第二話 「魔王」か「王様」か

運命のいたずら

「よ」

「あ、先生! いらっしゃい」


 にこりと笑みを零し、彼の神ファートムを迎える。今は段々落ち着いてきたので外泊による経過観察中。

 サルト・デ・アグワの勇者、名をジャックという。

 世界一長いとされるアグロワ神話の主人公で、お供のドラゴン「フレディ」と世界各地を旅して回っている。そんな彼の出演作『騎士と勇者』は驚異のロングラン。十年以上連載が続き、スピンオフや同名主人公による別の物語も展開。故に物語内部では約千年以上(カットされた部分の時間も含む)というとんでもない月日が既に流れていた。

 その歴代の主人公を全て一手に引き受けていたのがジャックその人だった。その勇者はドラゴンの血を飲み、不老長命であるが故だった。


 そして、は作者が実験的に始めたスピンオフ作品の一話で起きたものである。


「体調はどうだ。困ったことはないか」

「今は大分だいぶ

「そうか。サンドイッチはいるか?」

「いる! 一緒に食べよう! チキンにチーズね! ハムじゃなくてチキン!」

「分かってる、分かってるって。怜からソースも沢山借りたから。色々実験しよう」

「わーい!」

 運命神にとってキャラクタというものは皆自分の子のようなもの。頭を痛めて生み出した子ども達であるが故に可愛くて可愛くて、つい土産を理由に尋ねたくなってしまう。今日はチキン、チーズ、レタスにパン。更には飲み友達から貰った特製のソースを幾つか携えてのご訪問だ。

 この少年に初めて主人公を任せた日の前夜もこうしてサンドイッチをご馳走したものだった。

 少し、胸が痛む。


 前々から思っていたことではあるが、と自分とは気が合わない。

 彼は理性的に万人の人生全てを俯瞰して「運命の書」を書く。

 自分は本能的に誰かの幸せの為に「運命の書」を書く。

「悪魔」とはそういうもので、悪魔王であればそうなるのは当たり前。

「天使」というのもそう。理性よりかは本能が全てにおいて優先する。お腹がすけば物を食べたがり、痛い時は泣き、自分の幸せは他人の幸せともマジで思っている。「天使長」たる自分がそうして本能的に、自分がされて喜ぶことを「運命の書」に書くのも必定たること。

 だけど。


『そういうの困る。お前の快が私の快だと思うな』


『何で幸せ否定すんだよ! 悪魔かよ!』

『悪魔だ。それと、俺の方が力はあるし歳も上だ、わきまえろ』

『……すみません』

 余りに冷静過ぎるその姿勢から既に何か気に入らなかった。もっと楽しめよ、笑えよ。何か美味いもんでも食えよ。幼虫とかカエルとかが苦手でさ、嫌だ嫌だって泣けば良いじゃん。

『何も意地悪を言っているんじゃない。全ての人間、動物、自然の平等を考えろと言っているんだ』

『……』

『お前が江戸で殺さなかった分だけ私が世界大戦で殺した。お前が平和にと調整した時代に近代兵器や核の技術を持ち込んだのも私だ』

『何で殺すんですか。被害は最小限で良いはずだ』

『それは私が聞きたい。何故殺させるんだ』

『……』

『被害を最大にして楽しんでいるんじゃない。平等を、と言っているんだ。これ以上繰り返させるな』

『……』

『運命が狂い、暴走しないように互いが互いを監視し合う。その為に執筆者は二人いるんだ』

『そうですね』

『お前が今の世界に幸福を振りまき続ければいずれはガタが来るぞ。そうしたらお前が助けたい者達はこの世界ごと全て失せる。――大量虐殺犯になぞなりたくないだろう、お前も』

『ええ、まあ』

『そういうことだ。考えをいい加減改めろ』

 言っていることは正しい。物語的に死ななきゃマズい人物がのうのうと生きたために、物語が頓挫したことがあった。死ななくて良い奴が死んだこともあった。しかも大勢、だ。

 人生は幸と不幸が半分半分。よく言われることで、これを嘘だと嘆く人が現れるのは俺のせいだ。何故なら目の前の最大幸福を優先してしまうから。

 そんな俺が初めて「運命の書」で殺したのは担当するクラス、及び部活に所属する女生徒。星が好きでちょっと自己中心的な側面があった人だった。


『先生。私、死ぬの?』


 ――まだ何もかもが初めてで分からない自分にそうすべきと言ったのは王だ。人生を俯瞰した上で、それが最適解であったのだ。自分が教師に化けて下界に来た時にはもうその設定は拭えなかった。

 分かっている、分かっている。

 彼は気まぐれでは動かない。ずっとずっと計算し続けている。

 でも、でもさ。


『先生、私を痛みとして覚えておいて』


 ……、……。


 だから嫌なのかな、アイツ。


「どうしたの、先生」

「ん! いやいや、何でもないよ」

「あ、それよりさ! 肉は分厚く切ってね! 今日は一つの王国救うんだから!」

「はは! そうだったな。……ソースはどうする?」

「んー……バーベキューソースで」

「鉄板だな」

「鉄板勇者ですから」

「何だソレ」

 そう言って二人で笑いあう。ベッタベタに付けてやった。

 がぶり、と頬張れば確実に滴り溢れ、零れる。


 嗚呼。


 どうか、この時間を。この時間を永遠に――。


「それでさ、先生」

「むぐむぐ。あに?」


「あの後、ミステリーどうなったの」

「……!」


「キャラクタは皆無事?」

「……幸せになった奴も、いたらしい」

「へえ! シナリオブレイクしたのに、意外だ。誰かが食い止めたりしたの」

「かも、な」

「そうなんだ。英雄だね!」

 曖昧に頷く。

 言えるものか。


 お前の友人がシナリオの崩壊に呑まれた、など。


 あれから連絡が全く取れない。まるで庇護を外れたかのように、ぱったりと彼に干渉できなくなった。

 何もかもを試し、家もおとない、あのミステリから生還したキャラクタ達に話も聞いた。

 確かにいた、が、突然消えていた。

 皆、一様にその答えを繰り返すばかり。

 たまらなくなって崩壊した世界に突っ込もうとして、王に止められた。


『お前が居なくなれば機能しなくなる物語が幾つも生まれる!』

『諦めろ! 助からないものは最初から助からない』

『運命の書が定めたことだ!』


『またお前が殺したのかァ!!』


 思わず叫び、初めてあの顔に右ストレートをぶっ込んだ。――いや、正確にはぶっ込もうとして返り討ちにあった。

 その日一日は起き上がれなかった。

『先生!』

『先生、先生!』

『死なないでください!』

『ちなないで! ちなないで!』

『しっかりしてください、天使長!』

 天使達には迷惑をかけた。


 被害者はアイツと、シナリオブレイカーと思われる犯罪者の二人のみ。

 シナリオブレイカーは運命の書から外れる為にその行方は知れないが、きっとアイツが彼を巻き込んで崩壊に呑まれた。――多分。

 とはいえ、そうでなければ脱出が出来ないはずはない。崩壊といえど、そんなに急速に失われるものではないのだ。


 書かれていないものは、分からない。


「……今日はパーシー来ないんだね」

 呑まれたアイツに仮に与えた名。ジャックが間違えてアイツを助けた時、偶然持っていた名だ。

「多分、仕事なんじゃないか」

 声が震えた。

 最悪だ。

 嘘が壊滅的に下手過ぎる。


 嗚呼。実は生きていた! なんて書けるなら。

 嗚呼。幸も不幸も無ければ。


「今頃どの世界に居るんだろう」

「さあな。また呪いの言葉でも吐きながら熱演してるんじゃないか」

「言えてる!」

「な」

 それから少しの間は沈黙がその場を支配した。

 その方が寧ろ心地良いかもしれないな、今だけは。

「……アイツ、もう世界の果て見たかな」

「世界の果て?」

「いつか一緒に行くんだよ、このシリーズが終わった時ぐらいにアイツの腕ひっつかんで! この世界の果てまで旅するんだ」

「意外と狭いぞー」

「い、良いだろ!」

 ぶーぶー文句を垂れる少年。いつまでも変わらぬ永遠の少年が演じ続ける物語は当分終わらないだろう。きっと、その時にはいつまでもこちらに来ない少年のことが思い出に変わっているのだ。

 きっと。

「でも、アイツ多分見ちゃってるよね。きっと」

「どうして?」

「だって、パーシーだけでしょ? 全ての物語に出演できるのって!」

「まあなぁ。役が役だから、需要はごまんとあるわけだ」

「良いなア。探偵とか間近で見てみたいよ」

「その代わり、推理の前に死ぬけどな」

「それはちょっとやだなぁ」

「そしたらアイツは物凄く偉いな」

「うん。偉い」

 そう言ってから最後の一口を美味しそうに頬張る。

 アイツもこの瞬間を見たかったろうに。

「あー! 美味しかった! ごちそうさまでした」

「おかわりは」

「帰ってからにしようかな。そろそろ時間だし」

 パンくずを丁寧に皿の上に落とし、よいしょと言いながら立ち上がる。

「……怖くはないか」

「ん。正直言うと、まだ少し罪悪感」

「……」

「でも今日のは乗り切れると思うよ」


「読者さんも、待ってるしね!」


 こいつは本当に凄い奴だよ。

 俺よりも運命を受け入れやがって。


「それじゃあ、頼んだ。俺は世界の外で見てるから」

「うん」

「っと。ソースが付いてる」

 ティッシュで口元をごしごし拭う。

「主人公サマがみっともねー」

「うー!!」

 目を漫画みたいにくの字にして受けるジャック。あの日も確かこうやって拭った。


「それじゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 今となってはすっかり頼もしい背中を見送る。


 ザネリもこんな気持ちだったか。

 推測でしかない訳だが。


 * * *


「行きましたね」

「行ったね」

 それを影から見ている怪しい二人組。


「刈り取りがいのある主人公だ」

「本当だ」

「主」

「ほい」

「本当にウルトラめちゃくちゃスーパー良い奴なんですか」

「やばいよ。多分無自覚イケメンの化身」

「ほお……」


「私と彼とどっちが良いおと――」

「聞かなかったことにして良い?」


 彼らにファートムは気付かない。

(つづく)

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