物語の始まりは-2

「話は、署で聞かせてもらうよ」


 警部の寂しそうな背中に、すっかり意気消沈した青年。

 本土にて、遂に探偵が逮捕された。

 これにて主人公不在が成立、物語の破綻が決定した。

 向こうの方でひび割れが起こっている。もうすぐこちらに及ぶだろう。

「本当に壊れるんだ」

「見慣れた景色ではありますがね」

「いつもこんなにしてたの?」

「ええ。運命管理局が来ない間はやりたい放題できて楽しかったですよ。夕陽みたいで綺麗でしょう」

「ふーん」

 性格の悪い奴。

 と、その時。


「あ、いた!」


「ん?」

「凡太郎さん!」

「ひぇぇ、かおるしゃんっ!」

 顔に一気に血が上るっ!! だ、だって、か、肩! 肩ですっ、肩叩きましたよっ!? ぽんって、ぽんってええ!

 肩ぁ!! 肩ぽーん!!!

 あああ、一生洗わなーい!!!

「先程は助けて頂いて本当にありがとうございました」

 しかし一気にテンションが戻っていく。

 何故お前が礼を言うのだ、一男氏。

 今僕はこちらの美女と喋っているのですが。

「私達、脅されてて……それがこんな事になろうとは……本当にごめんなさい……」

「ふっ、かおるさん……大丈夫でごじゃいますよ。僕、わ、わか、分かっていましたからっ」

「まぁ」

「一瞬たりとも貴女を疑いは、しておりましぇん!」

「凡太郎さん……!」

「もっちろんでしゅ!」

「嘘まで吐いたのに……」

「自分の身をマモ、守る行為でしから! ですたからっ! でしたからっ!」

 三回も、雪崩のように噛んでしまったけど、勇気を出して柔らかふわふわのおててを取り、熱弁する。

 すると彼女は真珠のような涙を落としながら


「嗚呼、ありがとう。このご恩は一生忘れません」


と心から言った。

 あ!

 あ、あ……あ……!!

 あ……!!


 ありがとう頂きましたーっっ!!


 天使のラッパがそこら中で鳴っている! 多分幻覚だけど花吹雪も見えた! ありがとう、ありがとう! ありがとーう!!

 ――あ、ほら、作者、ここ強調しといて! ここだよ、ここ、ここ!!

 見えてる!? 分かってる!? ここだよ!? ここ!!

 ここ!!!!

 僕にありがとう! ありがとうっ……!! かおるしゃんの口からアリガチョォ……!

 ありがちょお!!

「だ、ダイジョブでしっ! にへ、にへへ……」

 親指を捻挫せん勢いで突き立て、へたっぴウインクをばっちり決める。

 あー、あっちぃあっちぃ! 体が不可抗力でクネクネってなっちゃうね! なっちゃうね!! にへ、にへへ、にへへへへへ。

「……一度かおるさんと一男さんの共犯だとか言っていた癖に、よくそんなことをスラスラ言えたも」

「フンッ」

「ごぼっ」

 言い終わる前に腹に一発。

 激痛に上位悪魔が体を折り曲げた。

 ふん。ざまあねぇな。

「ん? 何ですか?」

「いえ。何でもございませんよ!」

「え?」

「何でもないですったら」

 質問してきた一男さんに圧だけかけておいた。

「それで? お二人はこれからどうするんですか?」

 マモンが腹を押さえながら割って入ってくる。

「ど、どうって?」

「だって、ほら」

 指した先を見れば世界が大分崩壊している。鳥がピクセルの単位で崩れ、その命を失していく。

「このままここに居ることは出来ません。次の新たなミステリーの構築を待たなければ」

「ああ……」

「それまでどうするつもりですか?」

「そういえば、そうだったな」

 困ったな、と言わんばかりに一男さんが頭をかく。その隣でかおるさんも困り顔をしている。

 ハッ。

 こ、これはっ! これはチャンスだ!

 かおるさんのハーツを射止めるチャァンスッ!

「大丈夫っ、かおるしゃんは、ぼ、僕がァ――」

「でも、私……一男さんが傍に居てくれれば……」

 しかし当の本人は僕が歩み寄ったのに気付かず、一男さんの方へと歩いていく。

 え、え? え?

 え??

「え」

「私、その……二人なら何にでも立ち向かっていけると思う、の」

 アレ、何赤面しちゃってんの。

「かおるさん……」

 ちょ! 何向かい合っちゃってんの!

「一男さん……」

 あ、あー! あー!! ああああああああ!!!

 あああああああああああああああああああ!!!

「実は、僕もね、云々かんぬん」

「わ、私も……やっぱり一男さんじゃなきゃどーたらこーたら」


 ……。

 あ、ああ……。


▶ざしきわらし は しろい はい に なった!


 お終いだ……。


「アレ? さっき言いかけたこと、彼女に伝えなくて良いんですか?」

「良い」

「失恋ですか?」

「煩い」

「お可哀想に」

「煩い!」

「腕一本の支配権と交換で慰めて差し上げましょうか」

「ウザイ」

 想いを伝えあう二人をそのままにしてトボトボとその場を後にする。

 ちくしょう、幸せになっちまえ!

 小石を泣きながら海に投げる。崩壊しかけた世界のひびに呑まれ、それは二度と帰ってこなかった。――昔の僕みたいに。

「……」


「それでは凡太郎改め、ベネノ」


 マモンが姿勢を正し、向き直る。

「世界の崩壊、誠におめでとうございます」

「……うん」

「最後パニックになってた癖によく討伐できました。見事見事」

「もっと素直に凄いって言えないの?」

「ふふ……あんな醜態さらしておきながら」

 僕の睨みなどものともせず、少し笑うだけ。それと毒も一滴程。

 大人なのか子どもなのか、紳士なのかやんちゃなのかまるで分からない。

 改めて謎な奴。

「それでは祝福にこちらをお受け取りください」

 そうして手渡してきたのは白金に輝くエネルギーの塊みたいなの。手に乗せるとふわふわで柔らかいハムスターみたいな息遣い、でもそこまで物質めいてはいなくって。兎に角、新しい感覚と重みがあった。

 ってこれ……。

「主人公補正じゃん!」

「そうですよ。黒山氏が元々所有していた物です」

「うわわ、初めて持った」

「因みにそちら効能はですねー……えー、どんなに傷つこうとも毒に犯されようとも一人対数百人になろうともプロの暗殺者に狙われようとも、必ず最後まで生き残る補正のようです。それと、異常な観察力も少々」

 わ……本当にチートみたいなやつじゃん。

 ――ってか、なるほど。探偵を突然名乗り出したのも、攻撃が全然当たらなかったのも主人公補正が多少影響していたという訳か。

 改めて考えると腹立ってきたな。どうしてわざわざ喧嘩売ってきたんだよ、絶対勝てる相手に。

「で、でもどうしてこれを僕に?」

「え? 主だから当然でしょう。ちょっと持っといてくださいよ」

 ……あれ。どっちがご主人様だったっけ。

 言われるがまま、試しに頭の上に浮かばせてみる。すると補正はすんなり僕の頭に定着し、その上に留まった。

 主人公の証、かつ、絶大な力をもたらすもの。

 初めての感触。

「私は、この主人公補正を集めているんです。それは先程も言いましたね?」

「そ、そうだね」

「しかし主人公補正みたいなその話独特の物は、物語が破壊されない限り外に出せません。なので物語を壊して回っているんですよ。ただそれだけの事で、それ以上の意味は特にありません」

「じゃあ何でこれを集めて回っているの」

「勿論、世界の王になる為です。それ付けてると分かるでしょう、幾つも持っていたらどれだけ凄いことになるか」

「……」

 唾を飲み込む。

 チート能力を頂いて無双バンザイ! みたいなのは聞いたことあるけど、それと似たようなものだろうか。

 確かに、死なず、攻撃力が高く、人望もあって、モテて、ついでにラッキースケベ発生器みたいになったら人生勝ち組だろう。

「それを実力行使で奪って回って、人々の運命を捻じ曲げていく。つまり人生の支配権を強奪するのが我々の目的です、ベネノ」

 ひっそりと耳に囁き微笑を浮かべるマモン。

 思わずその顔を見つめると、彼は恍惚とした表情で続けた。

「私は神々が丹精込めて練り上げた希少な『補正』をこの手に収め、貴方は大事な人達の運命をその手で好転させていく」

「……」

「悪くない取引でしょう? 正にwin-winってやつだ」

 彼の言葉に合わせて己が掌を見つめる。

 物語を破壊した手。人の運命を狂わせた手。

「大丈夫です、結果的に物語はぶっ壊れましたが貴方は一男さんとかおるさんの恋路を助けた」

「……」

「あのまま一男さんが犯罪者として手錠をかけられていれば、かおるさんのご両親が黙ってはいなかったでしょう」

「でも、二人は最後まで事件に無関係な存在として生き続けた」

「更に言えば彼らの恋路を邪魔する者達が悉く排除された」

「結果的に残ったのが彼らにとっての一番幸せなゴールだったと」


「どうですか、この背徳。快感でしょう」


 思わずうち震えるような、ゾクゾクとしたものが胸の底から湧き上がってくる。

 これが、シナリオブレイカー。


「そしたら、親友の人生も変えられる?」

「親友?」

「物語に囚われ続けている親友がいる。心を壊しても、体の一部を損壊させても治ればまたその修羅の中に戻っていくんだ」

「……」

「そんなの、耐えられないし、見てられない」

「……」

「人を殺すアイツの姿なんて」

「……なるほど? そうですねぇ」

 一頻りフムフムと考えた後、彼は何か思いついたような仕草を一つ。

「何?」

「いえ、ね。その場合どうかな、とかちょっと考えてみたんですけど」

「うん」

 返事を待って後、彼は徐にその長身を折り畳みこちらに視線を合わせてきた。

 そして一言。

「大丈夫」


「貴方が私の主である限りは全く心配ありません」


 そう言い放ちやがった。


「……!」

 力強い言葉に思わず彼の瞳を覗き込む。

 二つの同じ目が、偶然出会った二つの同じ命が。

 ここで奇妙なえにしを結ぶ。

 何か運命のようなものをビビッと感じる。

 震えた。これが上位悪魔。

「だから貴方は何も恐れないで、貴方の描きたい物語の中を突き進めばいい」

「……」

「貴方の欲が強ければ強い程、私はそれだけ強くなれるのだから」

 ……。

 ……、……。


 これが、強欲。


「じゃあ、全部託して良いんだ」

「ええ、命も、武器の種類も、強さも保証いたしますよ」


 ごくりと、また唾を飲んだ。


「それじゃあ次、行きたい場所があるんだけど」

「はい、何なりと」


 執事のように優雅にお辞儀をするマモンに向かって、姿勢を正し、息を吸って吐いて――


 アイツの顔とかもちょっと思い浮かべて。


「異世界行こう。異世界ファンタジー」

「鉄板ジャンルですね?」


「そこで僕達が勇者になって、物語を頂く」


「世界の果ては僕達の物だ」

「仰せのままに」


 まだまだこの物語は始まったばかりだ。


(第一話 「人形館」とマモン Fine.)

(To Be Continued...)

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