしまっている小さな拳銃を取り出そうとしていた。しかし利き手であろう右手が握られた拳の中でがっちり拘束されていて上手くいかない!

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう……。


 どうしよう!!


 こ、こここ、こうなったら……!!






「怜さん!! これ使って!!」






 その瞬間、ほぼ勢いで自分の手の中にあった杖を怜さんに向かって投げていた。


 ――というよりかは、気付いたら杖が手の中に無かった。

「何してんだ、ベネノ!」

「え? ――え、あ! あ!!」

「シャットダウンが成功したとして、誰がトドメを刺すんですか!!」

「本当だ!! どうしよう!!」

「馬鹿!!」

 とはいえ、時既に遅し。

 物凄い回転をかけながら怜さんの手に渡った杖はいつの間にかに変身しており、怜さんの手中にぴったり収まった。


 あ、格好いい。

 全部さまになってるよ。やっぱ投げるべきだったんですよ。

 嗚呼、てぇてぇ尊いなぁ、てぇてぇ尊いよぉ!


「ベネノ!!」

「ひゃいっ! しゅみましん!!」


 僕がテラリィに怒られている間にも怜さんは左手だけでてきぱきとリロードをし、奴の拳の中で自分を握る腕の付け根を狙った。


 絶対無理そうに見える環境の中で、何とか活路を見出す。

 それが怜さんだ。






『ベネノ、借りるぜ』






 ズドン!!






 瞬間、銃口から銀の弾丸が飛び出し、クライシスマン・親の腕を一つ切り落とした。――凄い!!

 無茶な改造を施された腕は簡単にボディから外れ、そのまま自由落下。物凄い高さだったけど、怜さんは自分を縛っていた腕を敢えて利用。何とかクッションにして無事着地し、直ぐ様機械をいじり始めた。


 何だこの格好いい生き物は!


『べんべん、テラリィ、コイツを早く取りに来い! もうすぐ目の前の巨大ロボを鉄塊に出来る! 奴の電源を完全に落としたらコアを完全破壊し、復活できなくするんだ!! 急げ!!』

「はい!」

 テラリィが地上の怜さんに向かって物凄いスピードで突っ込んでいく。博士は残った三本の腕と残った弾丸を使って抵抗してきた。


 が。主人公補正持ちを舐めんなよ!? ――他の作品の物だけど。


「異世界ファンタジー」の補正が上手く効いたと見える。先程よりも激しい攻撃であるにも関わらず、攻撃には一つも当たらなかった。

 地上スレスレで怜さんに預けていた杖を受け取り、一気に上空へと舞い上がった所で、クライシスマン・親から派手な音が聞こえた。見れば幾つもの火花が散り、目から生気が失われていく。


 シャットダウン、今度こそ成功だ!


「クソォ!! 余計なことをして!!」

 いくら操作しても動かないらしいクライシスマン・親に痺れを切らして、博士本人が腹のコックピットから顔を出した。


 ――今だ!!


「投げて、テラリィ!! クライシスマン・親の胸元に向かって、早く!!」

「ええい、行け!! ぶち込んでやれ、ベネノ!!」


 ハンマー投げでもするように何回転かして、思いきり僕を投げ飛ばした。






 胸元のコアだけを見つめ、杖を構えると、時間がゆっくりになったような気がした。全てが止まって見える。

 よし、このまま……。






 このまま!!






「宙に光あれ!!」






 ――その瞬間。


 僕の肩を強く抱き、両手に左手を強く添えてくれたがいた。


「……!!」






 薔薇の香りが、強く、頼もしく、







「主。宇宙を共に手に入れましょう」






 香った。


(つづく)

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