情報屋、小沢怜

「俺の相談料は高くつくぜ?」


 ……。


 ……、……。


「ええええーっ! 金取るの!!」

「当たり前だろ! 情報の売買は情報屋の基本だぜ!!」

「主、頼みました」

「なぁっ!? 何を言ってるんですかぁ! 貯蓄はもう直ぐゼロですよぉ! マモンの方が若干金持ちの癖にぃ!!」

 そう言ってひんひん泣き出した僕にだいじょーぶだいじょーぶ! とにこにこ肩ぽんしてくる怜さん。

「な、何が大丈夫なんですか?」

「クレカもおっけー」

「何さらっと借金させようとしてんですか……」

 最低だ。最低な大人の模範だ。

「良いじゃん」

「良くないです! 僕は堅実なんですよ!」

「かっかっか! 堅実だってんなら尚更、一時の命が救われるんだから良いんじゃねぇの? な! 後で返せば良いし、俺、クレカもキャッシュレスも対応してるし! 問題ナッシング! がはは!」

 駄目だ……この人想像以上にがめついタイプだ……。何で個人がクレカもキャッシュレスも対応しちゃってんだよ、マジで……。

「ほ、他に対応してるものは無いんですか? その、例えば肩たたき券とか……コイツのへそくり麩菓子とか……」

「何言ってんですか! 主!! やめてくださいよ!」

「他? 他は……そうねぇ……」

 涙目で聞かれた彼はうーんと一唸りし、


「やっぱ、人間?」


とか言い放ちやがった。

 ――!!

「はい! 主にリボンをかけて贈呈いたします、下僕としてお使いください!」

「やめろマモン!! ――ちょ! はいはいはーい!! コイツでお願いしまーす!! 麩菓子一本を燃料に一日バリバリ働きまーす!」

「ハハハ! 違う違う! 俺が言いたいのは情報さ!! 秘密も個人情報も人間の一部、だろ?」

「……へ?」

「言っただろ? 俺は情報屋だって。……この世界を支配してんのは全て情報よ。俺らはそいつらのたなごころで踊らされているだけの存在に過ぎない」

 その瞬間エメラルドグリーンの瞳がギラリと鋭く、怪しく光る。

「良い? 情報ってのはね、一般人が思うより重たいモンなんだ。物によってはその人の全てを左右しかねない。それが情報の真の価値。世界の真の支配者もそれだし、神も言い換えれば情報に過ぎん。神が目に見えるまで俺達は想像と情報の共有で彼らを補うしかなかった……いずれ世界大戦の主軸だって、核から情報になるだろう。な? ちーたん。そう思うだろ」

 彼は饒舌に語りつつ、突然僕の肩を抱いてきた。

「わわっ!? え、あ、そうです、ね?」

「ふふ、俺はお前さんに興味があるよ? 秘密を沢山抱えたにおいがする」

 耳に吐息がかかって頬を撫でられて、凄くゾワゾワした。少し煙草くさい彼の体臭を更に強烈に感じ、暗く妖しく光るエメラルドから目が離せない。

「な。少しで良いから秘密を売ってみないか? 特には値が張るぜ? どこで手に入れたんだい」

 ハッと気づいた時には既に遅く、彼は僕の体を動かせないように全体重をかけて椅子に固定し、その手でソーテラーンの紋を探り出し、するりと撫でていた。

「どうやれば開眼するの?」

「どうしてそれを……」

「情報屋を舐めんじゃないよ? 世界のあらゆる秘密を知っている。今度は君が開示する番だ」

 鎖骨を撫でた指先が服の裏に強引に滑り込む。

「ちょっと!」

「胸も無い癖に」

「……な、何を! あ!」

 椅子ごと後ろに倒れ込み、背中を強打。痛みに耐えつつ薄々目を開くと電灯を後光のように背に受ける彼が威圧感たっぷりに僕を至近距離で見つめている。

 わわ……わ……。

 暴れたくても体が痛みと重みで動かせない!

 わわ、わ!


「キミ、本当はだろ」

「……!」


 胸元から白い貝殻に紐を通したペンダントが垂れさがる。広い掌がふとももを撫でた。それを最後に、至近距離の彼をもう見ていられなかった。両手で抵抗するしかないけど、この人、どこから力が沸いて出てきているのか、とても強くて殆ど効いてない。

 これは悪魔。悪魔としての本能が囁いてる。

 この人は悪魔の――

「ほら、ピンチだぜ? 早く開眼しろよ。そしておいさんに見せてみな? そのまなこをさ、良い子だから」

 近付かれるだけで物凄く不安になる。

 怖い、怖い!

「それが駄目なら情報だ。その紋様はどこで――」

 そこまで言った時、突然生暖かい彼の気配が消え、直ぐ頭上でガッと鈍い音がし、そのまま数合切り結ぶ音がした。

 そのままバタバタ音がして、直後、持ち上げられる。

 いつもの薔薇の香りがほのかに香り、力強い感触が包んだ。


「私の主にそれ以上侮辱を繰り返すな」


 ぎゅうと抱き締めたその腕と温もりに本当に安心した。

「マ、モン……」

「大丈夫です、主。十字架クロスと聖水だけは免れました」

「……」

「よく耐えましたね」

 ちょっと涙が出た。

「『嫉妬』かい? それは」

 肩から羽織ったジャケットをばさりとはためかせ、こちらに改めて腹を向けた彼はそう問うた。

「それ以上の詮索はやめてください。身内を切り売り出来るほど安い男ではないんです」

、かい?」

「……!」

「クク……グルメになったご感想は? 『嫉妬』は旨かったかい」

「どこの差し金だ」

「差し金なんてモンじゃない。唯、君らの秘密が欲しいだけの情報屋さ」

「……」

「情報は守りが堅ければ堅い程旨いんだぜ? 信じてくれよ!」

 本当か? ってマモンの眉間が言ってる。

 僕も正直そう思う。

 一体、何者。

「だからこそ、逆に君らのとっておきをくれたら大人しく引き下がろう」

「とっておきですか」

「ただし、俺が興味持ってるそれより凄いのじゃないと駄目」

「……」

「どうだ? それか、諦めてその子を売るかい」

「……」

 空を見つめ、ひたすら何かを考えている様子のマモン。

「マモン」

「大丈夫です、主」


 その後すっくと立ちあがり、彼の前までズカズカ歩み寄るマモン。突然のそれに思わずきょとんとした彼にマモンは大きな声で言った。


「我が主ことベネノ! 歳は(読者の皆様をがっかりさせないために伏せておきます)歳! 好物はマシュマロ、嫌いな物は毛の生えていない生き物と悪魔王! 彼女いない歴=年齢のおちゃめな座敷童です!」


 店内が暫く呆然の為に静かになる。


 ――って!

 ちょ、ちょ!

 結局僕を切り売りしてんじゃねぇか!!


「何してんだクソ悪魔!!」

「話を聞くに、秘密も個人情報も同等価値っぽかったので、知られても問題なさそうなのをチョイスしてみました」

「みましたじゃねぇえええええ、だったらテメェのも混ぜろ!!」

「嫌ですー!」

 首をガクガクの刑だ、コノヤロ!!

 ――と。


「ぶ」


「ぶわはははは!! 傑作だ!! 良いよ、許してあげる。ベネノくん、(夢のない年齢)歳=彼女いない歴のおちゃめな座敷童ね、りょーかい! ぷくくく……」

 そう言ってさっきの明るい印象にすっと戻る怜さん。

 ちょちょ! 復唱して笑い転げないでよ!!


 ……殺されるかと思ったんだからな、こっちは真剣に。


 * * *


「で、彼女――じゃねぇ、彼氏を振り向かせる為のデートプランだが」

 家から持ってきたらしいビジネス鞄の中をごそごそ探る怜さん。色々飛び出した資料の中からするっと取り出したのは明治街の大きな大きな地図だった。

「レトロカメラ、端っこ持って」

 紙にわざわざ「はい」と書いてからちょこっと持つレトロカメラさん。

「もちょっとしっかり。端が丸まっちゃうから」

 手を離してわざわざ半紙に向かうレトロカメラさんを慌てて怜さんが止めた。

「お返事は良いよ。気持ちは伝わってる」

 怜さんのそんな言葉に対して「分かりました」とまたもやお返事を書いちゃうレトロカメラさん。

 可愛いなぁ。

ようやく地図の端っこを持ってもらえた怜さん。愛読書だという拳銃専門雑誌をもう一方の端と端に乗せ、抑える。


「いーか?」


 キュポンと良い音を立ててマーカーの蓋を外し、明治高校に印を付ける怜さん。そこからどんどん立て続けに様々な場所に印を付けていく。

「デートと言えば色んな種類があるが……放課後帰り道、初めての休日デート、そして祭りの花火、映画館にクリスマス、初詣……」

「多過ぎない?」

「ソシャゲでもイベントが多い方が盛り上がるだろ? 彼との特別感……! それが大事な訳よ」

 両腕を胸の前でわなわなっと震わせながらくーっと言う怜さん。

 本当にさっきの人と同一人物か? 何だか化かされた気分。

「でもそんなにこなせるかな……」

「ん、なら最初はちょっと絞ってみるかい? 大体三つぐらいに」

「おー」

「ふふっ、おいしゃんを信じなさい! ――そうだねぇ。先ず、放課後は必ず一緒に帰ろう。最後まで残るなり、他のライバルに見せつけるなり、そこは好きに工夫なさい」

「ふむふむ」

 めもめも。

「因みにだけど、焦ってそこで過度にくっつく必要はないよ。彼の好みを、こう……悟るんだ」

「悟るんですか!?」

「うん」

「えっ!? 相手は教えてくれないんですか!?」

「うん。悟る。それが女子の基本だな」

「え、え……例えばどうやって?」

「領域――」

「それ、何か別の物混同してませんか?」

「――じゃなくって、こう、だからさ、手を繋ぎたがってるなってムーブがあるわけよ。例えばさ、目を泳がせて、頬を紅潮させて、手をそっと寄せてくるとかな?」

「ほうー」

 めもめも。

「それに対して例えばさ、『良いよ』なんて相手も頬を紅潮させつつそっと握ってもらえたりすると、こう、くすぐられるわけよ! 分かるかい!?」

「あ、良いでしゅな」

「良いだしょ? そーゆーのよー! 男子の健全なる妄想爆発させてさ、やって欲しそうってのをこっちがやったげるの! そうすっとわくわくするんだ、思い通りになったって快感と、彼を満たしてあげてんだ! って思いがさ!」

「おおおー!」

 もめもめ。

「何か意図が少々ずれてませんか?」

「良いの良いの! 恋が遊びでも問題ナッシング! それも恋の一つ――というかさ、ファム・ファタールでも良いかもな」

 顎ひげをざらりと撫でながら話が膨らんでいく。

「ほう? なるほど。ファム・ファタールですか」

 マモンも乗っかってきた。

「ふぁ……? ふぁ、何ですか?」

「ファム・ファタール。フランス語で宿命の女ぁ。若しくは傾国の美女とかでも良いだろうな。カルメンとかマノン=レスコーとか、アジアでいえば楊貴妃とかかな? この、男の情緒をぐっちゃぐちゃにしてくる感じよ!」

「おおー……」

「そのオーラがあれば男なんかちょちょいのちょいでいけるだろ。コツはな……相手を熱烈に求めてる振りして焦らしたりとか、な。ちょっとのドキドキがどんどん積もって突然爆発したりな、他の男誘惑したりとかな、性格変えてみたりとかな、進路も変えてやっちゃったり、財産突っ込ませちゃったり、没落した所で突き放しちゃったりとかな」

 おお、おおお……えらく壮大な話になってきたぞ。

「で、そのふぁんふぁんみたいなのやれば」

「男はどえらい一途になるぞ、それこそ『執着』にも程近くなりそうだ。そうなりゃ攻略は屁でもないだろう」

「ふぁんふぁんすげー」

「だが……そしたら変身する必要があるなぁ。このままじゃファム・ファタールには程遠いぞ? すれ違った男が全員振り向くようにしねぇと。――ふむ」

 そう言いながらまたさっきみたいに頬をすりすりしてくる怜さん。

 ひぃー!

「丸顔で……頬も白く、柔らか。鼻は高くないから可愛い系か。……まつ毛も長いな。良いね」

「ひえー!」

 ハズカシイよー! そんなまじまじ見ないで欲しいよー!

「そったらば……お化粧とか、ヘアセットとか浴衣の着付けとかやればうんと色気が出てくるぞ。着物はうなじが良いんだな、こりゃまた! 足も出しちゃえば吸い付きたくなるね! 男なら!」

 う、うなじ……!? 足!?

 大人の小説とかでしか出てこないアレじゃないの!?

「極めつけはこの背丈。これならどんな服着ても十分騙せる。完璧だ。まだまだ小っこくて良かったな! べんべん! あはは!」

 頭をぽんぽんしながらちんこいちんこいとか言ってくる。

 うー! 男の子に対して失礼なー!!

 それにそのべんべんは僕のことか!?

 うー!! 色々不服だー!!

「でも、主できますか? そんなハイレベルなこと……」

「マモン出来ないの?」

「私がやったら仮面舞踏会みたいになりますよ?」

 夏祭りにマリーアントワネットがのしのししてたらさぞ滑稽だろうなぁ……。

「はは! そりゃ心配しなくて良いよ。ウチ、助手してくれるのがいるからさ」

「え! じゃあ……」

「ふふ、お前は変身できる顔してるしなぁ、磨けば光るさ。俺がやろう」

 わわ! がめつい代わりに万能だ! 無駄に高い万能家電みたいだ!

「その代わり、別料金は頂きますよ。二人も養ってんだ、こっちは」

 ……はははぁ、ですよねぇ。

「唯、品質は保証する。遠慮なく大金突っ込んでくれ」

「……」

「諭吉さん十人位を期待しておりますよ! べんべん!」

 うんとは言ってないからな、うんとは!

「それじゃ、ご馳走様。連絡先置いてくから、また化ける時に連絡してよ」

 メモ用紙にさらさらっと電話番号とメールアドレスを書いて胸ポケットにそっとしまう。


 そうしてレトロカメラさんと手を繋ぎ、夜の街に消えて行ったのはその直後のことだった。


 * * *


「主、主」

「ん?」

「結局、良い方向に進んで良かったですね」

「そ、そだね」

 親切だけど、何だか掴めない感じの人だった。

 ちょっと怖かったし。

「それに彼のおかげで私、良い事思いつきました」

「良い事?」

「フフフー」


Kitschキッチュ!」


 ……。

「フランスの家庭料理?」

「それはキッシュです。私が言ってるのはKitschキッチュ。まあ、兎に角そこに電話する頃にはこの作戦の要が見えてくると思いますよ」

 そう言ってにこにこ笑むマモン。

 作戦名、Kitschキッチュ……。要は後から見えてくる。

 改めてポケットに入れられたメモ用紙を見た。


 ……待て。これ、怜さんの伝票じゃないか!?


「おい! 小沢ァァ!!」

「あ! ちょ、主! 話はまだ!」

「お客さん! お会計まだっすよ!!」

「あ! あ、あ……、……すみません、宛名ベネノで領収書作ってもらえますか」


 こうして本格的に学校生活と作戦とは開始されたのだった。


(つづく)

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