物語防衛戦最前線-4(クライシスマン兄弟-3)
「どわわーっ!!」
慌てて伏せると、頭上を高熱ビームサーベルが高速で通り過ぎる。巨大ロボの速度じゃない!
「高機能にするだけでこんなになるんですか!」
『なるよ! 今なってるだろ、現に!』
姿勢を低くしながらマモンの背中に飛び乗り、宙へと飛び出す。
そのすぐ後ろで部屋の出入口が更に広がったらしい音が響いた。
* * *
距離を取ってから振り返ると、もうこちらに向かってきている! 一方、ファートムが定めている照準は右斜め前方の方にある。
ああー、向こうの方に逃げとくんだったなぁ。
「逃げるよ、マモン!」
「言われなくとも!」
クライシスマン・兄に対して横方向に逃げる。これなら狙いも付けづらいだろうという作戦。直ぐにばら撒かれるようなビームの散弾が僕らの後を追った。ファートムが動きを止めている小型ロボット達が彼の散弾に撃ち抜かれ、どんどん落ちていく。
ひぇーっ!
「主、振り落とされないでくださいよ!」
「うああああファートム! 後どれ位!?」
『もう直ぐだ……!』
「もっと早く出来ないんですか!?」
『無茶言うな! 抑えるだけなら運命の書に書くだけで良いがな、こっちは直に神力込めてんだ!』
それを聞いてる間にも後ろから大量のミサイルが飛んでくる。うっかり近付けばまたあのビームサーベルが振られた。
服でも焼いたか!? 焦げ臭い!
『装填、完了! 照準に兄者を連れてこい!』
「承知!」
マモンが進路を変え、クライシスマン・兄を誘導。
『巻き込まれるなよ……』
「そっちも巻き込まないでくださいよ」
背中に必死にしがみつき、速度に耐える。後ろでクライシスマン・兄がビームサーベルを抜き始めた。
やばい……!
『今だ、当たれ!!』
――と、突如眩い聖光が僕らの後ろを真っ直ぐ貫く。
うわ、まぶしっ!
「ううう、よりによって聖光ですか……」
「マモン、大丈夫?」
「ミステリの補正が無ければころっと死んでますね」
「うわぁー」
運命神こえぇー。
そうやって見ている間にも圧倒的光量による攻撃は続き、終わった頃には壁は黒焦げだった。
「やったか!?」
「……でも、残骸が一つも残らないなんてあるでしょうか」
『いいや、まだだ、後方!』
突然耳元で叫ばれてぐるりと後ろを向くと、ちょっとボディーのへこんだ兄者!!
ちょ、アレ受けてこの程度かよ、マジかお前!!
慌てて逃げ出すが、兄だってこのままやられるわけにはいかない。至近距離でミサイルをぶっ放してきた。
『避けろ!』
「そんな無茶な!」
『クソ! この野郎!』
運命神も慌てて兄の動きを押さえようとしたらしく、彼のロボットの動きが一瞬止まった。しかし一度発射されたミサイルだけはどうにもできない。
こ、今回こそぶつかる……!
――と、全て鼻の先で止まり、向こうにぶっ飛ばされる。
僕を庇う様にして手を振っていたのは紛れもなくマモン。
ま、マモンーっ!!
「流石は『強欲』だよマモン!」
「はは……どうってことないですよ、これ位」
「凄い、凄い!!」
感慨深くなって思わず首筋にすりすりと頬をすり寄せると――濡れた。気付けばびっしょりと汗をかいているじゃないか。彼ご自慢の流れるような金髪もぺたりと首に張り付いている。
唐突に嫌な予感が胸の底からぐぐっと湧いてくる。
「あれあれ……どうしたの? マモン」
「何が?」
「え? 凄い汗かいてるじゃ――」
「……! 危ないっ!」
「ぎゃ!!」
突然、横方向に回転しながら避ける。元居た場所をあの時ロボットが放ったみたいなビームが通り過ぎてった。
ちょ、ちょ、攻撃バリエーション豊富になってませんことぉ!?
「運命神、運命神! 今度もあの照準で良いんですか!?」
『次は向こうの方。西方向にあるあのビルディングのてっぺん辺り!』
「何故そんな遠くに!」
『移動しながら避けた方が戦場が広くて良いだろう。俺の神力装填の時間稼ぎにもなる』
「……なるほど」
直ぐにブレーキをかけ、進路変更。向こうのビルに向かって飛翔していく。
「マモン、無理しないで」
「無理しないでって言えるだけの元気があるのなら、ちょっと紋様から麩菓子出してくださいませんか」
「あ、わ、分かった」
既に魔力が限界ギリギリの所まできているんだろう。優しくなれないご様子。急いで首の紋様からマモンの麩菓子を引っこ抜き、口に押し込んだ。
「足りる?」
「正直厳しいです……」
『大丈夫だ、撃つのは次で最後だから』
「分かるんですか?」
『さっき、僅かな隙を狙ってアイツの設定を書き換えておいた。防御力や「再生促進部」に関してはガードが堅かったが、感情だけは取り除けた』
「おおー! 偶にはやりますね!」
『口は慎めな、凡』
でもこれで「強欲」が使える……!
『よし。これが終われば後は生身の博士だけだ! 粘れ、「強欲」!』
後ろから猛追、猛攻が迫る迫る。僕は掴まるだけで必死だったし、マモンはもっと大変だったろう。時折、ガクンと体勢を崩し、その度に僕は彼の口に麩菓子を押し込んだ。
「着いた! ファートム早くして!!」
『そうしたいのはやまやまなんだが……「強欲」が遅すぎる。これじゃ二人とも巻き込まれるぞ!!』
何だって!?
「マモン、頑張れる!?」
「そろそろ、やばいです主……」
「だ、だよねだよね……! 麩菓子も残り少ないし、どうしよう……どうしよう!」
あたふたしている間にもクライシスマン・兄はどんどん距離を詰めて来ていた。感情はもう搭載されていないというのに、あんなに追尾してくるなんて! とんでもない個体だな!!
『急げ! 追いつかれるぞ!!』
「分かってますよ!! ――クソ、【陰】!!」
自分の持つ少ない「陰」を絞り出して、兄のメインカメラにぶっかける。それでも微々たるものでクライシスマンは全然止まらない。
あああ、今度こそマズい!!
「――ッ、アアアアアアア!!」
――と。
渾身の一撃に備えて身構えた瞬間、マモンが最後の力を振り絞りクライシスマン・兄の動きを止めた。
『よくやった、強欲!!』
『さあ兄者、これを喰らいやがれ!!』
その瞬間、ぶち込まれたぶっといビーム。極大威力の攻撃を二回も喰らえば流石の兄でも堪らない。胸を覆う装甲が完全に剥がれ、動きが鈍り出した。
――今だ!!
「マモン、最後のひと踏ん張り!!」
「帰りの分、ある、で、しょうか……!」
マモンの背中から飛び出し、瞬時に紋様から強欲の鎌を取り出す。彼の浮遊を推進力に、剥き出しの「再生促進部」に一直線!
いけ!! ぶち込め!!
回転による遠心力を加えながら横方向からアプローチ。
射貫くように二つ並ぶ「再生促進部」を刃で抉り抜いた。
よっしゃ……!!
極めつけはマモンが腹にしまっていた例の大剣。ボロボロになったメインエンジンに向かって真っ直ぐ投げる。
ガシン! ビリビリッ!
直後。
物凄い火球を膨らませながら空中でクライシスマン・兄、大破。
およそ一話分の兄との激闘はここに幕を閉じた。
* * *
「グ……!」
「マモン!」
鎌の変身を保っていられなくなったマモンが僕に寄りかかる。直ぐに抱き留め、なけなしの魔力で浮遊。マモンのは借りれる程残っていなかった。
大穴開いてほぼ崩れかけのビルの傍までゆっくり移動する。
「ああ、しんどかった……」
「めっちゃ凄かったよ、マモン。後は博士を見つけて補正を取るだけだね」
「あんなに、元気、だったくせ、に。姉が潰されて……ビビったのでしょうか」
「もうそれ以上喋るな。余計消耗するよ」
「そう、ですね……、……もしもし運命神」
『二人ともおつかれちゃん。どした?』
「これから、は?」
『そうね。今博士を探してるから、そしたら……』
そこまで運命神が言った、その時だった。
――今更かもしれないけど、こんなに苦労した物語のオチにしては弱いと思ったんだ。
「――え」
最終兵器らしい兵器も出て来てないし、敵方の親玉たる博士も物語に全然参入してきていない。
「嘘、ですよね……?」
だけどそんな簡単なことさえ考えていられないほどには僕らはぼろぼろだったし、限界だった。
「アァーハハハ!! 見ろ、見ろ!! お父さんだ、お父さんが仇を取りに来たぞ、我がかぞぉーく!!! ギャーアハハハハ!!」
目の前に現れたのは赤と白の配色がクールなボディが特徴の超巨大ロボット。先の兄の比にならない巨大さ、俊敏さ、武器の多さ、ミサイルなどの弾薬の潤沢さ。
なにより、操縦桿を握るのは誰でもない博士本人。
『クソ、アイツ、最後の一頁いっぱい使ってとんでもない事しやがった!』
「えええっ!? 何ですかアレ!! ちょ、ファートム、動きとめてください!! こっち、もうボロボロですよ!」
『そんなん見りゃ分かるけど……! クソ、コイツ、俺にアクセスできないようにしてきやがった!』
「えええ!!」
『どこで覚えたんだ、そんな高等技術!!』
「そんな!! ちょ、マモン! 早く逃げなきゃ!」
「そ、そうで、すね……」
「あ、あ、でも! 無理だけはしないで!」
「どっちなんですか」
「こっ、後者で! 今までめちゃめちゃ頑張ってくれてたし!」
「……」
とはいえ、依然ぐったりとし続けるマモンは結構重くて、移動が大変。
困った。困った。
困った、困った、困った。
困った!
出せる精いっぱいのスピードを使って息も絶え絶えのマモンを運ぶ。その間、ファートムが運命の書を何ページも使って、クライシスマン・親(仮称)に接触を試みてくれていた。
気を引いてくれてる内に、隠れないと! 早く、隠れないと!!
――そうして気を取られていた時だった。
ズドン!!
「うわわっ!」
地上からの流れ弾か、僕の頭の上スレスレを銀の小銃弾が走り抜けた。一瞬、補正が浮き上がり、重力が弱いが故に僕の頭から離れようとする。
「あ、ちょ、ちょ――!」
慌てて手を伸ばす。まとまったほわほわの補正に手を伸ばし、大変なことになる前に何とか捕まえる。
「ああ、良かっ」
ズドン!
ごぼっ。
――良くなかった。
補正が僅かに離れた一瞬の隙を突いて、もう一発ぶち込まれた銀の弾丸が今度はマモンの胸を貫いた。
口から吐き出された鮮血が、顔と頬にかかり、腕に物凄い重量がかかる。
ベルベットのスーツの上からも分かるほど濃くぬるぬるとした血液がじわじわ広がり、生温かさと鉄の臭いが鼻をもわりと覆う。
血の気がサーッと引いていくのを、ハッキリと感じた。
「マモン!! ――アアアアアア!!」
重みに耐えきれず、自由落下していく二人の体。
流れるように横移動する横たわった世界。その隅の方で見慣れた茶髪が一瞬見えた気がした。
いや、実際はやけにはっきり見えていたのだ。
あ、あれは――。
あの、鋭いエメラルドの眼光は――。
しかし考えている暇など無く、ビルから長く飛び出した床に思いきり激突する。
「アアアッ!!」
体が軋んで上手く、動かない。
しかし目の前でどくどくと血を流し続けている彼を見たら、何故だか直ぐに体が動き出した。
彼の赫に塗れながら、力を精いっぱい振り絞って建物の奥の方にひきずる。この入り口は流石に突破できないはず。……はず、だから。
ファートムの通信は既に途絶えた後だった。
事故か? 仕込まれたのか?
仕込んだ奴は。
ファートム? さっきの茶髪の人? 誰。大輝? 後は……他に居たか?
でも大輝が何故!?
そんな事が頭をぐちゃぐちゃ掻き回してくる中、目の前にはあの巨体がずずうんと迫ってきていた。
僕らに拳を叩きつけようと、自分より狭い入口に手をかけ始める。
肝がゾゾっと冷える。
体が震えて、手が痺れて、マモンの体を離してしまいそうだった。
でもそんなの駄目! 駄目だから!!
だって、そんなことしてしまえば……マモンが……!
マモンが!!
「マモン、マモン! 起きて! お願いだから起きて!!」
喉が潰れそうになるのも構わず叫ぶ叫ぶ。叫び続ける。
そしてここまでに突如起こった全てのことを呪った。
この物語の脆さを呪った。
自分の無力さを、呪った。
あんなに大きい背中をしていたひとが、こんなに簡単に崩れた。今は目を固く閉じたまま、口からどんどん血をごぼごぼ吐き出している。
命の脆さに、涙が止まらなかった。
ああ、命なんて。紙っ屑だ。
紙っ屑!!
どんなに最初は綺麗でも、丸めれば丸める程、折り畳めば折り畳む程溝は深くなり、ボロボロになり、千切りやすくなる。
最後はその繊維までがボロボロになって、赤子でも容易く千切れるようになるのだ。そうして使い倒された人は倒れて行く。
……使い倒したのは、間違いなく、僕だ。
罪の意識に涙と鼻水が止まらなかった。
彼の血で足まで温かくなってきた。
「マモン、マモン起きて!」
必死に叫ぶ。
もう喉はカラカラだし、彼にも届く程の十分な大声だったに違いは無かったろう。
でも足りない気がした。自分の声も聞こえない程の大きな心音がどんどん焦りを募らせていく。
「マモン!! お願いだから死なないで!!」
「マモン!!」
「マモン!!」
(つづく)
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