補正を刈り取――無理アアアア

「よっし! それではベネノ、ここからが本番です。積極的に開眼していきましょう!」

「おー!」

 マモンの能力の主軸は「強欲」。主の欲が強ければ強くなるほど彼は強くなり、欲しい物は意識の干渉さえなければ問答無用、力づくで何でも手に入れる。物体も、生命体さえも。


 それは主人公が持つ「主人公補正」においても例外ではない。


 開眼と共に、マモンを「強欲の鎌」として召喚。

 そして補正と主人公の頭の間で刃を振るい、主人公と補正を切り離せれば強奪完了。

『それだけの簡単なお仕事です』

「ほおほお」

 既に鎌に変身しているマモンの説明を聞きつつ、塀の陰からジャックの背中を見守る。

『貴方の戦闘能力ならいけるでしょう。ちゃっちゃと奪い取りますよ』

「承知……ッ!」

 目標は捉えた。一気に攻め込もう。

 瞬時に飛び出し、音もなく近付いていく。

 目標まであと十何メートルかというところで遂に補正を視認! 後は――






 ――と、飛び込んだ先、真逆のハプニング!






 ビカーッと輝く光の暴力! 一般人に安心感すら思わせるだろう、間違いのない勇者のあったかオーラ! ――いや、我々に対しては寧ろ暴力! 主人公補正の絶対的自信すら感じる圧倒的光量のせいで背景どころか地の文まで見えな


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


『撤退、撤退!』

「撤収、撤収!」

 ジャック自身は何もしていないのに滅茶苦茶ダメージ受けるじゃん、コレ! 何コレ何コレー!!

 マジ何なんだコレ……。アイツ、鼻歌歌ってるだけじゃん……歌ってるだけなのに滅茶苦茶に消耗するじゃん、コレー!

「分かりました、分かりましたよコレ」

 堪らなくなって元の姿に戻ったマモンがぜえぜえ言いながらぼそぼそ話し出す。

「聖光です」

「聖光?」

 アレ? 前すげぇ余裕ぶった顔で聖光と聖水の力吸い上げてたじゃん。

 何が違うんだ?

「力が違い過ぎるんですよ、前私が吸い上げた物はあくまで補助的なものに過ぎないんです」

「なる……なるほど?」

 聖水、解放は本来魔力を普通に使いこなせる座敷童が限界突破の為に使う物。僕みたいな無力の座敷童が使えば、効くのは中位悪魔程度に限られてしまう。彼はそれ以上の上位だった訳だからちょっとの火傷位で済ませられた訳だ。

 弱点であることに変わりはないが、どれだけ耐えられるか。例えば虫は苦手でも、触るのだけが駄目だとか、見るのも名前を聞くのも無理だとかそういう段階があるけど、要はそんな感じ。マモンはここでいう虫を触るのだけが駄目なタイプ。――それで考えれば分かりやすいかな?

 だけど……。

「今回のは格が違い過ぎる。あれ以上の光を受ければ致命傷どころの騒ぎではなかったでしょう」

「ええっ!? ちょ、大丈夫なの!?」

「哀れみはやめてください。喋れているんだから大丈夫です」

 強がりつつ立ち上がってるけどフラフラしてんじゃん! 本当に大丈夫!?

「虹のを盗った時もこんなのは無かった。恐らくこれも主人公補正でしょうね」

「ああ、邪悪なものを退ける的な?」

「そう。後はキャリア」

「キャリアですか」

「キャリアです。十年以上の連載に千年以上のお付き合いはもう結束力から違う。最早彼の存在は今の私達が歩兵とするなら……」

「するなら?」


「「対戦車ロケットランチャー!」」

「「対戦車ロケットランチャー!?」」


 ……思わず強調しちゃった。

「歩兵がわーっ! と群れになって突撃する図をご想像ください」

 自動的にひよこに変換された歩兵がぴー! と言いながら群れでてちてち進軍。行け! ぴよぴよ軍! そのままいくんだ!!

「これが私達ですね」

「ふむふむ。可愛いぞ」

「ん?」

 訝しげな顔をするな、続けろ。

「それに対する勇者軍たった一名」

 ちょーんと一人で立っているが、下から見上げればずずーんとでっかく威圧感が凄い。

 しかし僕らぴよぴよ軍も負けない! 質より量! 多勢に無勢!! ふわふわは正義!! 皆で足にしがみつけば怖くない!

 マモンぴよぴよと僕を先頭にいざ突っ込めー!!

 ぴー! ぴー!


「そこに着弾一発ロケットランチャー」


 ズガアアアアアアア!!

 ぴよおおおおおおお!!


 ぴよちゃああああああああああああん!!


「歩兵、近付くだけで全滅。今やこんな状況なのです」

「おいっ! ぴよちゃんの命と俺の中での勇者の評価をどうしてくれるんだ、このクソ悪魔めが!!」

「知らないですよ! 勝手にイメージしたのはそちらさんでしょうが!」

 確かに。

「そ、それじゃあどうするの!」

「どうするのって、そりゃあ策を練るほかはありません」

「策? あるの?」

「全て思いつきにはなりますが……検証・実験をしている暇はありません。早くに対処しなければ魔王が倒され、平和が取り戻されてしまう」

「……何か悪役やってるみたいだな」

「そんなの許せませんよ! 魔王の理想の世界を作ってこそですよ! シナリオブレイクは!!」

 すっくと立ち上がり、一人情熱に燃えるマモン氏。

「人生は常に頂上に近づくほど困難が増してくる。寒さは厳しくなり責任は重くなる――ニーチェが残した言葉です。今我々はその中途にいるようなもの! ねえそうでしょう、主!!」

 突然手を取り、目に炎を燃やして熱弁するマモン氏。――とはいってもニーチェは僕らの為に言葉を残した訳ではないと思うけど!

「あ、ああ、はい……」

「私、決めましたよ。この身滅ぼそうとも主人公補正を絶対絶対ぜええーったい手に入れてやります!」

「ええ!? マモンがいなくなったら困るよ!」

「はあ!? 何言ってるんですか、そこで復活させるのが貴方の役目でしょう!」

「えええ! そんな無責任な……」

「やってやりますよ……主、私は絶対にやってみせます。やってやるんです!」


「そして魔物の理想の世界を作るんだー!」


 そこでぶんと両腕突き上げて、とどめの一発。


「魔物王に、俺はなる!」


 ……これ、変なスイッチ入った?


 * * *


「作戦①! 聖剣のフリして勇者に接近する!」


「ということで行ってきます」

「大丈夫なの?」

「ええ。人畜無害のフリしてれば、よもや補正に反応されるはずはありません!」

「……」


「ん? 何だコレ。剣かなぁ」

 ジャックが意味ありげな場所にぶっ刺さってる剣に興味津々。フレディも一緒になってにおいをくんくん嗅いでいる。

 おおお……意外とうまくいってるぞ。

「随分立派だなぁ。魔物討伐に役立つかな?」

 そうだっ、そのままいけ! ジャック!

 君には悪いが、今回ばかりは抜いてもらって、そのまま頭上に掲げて回せ! 都合よく回せ!! 出来れば頭すれすれの位置で! 世紀末モヒカンみたいな回し方しろ!!


「まあ、ミミックとかだと困るし。一応聖光で浄化しとくかな」


 補正とペンダントぴかー!!


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「マモオオオオオオオン!!」


 ――、――。


「作戦② 剣の谷作戦!」


「この先に谷があるんです。人ひとり通れるぐらいの」

「……はい」

「そこにっ!」

 言いつつ物凄い量の武器を体内から出すマモン。サーベル、剣、大剣、カットラス、槍、矛、杖、ビームサーベル……ありとあらゆる刃物がまるでフリーマーケットみたいな充実ラインナップで並べられる。

「はいっ!」

「はい、じゃないよ? どうするの?」

「これを、こうです!」

 大量の武器を全て浮き上がらせ、直後、谷の壁という壁にその武器の持ち手の部分をぶっ刺した。刃の部分が通路に飛び出しているイメージと思ってもらえれば良いかもしれない。

「名付けて、剣の谷!」

「ほうほう! なるほど? これで頭すれすれの所に自分が変装した剣になれば!」

「そうです! これであの勇者の補正は私の物! ワァーッハッハッハ!」


 その頭上を飛び去るフレディの影。

「あの谷危ないからこっち行こう。さっきの例もあるしね」


 ……。

 ……、……。


「あンのクソガキャアアアア!」

「やめてっ! それ以上言ったら読者の評価がっ!」


――、――。


「作戦③!! 魔弾!!」

「も、もうやめようよぉー!」


「私を銃弾にして撃ち出してください! そしたら私が勝手に行きますからッ!」

「もうそんなにやったら死んじゃうよ! やめよう、マモン!」

「いぃーえ! ここまで来たら七つの大罪の意地です! 私が死んだら復活の儀を行ってくださいね、先ず用意するものは、ふが……」

「そんな不吉なこと言わないでさぁ!」

『さあ! 撃ってください!』

 泣きそうになった時にはもう格好いいデザインの拳銃が足元に転がっている。

『さあ、さあ!』

 う……圧が凄い。

『さあ!!』

「ぇあ、あ……知らないよ! もう!!」


 ばん!


 ひゅー。


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

「まもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんんん!!」


 ――、――。


「つ、次です……」

「だめ! もうだめだよ、いい加減にしないと本当に死んじゃう!」

「大丈夫です、ミステリーの時の主人公補正があるの思い出しましたから……」

「ええっ!? それここでも有効なの!?」

 まずはその事実に驚きだわ!

「あの攻撃喰らって灰になってないので、なら大丈夫だと思いますよ」

「それでもダメージは喰らってるんでしょ!? もういい加減やめて一回休もう!」

「駄目です。早くしないと勇者が魔王城に――」

 そうして、もうお爺ちゃんみたいな足取りのマモンが何とか立ち上がった時。


「着いた! 魔王城!」


「「えええっ!?」」


 何よりたまげたのはマモン。

 さっきまでお爺ちゃんだったのが嘘のような俊敏さで飛び出していき、崖の下を覗く。


 確かに見えた。


 おどろおどろしい荒野、魔物達の巣窟たるオスクリダドの森を抜けた先に大きな金色の満月を背にして魔王城が黒く高くそびえ立つ。

「やっべ……」

「……ち」

 雷雲を常時纏う、暗黒と魔法うずまく城。ラスボス感溢れる出で立ちだが、あくまでこの国は冒険の途中に立ち寄った場所。故に魔王城編もあっさり片付く。驚くなかれ連載作品でいう所の二回か三回程度。文字数に換算すれば一万字程度かそれ以下。

 そう。この茶番三回繰り返せばもうラーナ国は平和になってしまっているのだ。

「よし。後ひと踏ん張り! フレディはここで待っているんだ」

 イケメンな顔でそう言い残し、心配そうなフレディはそこに置いて一人「邪」の満ち満ちるエリアへと足を踏み入れていく。

「私達も行きますよ! なんなら消し炭にしてやる……!」

「だから無茶し過ぎだし、そんな殺意満々で行ったらバレる!」

 鼻息が荒いマモンと情けなくついて行くだけの座敷童も後を追う。


 しかし、この展開に遭っていたのは何も僕達だけではなかった。


 ダダダダ……!

 突然、馬の蹄の音が地を揺らしたかと思うと、僕とマモンの周りを黒馬にまたがった彷徨える騎士達が取り囲む。

「な、何々!」

「……クソ、こんな時に!」


 ――〈動くな〉


 頭に直接ガツンと響く声、圧倒的多勢。

 既にかなり消耗していたマモンが満足に戦える訳はなく、更に言えば自分の力も制御しきれていない僕がこの数相手に戦える訳もなく。


「ケケッ! サッキ、オカエシヨォ!!」


 あっさり拘束されてしまった僕らを嘲笑ったのはいつかの悪魔くん!

 あ、お、お前!


 お前!!


「若干仲間みたいなモンだろ! 僕ら!」

「ダレガナカマダ、バカヤロウ!!」

 で、ですよねー。


「くそ……覚えていろ」

「フン。イクラデモ、イウガイイサ。――ツレテイケ」


 やばい。これはヤバすぎる。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る