様々な謎

 ドスン、ドガバギ!


「矢張り」

「やっぱり?」


 目の前にぶっ倒れている(もとい僕らがぶっ倒した)数人の船員の補正をじっくり比較しながら確証を得たようにマモンが頷いた。


「この物語は少々特異なようですね」


 * * *


「どう特異なの?」

 自由行動になったので、早速主人公補正を頂戴しようと弱そうな船員一人に襲いかかった。

 ――が。余りに簡単に取れそうなので、何というか違和感。普通はジャックの時みたいに何かしらの加護があるというものだし、何といってもこんなに簡単に干渉できるものでもない。神の創作物なのだ。

 補正の効果についても取る前に一応調べてみたが、何というか、ちょっと変。

 更にはこれだけの数がある。これが最も変。

「これは誰の加護にもなっていない。唯、敵味方を識別するだけのものです」

「敵のも見たの?」

「おや、主は見てなかったんですか? あんな派手なやつ」

 う!?

 は、派手!?

「え――ああー! う、うん! ホラ、そんな暇無かったからさ。ホ、ホラ、酔いやすいし? へへへ」

「そうですか。それじゃあ主にも分かりやすく説明いたしますが、あの戦いの最後、ボス戦艦と仮称していた大きな船を攻撃したのですが、その上部に大きく美しい緑の球があったんですね」

「あ、あああ!? アレ!? アレが補正だったの!?」

「……? あれ? 主、見ていなかったのでは?」

「みっ、見てたけど分からなかったんだよぉぉお!」

「……」

 ジトっとした目で見るんじゃないよ! 悲しくなるだろ、自分は馬鹿です! って言ってるみたいでさ!!

「そ、それで!? それで、その主人公補正が何だって!?」

「それで、その主人公補正を破壊した時、確かに世界が揺らぎ、一瞬バリアーが剝がれたんですね」

「ほうほう、あれはそういうことだったのね」

「ですがそれ以上の変化はなく、物語も通常通りにつつがなく進行。これは普通の物語においてはあり得ないことなんです」

「確かに。いつもだったらもっと大きく、こう、派手にぶっ壊れるもんね。バリーン! って」

「ええ。しかし今回はひび入った程度。確かに物語を支えてはいるのでしょうが……他のそれらとは雲泥ほどの差があります」

「……新しい物語って、いつもこうなの?」

「さあ? しかし他のと比べて特に干渉しやすく、かつ特異であることは間違いありません。影響力に大きな差があり過ぎる」

「……」

「まあ、とはいえです。今の私達は主人公だらけの物語における唯一のモブ。物語の決定権を唯一持たない小さき存在、モブ。何をさせてもぬかに釘、暖簾のれんに腕押しの役立たず、モブ」

「言い過ぎじゃない?」

「よってこちらの方々の補正を頂くことといたしましょう。これからは貴方がモブですよ。船員A」

 ああっ、呼び方までモブっぽい!

「あ、でもっ」

「はい?」

「テラリィとかのエリート戦闘員じゃなくっても良いの?」

「何でですか?」

「えっ!? な、何でって言われるとは思ってなかったけど……ホラ、その……あれだけの修羅場を全部勘だけで潜り抜けてきた訳だし……アレ、補正としてはかなり強めだと思うのですが……」

「残念。千草の歌の才能と同じで、アレも生来のものです。真似する為には『暴食』で喰うなどしなければなりませんね」

「でも、その暴食のベルゼブブは今いないんだろ? ……ちぇ。こういう時だけ都合よく仲間だったらなぁ」

「……ええ。本当に」

「どうしてここにいないんだろ。どっか出かけてんのかね」

「……、……さあ?」

「あーあ。つまんないの」

「……、……それにですよ。主」

「ん?」

「どうせ取ってもその力が宿らないのであれば、この補正でも大丈夫なんじゃないでしょうか?」

「あ、そっか。最終的にはそうなるのか」

「そうそう」

「じゃあその案採用で!」

「ありがとうございます」

「そんじゃ、折角だからマモンも補正着けてく?」

「いえ、私は主ので十分ですから。ご心配には及びません」

「そっか。じゃあ良いね」

「ええ」

 今までのと違って何の温かみも特別さも感じない、唯のオーラみたいなほわほわした補正。感触も、付けた後の身体感覚も今までのそれとはまるで違うな。

 うーむ。

 何か……不思議。

「そしたら主。こいつらはまとめて手近な部屋に押し込んで、我々は離脱の準備と参りましょうか。手頃な出口を探し、脱出。そうして愈々我々だけで敵機を全部破壊するのです!」

「おー……! 遂にだね!」

「はい。そうと決まれば早速調査開始ですっ!」

「おー!!」

 そうしててくてく歩き出した瞬間。


 僕の後ろ襟に向かって手が真っ直ぐ伸びてきていた。


 * * *


「わっ――!?」


 声が出来るだけ出ないように布で口を押さえられつつ、足音が出ないように体も持ち上げられつつ、この艦の中では暗い方の通路に引っ張り込まれる。

 余りに突然の出来事で、マモンは人込みに紛れて向こうへ行ってしまった。

 マモン!!

 彼を呼び寄せ、思い知らせてやろうとか思ったがその瞬間香ったとある「匂い」にすぐに戦意が喪失した。


「しーっ、静かに。……二人っきりになりたくてさ、ごめんね」


 暗闇に目が慣れ始めた頃には僕の目はそのエメラルドに吸い寄せられていた。

 優しい笑み、包容力のある腕。何より服にまで染みついた煙草の匂い。

 あの時みたいに肩から羽織ったジャケット。


「怜、さん」

「取り敢えず俺の部屋においで。聞きたいことがたっぷりあるんだ」


 腋に腕を差し込み、軽々体を持ち上げる怜さん。されるがまま連れて行かれる。

 頭がいつまでもぽーっとしていた。


 ――、――。


「はい、お待たせ。クッキーでも食う?」

 部屋の奥側のベッドに座らせ、自分は扉に鍵をかけた。

 憧れの人と二人っきり……憧れの人と二人っきり……。

 心臓が早鐘を打ち続け、鳴りやまない。

 うー、止まってー! 聞こえちゃうー!

「べんべん?」

「ひゃっ! なっ、何でしょっ!」

 覗き込まないでっ!

「ふふ、今ぽーっとしてたぜ? 慣れない宇宙で体壊したかい」

「しょっ、しょんなことはないでしっ」

「相変わらず噛むんだな」

「きゃっ、きゃんでないでしっ」

「ははは! 説得力ないよ、それじゃあ」

 頭をするっと撫でてからクッキー缶をぽんっと開けた。

「作ってきたんだ……大輝におすそわけしたけど、アイツ食べたかな」

「僕とマモン食べました!」

「本当か?」

「はい! とっても美味しかったです!!」

「それは良かった! もっと食うか?」

「その言葉を待ってました!」

「素直でよろしい! 何食う?」

「えっとえっと……何がありますか?」

「バターと、ココアと、チェックアイスボックスと、チョコチップと、ジャムと……」

「わぁぁ、沢山!」

「どれでも好きなのお食べ」

「良いんですかっ!?」

「ああ、良いともさ」

「えー? どうしようっかな……じゃあ……王道のバターで!」

「ほい、どうぞ」

 クッキー缶に可愛く並べられた大きなクッキーを一枚とる。怜さんも同じ種類を取ってカリ、と齧った。

「うん……ちょっと固すぎたかな」

「でも味がしっかりしてるし、噛めば噛むほど味も広がるし、これ位の固さの方が戦略的に良いと思います!」

「戦略的に、ね? ふふ……ありがと。ちょっと自信付いてきたよ」

「へへ」

 だって褒めずにはいられないんだもん。

 そうしてゆっくりゆっくり味わいながらクッキーを食べ終えたところで怜さんがふと話を切り出した。


「それでさ、べんべん。聞きたいことっていうのはさ、何でもない近況のことなんだけどね。最近どう?」


「最近ですか? え、いや、特に普通ですが……」

「普通って? どんな風に普通なの?」

「え、いつも通り……マモンと一緒に物語に、いますけど」

「ふーん。君達、タフなんだね。てっきり居場所失くしちゃったんじゃないかってさ、すっごい心配したわけよ。おいさんは」

「え? どして?」

「だって、自分の拠点であるはずの物語が突然消失したんだぜ? 居場所を失ったキャラクタ達は大勢いる……藤森なんかはちょっと、見てられなかったな」

 藤森……?

 あ、あれ……何の話してるんだっけ……。

「まあ、家は貸してやったし、今の所誰も居場所は失ってないけどね。ただ不思議なことに。君達だけだったんだ……ファートムの所に懇願をしなかったのはさ。ちょっとおいさん、そこが気になってるんだ」

「あ、ああ……それは……ふが」

「ん?」

「ん!? んーっ! なっ、何でも、無いれしよっ!!」

 ほっぺをぺちぺち叩いて首を横に振った。

 あれれ。頭が本当にぼーっとしてきた。

 疲れが出たのかな。

 そんな僕を見てニヤ、と怜さんが笑む。

 耳に口元を近付け、囁いた。


「な、ベネノ。? 他にさ」


 ――なんて具合に。


「え、え?」

「お前を生んでくれたお父さんが切ながってるぞ。どこに住んでるかだけでも教えてやったらどうだい?」

「れ、れも……」

「でも? どうしたんだい? 何か言うと困ったことにでもなるのかい」

「まもんは……僕、まも、る、ために……」

「ケチ臭いこと言わないで教えてよ。おいさんとベネノ。この二人だけの秘密にしよう……そろそろ薬が効いてきたかな」

「くす、り……? ひぇ!」

 突然押し倒された。

 どんな感情を込めているのか分からないエメラルドがこちらをじいっと覗き込んでくる。ジャケットを投げ捨て、視線を掴んで離さないそれはどんどん近付いて来ていた。頬を熱い掌が挟んだ。

 さながら獲物のしっぽを捕まえ、今にも食おうとする猫のように。


「な。お礼はうんと弾むぜ? 相方のいない内に喋っちまいなよ。拠点はどこ。マモンの弱点を教えな」

「そ、そんなの」

「早く言った方が身のためだぜ? 猛毒少年。俺はあらゆることを知っているし、それなりの権限も持っている。このまま話さないならアジトまで連れて帰って絞ることだって出来るんだ。お前ひとり位」

「ふぇ……」

「お父さんの気持ちも考えてみろ。ある日突然可愛い我が子が悪魔なんかに襲われて、遂には攫われてしまったんだ。その心労は想像に難くないだろ? ずっとずっと心配してるんだ。心の底から」

「お、とうさん……」

「ベネノ。マモンは悪い奴だ。お前が喋ったこと、アイツには内緒にしといてやるからさ、早く教えてよ。そして一緒に帰ろう、お父さんの所に」

「……」

「アイツをやっつけて平和な世界を取り戻すんだ」

 あ、頭がぐるぐるしてきた……。

 熱が、おびただしい熱が。纏わりついてくる。


「さ、ベネノ。言え」


「早く」


「ぼ、ぼくは、ぼく、は――」






「そこまでです」


「Raymond、子どもをいたぶって遊ぶのはやめなさい」






「……本名で呼ぶなよな」

 その瞬間、怜の肩を掴み、目を回した少年から引き剥がしたのはデヒム。

「大事な過程であることは分かりますが……何もそこまでしなくて良いのでは」

「もう入り込めないんだよ、あの中には。奪い取るしか方法が残されていない」

「……まあ、そうみたいですが」

 デヒムの正論を受け流しながら、ポケットから白く無機質で、やけに小さい拳銃を取り出した。何やらダイヤルを合わせてからベネノの額に押し付け、引き金を思いきり引く。

 ドン。

 大きな音と強い衝撃に頭をやられ、ベネノ、ぽっくりと気絶。

 弾は出ていないらしい。

 その瞬間、マモンが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「主!」

 ベッドにぐったりと横たわった小さな体を抱き上げ愛し気にぎゅうと抱き締めた。

「主、主。主しっかり」

「俺が歩いてた所にそうやって倒れ込んできてさ。アンタは人込みに揉まれて向こうに行っちゃうし、仕方なく介抱してたってわけさ」

「そうして私がマモンさんから相談を受けて一緒に探していたという訳ですね」

「そうだったんですか……嗚呼、お二人ともありがとうございました。嗚呼、主。気付かずに申し訳ございません。私が今朝、起こすのが早過ぎたのがいけなかったでしょうか」

「おやおや。そんなに楽しみだったのかい」

「ええ。強欲のマモン。宇宙位は制圧しておかなければ」

「ヒュー! 夢がおっきくて良いねぇ!」

「ありがとうございます! ――でも、主を置いてはいけませんね。ちょっと自室で面倒を見ようと思います。改めて介抱ありがとうございました、情報屋」

「なんのなんの、お礼は要りませぬ。当たり前の事をしたまでさ」


 それにマモンは薄く笑み、軽くぺこりと会釈をして帰っていった。


 * * *


「くぁー! 失敗! あの絆、やっぱ侮れないな……」

 背伸びをしながら、ごろんと背中から布団にダイブ。

「……」

 それをデヒムは唯々静観していた。

「で? デヒムさんは何の用も無しにここに来た訳じゃないんだろう?」

「ええ。アンドリュー・シェリングが失踪しました」

「兵器開発局長が?」

「裏切りですかね?」

「さあ……? 調査してみないことには何とも……」

 髭をざらりと撫でながら、ふと考え込む。

「兎に角そういうことですので至急、戦闘指揮所に集合して頂きたく」

「承知した。――デヒムは」

「私も後から行きます。補正を持たない船員がB-112に閉じ込められているのを発見しましたので……」

「もう動き始めたか」

「どんどん手慣れてきてるみたいですね」

「……弱ったな。まぁ取り敢えずお前さんの言う通り、指揮所まで行くわ。そっちはそっちで気を付けて」

「そちらも。Raymon――」

「だからぁ! 俺を呼ぶ時はれいれいさんにしてってばぁ!」

「Raymond」

 ……意地かよ。

 どっかの嘘吐き生意気ウブちゃん怪人みたいだ。

 頬を膨らませてみせてから彼は床に放ったジャケットを拾い上げ、向こうに去って行った。


(つづく)

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