出撃

「うーん……」

「あっ! 主!!」

「マモ、ン?」

「主!! 分かりますか? マモンです!」

「分かる――ててて」

「ああ、無理をなさらず。今は横になってください」

 ちょっと体を起こすと額から蒸しタオルが落ちた。水が使えないはずなのに、と問うたら腹の中でどうにかこうにかしてみたとのこと。

 強欲って凄いなぁ。何でも出来るんだ。

 そんな僕だけど、廊下で後ろ向きに体が傾いた所から記憶がない。気付いたらマモンが心配そうに僕を見つめていた。

 頭が物凄くガンガンする。どっかにぶつけたのかな。

「主……良かったです、死ななくて。本当に……」

 と、ふと見ればほぼ泣きそうな顔してえぐえぐ言ってるマモン。

「ちょ、どうしたんだよ、泣くなよな? ったく、大げさだなぁ」

「な、泣いてないですよ! そっちこそ大げさです」

「いちちち」

 ほっぺむにーってするな! アンタのそれは意外と痛いんだから!

「それに、主を心配しない使い魔が居ると思いますか?」

「アンタは結構心配しない質だと思ってるけど」

「酷いなぁ」

「いちちちちっ!」

 だから引っ張るなってば!! もう、そーゆーとこ! そーゆーとこなんだよお前は!!

「まあ、兎に角。無事で本当に良かったです。今はゆっくりお休みください」

「寝てても良いの?」

「宇宙空間でぶっ倒れられた方が困ります」

「……」

 正論過ぎて何とも言えない。

 布団を肩までかけ直し、新しい蒸しタオルをお腹から出す。

 アツアツで、気持ちいい。

 生まれたばかりの頃、慣れない戦闘で大怪我して物語から緊急退避させられた時とかは、こうやってファートムがおしぼりで顔拭いてくれてたっけな……。


「まあ、事件が起こるまでは実質暇ですし。何ならさっき言ったみたいに主が回復でき次第直ぐ出ちゃえば良い――」


 ビーッ、ビーッ! ビーッ、ビーッ!


『緊急事態、緊急事態! 各乗務員は持ち場に移動して指示を待て。繰り返す、各乗務員は持ち場に移動して指示を待て』


『兵器開発局長、アンドリューが敵軍に拉致られた可能性がある。これから各々に作戦を授けるからちょっと待ってて』


「起きてください」

「突然の鬼畜」

「ほら早く早く。こんな面白いの、ここで逃したら勿体ないですよ! ブレイクのチャンスでもあります、博士を利用する他ないですよ!」

 さっきまでの優しさとは打って変わってぐいぐい腕を引っ張り出すマモン。

 ちょ、ちょ!

「うーん、頭がグラグラするよぉ! おんぶしてよぉ!」

「生意気言うな、こわっぱがぁ!」

「ひーん!」

 ちょっと感動したさっきの時間を返せよ!

 本当、そーゆーとこ!


 * * *


「何でもね、君達が帰って来た時には既にいなかったらしいんだ」


 戦闘指揮所に集められたグループAことテラリィ達エリート五人。

 それを後ろからこっそり覗く僕ら二人。

 ダイキが細い目を見開き、綺麗なエメラルドを瞬かせながら話を進める。

 エメラルドといえば怜さんに会ってないな……。

「確かにお前らが帰ってくる前に、俺と海生とアイツで今度の新しい兵器について渋沢にプレゼンをしに行った。ここに記録も残ってる」

 隣でロリポップくわえながら逆さキャップ被った研究員――シュウヘイがレポートをぱらぱらめくりながら言う。

「で、その後トイレに行ったっきり行方をくらませた、ってわけ。な? 海生」

 隣でずっと押し黙ったままの研究員――カイセイがこくんと頷く。

 ふーん。

「はーい! 質問でーす!」

「はいっ、テラリィくん!」

何かトラブルでもあって、家出したとかなんですかー?」

「おっ! 痛い所突いてくる!」

「ありがとうございまーす!」

 ……ん。

「そう! 実はウチの艦長と博士がぼこぼこやり合って――と、言いたいところだけどお互い仲は良好。今度の新兵器ももう直ぐ完成って所まで来てて、皆揃って大はしゃぎしてた所だったんだ」

「とすると……喧嘩とかそういうのは……」

「ま、考えにくいわな」

「そっかぁ。そしたら唯の誘拐だね」

「そうだな」

 僕聞き逃さなかったけど、今って言った? とも言ったよね?

「そういうわけで何か証拠でもないかと探し回っていた所、一件の通信を傍受した」

「ほうほう」

「暗号で、中身は……えー、2-A。そこに囚われているということらしい」

「2-Aですか。どこにあるんですか?」

「丁度……この辺り」

 レーザーマップが示す点々の集合。その中に博士は囚われている、ということらしい。なるほどなるほど。

「そこでミッション。多分だけど敵方はアンドリューを洗脳して自分達の手駒にする気だ」

「何でですかー?」

「僕ならそうするから、かな」

「ほぉー」

 テラリィがいつまでも……その、何というかおちゃめだ。

 緊迫感がまるでない。

「それは何としても阻止したい。現時点のような小っちゃくて脆いUFOが屈強なロボットとかに大変身なんかされたものならたまったもんじゃない。それは彼らを最前線で相手している君達が一番よく分かっているだろ?」

 誰かが唾をごくりと飲んだ。

「相手は質より量でぶつかってきている。おかげでこちらに侵攻されずに済んでいる訳だが……そこに質まで上乗せさせられたらそれこそ一巻の終わり。一気に彼らの戦争は無双に転じ、こちらは成す術なく陥落させられる」


「そしたら地球はいよいよ彼らの物だ」


 眉をひそめるダイキ。アイツ、あんな表情をする時もあるんだな。

「君達の助けが必要なんだ」

 真剣な眼差しで彼らの顔を次々見つめる。

 それに対する返答は想像していたよりもずっと早くにきた。

 最初から心は決まっていたらしい。

「分かりました、艦長。彼が手駒にされる前に連れ帰ってくれば良いんですね」

「そういうこと」

「そして仲直りをしてもらうと――ぎゃん!」

「開発している兵器の詳細がばれたり、その設計図盗まれたりしたら困るって話だろうがよ!」

 後ろからカルドのナイスツッコミ。

「それじゃあ皆。格納庫に行きましょう。善は急げよ」

「そうだね」

 エクラにトゥルエノが続き、他三人もぞろぞろ後をついていく。

 僕らもついていこうとそっと立ち上がった時。


「ところで、ベネノはそこで何をしているんだい?」

「ひゃっ!」


 マモンと一緒に慌てて身を縮こまらせたけど、ダイキはこちらをじっと見つめて動かない。

 どっから見てるんだよ……。まだ頭も出してなかっただろうがよぉ!

「居るのは分かっているから出ておいで。何をしているんだい」

「……」

 何とか誤魔化せないか?

 目を瞑って手を組んで更に黙る……。

 ……。

「何祈ってるんだい?」

「どわわわぁ!!」

 後ろから声をかけられて仰天。前につんのめって顔をぶつけてしまった。

「ててて……」

「努力は認めるんだけどねぇ。ほら、立てるかい?」

「え、あ、ども」

 ぐい、と引っ張ってもらい、立ち上が――じゃなああああいっ!!

「どーして隠れてるのがバレたんだ!」

「これマジックミラーなんだよ」

 あ。

「そりゃあバレますね」

「バレるね」

「で? 何しに来たの? 真逆自分達も行きたいとか言わないよね?」

「ぎくっ!!」

「主っ! 声に出してぎくとか言わない!」

「二人して嘘が下手過ぎるんだよ」

 げんこつをこつんと頭にのっけるダイキ。

「絶対だめだよ。危ないし、何度も言ってるけど壊れやすいんだから」

「宇宙船の脆さと僕達の行動とは関係ないだろ!」

「そういうことじゃないし、そう言ったとしても駄目なもんは駄目だからね!」

「やだー! 行くんだあああ!」

「駄目駄目!」

「わーん!! 行く行く!! 僕も宇宙に飛び出すんだあああああ!!」

「だ、だって!」


「だって君達、!?」


 ぎょっとして目を見開く。

「どこでそれを……」

「僕は他のキャラクタ達とは少し違うの」

 他のキャラクタとは違う?

「ああああーっ、分かった! ファートムんところの手先なんだろ!! 連れ戻そうって算段だな!?」

「そこまでは言ってないけど……」

「僕はもう離脱したんだ、帰らないからって言っといてくんない!?」

「っていうかそういう話をしてるんじゃないんだよ、今は。今の君達に外に出る権利はないって言ってんの」

「そういうの権利の侵害だと思いますけどー?」

「何を言う、自分達で決めたことじゃないか!」

「どういうこと?」

「言っただろ? 放り出してやっても良いけど、そんなことをすれば寝返る。だからが良いんだろ、ってさ!」

「……!」

 た、確かに……! 今回ばかりは言ってた……詐欺でも何でもなくただ聞き逃してた……!! うっかりしてた!

「それに契約書にも名前書いただろ? 二人して」

 うああああああああっ! それはちょっと、その、何というかずるくないか!? なあ!!

 ……とはいえ、よく読まずに書いちゃったしなぁ。

「これで分かったかい? 外に出れない理由」

「……」

「僕には君達の身の安全を守るほかに、この物語を円滑に進めるという義務がある。だからこそ君達をそう易々と外に出す訳にはいかないんだよ」

「……」

「だから君達には大人しく自室に戻ってもらってだねぇ――」

「隙あり!」

 そう言いながらダイキが僕の腕を掴んだ瞬間、マモンが手刀をその胸に鋭く叩きこんだ。

「……! クソ!」

「今です主!」

 手刀一発で簡単に後ろに倒れ込んでしまったダイキからすたこら逃げ出し、一路格納庫へ!

「あれ、大輝?」

 研究員達は気付いてない!

 必死こいてどんどん突っ走る。


 そうして格納庫に着いた時には、全ての点検を終えたテラリィ達グループAが出撃する所だった。整備士の誘導に従ってちょっとずつ前へ進んで――るじゃないですか、ちょっと待ってくださいよ!

「主! 背中に!」

「うん!」

 マモンの肩を掴み、背中にしがみつく。

「待て二人とも! 勝手をするな!!」

 ダイキ! あ、あれ、ちょっと回復が早くないですか!? ねえ!!

「早くマモン!」

「分かってます!」

「整備士! その二人を捕まえて! 早く!!」

「シャッターを下ろせ!」

「さすまたでも持って来るか?」

「そんな暇はないだろう!」

「そろそろ飛びますよ、主!」

 色んな声が交錯する中、腹の底にふわりとした感触があった。

 警音器をガンガン鳴らしながらシャッターがどんどん閉まる閉まる。そんな緊迫した空気の中をマモンが低空高速飛行で突っ込んでいく。

 戦闘機の彼らはエンジンをふかして既に遠くまで飛んで行ってしまった。

 うううー……!


「主! 頭低くして!!」

「うん!」

「強行突破しますよ!!」

「うん!!」


 首に回した腕をさらに強く握りしめ、更にスピードの上がったマモンにひし、としがみついた。


 そして、僕らは――


(つづく)

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