ラーナ城、城下町
「所要時間、約十分。主、お疲れ様でし……貴方、本当に乗り物に弱いですね」
「あ、アンタが毎回運転荒いんで、しょ――うぷ」
「あーあー、こんな所で吐かないでください。ささ、おトイレに行きますよ」
「自分で行けるよ」
「じゃあうずくまってないでさっさと行ってきてくださいよ」
「……そこは『私は主の臣下ですから、ホラ肩貸して』とか言うとこでしょ」
「やめてください、恥ずかしい。未来の王は私なんですから、そんな家臣めいたこと言わせないでください」
本当、こーゆーとこ。
着いた所はラーナ王国、その中心に位置する城下町の公園。
木で建てられた赤い屋根の家々、道の両端にあって生活を彩る出店、そこら中ではためき、ファンタジー感をより一層強くする赤が主役の……あれ何て言うんだ? あの……旗です。
時々王城から馬にまたがった兵隊達が列をなしてパトロールに出かけている。
ザ・西洋の城下町。良いねー、こういうの何だかんだ言って好きよ。
「それじゃあ勇者が到着するまではぶらぶらしていましょうか」
「何見るの?」
「麩菓子」
「……馬鹿なの?」
「冗談ですよ、流石に」
名産品はスノードームだそうだ。一個買っておこうかな。
あ、あとはジャックにいつ鉢合わせとかしても大丈夫なように……そうだな、サングラスも一緒に買おうかな。前のマモンみたいに、変装で。
「あ、主! 作者の配慮でしょうか! ヨーロッパの癖に麩菓子が置いてありますよ! 買ってください!」
「ちょっと黙れ!」
* * *
それからというものの、魔族だとか魔物だとかとは縁のない昼下がりを過ごしていた。小鳥はさえずり、木蔭は涼しく。緑は豊かで、日は暖か。
最高ー。隣ではむはむ煩いけど。
「ねえ、似合ってる? これ」
「はんふらふへふは?」
「ん……と、そう。サングラスです。丸眼鏡バージョン」
「ふえはいほほはひあほひへ、はんひーはひひあひほはへ」
「なん、なん、何だって?」
「ははあぁ、――ム」
と。麩菓子(本当にあった)を頬張っていたマモンが突然振り向き、ある一点を注視しだす。
「何?」
「ひあひは」
「分かんないっての」
ごくん、と口に入れていた分を飲み込み、急いで立ち上がると僕の腕を掴んできた。
「急いで。麩菓子を先に買っておいて良かった」
「え、え? 何?」
「逃げましょう、厄介ごとは面倒です」
「え、え?? だからどういうこ――」
言いかけた瞬間その答えが遠くで鳴り響いた。
「魔物だアアア!!」
……!
「とうとう来たか!」
「早く安全な所に!」
「助けて!」
――とうとう始まった。
見張り櫓の警告音、兵士の大声、蹄の音、銃撃、砲撃、近接攻撃。民は逃げ惑い、動物達も大騒ぎ。鳥は一斉に羽ばたき、各所で火の付いた矢が家々を燃し始めた。これが噂に聞く魔物の襲撃というやつか。傍を走り抜けていった住民達の言い分通りならこれは何回目かの襲撃ということになる。城壁の高い城下町に襲いかかって来るってことは、既に襲撃にかなりの数を重ね、経験を積み、満を持しての突撃といったところか。
ゴブリンやオーク、彷徨える鎧などバランスよく配備してそれぞれの長所を活かし、兵隊達を押している。
一気に戦争の様相を呈してきたな、これは。
「ねえマモン!」
「何ですか!」
「僕らは戦わなくても良いの!? あんなに押されているのに!」
「話聞いてましたか? ここで私達が必要以上に暴れれば話の筋が変わってしまう。“開眼”はお待ちなさい、必要あらば私が戦います」
「うう……でも!」
「大丈夫、私達と彼らは元より関係がない。無暗に手を出して撤退する羽目になる方が今は困ります」
「そ、そうだけど!」
更に言おうと口を開いたその瞬間。
僕らの隣を何かが猛スピードですれ違った。
ふさふさの茶髪、青い瞳。白い半袖に黄土色の半袖ジャケットを羽織り、裾が大きく開いたベージュの七分丈パンツ、ショートブーツ。服装は軽快に動けそうな物だけど、その背には本人の三分の二ぐらいの大きさの大剣が背負われている。ギャップ萌え。
でも特筆すべきは何よりも、並ぶ宝石で表現した「アドアステラ」をターコイズブルーの海に浮かべたペンダント。――勇者の象徴。
「ジャックだ!」
「何ですって!?」
僕の叫びにマモンが急ブレーキ。確認の為に身を乗り出した時には既に逃げ遅れた人を助けんと大剣振り上げ飛び込んでいくところだった。
「いつの間にどうやって……」
「ドラゴンと一緒にいるからさ、変に怪しまれちゃいけないってアイツ、いつも森から入国するの」
「ああ、思い出しました、思い出しましたよ。ドラゴンは危険な神獣って思われている国がほとんどだから」
「そうそう。勇者の癖にこそこそ入らなくちゃならないの」
ドラゴン連れて堂々と入国できる国は今じゃドラコニア位しかない。
「厄介な……完璧不意を突かれた」
「どうしよう。追いかけるよね?」
「しかしながらこのままでは魔物達の中に飛び込む羽目になりかねません」
「でも見失ったらヤバくない?」
暫し目を閉じ、一考。
「……やむを得ない、貴方の案を採りましょう。でも中心部は突っ切りません、人混みに紛れていきますから離れないように!」
手をしっかり繋ぎ、人の波に抗いつつ急行。勇者の姿を探し、追いながら城の近くを目指す。
「それにしても、本当に突然だな……」
「魔物の襲撃ですか?」
「そう。めっちゃびっくりした」
「ま、コ○ン現象でしょうね」
「……何だって?」
「それかマ○オのところのピ○チ姫現象でしょうか」
「や、ちょっとそれはメタ過ぎじゃないか?」
「因みにまだまだバリエーションはありますよ? この『勇者の降臨は魔物を呼び寄せる現象』の名前候補。例えばプリ○ュア現象とも言えますし、それから」
「……」
聞く気が段々失せてきた。
「因みにこれは捕捉ですけど先のコ○ンくん、歳は取らないわ正体は高校生のはずなのに人間離れした頭脳を持っているわ、加えて驚異の事件遭遇率なので別名を死神とか言」
「あーあー! もういい加減
なるほど。ベタ展開だから驚いてなんかいられませんよ、って言いたいんだな。多分だけど!
今走っているのは城より少し標高が高い公園。ジャックはというと順調に魔物を倒しつつ、王城に向かう魔物の群れの中に単身突っ込んでいる所だった。
ずっと走りっぱなしだったので一旦休憩。燃えゆく町を見ながら呼吸を整える。
「このままなら心配せずとも王城に向かうでしょう」
「みたいだね」
「では事の収束と彼の王との面会を待ってここで待機です」
「待ちですか」
「待ちです」
「う……ううー、作戦が始まらない間は何だかもどかしいな!」
「攻守も進退も戦術です。今は待つ時ですよ」
「戦場の援護もできないし、アイツと感動の再会もできないし、だけどうかうかもしていられないし。目の前の人も助けられないなんて!」
悶々とうぉううぉう言ってる僕をじ、と見ながらマモンが一言。
「……これで悪魔王の愛し子ですか。随分変わった少年だ」
「何だって?」
「王の判断の話です。これで愛し子か、と」
「愛し子? 何のこと?」
「……いえ、何でもないです。きっととんだ秘蔵っ子ってことなんですね」
それだけ言ってジャックの動向や戦の現況をオペラグラスで確認し始めるマモン。優雅なことだ。
「ふむ。ジャックは……かなり優勢ですね。一部の魔物が撤退を始め――違う。住民達を人質に取って逃げているだけですね。いつもの誘拐か、略奪か、虐殺のためか、それとも……」
ぶちくさ言いながら現状分析に時間と注意力を割くマモン。
その隣一メートル程の場所で何かが弾けたのはその直後のこと。
いや、弾かれたぐらいが正しいのかな。
兎に角それは突然起きた。
「ヒッ!?」
慌ててマモンの影に隠れそっとそちらを見ると、ぴくぴく足を震わせながら気を失っている小さな悪魔。仮称・悪魔くん。絶対にゲゲゲの何とかの親戚漫画の主人公とかではない。
「何? 何々何!? 『その時』とか『その瞬間』とかの説明も接続詞もなく突然気絶してるんだけど!」
「下級悪魔如きが上位悪魔と愛し子に喧嘩売ってきた結果です」
尚もオペラグラスで遠くをのんびり眺めながら言うマモン。直後にはあ、また一人攫われたとか呑気に言ってやがる。
危機感とかは異次元に置いてきたのかもしれない。
「何かやったの!?」
「やってませんよ。不快だったので手で払っただけです」
そんな、肩に虫がいたから払ったみたいなこと……。
何か恐れ多くなったというか、畏怖というか何と表せば良いのか分かんなくなってきたけど、兎に角色んな意味でマモンが怖くなってきた時、
「ムキー!! フザケンナ、クソジジィー!!」
「あ」
さっきまで泡拭いてた悪魔くんがむっくと起き上がった。
「キー! キー! テンカノアクマサマニ、ナニシヤガル!」
「……主、麩菓子食べても良いですかね? お腹すいてきました」
「あ、は、はい、どーぞ」
あの……この物語初の敵キャラが沢山喋ってくれてますよ、マモンさん。
「マッタク、フダンニンゲンアクマツカウ! ノニランボウ、ヒドイ!」
「この黒糖が最高なんですよ」
「あ、そ、そうですか」
「オマエタチノネガイ、カナエツヅケ、コウショウモツヅケ、ハヤスウセンネン!」
「いやぁ、貴方が隠してた棚のお菓子まるっと頂戴して正解でした」
「……やっぱあれ、アンタだったの」
「ワレワレハ、ガマンツヅケ! ヨーヤクオマエタチニフクシュウデキルダケノチカラ、ソナエタ!」
「ふふ。私は強欲ですよ」
「泥棒の間違いなんじゃないの」
「イマコソオマエタチ、カンネン、カクゴノトキ!!」
「おいひぃー」
「サッソクワレワレ、オマエタチニコーゲキシカケ――ッテ、キイテンノカアアアア!!」
わ、わー! わー! すみませんうちのマモンがーっ!!
「コノヤロウ……コノヤロウ……! ユルサナイ、ユルサナイ!!」
「わわっ、すみませんすみません!」
「ユルサナイ、ユルサナイ!」
「お許しっ――」
「ユルサナアアアアイ!!」
突然オーラみたいなのを纏い始め、突然マッチョみたいになった悪魔くん。
やばっ、これはそろそろやばいのでは!? やばいのでは!?
序盤にして座敷童、早速ぴーんち!
そ、そうだよ、そうだよ! これは魔物の襲撃ってやつなんだよ。本当は皆が恐れおののき震え上がるシチュエーションなんだよ!
それをこのクソ悪魔めが……全くよそ者が色々やっちゃってすみません!
「ホラ謝れよマモン!」
「もぐもぐ」
「キシャアアアアア!!」
「ちょ、殺されるって! 俺達!!」
「んぐんぐ……食べ過ぎると口がぱさつくなぁ」
「シネエエエエエ!!」
「うわああああああ!!」
ビュッ!
ガ、ド。
また……手で払った。
近くの木に衝撃波で悪魔の体が張り付き、その体すれすれの所にいつかで見た巨大な鎌、サーベル、大剣、槍が何本も刺さっている。
「ヒ、ヒ!? ヒ!?」
その方をやっと見たマモンが顔面に暗い影を落としながら――
「お前が死ね」
捨て台詞を吐きもせず、慌てて逃げて行った。
……。
「あ! 主! 勇者が地図を広げながら王城を飛び出していきました! 王から勅命アリですね! さ、我々も行きましょう!」
「う、うん」
敵じゃなくて良かったー……。
(つづく)
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