物語防衛戦最前線-1(運命神の出撃準備)

 天使の隠し子より連絡が来たのは午前三時頃。

 物語の最低限の構成に疲れ果て、泥のように眠っていた真っ最中のことだった。


「先生、先生! 起きてください!! 緊急の通信入ってますよ、誰だか知りませんけども!」


 起こしてくれたのは黒耀という名の座敷童。耳元で揺れる桃色の硝子の耳飾りがいつ見ても綺麗だ。

「うー……頭痛い……」

「カフェインの摂りすぎとかなんじゃないですか? それとも深酒したんですか?」

「二日三日、ほとんど寝てないんだよ……君が通信に出てよぉ……ぼかぁ眠い」

「知りませんよ! そんなの下っ端に頼まないでください!」

「ええええー」

 ぎゅうぎゅう腕を引っ張られ、ボロ雑巾みたいな体を無理矢理起こされる。

 まるでデカい子どもだな。黒耀は素直に思った。

「……相手は?」

「てん、しの……隠し子って人です。……ってか何です? この名前。厨二ですか? このひ――うわっ!!」

「応答しろ、応答しろ! 杉田だ!! お前は無事なのか!」


 暫く経ってからかすれた声が耳元に流れ込んできた。


『――何とか、ね』


 * * *


「さぁ、勝ち抜き戦、ボスラッシュ」


「君達、こういう展開が欲しかったんだろぉ?」


 欲しかったけど……欲しかったけどさぁ。


 そういうんじゃないんだよ!


 既に頬をざっくり切られ、冷えた空気(※しつこいようですが、無重力空間という設定です)が棘のように刺さって痛い。この少しの間だけでこんなにも消耗している。

 だというのに目の前には三体の巨大ロボット、加えて物語の外枠を物理的にぶち壊そうとしているロボット一体。

 極めつけ、その他大勢。


 マジどうすんだ……。


 ――と、突然。


『もしもし。もしもーし!!』

「ウッ!」


 頭にガツンと大声が響く。

 こいつ、脳内に直接――!


 って誰だ。


「だ、誰ですか」

『良かった、連絡が取れた』

「誰って言ってるんです」

『凡太郎くん、覚えてる? 君のだけど』

「……!」

 思わず体が硬直した。


 ファートム!?

 

 な、何で僕の居場所が!?

『悪いな、凡。大輝に頼んで通信機を付けて貰ってたんだよ』

 つ、通信機!?

「何でそんな悪趣味なこと! どこに付けたんですか!」

『ま、待って、取らないで』

「ってか何のために付けたんですか! 基本的人権って言葉ご存知ですか?」

『え、あの、ちょ』

「あー良かったー、ファートムが馬鹿で。ねぐらまで持ち帰ってたら大変な目に遭うとこだった! マモン一緒に探して! 大急ぎ!」

「どれどれ」

『アアアアアアアアアア!! ストップストップ!! 別にお前達にどうこうしたい訳じゃなかったんだよ! 信じてよおおおおおっ!!』

 音割れする程の大声が僕らの手を止める。

 ちょ! マモンがびっくりしてるだろ、やめろオッサン!!

「ったく一々煩いなぁ、マモンが怖がってるから大声やめてください!」

『煩いなぁじゃないよ、話をさせてよ』

「えええー……話ィ? ……僕、嫌いな人とあんまり喋っていたくないんですよねぇ……」

『え、そんな、ちょ』

「じゃあ切りますね、さよなら」

『アアアアアアアアアア、ストップストーップ!! 話がこれ以上停滞すると読者さんが離れてっちゃうから!!』

「うるっさい! そんなの僕達には関係ないでしょぉ!?」

『そ、そんな! キャラクタが言う台詞じゃないでしょぉっ!?』

「作者の都合なんか知りませんよ。敵の癖に馴れ馴れしくしないでください」

『やっ、ちょ、待ってよ! えっと、えっと』

 その瞬間沈黙が走り、やがて受話器の向こうで腹をくくったみたいな息遣いが聞こえた。


『分かった。分かったよ、凡――怜の秘密エピソード……! 大特価二本を君にやろう……!』

「……!」

『何ならアイツの手料理をくれてやっても良い……!』

「……!!」



『俺……神だもん!!』

「……!!!」



 コイツ……痛い所を突いてきやがる! 何という職権乱用!!

 く、くそう! よだれが出ちまったじゃねぇかっ!

「えっ、手料理」

『うめぇぞ、アイツの料理。ありゃ多分、店出す気だな』

 ……。

 嗚呼っ、その愛しきがめつさよ……!

「じゃ、じゃあ……れ、怜さんをあの瓦礫の下から助け出してくださいね? 先ずはそこからですっ! そしたらぁ……その、手を打ってやらんことも無いですよ?」

『ん? アイツ埋まってんのか?』

「え? ファートムの癖に知らないんですか?」

『いや、寝てたから……』

 寝てた……!

 寝てたとな!!

「かぁーっ、なっさけねぇー!! 自分の物語だろ!」

『んなっ! た、たださ、言い訳させて貰いますと、ホラ……お前らも聞いてたろ? ってさ』

「はぁ? だから、宇宙船の話は良いで――」

『違ぇわバァカ! そんな脆い船で大気圏脱出できる訳ねぇだろ! 俺が言ってんのはこののこと、もーのーがーたーり!』

「物語?」

『そ。お前達の動きは非常に危険。一つバランスが崩れるだけで神の予想していなかった展開が起こる可能性があるシナリオブレイカー。今回だって、「本来はこんな事起こる筈は無かった」って事象が山のようにあるんだぞ? 分かってんのか?』

「……何となく感じてはいました」

 ちょっとだけ責任は感じてる。

『――だがそれを超えるトンデモ事象が今から起こる可能性はまだある』

「……!? そ、それって……」

『そんなとぼけてみた所で、薄々分かってんだろ?』

「……」


『即ちここに居る全員――いや、それどころかストリテラの消失。即ち世界の喪失だ』


 ……!?

 キャラクタだけでなく、ストリテラ!?

 !!?

 一気にごそっと!?


 そそっ、それは聞いてない! 物語が壊れる辺りまでは分かってたけど、それまでは聞いてないよ!!


「どういう意味ですか!」

『それをこれから説明してやるんだよ。取り敢えず今は俺の指示通りに動け、そうしたら攻撃は絶対当たらない』


 * * *


『物語には導線というのがあってな』


『緩、急、緩、急。虚実皮膜きょじつひにく。目標の転換。ウラジミール・プロップの三十一の機能。ナラトロジー物語学……その他色々。読者を飽きさせずに物語を読ませる為の技術は数多とある。その推進力の一つに導線の明確化っていうのがあるんだよ、単純な話だけどさ』

「導線、ですか」

『例えばジャックがいた。魔物が現れて魔王の出現が知らされた。遠くの国に居るらしい。それまでは町やダンジョンを転々としながら奴の討伐目指して突き進む。――どうだ、目標が明確だろう』

「はぁ」

『他には桃太郎、一寸法師、金太郎。最終的に俺はこれをやり遂げる、これになる! という確固たる目標の下主人公が進んでいくのを追っていくタイプの物語だ。こういう導線やら目標の明確化やらは物語の基本要素と言っていい』

「は、はぁ」

 レールを歩くだけのキャラクタには無縁の知識すぎるな……。

『しかしどんなに目標が明確であってもゴールが明確であっても、それまでの途がとっ散らかっていてはお話にならん。そこまで読者は沢山覚えていられないからだ』


『即ちキャラクタが暴れ過ぎた。おかげで予定外のことが沢山起きている』


『物語が壊れかけている』


『だからお前達のそのシナリオブレイクの力を今回は悔しいけど使わせてもらおうって話なんだが、分かったか?』


 ……。


 ……、……。




 いや全然分からん。




「もっと分かりやすく説明してくれませんか? 全然分かりません」

『わっ、分かりませんん!?』

「大体、言ってることが高次的過ぎるんですよ。もっと分かりやすく僕達のレベルに落とし込んで言えないんですか? ったく、こういう時怜さんなら具体例とか使ってもっと上手に分かりやすく――」

『あああ煩いなぁ! 高次的とか高圧的に言わないでよぉ、完璧超人と俺とを比べないでくれよ、傷つくからぁ!』

 受話器の向こうがほぼ涙声だ。


『あのぉ、だからつまりぃ……えー……』


 お、捻りだしてる捻りだしてる。


『この話を分解して詳しく説明してみるけど、えー、まず本来の展開は……。


 博士救出隊が出た。

   ↓

 戦ったがいなかった。

   ↓

 戻って作戦会議をしていたら突如博士の発明品に酷似したロボット兵達が襲来、苦戦を強いられた。

   ↓

 そこで自分達は騙されて誘導されていた挙句、肝心の彼は本拠地まで連れ去られ、洗脳された後だということに気が付いた。

   ↓

 早く博士を救出しなければと焦り、悩む隊員。

   ↓

 そこで艦長が気が付く――あのロボット兵達が出撃した場所を特定し、追っていけば辿り着くということに。

   ↓

 そこでエリート達が満を持して出動。本拠地に到着。

   ↓

 苦戦の末、最終的に博士を発見、奪還。

   ↓

 研究員達に治して貰ってハッピー。さあ反撃だ!


 ――説明終わり!

 どうだ、話の流れが分かりやすく、興味も途切れないだろ』

「ほうほう」

 確かに。今までの迷子みたいなのと比べると遥かに分かりやすい。予め敷かれたレールを歩いている、あのいつもの感覚がとても心地いいし、安心する。

『この時「大きな目標」までに「小さな目標」が幾つもあって、それぞれをクリアーしながら「大きな目標」に近付いていってたのも分かったか?』

「ええ。何だか数学の計算を順序良くしていってるみたいでとても気持ち良かったです」

『その通り。今回の補正はその順序をきちっと守ってもらって、SF作品の地盤を固める為にあったんだ。じゃないと初めて書く物語の展開ってのは直ぐどっかに行っちまうからな。――なのにお前達と来たら』

「す、すみません……」

 ファートムのはぁ、という大げさな溜息。思わず謝っちゃった。

「ででっ、でも今まで通りやっただけなのに、どうして今回だけ!」

『そりゃあこれまでのは手垢べったりのスーパー完璧物語だったからな』

 むむ? 新しい古いに何の関係が?

『良いか? これまでお前達が破壊してきた物語はキャラクタ達の確かな経験と四神が作る盤石な基盤の上に成り立っていた。だから好き勝手しても物語の流れは滞らず、暴れることもなかった。それだけ外枠も土台もしっかりしていたからだ』

 ふむふむ。

 なるほど?

『しかし今回は主人公補正と外枠だけで何とか繋ぎ止めている生まれたての物語。一つの工程が狂えば全員混乱し、何をすれば良いのか分からなくなる』

「……」

『それが「捻じ込まれたエンジェルとの戦闘」、「来れるはずのない情報屋の登場」、及び「事故」に繋がった』

「……」

『お前達も目標までが遠すぎて正直辛かっただろ』

「辛かったです。何だか取っ散らかってるし、休憩も出来ないし、いざ到着してみたら博士は変人だし……」

『更に言えば、目標を何度も再確認してたもんな』

「ええ」

 何とか物語として筋を通そうと努力していた。それが負担だった。

 なるほど、この違和感とストレスの正体はこれだったか。何故だか博士の運命の書の件よりこっちの方がしっくりくる。

『その負担が今回物語を壊している要因のひとつになっている。だから宇宙にひびが入ってるし、そこにロボットが手をかけて壊そうともしている。これは非常にマズい』

「どのようにマズいんでしょうか」

『「箱庭」を抱えるストリテラ。それは俺や悪魔王が産み落としたキャラクタ達の暮らす安寧の場であり、物語とキャラクタ、そして読者を繋ぐ架け橋でもある。――故に彼らの安全のためにもその中の調和が完璧に取れていないといけない。分かるか?』

「分かります」

『そこにこの不具合バグだらけの物語突っ込まれてみろ。融合されてみろ。最悪そこからストリテラは崩れ落ちていくぞ』

「ひえっ!」

 ここで最初の結論に繋がるのか……!

 正直言ってそれは困る!

 僕らが好き勝手に戦争やら何やら出来るのは「地球は絶対壊れない」という安全の中に浸れているからだ。これから地球が何日で壊れます、カウントダウンを始めますって時に自然破壊なんてしていられないよ。

『そうだよな? 普通はそうだ。――だが、それがもう考えられなくなっちゃってる厄介さんが若干一名……』

「……」

 シェリング博士……。

 まだ大笑いしてるよ、滅茶苦茶元気だな。

 ――あ、一機UFO誤爆した。

『そこでミッション。今回は悔しいけどお前達の主張してきた「神仏の台頭作戦」を呑んでやる。それをテーマに博士が壊せない程完璧な物語を作り、決着を付けろ』

「そうすれば物語の崩壊は免れますか」

『興味の惹かれる導入、確固たるエンディング。その二つがあればつまらなくとも物語は大体何とかなる。そこまでは俺がサポートしてやるから、お前達は展開を考え、博士を導き、物語本来の姿を取り戻せ。今はそれしか救う方法はない』

「分かりました」

 唾をごくりと飲む。突然の壮大さと責任の重さに、マモンの体を思わず強く抱き締めた。

「大丈夫ですよ、主。彼の言いなりになるというのは気にくわないですが……私の未来の宇宙のためです。やり遂げましょう」

「でも不安だよ」

「大丈夫。私が付いている」

 必死に逃げ回りながらも軽く手を握ってくれるマモン。それだけで何だか温かな物が胸に湧き上がってくる気がした。

 そうだ、僕らならいける。きっと。

 僕らならやり遂げられる。


『さ、気を引き締めろ。これからの大まかなスケジュールだ』


 ファートムからの通信に身構える。


『博士が際限なく作るロボットの数はこちらで何とか抑えてみる。その間にお前達は出演予定だったボス級ロボットを宣言通り魔術のみで打ち倒せ』

「順番は」

『先ずはクライシスマン一号、二号。順番通りに殺れ』

「一気に二機ともとかは駄目ですか?」

『もしできるならやっても良いが、一度に三体以上は相手にしないこと。ごちゃごちゃするから』

「はい。余裕がありそうだったら伝えます」

『よろしい。――それが完了したら三号の方へ向かえ。それまで兄はこちらで抑えておく』

「ええっ!? ロボット達まで抑えてるのに……そんな大量の数を任せちゃって大丈夫なんですか?」

『大丈夫? 何言ってんだ、こっちは神だぞ? 敵なんぞ百体でも一万体でも抑えておいてやる。父を信じろ』


 ……!


 はわ……。


 ――や、べべっ、別に格好いいとか頼もしいとか思ってないし!

『そしたら最後。兄をぶち倒し、博士の補正を取れ。以上の工程を終了した時、物語もまた終幕へ向かうだろう』

「どうして補正を? それで洗脳が治るっておかしくないですか?」

『確かにな。本来ならば研究員に治してもらう所だが……最早そんな暇はないだろ』

「まあ無いですね」

『だからこちらで補正を取れば洗脳も解けるように調整しておいてやる。博士が救われるという一つの確固たるエンディングを無理矢理でも迎えられたならば、晴れて物語は一つの土台と頑丈な外枠を得る訳だ』

「なるほど」

『だが気を付けろ。お相手は物語の主導権を握ることのできる「運命の書」の切れ端を持っている』

「……」

『俺の隙を見て何かやらかしてくるかもしれない。いつ何時も予想外の事故に対処できるように身構えろ。気を抜くな』

「分かりました」

 その瞬間、二号(確定)が鉄のデカい拳をこちらに向けて振って来た。


 ウワ――ッ!!


 ――と思わず身構えたがそいつは僕らの鼻先で拳を止め、動かないでいる。


 いや、動ない、だ!


 ファートム……!

 早速イケメンかよぉ!! ――じゃねえ。ぐふんぐふん。


『さあ、行け! この物語、キャラクタ、そしてストリテラの命運はお前達の腕にかかっている!』


 彼の声に合わせるように僕らは真っ直ぐ一号目がけて突っ込んでいく。

 勢いよく振られた鉄の拳と「陰」とが思い切りぶつかり、衝撃波が周りのロボット達にもろぶつかった。

 何機かが、核の損傷の為に落ちていく。



『物語防衛戦最前線』


『後はお前らに頼んだぞ』


 ファートムの声が震えていた。

 物語の修正が今、始まる。


(つづく)

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