ジャックという男

「あのね。よく聞いておいて」

「はい」


「これから襲うことになるジャックって奴ぁ、ウルトラめちゃくちゃスーパー良い奴だから!! アンタの数億倍良い奴だから!! そこんとこ注意して作戦練ってよね!!」


 がーん!

 マモン、ショック!


「私よりッ!?」

「おうともよ!」

「良い男!!?」

「おうともよ!!」


 ががーん!!

 マモン、再びショーック!!


 * * *


 時をちょっと戻して。

 ここはストリテラの一番端っこにある、「隅谷ぐうこくの宿」。格好よく言ってはいるが、唯のボロ小屋である。運命神から懸命にその行方を探されている座敷童を匿う為に特別な結界を展開させてある。その媒介の為に特別にこしらえた小屋。別に「強欲」に金がない訳ではない。

 そこに住まうのは皆さんお馴染み、悪魔王より「猛毒」の属性を頂いたベネノと「強欲」を司る七つの大罪がいつ、マモン。

 ひょんなことから出会い、ひょんなことから共に行動することとなった名コンビ(予定)である。

「私よりいい男とは聞き捨てならない、どれだけの金持ちですか!」

「金じゃねぇんだわ、人間性の問題なんだわ!」

「人間性?」

 その瞬間の蔑むような瞳。――そこからなんだわ。色々な点において。

「ハッ、失礼ぶっこかないで頂きたい! 名門貴族の出で立ち、富の化身とは私のこと!!」

 ばっしと立ち上がり、傍にあった優雅な机をばっしと叩く。

「そんな私を差し置くなど、世界の終わりに違いない!」

「麩菓子を紅茶に浸しながら言う台詞かねぇ?」

「麩菓子旨いじゃないですか!」

 マジコイツ、色々謎。

 どっから出てくるの、その自信は。

 麩菓子が好物の上位悪魔、強欲のマモン。――合わん。

「まあ、そういう訳だからさ。出来るだけ傷を付けないように頼みますよ」

「嫌だ。絶対にどっか損壊させてやる」

「名門貴族の出で立ちが言う事かよ! 全く大人げないな!」

「つーんだ。悪魔ですもーん」

「……」

 だめだこりゃ。

「……で? 作戦は?」

「お任せください。良い男、もう作戦は練ってあります」

 そう言って懐から分厚い革の表紙の本を取り出す。

 あれが「運命の書」、だそうだ。

 以前、誰の物なのか問いただしたらあっさり自分の物だとのたまった。

『何で、ちょ、だってそれは四神様しか持てないはずじゃ!』

『……欲しかったので』

 これである。早く返せ、殺されるぞと言ったらマジックペンで「まもん」と名前まで書きやがった。

 これである。(二回目)

 麩菓子が好物の名門貴族の出で立ち、上位悪魔、泥棒のまもん。――こっちの方がまだ合ってる気がする。

「聞いてますか?」

「今から聞く」

「……、こほん。改めまして、今から潜入するのは異世界ファンタジーの金字塔『騎士と勇者』。その第1206話、『ラーナ国の危機』が今回の舞台です」


『騎士と勇者』。僕も出演経験がある異世界ファンタジー物語だ。

 主人公ジャックは孤児院で暮らすどこにでもいる明るい少年だった。しかしある日「アドアステラ」を名乗る老爺に引き取られてから人生は一変する。

 彼はサルト・デ・アグワという国に今だ息づく神話の主神「アドアステラ」そのものであったのだから。

 それからというもののドラゴンの姿をした主神の元で彼は修業に励み、勇者としての学、心構えを叩きこまれる日々。大変であったのは勿論だが、何よりも大切な時間であったらしい。

 そんな毎日を送っていたある日。朝露煌めく美しいレムレースの洞窟で彼は主神の血を分け与えられ、本格的に神との血縁を結ぶ。そうしてアドアステラから伝えられたのは神の加護の弱まり、それに伴う世界の異変の数々だった。

 彼はこの世界が辿るであろう危機から民を守るべく、その日、温かな巣から飛び立った。アドアステラの息子「フレディ」と共に。

 今も尚終わることのない旅の始まりである。


「聞いてますか?」

「今から聞く」

「……」

 嫌そうな顔するなよ。

「で? 何だって?」

「だから! 早々に主人公補正を奪い取って、あるべきエンドからはズレた方向に話を帰着させます。タイムリミットは彼が元凶たる魔王の城に着くまで。それで――」


「あれ。何で魔王城に行くんだっけ?」


 ぷっつーん!

「この野郎、作戦を説明しろだなんだって言ったのは貴方ですよね、大体そういう態度がなってないんですよ、真面目にシナリオブレイクする気はあるんでしょうか如何なものなのでしょうか、全く偉そうに言ったってまだまだ中身は子どもですね、良い男の区別選別だって親友補正とか親友フィルターとかそういうのかかっているんでしょう、全くこれだから座敷童の下に着くのは正直言って嫌だったんですよどうしてくれるんですか、鞍替えしたいです、もっと律儀なご主人サマの所に」

「分かった! わーった! 僕が悪かった! 悪かったからもう一度だけチャンスをくださいな! ね、ね! ね!!」

 泣きながら縋りつくもジト目が止まらない。

「……」

「マモン……」

「麩菓子」

「何本」

「百五十は外せない」

「百五十本?」

「百五十“袋”」

「えええー!? 無理だよぉ、クビ状態の座敷童には酷だ!」

「じゃあ鞍替えだ!」

「あああ分かった、分かりました。どうにかしてご用意いたします! お許しください!!」

「……」

 あああ、(悪いのは僕だけど)話進まない!!


 * * *


「ラーナ王国にある日襲撃してきた魔王軍。それがあってからというものの、連日女子どもを連れ去っては金品を略奪。困った民が勇者に相談、それを倒しに行くのが今回のお話」


 一応僕が死ぬ気で働くという条件で交渉が何とか成立。

 出撃の準備を進めていた。

「ベッタベタな展開だ」

「一つ特殊と言えば王が蛙になる呪いにかけられてしまったことでしょうか」

「カエル!? 作者がでぇきらいなあのカエル!?」

「ええ、聞くだけで見るだけで飛び上がって悲鳴を上げるあのカエルです。お陰さまで指揮は出来ないわ、苦手な家臣が城をやめてくわ、食事が虫になってしまうわで相当苦労しているみたいです」

「ほうほう……」

「そういう訳ですから、王の呪いを解き、一国を救うためにジャックが立ち上がります。そこを早々に襲って横取り。一般人と成り下がった勇者を置いてこちらが独特のエンドに持っていきます」

「なるほどなるほど。それで魔王城にアイツが着くまでがリミットになるんだ」

「ええ。これで三回目になるんですがね」

 う。すみません。

「で。今回の出撃に先立ちまして、貴方にはその目を隠してもらう必要があります」

「何で?」

「その瞳は一部の悪魔、黒魔術師など畏怖・忌避すべき者に王から贈られる物だからですよ。貴方だってこの目見て、件の黒魔術師を思い返したでしょう」

 確かに。この目で登場しただけでその場は大混乱になる可能性が高い。だからマモンはあばらぼねの役をやった時にサングラスをかけていたのか。

「しかし“開眼”を行わない限り貴方は今までの黒真珠の瞳のままでいられますから。兎に角、緊急時やその時が来るまでは暴れないように」

「分かった」

「それでは時間です。そろそろ行きましょう」

 そう言って彼が入口とは違う、真反対に位置する扉を開けると空の上に出る。ここからはマモンの背に乗り、飛翔して箱庭を目指す。飛べる人やモノが少ないのと、かなりの上空である為、視認が難しい。そこを狙った作戦だ。

「高いねぇ」

「文句はもう受け付けませんよ。早くしなければ勇者が箱庭に入ってしまう」

「分かってるよ」

 僕が背中に乗ることを想定し、流れるような長い金髪を一束に緩くまとめたマモン。これはこれで似合うのが腹立つ。どこか欠点はねぇのかお前はよ!

「いい加減にしてください。さもないと突き落としますよ」

「分かった。分かったから」

 細いようで意外とたくましい首に腕を回し、おんぶの体でマモンにしがみつく。


「それでは行きます!」

「はいっ……イイイアアアアア!!」


 風を切り、浮遊感を感じながら雲の間を駆け抜け、空を突っ走る。

「取り敢えず最初はラーナ王国中心部、『ラーナ城城下町』に行きましょう。そこで勇者を待ち構えます」

「承、知……ッ!」

「城に入る前から襲いかかっては話が変わってしまいます。それだと困るので機をじっくりと待ちましょう。魔王軍襲来と、彼の胸に使命を抱かせる王、その二つが完璧に揃った時こそ実行の時」

「何で話が変わっちゃうのさ?」

「異世界ファンタジーは数多、話の展開が用意されています。それは裏を返せばいつでも他の話に切り替えられるということ。――そんなことで逃がしはしない」

「なるほど」

 ごもっともだ。

 ――と、ここでマモンがあ、と何かを思い出したような仕草をする。

「あ、そうだ。入る前に寄る所が」

「何?」


「勇者宅まで行って、本当にアイツが良い男か確認しな――ぎゃん!」


 後ろからど突いておいた。


(つづく)

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