血塗れの天弓
「実はあの時落とされてきた人形が金田氏の遺体だったってこと、貴方はご存知ですか?」
「え!?」
廊下をあてもなく走りながら聞かされた事実に耳を疑う。
「マジで!?」
「マジです、マジ」
「じゃあ前みたいに?」
尉二太さんが辿った道筋を思い、また吐き気が込み上げてくる。暫くは夢に出そうだな、これ……。
「いや、今回はまたちょっと違っていて、実は人形の首が――」
「やっぱそれ以上言わなくて良い!!」
「……弱虫」
「べべっ、別に弱虫じゃないし!」
先程まで殺し合いを展開させていた二人組とは思えない息の合い方で廊下を曲がり、その先の三階に続く階段を駆け上がった。
「それで? どうするの!」
「どうするって、貴方が自分で終わらせるだなんだって言ったじゃないですか」
「でも犯人分かってないから、僕!」
自信たっぷりに言った言葉に眉間の皺を隠しもしないマモン。
「……その大口、一度縫って差し上げましょうか」
「良い。分かってんなら教えてよ!」
「……ちょっとは自分で考えてみるってのも大事だと思いますけどねぇ」
「教えろ!」
絶叫して詰め寄ると遂にマモンが折れた。
「……今回の犯罪に一貫して見られたのはその残虐性です」
「確かにね」
「何故犯人はそうしなければならなかったのでしょうか」
「んー。普段から嫌なことされまくってて、どうせなら滅茶苦茶に殺してやる! てなった、みたいな?」
「まあ、それもありましょうが……明らかな理由が無い限り、そういうのって難しいものですよ?」
「そう?」
「そうですとも。だって人体切――」
「わーわー!」
「するんですよ?」
危ねぇ……今のは下手したら残虐描写に引っかかるぞ。
「死体を隠しておかなければならないとか、小さくまとめてどこかに運ぶとか。それ位の切羽詰まった状況が無ければ、実行にはかなりの勇気がいるでしょう」
「……」
「想像が難しいなら自分に置き換えてみてください。はい、まず殺してしまったかおるさんの遺体があります」
「かおるさんを殺すわけないだろ! お前、何様のつもりだワレェ!!」
「……被害者Aがいたとします」
「はいはいそれで?」
「例えばそれは事故のような偶然の殺害で、傍に探偵とか警察とかいるような状況だったら?」
「早く隠さなくちゃいけない!」
「しかしあるのは手持ちのスーツケースのみ。そのままだと入るでしょうか?」
「……入らない」
「ならばコンパクトにしましょう! はい、切る」
「痛い痛い、考えるだけで痛いよぉ!」
「それじゃあ別のパターンです。貴方は完璧な殺意を以て被害者Bを殺しました。人目に付かない場所、時間もアリバイ工作も完璧」
「はいはい」
「しかしこの場に長く留まればいずれ人に見つかるかもしれません。更には今更になって良心が痛み始めます。どうして殺してしまったのかな、と悔やむ思い」
「今度は心が痛い……」
「そんな時はどうしますか?」
「取り敢えず見つかりにくい場所に置くなりしてとっとと逃げる!」
「そうですね。捕まりたくないので必死こきますよね。わざわざ人体(ピー)はしませんね」
「そんな時間も気力も勇気もありまつぇん!」
「はい、そこ。そこなんです」
弁護士っぽくぴしっと言ったマモンに首をこてんと傾げる。
「……そこ?」
「犯人は逃げ場のない館の中、いつ見つかるともしれない状況下で、大胆な犯行を幾つも重ね、オーバーキルまでしている。それに、あれだけ細切れにするにはかなりの時間を要します。何せ肉だけでなく骨――」
「ぎゃーぎゃー!」
「まで切りますからね。かなりの体力、時間を消費する」
あれ、これ隠しきれているか?
「とすると考えられるのは二つ。物凄く強い殺意を以てして犯行に及んだか――」
「残虐に快を見出す快楽殺人者であるか」
* * *
「え……」
「そんな物語じゃないとはもう言わせませんよ、貴方もシナリオブレイカーになった癖に」
「で、でもそんな人はいないでしょ!」
「私が
「じゃあ誰が!」
「――もう一人しかいないでしょう。容疑者が殆ど全員潰れた以上」
「え、え? え??」
全然分かってないこの顔を見て今度は嘲笑を浮かべるマモン。
「ええー? まだ分かんないんですかぁ?」
「分かんねぇんだよ!」
「ごふっ」
強めのパンチをみぞおちに食らわせておく。
「……考えてもみてくださいよ、けほけほ。まず伊治氏殺害時点で容疑者として上がっていたのは金田氏、西田氏、今村氏でした。彼らが一番近くに居て、かつ、怪しい言動なども繰り返していましたし」
「そうだったね」
「しかし、金田氏はこうして殺害され、西田氏と今村氏も金田氏殺害時、貴方の傍に居ました。彼らに連続殺人犯の可能性はありません」
「分担とかはあるってこと?」
「まあ、それはあるでしょうが……少なくとも金田氏だけはあり得ませんね」
「どうして?」
「人形に変貌しただけであんなにパニックになっていましたし、快楽を理由に殺人は犯さないかと。――というかあの人は金で解決するでしょう、間違いなく」
言えてる。
「更に言えばあれは睡眠薬を盛られていましたね、推測にはなりますが」
「ええ!?」
「体調が悪いように見えていたのは睡眠薬の副作用と言えましょう。頭痛も倦怠感も副作用の一部ですし、毎晩出される酒と一緒に服用したことで副作用の増強に繋がったと思われます」
「それで犯行に気付かなかったし、体調も悪くなったってこと?」
「ええ。殺す為に独りにさせるのも簡単だったでしょう。医務室の医者になりすませば猶更」
「……」
よくよく練られた犯罪計画。おぞましい。
「じゃあ、前言ったみたいな一男さんとかおるさんの共犯とかは」
「あるかもしれませんが……そうすると矢張り黒山氏の殺人の動機が知れないんですよね。それに思い返せば黒山氏の殺害現場に証拠が無さすぎるという点も引っかかります」
「……」
ん? 何か引っかかるな……これ。
「それじゃ、あ……容疑者全滅、してない?」
「そう。そう見えます。しかし、もう一人いますよね?」
そう言いあっている間に従業員しか立ち入らないような屋根裏部屋まで辿り着いた。人形が幾つも並べてあって、下の階より更に不気味。
しかしマモンはそんな物には目もくれず、奥の方にある天窓に手をかけ、そのまま屋根の上に登ってしまった。
「え! ちょっと待って!」
「ほら、早く。真犯人の元へ突っ込みますよ」
手を取られ、ふわっと体が持ち上がった――からの唐突なバックハグ。
「え、え、え?」
そういえば何で僕ら、こんな高い所に居るんだ――
「レッツ、バンジー!!」
「ぎあああああああ!!」
* * *
暗い部屋、天窓からの月明かりだけが頼りとなるそこに三人の男女がいた。
「私達従ったじゃない! どうして帰してくれないの!」
柱に縛り付けられた女性――かおるの絶叫に目の前の男がニ、と笑む。
「もうすぐ物語が終わるからね。最後の華は鮮やかな女性の血で飾りたいと思わないかい?」
「やめろ!!」
彼女とは反対側の方、椅子に縛り付けられた男性――一男が今度は叫ぶ。
「殺すなら僕を
「
男が苛立ちながら椅子を蹴り飛ばす。頬を強く打ち、口の中に鉄の味がじわりと広がった。
「お前は愛しの彼女が悶える姿でも見てろよ。全部終わったら彼女の待つ場所まで送ってやるから」
そう言ったっきり、男は一男に背を向けてしまった。
その手には尉二太を殺した毒と同じものが入っている。
「やめろ、やめろ!!」
「嫌アア!」
「ハハハ、もっと叫べ叫べ!」
楽しそうに彼女の髪をひっつかんで引き倒し、その頭に膝を乗せた。
左手に持った注射器の針が彼女の首筋に近付いていく。
「さよなら、皆のアイドル。一番可愛いお人形にしてやろう」
「誰か、誰か助けて!!」
恍惚とした狂笑に女性の悲鳴。
そんな、犯罪者にとっては最高の展開をぶち壊す乱入が、直後に起こる。
ガシャアアアン!
「やっぱり貴方でしたね!」
「黒山虹!」
* * *
「う……死ぬかと思った……」
「しゃんとしなさい、猛毒少年。みっともないですよ」
「そうは言われても……って、アレ」
「何ですか?」
別館の屋根をぶち破って入ってきた正に殺害現場となろうとしているこの部屋。見回してふと疑問に思う。
「虹、いなくね? ってか、誰よアンタ」
目の前で物騒なことしようとしてた男、髪を綺麗に撫でつけた給仕長だ。
「彼こそ黒山氏ですよ」
「ええ!?」
「彼の殺害現場に証拠が無かったのは、人形を置いて出て行っただけで死んでいないから。そして金田氏が殺された時、犯人が消えたように見えたのは消えたのではなく紛れたから」
「紛れた?」
「私達は実体を追ってきていた訳ですから突然消えることはありません。しかし従業員達は怪しい人は来なかったと言った」
「それはアンタがその怪しい人の張本人だからなんじゃないの?」
「馬鹿を言いなさい、そしたら目の前にこんな光景広がっている訳はないでしょう」
「え、じゃあお前が犯人じゃないってこと?」
「私は主人公補正を集めて回っていただけですよ、人殺しなんてはしたない……反吐が出ますわ、全く」
ポケットから出したハンカチで口元を覆い、マジで嫌そうな顔をするマモン。――とか言いながら僕のことはマジで殺そうとしてたよね? コイツ。
「とすると……?」
「当時パーティの最中で忙しかった従業員達。一人の給仕長が慌ただしく入ってこようと誰も疑いはしなかったでしょう」
「……確かに」
「森を隠すなら森の中ですよ、主」
「ってことは……」
「そう。彼は自分が殺害されたように見せかけ、実は生きていた。そして給仕長に化けて日々を過ごし、毎晩誰かをいたぶり、快楽を得ていた――そうじゃないですか? 黒山氏」
その瞬間、ずっと押し黙っていた給仕長が肩を震わせ、声を押し殺しながら笑い始める。そして顎の辺りに手をやると片手で一気にはぎ取った。
一同驚愕。マモンだけが「矢張り」なんて言いたげな微笑を浮かべる。
「僕の他に探偵が居てくれて良かったよ! ……ようやく面白くなってきた」
そう言ったのは紛れもなく黒山虹、その人。舌なめずりなんかするその姿にそれまでの探偵らしさは微塵もない。
ようやく犯人がその化けの皮を剥いだのだ。
* * *
「え、ええ!? あの好青年が!? あの好青年の象徴みたいな彼が!?」
「犯罪を予備的に防止するスペシャリストとは、裏を返せば犯罪のスペシャリストでもあるわけですから」
「一度気付いたらやめられなかったね。人の喘ぎ苦しむ様って興奮するじゃん」
嗚呼! やめてっ! 爽やかイケメンの顔でとんでもないこと言わないで!
「まあ、それ位の度胸が無ければ探偵の仕事なんてやっていられないでしょう」
「その通り」
傍にあった机に注射器をそっと置いて、すぐさまその近くの果物ナイフを手に取った。
「そしてこれからは君達が死ぬ時間だ!」
言った直後、一気にこちらに突っ込んでくる!
こんなの、突壊棒で――と、掌を合わせても何にも出てこない。
あれ!? 何で!?
「どわああああ!!」
「死ねええええ!!」
ギリギリの所でよけたけど、意外とやべぇぞ、コイツ!!
「マモン! やばい、突壊棒出ない!」
「アンタ本格的な馬鹿ですか! 主神が変わったのに何昔のやり方踏襲してるんです!」
「ぎゃん!」
ぱこっと後ろからどつかれた所にナイフを振り回しながらまた虹が飛び込んできた。
また慌てて避ける。――コイツ、躊躇って言葉知らないな!? 多分だけど!
「西田氏は今の内に今村氏を」
「は、はい」
僕がナイフを振り回す虹に追いかけられてる内に良い役を積極的に盗っていくスタイルのマモン。
おい、僕を助けろよ!
「マーモーン! この人何とかしてぇ!!」
「甘ったれたこと言ってんじゃないですよ、さっき貰った自分の力で何とかしなさい!」
「だって、あれどうやったか僕にも分からないんだもん!」
「貴方、アレ全部無意識だったんですか!?」
「こうすりゃ良いやで全部できちゃったんだよぉ! さっきとなんか感覚が違うから今は出来ないんだよワヒャアア!」
「ったく、私を使い魔にした癖にその制御も出来ないとは……早速鞍替えですかね」
「やめてよぉ死んじゃうよぉ!」
「勝手に死ねば良いじゃないですか。残った肉体使って私が王として君臨してやりますよ」
「やめてよぉ、またディアブロに言いつけちゃうぞー!」
それに瞬間タジタジし出すマモン。なるほど、悪魔王の名前って便利だな。
「……貴方の左首筋、王から紋様を頂きましたよね?」
「分かんないけど、そうなんだ?」
「私を使い魔としたからには、私の能力の一部を受け継いだはずです。そこから貴方の欲しい武器想像しながら引き抜いてみてはいかがですか? そしたら先程の『開眼』も自然と誘発されるはずです」
「出来るわけないじゃん!」
「じゃあ鞍替えですね」
「分かった! 分かった、やるから見捨てないで!」
跳躍して虹から距離を取る。
そしてあの時マモンがやったみたいに、左の首筋に拳を押し当てた。すると何か固い感触をその拳が掴んだ気がした。
――本当だ。
「今だ、一気に引き抜け!」
「アアアア!」
覚悟を決めて、ずるりと引き抜く。
黒い閃光のようなエフェクトを纏いながらそれは眼前に現れ、眠れるものも一緒に引きずり出してきた。
その手の中に突如として現れたのは巨大な鎌。
「……!」
『ホラ、出来たじゃないですか』
「えあ! 鎌が喋った」
『訳はないでしょう、私ですよ。武器となってお手伝い致します』
「おおお……! 頼もしい奴!」
『ふふ、それほどでもあります』
満更でもなさそうだな、コイツ。
「それじゃあアイツ倒してきて」
『自分で行くんですよ!』
「わああああ!」
鎌ことマモンがぐいと引っ張る。結果として虹の懐に突っ込むことになった。ひえええ、快楽殺人犯の懐に突っ込んじゃうよぉおお!
「ええい、ヤケだ!」
今までの戦闘経験を土台に、鎌を振り回し虹のナイフと切り結ぶ。
カシン!
情けない音を立てて相手のナイフがぽっきりと半分に折れる。
――お! 意外と良いんじゃない!?
『そのまま行きましょう! 相手は弱っていますから今の内に無力化するのです!』
「どういうこと!?」
『……彼がずっと左手しか使っていないのにお気づきですか?』
「い、言われてみればそうかも」
片手でマスクべりっ! が格好いいなぁって思ったもんな。
『あれ、貴方の仕業ですよ』
「え?」
『逃げる犯人の右肩ぶっ壊したでしょう? 突壊棒で』
「あ――」
瞬間廊下の突き当りで目の前の影の右肩にぶち当てた愛用武器「突壊棒」を思い出す。
ら、ら……。
ラッキー!!
「クソ!」
ナイフが一瞬で使い物にならなくなった虹が部屋を飛び出し、逃げ出す。
『さあ、追いなさい!』
「言われなくとも!」
凄いスピードで階段を駆け下る虹。それを二階の廊下から飛び降りて進路を塞いだ。
「……!」
急ブレーキをかけてギリギリ止まった虹の鼻先すれすれに鎌の刃を振るわせ、壁に追い詰める。
最後の抵抗として何本か毒の入った注射器も投げてきたが、この力が目覚めている時にそれは痛くも痒くもない抵抗だった。
全て鎌でかち割り、一歩踏み込んで大きく振りかぶった。
「そぉれ最後の一振りだぁ!」
完全に壁に追い詰められた虹。
ロックオンしてる俺。
ドゴォ!!
鎌の先端は虹の髪の毛をぱらぱらと散らし、そこで止まった。耳からわずか数センチ。
「打ち取ったりぃ!!」
「あ、あわ……」
相手は完全に戦意喪失。
膝をガクガク震わせながらぺたっと情けなく座り込んでしまった。
「何の騒ぎだ!」
「あ! 畑中警部!」
「あれ……お前、虹じゃないか!」
無気力状態になった虹とマモンと僕とを見回しながら呆然としている。
「これにて侵蝕完了!」
に、と歯を見せながらマモンに向かって言うと、子を見る親のような表情で微笑を浮かべた。
(つづく)
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