闇カフェの胴元
「この補正は……ほうほう。魅力の塊ですね。人の目を引き、惹きつける。やっぱり歌の才能は彼女自身が積み上げてきた物でしたか」
「でも、女優の素質、なんでしょ?」
「ええ。――ただ、女優が持つオーラ的なアレというだけで、貴方に特別能力が付与された訳ではないみたいですね」
「で、ででで、でも、女優の素質、なんでしょ……?」
「……」
ジットリとした目でこちらを見てくるマモン。
汗がたらたら流れて手がまごまご動いてしまう。
そうした沈黙が暫く続いた後、彼は遂に口を開いた。
「すみませーん!! 高級黒糖麩菓子パフェ大盛、もう一品追加でー!!」
「ほんっとうにすみませんでした!!」
* * *
明治街、丑三つ時。
その刻にのみ出入口が現れ、夜明け前までやっている店「闇カフェ」。知らずその時間を越えてそこに居続けると出入口が妖の世界に行ってしまう為、時間の管理を忘れてはいけない、そんな店。人間で使う人は殆ど居ないが、偶に好奇心に駆られて入りそのまま神隠しに遭う人、若しくは常日頃から妖達と一緒に居る為に紹介された一部の人間達なら来る。そんな店。
人間社会には置いていないような奇想天外なメニュー、酒盛りする人外、妖怪、下級獣妖怪、賭けや歌や闇取引などなど……様々がごちゃまぜになってまさしく「闇」鍋状態。それがこの店だ。
そこで今僕は目の前の使い魔に様々な食事をご馳走している。金は殆ど無いのに。
え? な、何故って……その……。
恥ずかしいので概要だけ話します。
歌いました。以上です。
「聞いていたのが私だけでよかったですね、主。――もう歌わないでくださいね? 世界が滅ぶので」
「ううう……補正を取ったからには今度は僕が歌わなきゃって思ったんです……」
「やめてください。世界が滅ぶので」
「うう……」
何でだろう。直接言われてないのに凄い心にくる。
「それで? どうしましょうか、これから」
「うーん、どうしようかぁ」
「取り敢えず彼女の補正を取り、成り代わることには成功しました。そしたら独自のエンドに持っていくだけです」
「……」
「だけ、なんですが……」
「失恋しても恋が成就してもそれは恋愛小説のよくあるエンドの一つなんだよなぁ」
シリーズ物の探偵が犯人になって逮捕。
冒険の管理者たる王様を勇者が倒す。
それはどれもぶっ飛んだエンドで「よくあるエンド」というには言い難い。それが「シナリオブレイク」を完成させる為の最低条件。更には先の物語のようにそれ以上の進行が不可能になるまで「展開」を完膚なきまで叩きのめさねばならない。
だけど……。
「恋愛小説のぶっ飛んだエンドってまず何よ……」
「ふうむ……他のは比較的考えやすかったんですがね」
「だって、明らか倒しちゃいけない人とか倒せば良かったもんね? そこを中心的に狙っていけば良いんだもん」
「だからといってここでも同じようにヒロインや相手役の男を倒したところで第二派は来ます」
「はぁ……恋愛をテーマとする為に永遠に終わらない無限ループ……」
因みに先の「第二派」は、「慰めに来てそのままカレカノの地位につく運命神の奥の手」と読み替えることができます。
「相手役のお誘いとかを二つ返事で受け続ければ恋愛のルートに引きずりこまれるし、だからといってお誘いを断れば話はややこしくなるし」
「こちらからのお誘いも一定回数以上は必要ですし、相手の心を繋ぎ止める為の工夫もしなければ、この補正も完璧な心変わりまでは対処できません。それも時間を空けずに早めに行わなければ……」
「やっぱり第二派なんでしょ?」
無言で頷き、目を閉じた。
「異世界ファンタジー」の時の補正もそうだったけど、運命神の完璧な手の回しようが極めて厄介。ほんっと、流石ファートム。あんな変なCMダンス開発したりしてる癖に設定をどこまでも根強く手広く作りやがって……。
「はぁーい、『麩菓子パフェ・大』のお人ー」
「はーいはーいっ! 私です私ー!」
万策尽きかけで、うだーっと二人で机に伏せていると店主のひょっとこ面さんがおっきなパフェを運んできた。大きなソフトクリームに麩菓子が四本そのままぶっ刺さってる。器の中には黒蜜とか砕いた麩菓子とか何かのゼリーとかが綺麗に層になってて、「THE 麩菓子好きの為のスイーツ」って感じ。頼むのマモンだけでしょ。
わーっ! と子どもの様にはしゃいで手を叩くマモン。ありがとうございますーっ! これ好きなんですーっ! と律儀に礼を言うと彼も右手を上げて返していた。そして幸せそうに目をきらっきら輝かせる。
マモンのこういう所、お礼も含めて全部好き。
写真も幾つか撮ってにこにこしているマモン。以前、どこかにあげるの? と聞いたら寝る前に味を思い出して喜びに浸るんです、と言われた。――マ、マニアック。道理でわざわざ料理屋や駄菓子屋に一眼レフ持ち込む訳ですね。
「本当、よく飽きないねー」
「気付いたら食べてますよねー! おいひぃー!」
そこで話は一旦中断。
自然と向こうで大騒ぎしている連中の話が耳に入ってきた。
「はぁーいはぁーい!! 賭けごとやる奴
* * *
「何あれ」
「何って、見たまんま聞いたまんま『賭け』ですよ。ここではしょっちゅうです」
「お金が無くなるかもしれないのにどうしてやりたがるの?」
「大当たりの経験を一度してみたら分かりますよ」
そこが沼の入口か。
明治とか大正とかで使われていたであろうレトロカメラの異形頭があくせくと客の名簿作りをしている最中、机の上に椅子を乗せ、主催者らしくそこにどっかり座る茶髪に髭のおじさんが威勢よく客集めをしていた。ファートムと同じ、顎にちょびちょび生えた無精髭。それだけで親近感か恨めしさかよく分からない感情が芽生えてくる。――まあスーツのジャケットを肩からかけるなんて洒落たことはあの神、絶対にしないからそこは違うんだけども。
「試しに覗いてみますか? 主。いい勉強にはなると思いますよ」
「……上手くいけば今日分のお代、あそこで賄える?」
その問いにマモンがスプーンくわえながらふいっと顔を上げて彼らを見つめる。
「……」
「マモン……?」
「まあ、一度やってみれば良いでしょう。何事も経験ですよ」
「……」
――その笑顔、「失敗する未来しか見えんけれども……まあ頑張れ! スマイル」なんじゃないの?
途端に心配になってきた。
百円握りしめて遠慮がちに近付いていく。
主催者の彼はそれを決して見逃さなかった。
鋭いエメラルドグリーンの瞳が鋭く射貫く。
「お! なんとも可愛らしいお嬢ちゃんじゃないか! いらっしゃい、新顔だね。大人の遊びは初めてかい?」
「え! えぁ、は、はい……」
「なら近くまでおいで。遊び方を教えてあげる。――おい! そこの連中や、通してやりな!」
綺麗な顔から醜い顔、大きな体から小さな体までが皆して「ようこそいらっしゃい」なんて言いたげな笑顔を浮かべてこちらを見た。
傍で控える異形頭が紙に「こっちだよ」と書かれた紙を両手で持ってぶんぶん振っている。
こ、これは帰れない……。
出来る限りの困った顔でマモンに無言で助けを求めるけど、彼は店主にこの麩菓子がどうだっただの何だのと感想を事細かに述べているところでお取込――待て。店主の面の下の顔、初めて見たぞ……。
へぇ……。
「ほら早く。怖がらなくても大丈夫だよ」
「ひぇ!」
新発見にちょっとぽかんとしていると向こうで催促のお言葉。
「何なら迎えに行ってやろうか?」
「あ、あ! だ、大丈夫でしっ」
「上等。そしたらこっちに」
言われるがままそろそろ歩み寄っていくと彼は人懐っこい笑みを浮かべながら手を差し伸べてきた。
「お手を、お嬢さん」
「え、え……」
微かに震える手で広い掌に手を乗せれば、直後には彼と同じ机の上に立っていた。
ひ、ひゃあああ! 高いー! 腰に手を回さないでー!!
「あ! 主、有名人じゃないですか! やっほー!」
「ひええええっ!?」
さっき気付けや助けろや!!
無言の圧という名のテレパシーでそう伝えるが、彼はそっぽ向いてぺろりと赤い舌を出すばかり。
この野郎……負けるのを見て楽しむ気だな……。
「お嬢さん、名は?」
「ひゃっ!? ち、べ、ち、べ……べ……」
「ん?」
こ、こういう時、どっちを名乗れば良いんだ?
ベネ子? 千草??
「べ、ち、べ……」
マモンの方に慌てて目配せすると彼が口パクで「ち・ぐ・さ」と言った。
ので。
「ちぐさ、です……」
「ちーたんね、了解。俺は小沢怜だ」
そう言ってにこりと笑む。
ああああ、早く下ろして!!
「さて、この賭けはコイン一枚を使ったシンプルかつスピーディな賭け」
そう言って取り出したのは金色のぴかぴかしたコイン。表にはクローバー、裏にはダイヤが大きく刻印されている。持ってみると結構重かった。
「次出る面がどちらかを予想し、それに金を賭けていく。勝てば二倍になって金が返ってきて、負ければその時賭けた金は全額没収。ここまでは良いか?」
「あ、うん」
勝率は五分五分か。
「五分五分だからって侮るなよ? コイツの一番難しく、かつ面白い所は咄嗟の判断を要される所だ。待ちなしでどんどん進み、金のやり取りもどんどん進む」
「普通の賭けごとの時もそうなの?」
「いや? そこでは心理戦が戦いの主軸だから必ずしもそうとは限らんさ。だが、ここは皆で楽しむ遊技場。だからちょっとした特別ルールを、な?」
「は、はぁ」
「大丈夫! ここでは余り大負けするなんてことはない。ずっと裏って言ったって良いし、賭ける金額はずっと百円でも構わん。兎に角場の流れに乗ってやることだ」
「ほ、ほへぇ……」
「さ、どっちにする? 表か裏か」
「え!?」
もう始まんの!?
「どっちにしたって勝率は五分五分だ。思い切って言ってみな」
「え、えと、じゃ、じゃあ……表」
「表だな。――お前らはどうする! 表の奴!」
彼の大声に観衆が手を上げ、応える。
「それじゃあ表は右、裏は左だ! 勿論お前らから見てだからな! それと賭ける金は手に持って、財布は鞄の中とかにしまえよ? 不正したって見えるんだからな!」
「よし、商売だ!」
前方に大きく突き出した右手の先からコインがピン、と弾かれた。
くるくると空で回ったコインを左手の甲でキャッチ。
「出目は――?」
――表。
「よし、表の奴らは換金しに来い! さあ、次の商売だ!」
ほい、と怜さんに手渡されたもう一枚のぴかぴかの百円。
初めての賭けで初めて勝つ……。
次も当たるかな……。
「どうする? ちーたん」
「あ、う、裏で!」
「良い返事だ」
* * *
二十数分後。
先に結果から言うが……。
半分以上勝った。マモンの食事代がギリギリ賄えてしまった。
「主がねぇ、まあ」
「本当にねぇ、まあ……」
「よ! ちーたん、快勝おめでとう」
「うわあ!」
二人で目の前に出来た金の山をしげしげ眺めていたら突然怜さんが相棒の異形頭と一緒に後ろから登場。
物凄くびっくりした。
「れ、怜さん……」
「そちらの紳士、二人ですが相席良いですか?」
「どうぞ、おかまいなく」
「じゃ、遠慮なく。おいでレトロカメラ」
ああ。その異形頭はレトロカメラっていう名前なのか。
ぺこぺこ頭を下げて怜さんの隣にちょこんと座る。
さらさらと半紙に何やら書いたと思ったら「お邪魔します」だって。
「無口とかシャイとかそういうんじゃないけどさ、コイツ口が無いのよ。勘弁してやってくれ」
「異形頭にはそういうのが多いですよね。耳が聞こえないとか、物が見えないとか、口が無いとか」
「そそ。よく分かってんじゃん」
「ええ分かりますよ、何でも」
そう言ってマモンがずい、と彼に向かって顔を突き出す。
「さっきの、ほぼイカサマでしょう?」
「……!」
……え?
「あ、バレた? でも他の奴らには内緒にしてやってよ? あいつらは俺ががめついってこと知らねぇんだ」
え!?
「ど、どゆこと!? マモン!」
「考えさせずにどんどん次に行くなんて思考力を奪う行為、どう見たってイカサマする為の作戦でしょう?」
「ま、まあそこは怪しいとは思ったけど……」
「でも訴えたいとは思えない。そこがミソですね」
「褒めるなよー、照れるやい!」
……??
脳内をクエスチョンマークが飛び交っている。
どゆこと?
「彼、中々の策士ですよ。全員分把握している」
「……?」
話を聞くに……。
初めての人は必ず半分以上勝たせ、次は勝てるかもという心理状態に引き込み「顧客」に仕立て上げる。それ以降は回数や性格や最近のその人の動向などを見ながら程よく勝たせたり負かしたりしているらしい。
で、毎度主催者側の方がちょっと儲かるようにしている、と。
……人間技か? それ。
「結果や人の賭け方とかって自分でどうこうできるものなの?」
「どうせ始まる前に一通り声をかけたり、それまでの交流での何気ない会話でアドバイスとかしてやるなりしてコントロールしているんでしょう。……その詳しいメカニズムとかは分かりませんが」
「へへっ、ちょっとしたこづかい稼ぎよ。お客様にはアトラクションを楽しんでもらってるってわけ」
すました顔で言ってるけど……改めて言うぞ?
それ、人間技か?
「で? お二人さんはこんな夜中にどうしてこのカフェへ?」
怜さんが身を乗り出して聞いてくる。
「え? どうしてって?」
「こんな夜中にクソ怪しい所来るかい? 女の子がさ」
「……あ」
「おいさんが食べちゃうかもしれないんだぜ?」
「ふゎ!」
そういっていたずらっぽく笑みながら突然頬を指の背で撫でてくる。
あ、そ、そうか。そうだよな。(女装だけど)女の子を連れて深夜二時に外食って、ちょっと怪しいよな。
えっと、えっと。
「千草がとある人物に恋をしていまして、相談に乗って欲しいらしいんですよ」
「ほう? 恋する乙女ってか?」
「そう。でも私が仕事の関係上この時間しか空いていないので、親御さんの許可を頂いてこの時間にここに集まらせて頂いたんです」
ま、マモン!?
「ね? 千草」
にこりと笑みながら「ここは私に従え」と無言の圧力をかけてくる。
「あー……あ、う、うん! そうです! そうなんです! 彼が振り向いてくれなくってぇ」
「へぇー。お仕事は何を?」
「悪魔です」
「ほぉー! この時間は呼ばれたりしないんですか?」
「いえ、今は千草の使い魔なので」
「なるほど。影で支えてやってるってわけだ」
「しかも親公認」
「そりゃ強い。ちーたんも中々やる子だね」
そう言って微笑を向けてくる怜さん。
……言っときますけど、九割ほら話ですからね? (口に出しては言わないけど)
「ただ私、こんな風貌じゃないですか」
「まあ一般人と言い張るには結構厳しめな格好だね」
「故に人前で彼女と相談が中々出来なくて」
「確かに。その長身、ルックス、服装は目立つわな」
ああ、それでここか! と大笑い。
頼んだウインナーコーヒーが届き、彼は店主にチップを握らせた。
香りを楽しみ、ず、と飲む。
「ですがね……?」
「ですが?」
「ちょっと困ったことがありまして」
彼が飲み終わるのを待って、マモンが切り出す。
「何かあったん?」
「彼女、初めての彼氏なので恋のいろはを何も知らなくて、ちょっと、どこからどう教えてやれば良いのか困ってたんですよ」
「ほう」
――なるほど、そう来たか。
他人に作戦を考えさせるってわけか!
アンタもあくどい男だねぇ。
「更には私も長い地獄生活を送ってきたが故に、色事が分からなくて……よよよ」
「ふーん、なるほどねぇ」
……嘘泣きがバレバレなんだが。
「つうことは、相談ってことでよろしい?」
「よろしいよろしい」
マモンが頷くと、彼はOKサインを作った。
「わあ! ありがとうございます!」
そして直ぐにくるん、とひっくり返した。
……それって、真逆。
「俺の相談料は高くつくぜ?」
(つづく)
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