三界大戦争
『七つの大罪とは
怠惰
暴食
憤怒
嫉妬
強欲
傲慢
色欲
の七つの厄災的欲求から成る最上位悪魔の集団です。
怠惰・ベルフェゴールは動くのが、働くのが兎に角嫌いです。しかし食には煩い。食事が不味かったり遅かったりするとナイフをよく投げました。その代わり彼はよく物を発明する、そういう能力の持ち主です。また、動くのが嫌いな代わりに舌がよく回り、弁論では負けたことがない。勿論、頭もよく回る。火を人々に与えたのは間違いなくルシファーですが発明という概念を与えたのは彼、ベルフェゴールでした。
暴食・ベルゼブブはその名の通り、食欲を司る者。いつも腹を空かして、何物にでも手を出します。時に蠅の王と呼ばれたりするようですが、その名とは裏腹に明るく優しいひとでした。――極度に腹が減ると人格がすっかり変わってしまうのがたまにきずなのですが。そんな彼は有機物を喰らい、喰らった相手を操ることができます。また、先程も言いましたが何でも食べました。小麦粉だろうが、砂糖だろうが、岩だろうが、ひとの命だろうが。私の大好きな直属の上司です。
憤怒のサタン、傲慢のルシファー、色欲のアスモデウスは元・大天使。背中を飾っていた美しい白い羽を彼らはむしり、シヴァ様の御元に下りました。そのため彼らはベルフェゴール、ベルゼブブ様、そして私やレヴィアタンのように特別な能力を有してはいません。代わりにその性格が彼らの得意とする戦闘に大きく影響を及ぼしていました。その姿はあなたの想像する通りであるかと思われます。
そして嫉妬・レヴィアタン。彼はウミヘビの姿とひとの姿を自在に使い分ける珍しい悪魔。彼は普段から冷静沈着で、加熱した三人の堕天使達をいさめる役目も負っていました。――他の能力に嫉妬しつつも、するだけではどうにもならないと分かっている。だから努力をして、他者を凌いでいく。それ位出来なければこの七つの大罪にはいられません。そんな彼の能力は他社の能力模写と攻撃反射でした。仕組みさえ理解出来れば大体のものはコピーできますし、反射も出来ます。頭が上がりません。
最後。私、強欲のマモン。この中で一番新しく入った悪魔でした。先代の「マモン様」は口数少なく他者のあらゆる感情さえも支配の内であったそうですが、私はそうもいきません。頂いたばかりの重たい厄災を手懐けるのに日々手一杯でした。私が頂いた能力は「あらゆる無機物に干渉し、支配する能力」。ベルゼブブ様とは「有機物」か「無機物」かの違いというだけでほぼ同じ能力。なので私の能力開花のために日々付きっ切りでいてくださいました。(彼の食欲の)おかげで、副次的に頂いていた「既存の物を作り上げる」能力だけは開花しました。とはいえベルフェゴールのそれより自由度は少ない。自分と主従の関係にある者の希望ならば即座に、いくらでも作って差し上げられるのですが、自分の為、また、新しい物を作ろうとなると、どうも駄目でした。あのモノクルは私がまだ純粋であった頃、主であるベルゼブブ様の望みなしに唯一上手に作れた物です。
そんな七人の主な仕事は地獄での魂管理、及び戦闘要員。天使達とは商売仲間でした。彼らは善良な魂を選り分け、我々に悪しき魂を譲る。私達は悪しき魂を浄化し、死神を媒介として地上か天界へと送る。彼ら天使も同様に善良な魂を地上か地獄へと送った。魂は不変ではない。いつ何時改心し、堕落するかは運命次第。その時が来れば対となる世界へと送られる。ただそれだけでした。
そうして私達は均衡の保たれたこのループの中、天使は女神ヘーリオスの御元で、私達は悪魔王シヴァの御元でせっせと楽しく働いていたんです』
『――ある日、
シヴァ様が女神ヘーリオスに殺されるまでは』
『地上までもを巻き込んだ三界大戦争の幕開けです』
あらゆる衝撃の事実に目を見開く暇もなく暗闇が晴れ、直後、焦げ臭い臭い、むせかえる血の臭い、そして息が出来ない程の熱風にさらされた。
「ウッ!」
涙を大粒零しながら目の前を見ると、業火に焼かれ、見るも無残なストリテラの姿がそこにある。
「……!」
足元に焼け焦げた何かがあった。所々で火が噴き上がり、多くの黒焦げがそこら中にある。
元の姿は考えたくない。焦げ茶の羽を僕は初めて見た。
『その日、多くの者達が友愛のシンボル「友の丘」へと逃げました。そこを狙って無差別に「黒い炎」や「陰」で攻撃した者がいます。――今のストリテラで「友の丘」が常時雪に覆われているのはその為です。今私達が暮らしているストリテラは一回作り変えられたものでした。前任の運命神もその時点で死亡、暗殺と言われています。後任者はちょっと年上で経験が多いだけの天使に決まったと聞いています』
『それだけ犠牲者が多く出ました。悪魔側にも天使側にも。皆何が正しくて何が信頼できるのか分からなかった。私はろくに能力も目覚めないままにベルゼブブ様の後を必死に追いかけていました』
走る青年の視界がそのまま目の前に映る。
吐くように腹から出した大量の麩菓子を孤児に与えた。何度か敵方の武器に干渉してみようと念を送った。物凄い頻度で腹が減る上司に大量のチキンをやる。
途中で髪の毛を切って送ってやっていた。
『一部を切り取った映像だけでは説明が難しい。しかしお分かりでしょう。目の前にあったのは地獄よりも更に地獄。人々を疲れ果てさせ、理性を奪う残酷さ、惨たらしさ、血の臭い、死の恐怖』
『それでも我々は理性を司る者。当時シヴァ様の側近であったディアブロ様の指示に従い、原因の究明、仇の捜索、黒幕はいるかなどの調査が行われました』
『皆、生きるのに必死でした』
『食べ物を出しても出しても飢餓は収まらない、やせ細っていく私をベルゼブブ様はきつく抱き締めてくれた。きつい時は寝て、体力を温存しなさい、と繰り返し言われた』
『腹が減ったと言わなくなった、苦しいはずなのに』
『他の五人も天使達とぶつかりながら原因の究明を急いだ。ある日、守護天使に直にぶつかり、ヘーリオスまでの直接のルートを作ろうという案が出された。七つの大罪の切れ者、ベルフェゴールとレヴィアタンの提案ですから、直ぐに承認されました』
『しかし四方位を守る筈の彼らは北の守護天使「ベゼッセンハイト」一人を残し全滅していました。代わりの候補としてまだまだ未熟な三人「エクラ」「カルド」「トゥルエノ」が選出されましたが戦えたものではありません。しかもエクラは兄が、カルドは恋人がほぼ同じタイミングで殺されています。本能で動く彼らの中には憎悪と悲しみが満ち満ち、渦巻いていました。――そんな彼らを戦場に出す訳にはいかない。すぐに作戦は中断されました。その代わり、幼い彼らに話を聞くことになります』
「君達の話を聞かせてくれ」
その瞬間、目の前に映る泣きそうな顔の三人。
皆一様に傷だらけで、突然の戦火や大切な人の死に怯え切っているのが目に見えて分かった。そんな彼らの背中をベルゼブブ様が撫で、マモンが隣でおろおろしながら壊れた玩具みたいに麩菓子を腹から出している。彼らに相対して話を聞いていたのはレヴィアタン。落ち着いた印象の切れ長の瞳が真っ直ぐ彼らを見つめる。
「何があったんだい」
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」
零れても零れても拭いきれない涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらエクラが言う。
「命を食べられたァ……!! うわああああ!!」
「黒いべちゃべちゃが……セレナを……セレナを……ぐちゃ、ぐちゃに……ウ!」
フラッシュバックに思わず吐きそうになった少年をマモンが慌てて支えた。レヴィアタンが辛いことを思い出させてしまってすまない、と謝る。
北の守護天使にコンタクトを取るようにベルフェゴールが指示を出し、それに嫌々ながら堕天使三人が出掛けて行った。
そんな中、そこだけ時が止まったようにベルゼブブ様は蒼い顔して固まっていた。
手は震え、顎はガクガク、頭は真っ白。零れ落ちそうな程目をひん剥き、体の震えを止められずにいる。
彼の異常、過呼吸に気付いたのはいつもいつでも傍にいたマモン。
「どうしましたか? ベルゼブブさ――」
いつも彼がマモンにしてやっているように背中に手を添えようとして――
「触るな!!」
彼にしては珍しく怒声で叫び、マモンの手を払いのけた。
周囲がしん、と静まる。それに直ぐに自分のしでかしたことに気付く。
「ご、ごめん」
それだけ言って彼は何の仕事も引き受けないまま、向こうの方に行ってしまった。
「あ、ちょ、ベルゼブブ様! 待ってください、ベルゼブブ様!」
慌ててマモンが追いかける。
しかし途中で追いつけなくなって、断念せざるを得なくなった。
「ベルゼブブ様……」
そこには寂しい顔をしたマモンが一人。
ぽつん。
『――そう。私はもっと早く彼の異常に気付き、それをシヴァ様やディアブロ様にご報告し、対策をしておくべきでした。しかし何もかもが遅すぎた。
ひとの命を喰っているということ。
最近、命を喰らうことで制御できないべちゃべちゃが自分の腹の中に溜まり始めていたこと。
腹が減っている時の記憶がないこと。
――条件は完璧でした。
そして、天使も悪魔も人間も神さえも、元凶を早く潰してこの滅茶苦茶な戦争を終わらせたがっています』
ビチャッ!!
バダバダバダッ。
青年マモンの顔に大量の赤黒い血がかかったのは直後――いや、実際はもっとかかっていたかもしれない――のことだった。
「あ、あ……ああ……」
目の前には他六人の大罪の武器、そしてディアブロのサーベルで貫かれた
ベルゼブブ様の変わり果てた姿。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
(つづく)
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