生まれ変わった少女 極
「ここで本当のお終いにしましょう、私の偽物、千草!」
両手を振ればいつものように空中に忍器の数々が現出した。
よくよく見れば
「今日がアンタの命日! 絶対にシナリオブレイクは起こさせない!!」
「グ……!」
* * *
「食らえ!」
時間も止まっていないこの危険極まりない状況下で彼女は遠慮なく多数の苦無や手裏剣を投げてきた。走りながらそれをどんどん避け、隅に立っている掃除用のモップを手に取った。
他の生徒の前だがこの際は致し方ない。戦おう。しかし無駄な死は絶対にあってはならない。
騒然とする観客席の間を走り抜け、外に飛び出した。
二人が追って外に飛び出していく。一目見ようと観客達もわらわらと出てきて、藤森ら演劇部員達も後を追った。
校舎を駆け抜け、追いつかれないうちに昇降口を飛び出し、振り返れば喉仏向けて一直線にかっ飛ぶ戦輪が!
「――グ!!」
モップの柄で何とか弾くが一発で真っ二つになった。
マズッ……! 二刀流はそんなに履修してないってずっと言ってんだろうが! しかも片方にモップが付いているためにとても重く、バランスが悪い。そこに多節棍を振り回しながら懐に飛び込んでくる富士子。未だ沈黙のマモン。周りで興味津々にちょろちょろ動き回る一般人。何度か屋台に突っ込みそうになった。慌てて移動し、出来るだけ戦場が広い場所を探す。
状況が、状況が悪過ぎる!
「強欲」が使えず、自分の体格に合わない極めて理不尽な武器を使っての戦闘。しかも相手は何百という民間人を盾にして迫ってきた。しかも自分達だけは「強欲」を使いながら!
今ある物と自分の実力でその状況を制すのが本物のプロだとは言われているが、それ専門の訓練は受けていないし、そこまで自分は強くない。自覚アリ。故にもう少し時間とゆとりが欲しい……!
「クソ……!!」
立て直したい、どうにか時間稼ぎを……!
態勢を低くし、砂粒を掴もうとする――が。
「そんなのさせないから!」
思考を読んだかのような一声、その瞬間多節棍が苦無に早変わりし、ウィッグの毛を散らした。
小さくて軽いこの近接武器に対してこのモップはどうしたって不利過ぎる!
「ちくしょう!」
重たい方を富士子に向かって投げつけ、残った心もとない唯の鉄の棒で応じる。
彼女の猛攻に、指に何本かの線が付いた。顔をしかめつつも庇えない状況に耐えつつ、右に左にと彼女の攻撃を払い続ける。拮抗しあう力のぶつかりに周囲が沸く。――やめろ、これは出し物じゃない! 死ぬかもしれねぇんだぞ! はよ逃げろや!!
っていうか起きて、マモン!! 早く!!
早――
と、その瞬間。
ズブリ。
仕込み武器、寸鉄が深々と右肘に突き刺さった。
衝撃と脂汗と、痛みとが閃光のように体中を駆け抜けた。
「ギャアアアア!!」
激痛に手が痺れてモップの柄を落とした。色の濃い血がとめどなく噴き出すその先を改めて見ると既にボロボロのひしゃげたガラクタと成り果てている。
どっちみち時間の問題だったか……。
「チャンス――エンジェル!」
「ウグ……クソ!!」
右肘を押さえていたぬらぬらの左手を
――と。
「ウワアアアア!!」
今度は彼女が悲鳴を上げた。
恐る恐る目を開いてみると、左手からねばねばと飛び出した「陰」が忍刀の刃に巻き付き、その刀身をどんどんボロボロにしていく。
――そうか。
僕にはまだこれがあった。「猛毒」としての力を十分に含ませたこれが。
慣れない魔力の消費で多少は疲れるだろうが仕方ない。初めての戦闘でもこれならば十分脅威になるだろう。
ならばぶち込もう、敢えて最上級を。
――さあ、インスピレーションだ、働かせろ、その想像力!
黒魔術の中でも格上とされるそれを、この陰を燃料に燃えるその怨恨を!
「キモイ……! エンジェルを傷つけないで!! さっさと死んで!!」
鈍刀を投げ捨て、いつかの僕みたいに忍刀を大量に空間に取りだした。その切っ先をこちらに向けてくる。その量ったらえげつない。確実に殺る気だ。
それまでに……それまでに……!
この能力の「核たるもの」を!!
「行け!! 斬伐せよ!!」
「アアアアアアアアアア――!!」
絶叫し、覚悟を以て左手を振るった。
* * *
「他人の魂を食べれば、力を増幅させることが出来る。遥か古代、それにふと気付いた人間がいる」
「魔力は人間の持つ限界を遥かに超えて増長し、人が生まれながらにして持つ負の念を吸い込み、粘性を帯びて液状化。そうして外の世界に現出したのがこの黒魔術の全ての始まりだ」
「それを黒魔術全盛期に多くの悪魔達が改良し、様々な上位互換、若しくは制御しやすい下位互換を生み出した。――勿論、時にそれは反作用が如く、光の力を生む時もあった。どちらの力も十分に強く、光が生まれてしまった時は何匹もの我が子ども達がその命を落とした」
「そんな負の念はいつしか人間の特性をそのまま名称とし、『陰』と呼ばれるようになる。それを制御する為の加護の紋はその時に私が作った。もう子ども達がその命を徒に落とさぬよう」
「――ときに」
「『陰』は
「この世に存在する七つの特級的危難呪怨が一。その名も――」
「黒き炎」
この世に存在するのか、と疑う程黒い色をした炎。
それが数多なる刃にぶち当たり、その身を悉く焼き尽くした。きつい臭いが辺りに充満し、火花を散らしながら――いやもう既にその先。炭粒一つさえも残らない。そうして壊し尽くした武器より出でし「彼女らの力」を余すことなく吸い込み、蓄える麻薬的感触。イキそう。
しかしどうして、しかしどうしてこんなにも魔力を消費するか!
いつか聞いた命を吸った数だけ有利になるこの黒魔術。力は累乗が如く膨らみ、魔力の消費や負担はそれに反して累乗の方式で少なくなっていく。
なるほど、命の吸収に躍起になる野郎もいるわけだ。使い過ぎれば秒で立てなくなる……。
「何あれ……!?」
初めての魔術の出現に一瞬怯む富士子。
胸の苦しさに耐えながらよたよた立ち上がり、寸鉄がぶっ刺さったままの右腕を突き出し、挑発するように合図をした。
――来いよ――
その視界の先で寸鉄を「陰」が飲み込みその力を糧として傷を塞いでいく。
まるでバケモンだな……。
嗚呼。
嗚呼、嗚呼そうだな? そうなんだろう。
一発叩き込めば十分なんだな!
汗ばむ額を拭いもせず、「陰」を纏った右腕に全神経を集中させる。指先からチリチリと熱がほとばしり、身を焼くような、しかし物理的な「熱」は持たぬ黒炎が上がった。
「来い! 弱虫!!」
喉を潰すような絶叫を絞り出し、突っ込む。溶けた「陰」が落ちた場所でも炎は燃え続けた。
それをあの胸に叩きこめ!! 命を吸い取り糧としろ!!
『行くしかない。富士子、いざって時は私が守る』
「……分かった。頼んだよ!」
鎖鎌を構え直し、彼女も突っ込んできた。
飛び込んできた分銅鎖を炎で焼き切って、確実に距離を詰めるが――
不意に炎はかき消え、足がもつれた。視界がぐらぐら揺れ、心臓はバクバク、呼吸は死ぬほど苦しく、頭はガンガン割れるように痛む。
魔力消費量がえげつない……!!
ぶっ倒れ、動かない体に必死に鞭打って起き上がろうとするが、手足が空しくずりずり地面を這うだけ。
意識も段々遠のいていく。
ヤバイ……ヤバイヤバイ!
ヤバイ!!
マモン!!
音も聞こえなくなっていく世界で、たった一人頼みとしているマモンが変身しているリボンに突き刺さる矢。それに手をかければ掌が焼けるように痛み、天敵たる攻撃が確実に体力を削っていく。
でも今はこれをやるしか……これをやるしか、生き残る術はない!
マモン……! お願い、力を貸して……!
マモン……!!
――その時。
「やめろおおおおお!!」
絶叫しながら身を挺して間に割って飛び込んできたのは――
「先輩……!?」
――藤森。
収まらぬ憤りをその目にたぎらせている。
* * *
「先輩、何で……どうして……」
思わず攻撃の手が止んだ富士子に向かってずかずかと歩み寄る藤森。そのまま勢いに任せてその柔な頬をビンタした。
目の前が真っ暗になる。頭が混乱で満ち満ちて、機能を停止した。
「舞台をぶち壊して、満足か」
――主人公補正を盗まれた時と同じ、心をガツンと殴られたかのような衝撃。
――しまった。
彼に対する、最愛の彼に対する一番の侮辱行為。そのデッドラインに妄信に惑わされたそのままの興奮状態で……。
目から大粒の涙がとめどなく零れる。
「おまけに大事な仲間に傷をつけて。余程弱いものいじめが好きと見た」
「ちっ、違――ッ、これには訳が!」
「訳?」
「わっ、私が本物の千草! そいつは私の存在を奪って――お願い、信じて欲しいの! 私が本当の被害者で! それで」
「誰が知らない暴力女の言う事を信用すると思ってる」
わざわざ被せて、言い放った言葉。
その鋭さが背中から胸を貫通した。
口がぱくぱく。
言葉が喉に詰まって出なくなる。
「被害者だか何だか知らないが、舞台をめちゃくちゃにして想い人を傷つけた事実に変わりはない」
「……!」
「すまないね。それ以上の最低を知らないもので」
あ、あ……。
あ……。
「目の前から消えてくれるかな。そして、もう二度とこの子を傷つけないで」
絶対的に聞き入れないその態度。
耳を貸そうとしない冷酷な瞳。
冷や水を頭からぶっかけられたかのような気分だった。
――どうしよう。どうしよう私……。
どうしよう!!
嗚呼、どこで間違えてしまったか。
嗚呼、どうしてこんな簡単なことに気付けなかったか!!
脱力しきって、もう言い返す元気も無くなってしまった。
段々音が無くなっていくぼんやりとした世界の外側で、ばたばたと倒れた少女の周りに集まる皆々の足音、悲鳴が聞こえる。
人を、人を傷つけてまで……私は……。
『富士子、しっかり』
「……」
『富士子? もうちょっとだよ。もうちょっとで元凶は倒れるんだよ!? そしたら皆目を覚ますんだよ!? それだけ補正は強い――』
「良い。もう良い」
『……富士子?』
「アンタを頼みにした私が馬鹿だった」
『富士子!?』
「もう放っておいて!!」
『富士子!!』
涙が雨粒のように。
グラウンドを染める鮮血に混じって一つ二つ。
誰にも気づかれぬ内に紅の中に溶けて消えた。
(つづく)
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