すれ違い-6(困獣猶闘)
困獣猶闘。
追いつめられた者が最後まで抵抗するさま。
* * *
「返せ」
斧繡鬼の目が見開いた。
彼が振り向いたのに合わせてそちらの方を見やると血だらけの彼が剣俠鬼の喉元に剣の切っ先を突き付けている。
「返せ! 私の主を返せ!」
力を振り絞って岩をどけ、彼は遂に全身を外に出した。
その朱はまるで不死鳥のような……
……嗚呼、そうか。
きっと僕の頭上にある「不死の補正」の力だ。
そうだ、僕らにはまだコレがある!
まだまだやれる!!
まだまだ怜さんの物語に吞まれないだけの抵抗力がここにはある!!
そう思った途端、眩い希望が突然胸の底から溢れ出してきてやまないんだから言葉って不思議だ。
「ほう、面白い。不死、ねぇ?」
ふと斧繡鬼が口を出す。
「主をそれ以上痛めつけるな、傷つけるな。返せ!!」
「返せだァ? 死神相手に何を生ぬるいこと言ってんだ、坊ちゃん」
小脇に抱えていた僕を強盗がやるみたいに首に右腕回して抱え込む斧繡鬼。
その左手にはぎらついた短剣が握られていた。目の前の悪魔を挑発するかのように頬の辺りで短剣を揺らす。
「そのどぎつい殺意、見所がある」
「今まで以上の力を出してこい、七つの大罪」
「こういう場合、殺して盗るんだよ」
「上等だ、ぶっ殺してやる」
マモン……!
* * *
その瞬間青い炎と共に巨大な戦斧が斧繡鬼の手の内に現出。
マモンの大剣が地を割るのと同時に鬼は僕を抱えたまんま空へと舞い上がった。
うええええ、酔う! 酔う!
目を回しそうなスピード感の中、二人は遂に空中で刃をかち合わせた。
今までのそれとは違う圧倒的な迫力。衝撃波が草を、風を揺らした。
「その程度か!? 坊主!」
「主は渡さない!」
「ハハァ!! もう敵の手の内に収まってるってのにまだ言うか! 大傑作だな!」
「黙れ!!」
弾き合った後、尚も剣を振るおうと迫るが鬼は炎に包まれマモンの後ろに瞬間移動。振り向く暇すら与えず、かかと落とし一発で彼を地面に叩き落した。
「マモン!!」
物凄い音と煙が周囲に立ち込める。
一瞬心配したけれど、ふらふらと立ち上がったのを見てほんの少しだけ安堵。(いや、完全に安心できた訳じゃないけど)
大剣を構え直し、空へと飛び出そうとした所でその横ッ腹を剣俠鬼が蹴り飛ばした。また大きく吹っ飛ばされ、うつ向きに倒れ伏した彼の手から大剣が更に遠くに飛ばされていく。
その背を一刺しせんと跳躍した先、マモンは何とか転がり避け、尚も迫ってくる斬撃を「
よろよろと立ち上がり走った先で大剣を拾い、剣俠鬼の太刀を受けた。
しかしかなり押されている。
「マモン危ない!! 逃げて!!」
「うるせぇなぁ、このガキは」
「応援するのは自由だもん! 麩菓子食べて! マモン、麩菓子!!」
「耳がキンキンする……」
「きーっ! きいいいいいいいいいっ!!!」
「あああ! もう、うるっせぇなああ!! 耳キンキンするから座敷童に戻したのにこれじゃどっちもどっちじゃねぇか!!」
「ほーれほーれ! じわじわダメージ受けてみやがれー!」
僕らがそうやって上空でくっだらない喧嘩をしている間もマモンは何とか持ちこたえている。片手で重たい剣を振り回しながらもう一方の手であらゆる武器やら陰やらを操るいつもの戦法で耐えている。
でも悉く弾かれ、徐々にその間合いを詰められている。ヤバイヤバイヤバイ……。
「マモン! 右! じゃない、左……ああああああああ後ろ後ろ後ろ!!」
「うるせぇっての!!」
唾と一緒に怒号が飛んできた。(拳骨だけは免れた)
一方、地上では悪魔が額に玉の汗を浮かべながらその時を今か今かと待っていた。
先程、確信した。
真正面から彼とやり合って勝つのは、悔しいことだが「無理」だ。
しかし彼が反応できない距離、速さで意表を突くこと位ならどうにか出来るかもしれない。
ならば彼の刃が勢いに乗り、間合いに入ってくるのを待つしかない。その為にはフェイクとして抗い戦う振りもせねばなるまい。
消耗が激しくなるであろうことは想像に難くなかった。
しかし成功すればその一瞬の隙を突いて、主をあの鬼の手から奪還することもできるはず。
もう殆ど限界の体に鞭打って尚も向かった。
そうして――。
――瞬間。
* * *
「あ」
と言わざるを得なかった。本当にそれは一瞬だった。
正に「あっという間」。
それは遥か下、下界にて煌めいた。
直後、剣俠鬼の持ち物である筈の大太刀がこちら目がけてぶっ飛んでくる。
「……!!」
斧繡鬼がそれを見て興奮したような息を一瞬吸い込む。
下界で氷結がマモンを刺し貫こうと勢いよく拡がる中、雲も散じさせながら彼はその太刀と共に飛び込んできた。
再度戦斧と彼の剣がかち合い、火花を散らす。先との違いはマモンが今回使っているのが剣俠鬼から強奪した太刀だってことぐらい。
「なるほど、蛇の術の威力を無理矢理封じたな?」
斧繡鬼が鉄臭い我慢比べをしつつぽつりと零す。
「もう一度勝負しろ!」
「ああ、ああ良いだろう! 本当に見所があるよ、お前!」
自身の周りに突如として現出した数千本の武器の数々に彼は狂ったような喜びを
その場面に丁度良く合流した剣俠。彼に縛られた僕を渡しながら鬼は戦斧を改めて構え直す。銀の鈍くも鋭いギラギラした表面が陽光を反射した。そこにある洗練された武術と狂い切った殺意を誰が模倣出来るだろうか。
「良いだろう、烏。お前のその実力に敬意を表し、二人がかりで直々に殺してやる」
「その代わり今出した武器武具を存っ分に使え。殺す気でかかってこい」
「それが強者と戦う際の礼儀ってもんだろ」
直後、鬼の爆炎と悪魔の強欲がぶつかる。
* * *
――意表は突けなかった。
弾幕が如く武器をぶっ飛ばしながら一人、思う。今だ主は敵の手中にあるままだ。
流石は千の屍の上に立つ「狡猾の鬼」。
地上ではどのように言われているか知らなかったが、地下ではその名は余りに有名だった。巡る魂の量がいつもより多いとそれは大体「彼」のせいだった。
「おらおら! 何呆っとしてんだ! っ飛ばすぞ!!」
動きにくい空中で戦斧の刃を寸での所で避ける。空を切るような低い音を轟かせながらどんどん迫る迫る。
思考が兎に角遮られて仕方ない。――というか、どうして弾幕の中、しかも空中でこんなに速度を出してこれる! あんな巨大な武器を振り回せる!
強欲など持っていないはずなのに……!
「そりゃア、おいちゃんは特別だからさ! 数百年叩きに叩き上げ、錬成した特製の戦闘能力!」
「……全く、反吐みたいな設定だ」
奥の方で、そこだけは賛同すると言わんばかりに首を縦にブンブン振る剣俠鬼。
「反吐かどうかは勝ってから言うんだな!」
大振りに振った戦斧の刃をかがんで回避。
次いでサーベルのように突き、鬼の目玉を潰そうかと考えたが切れたのは彼の長髪のみだった。――太刀の反りは扱いづらい。
「甘いよ、坊ちゃん」
至近距離で耳元に囁かれ、腹に押し当てられた掌に溜まる魔力を感じた。
まずッ――!
火炎が爆発する前に身を反らし、思い付く攻撃を咄嗟に繰り出した。
それに鬼の目がかっ開く。
腹から剣山のように三方向へ突き出した剣の切っ先が鬼の手を貫いている。
「がハッ!!」
慌てて引き抜き、距離を取り始める。その手からは青がどぼどぼ垂れていた。
チャンス!
主の目の前でとんでもないことをしてしまったがこの機会を逃すわけにはいかない。顔を歪め、後退しながら左手の戦斧だけで攻撃を弾く鬼にしがみつくように斬撃を繰り返した。
「クソがッ!」
血がしとど流れる右手を振り、こちらに青い血を飛ばしてくる。それが炎を纏い、こちらに襲いかかってきたのはその直後のことだった。
慌てて嫉妬で炎を弾き、すぐさま右手に「憤怒」と「傲慢」を宿す。
「色欲」を相手に浴びせて少しく体勢を崩し、一気に突っ込んでいく。
そこを剣俠の「氷」に阻まれた。主も傍に居る為、非常にやり辛い。
「くそ、どけ! 邪魔するな!」
「その前にその『
「太刀が無ければ何も出来ないような唯の白蛇の癖に……! 返すわけないでしょう!! いいからそこをどいて下さい!」
「お生憎、こんなクソ野郎でも私の相棒なもので」
「この――!!」
苦笑ではあったが、何と言うか嫌な笑みだった。至極苛々して太刀をほぼぶつけるように相手に振る。
しかし気付いた時にはそこには居ない。背後から自分の手に重ねるようにその手を柄にかける。
「蛇は蛇でも『神』の端くれよ」
「……!」
いつの間に……!
ぐるりと手を捻られそうになり、慌てて自身の左掌から先のように剣をぶっ飛ばすが、彼はそれを悠々避けた。
しかもすぐにその柄を手に取り至近距離構わずぶん回してくる。
やりきれなくなって、遂に太刀から手を離してしまった。剣俠は直ぐにそれを拾い、二刀流の要領でこちらに突っ込んでくる。
「野郎……!!」
見開いた瞳でこちらを凝視。その目にはもう見えているだろう、こちらの動き、向こうの勝利条件、そのための太刀筋。
その姿は残像が如く揺らぎ、閃いた。
そして一瞬間後にはもうそこにいる。
死の予感。突然世界がスローモーションになった。
走馬灯が回り出す。
いよいよやばかった。
「不死」の属性があるとはいえ、この苦しみは永遠に続く筈だ。魂が肉体から切り離されればもう戻れない。「不死」など最早関係がなくなる。
それだけは、それだけは矢張りどうしても避けねばならなかった。
最後の抵抗をするように右手を前に力いっぱい突き出す。
首の皮に切り傷を負いながら引っ掴んだ彼の長髪。
舌をいっぱいに突き出して、牙を剥き出しにしながら捕食。
髪を一束飲み込んだ。
――「暴食」。
* * *
「落ちろおおおおおおおおッ!!」
自分の命令に従い、地面へと一直線に飛んで行く剣俠の体。
手を伸ばして主を奪い取ろうとした所でまたも斧繡に搔っ攫われた。先の手の傷を、裂いた着物の端で荒々しく巻いてある。その手は微妙に震えていたが戦斧を持つのに苦はないようだった。
「グ……お前らァ!!」
遂にマモンの中の何かが弾けた。
その体を荒々しく変異させ、黒い鳥の頭を持つ巨大な悪魔の姿に変化させていく。
「とうとう出た……」
剣俠の神速にやられ、気を失ってしまった座敷童をしっかり抱え直し、一極集中。戦斧に己が霊力を注ぎ込んでいく。
「大丈夫だ。主人公サマのことは俺達で守ってやるからな、和樹」
小さく呟くようにそう言って、気合を込めつつ戦斧を一振り。
暴れる強欲に向かって、一直線に飛び込んで行った。
先程までとは比べ物にもならないような大量の「黒い炎」を避けつつ、奴の喉笛目掛けて刃を振る。
それに気づいた強欲も黒い炎を燃え盛らせた右手を振りつつ応戦しようとした。
空気が震え、風が鳴く。
第二の太陽でも現れたかと思う程の光が辺りを包む。
――そうして今にもぶつかるかと思われたその時だった。
「やめ!!」
手を叩く音が周囲に鋭く響き渡り、今までの鬼気迫る勢いがまるで嘘のように静まり返る。
空は素敵な青空だ。蝶も飛んでいる。
斧繡鬼の火炎を纏った戦斧は空を切り、また、マモンの手も空を空しく空ぶった。いつの間にか変異も元に戻っており、一瞬呆気にとられる。
「お前達が無事でもベネノが無事では済まないだろうが」
しかし直後聞こえたその声にすぐに意識は引き戻された。
振り向けばそこに居る。
――
車にもたれかかりながら立つその男。
今までの豊かな表情など嘘であるかのように、こちらを厳しく無表情で睨む。
間違いない。
大将がお出ましなすった。
* * *
「斧繡鬼、剣俠鬼。ベネノをこちらへ連れてこい」
鶴の一声のような「力」を持つその声に二人の鬼は一礼。直ぐさま炎を纏って瞬間移動、怜の元へと集っていく。
って、ちょ、冗談じゃない!
「やめろ、主は私の――!」
走り出した瞬間、彼に向かって指を鳴らす怜。その音と同時にマモンの姿がモノクロームになり、固まってしまった。
その音にようやく目を覚ました座敷童。
「え、な、何……」
暫く気を失っている内に戦況が大きく変わっており、動揺が隠せない。
目の前にいつの間にいる怜の厳しい表情に怯え、ふるふる震えている。
「斧繡鬼。渡せ」
淡々と命令する怜に対し、鬼はふんっとそっぽを向きながら荒々しく座敷童を投げ飛ばした。
「痛いっ!!」
ぺしゃっとそこに放られた童の姿を見てすぐに怜は「ああーっ!!」と叫んだ。
「ちょっ! 何でこんなにきつく縛る必要があったんだよ! 傷はつけるなって言っただろうが!!」
「知らねぇよ。俺は連れてこいって言われただけ」
「それに投げなくても……痛くないかい? ベネノ」
「……受け身ぐらい取れるだろ、コイツぐらいにもなれば」
「あーあーあー、こんなにきつく縛っちゃって……血が通わなくなったらどうするつもりだったんだよぉ! 直ぐほどいてやるからな、ベネノ。待ってろ」
先程と打って変わって心配おじさんに変身した怜。それが面白くないのか大きな舌打ちを打つ。
「……ふん! 礼もなしかよ」
「礼はしてる。礼はしてるんだけど、これじゃあちょっと契約違反なんじゃないのか? 下手したら死にかねないんだぞ?」
「知るか、んなもん」
「いや、今回は流石にブレイカー殿の言う通りだと思いますよー」
そこに剣俠鬼が口出し。それに斧繡鬼が遂にキレた。
「はぁ!? 蛇まであっちの味方すんの!?」
「依頼主はブレイカー殿ではありません。先生、ですからね」
「……」
しかし何も言い返せない。幾ら死神の端くれとはいえ、斧繡鬼達配下如きは運命神に逆らえないのである。
「ほら、ほどけた。……可哀想に、跡が付いちまった。指は動かせる? グーパー出来るかい?」
一方、尚もがたがた怯えるベネノを後ろから優しく抱き、手を取る怜。
縄目の跡をさすり、血が通えずすっかり冷たくなった手を優しくさする。
――先程まで「命」を取る、と言っていたのに。
大きく違うその態度に更に混乱した。
「ほら。取り敢えずグーパーしてみて。おいさんを安心させてくれないか?」
言われるがままゆっくりと手を結び、開く。
それに良かった、と笑みを零し、ふっと胸をなでおろした。
殺したいのか、生かしたいのか。
もうまるで訳が分からない。
「よしよし。無事に保護も出来たことだし! それじゃあベネノ、お父さんの待つお家に帰ろう」
瞬間、ふわっと体を持ち上げてくる怜さん。
優しい笑顔があんまりに素敵でしかもお姫様だっこなんて、こりゃ堪らん。女子ならみんなきゅんきゅん――って、ちょっと待ったあああああああ!
「ちょ、ちょちょちょちょちょ!」
「ん?」
じたばたっと暴れた僕の意を察して直ぐに下ろしてくれる辺り優しさ――って、だからそうじゃなくって。
「ぼ、僕、神殿に帰る気無いですけど……」
「……、……まぁ、うん。そうだね。何となくそんな気はしてた」
「え、じゃあ何で」
「俺が欲しいから……それじゃ駄目?」
突然顎に手を添え、くっと持ち上げてくる。
ひひひ、ひやあっ! か、壁ドンとセットなんてずる――じゃないじゃない、じゃないってば!
ヤバイ、ハニートラップの達人だぞ、こいつぁ。
「だっ、駄目です! 僕の帰る場所はもうそこじゃないんですから!」
顔を真っ赤にしながら(何だか惜しい気はしつつも)彼の胸板を押し返す。
「ええ?」
「僕はマモンと一緒にこの世界の覇権を取るって、約束したんです!」
「覇権?」
「そうです! もう、誰にも傷ついて欲しく無いんです! だからこの世界の王になって、それで、幸せな物語を作り上げるって決めたんです!」
ふーん、と返され暫し沈黙。
そしてふと、
「……それはお父さんとの再会よりも重要なの?」
と問うてきた。
何て痛い質問。
でも……。
「ええ、重要です」
「マモンと共に叶える。そこにも意味があるんです」
今更揺らがない。
「ふぅん……」
「じゃあ……」
「俺が――」
腕を組み、ふいっとそっぽを向いた僕の手を勢いよく引きながら草原に引き倒してくる怜さん。
「ぅわ!?」
起きあがる隙も与えず馬乗りになってから締めていたネクタイをしゅるりと外し、僕の体の上に落としてくる。第二ボタンまで外せばちらりと胸が見えた。
え、え、何々。
そうやって動揺・混乱してる僕なんかおかまいなしにそのままの勢いでシャツの下、肌の上に妖しく手を滑り込ませてきた所で汗が噴きだし必死に抵抗した。
「お前欲しさに気が狂って、こうやって滅茶苦茶にしようとしても?」
「やっ、やめま、やめませんかっ」
「ふふふ。そうやって抵抗してるけどさ、お前の一人二人ぐらい、キス一つで簡単に落とせるんだぜ? だって純粋なんだもの、なあベネノ?」
「ほっ、ホントにやめて!」
つっかえ棒のようにしていた手の内の片方を掴んで草原に押し付け、一気に距離を詰められた瞬間本気の焦りがどっと体を駆け巡り、マジで肝が冷えた。
ちょっ、やばいやばいやば……っ!!
ま、マモン……!!
「……まあやらないけど」
――や、この人、多分だけど途中までは本気だった。本気だった!!
この動悸の激しさが全てを物語っている。今までにも似たようなことあったけど、今までのそれとは遥かに違うレベルでやばかった!!
怖い……!
体の震えが止まらない!
「でも分かったでしょ? これで」
「な、何をですか」
「俺が本気だってこと」
……。
……悔しいかな、説得力が凄すぎる。
まるで蛇に見込まれた蛙で御座います。
「だからあんまり逆らわれちゃうといよいよ困るんだ。分かるよね? もう我慢が出来ないんだよベネノ」
耳に直接囁かれ、肩をちょっと掴まれるだけで物凄い量の汗が噴き出る。
「じゃあ、俺が壊れる前に車に乗ってくれるね?」
最早抵抗する術はなかった。されるがまま抱き上げられて、近くにあった車の後部座席に乗せられる。
……。
僕が絶対に意志を曲げないってこと、分かっていたんだろう。その上で絶対に「体」を傷つけない方法でこうして連れ帰られる三秒前まで追い込まれた。
矢張り、策士。流石といったところなんだろう。
「さて。後は君の固い決意とやらを無理矢理折り曲げて、ショックガンでリセットして、それで終いさ」
言いながらリボルバーに「銀の弾丸」を込めていく怜さん。
その背中は今まで見てきたどのそれよりも、何か、恐ろしい。
「大丈夫。君の迷妄は全て、目の前の元凶の消失によって打ち払われる」
「はは、期待してて良い。その為においさんは悪い人になったんだから」
「ね、ベネノ。よくよく見ているんだよ」
振り返った横顔。何かおぞましい違和感を湛えながら、それでも彼は柔らかい笑みをこちらに零した。
そして手を叩き、向こうに居るマモンを時間停止から解除。
即座に走ってきた彼の目の前に「運命の書」によって召喚された大剣をズカカカッと突き刺し、その行く手を阻んだ。
「ウッ!?」
頭蓋をかち割られる前に何とか急停止したマモン。
そんな彼に向かって怜さんは静かに語り出す。
「それ、あげるよ。俺を叩っ切りたくて仕方ねぇだろう。……切れば良いじゃないか。切れよ」
突然発せられた意味不明の言葉に警戒しつつ、目の前に突き立った大剣を手にする。どれもこれも上物ばかりだった。
「……敵に塩でも送っているつもりか?」
「真逆! 俺はそこまで義理深くなんかないさ。そこまで施しを受けても勝ち目のないお前さんの姿をこの子に見せてあげたいだけ」
「……」
読めない。
「いいかい? 敢えて、改めて確認するけどベネノは運命神の子どもだ。決してお前のものではない。そしてあの子の命はあの子のものであって、お前に利用する権利など何もない。そこら辺は常識だ。分かるよな?」
「……」
「だがお前はどんなに警告を重ねても自分の過ちを認めようとはせず、唯ひたすら座敷童を自らの野望を果たすために利用し続けた。その存在を盾に矛にと扱って、しかし可哀想にこの子はそのことに気付いていない」
「……主を惑わす為のほらだ」
「そう思いたいなら思えば良い。最後に判断するのはこの子だから」
「だが、君の醜い姿、醜い野望を目にしたその時は――それでも君の味方でいてくれるかな?」
腰の辺りからナイフを取り出し、手の中で回した。
「今から引きずり出してやろう。その苦い
姿勢がゆっくりと前傾姿勢になり、直後、右足が地面を蹴った。
――来る!
(つづく)
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