vs変異ベルゼブブ

「もうアイツはお前の上司じゃない」


「醜い化け物なんだ!!」


 ショックを隠せないマモンの顔が印象的に映る。

 一番信用していた相手が自分を攻撃した。

 どんな姿になっても自分のことは分かってもらえると思っていただけに、裏切られた代償は大きかった。

 よろめきながら、それでも腹から大剣を取り出し、構える。しかし目の焦点が合っていない。ちょっと不安だな……。

「行くぞ!」

 サタンが声を張り上げ、跳躍。それに他も続いて行った。マモンも必死でついて行く。

 目の前にはねばねばと「陰」を纏った巨体。

 ビームを口から吐き出したり、巨大な腕を振り回したりしている。

 それを避けつつ攻撃の機会を測る。

「皆さん!」

 ベゼッセンハイトが声を荒げた。

「見てください! これを」

 そうして取り出したのは……どこかで見たことのある杖。

 あれは確か……SFの終盤でセレナさんが貸してくれた杖じゃないか!? 何で奴の手に!

「光済の杖。相手を捉え、確実に射貫く杖。中級天使の少女が貸してくれました」

 嘘吐き! 殺して盗った癖に!

「私はこれで本体に攻撃をしかけます。皆さんは周りを覆う『陰』の処理を!」

「なるほどね……あのキモイのの中にベルゼブブくんが入ってるけど、このままじゃどうにもならないから」

「削ぐなり何なりでアイツを引きずり出し、聖光で確実に仕留めるという訳だ」

「光には弱いの!?」

「分からん。やってみなけりゃ」

 そこでマモンを除いた他六人が一気に散り散りになった。お腹から麩菓子とお肉しか出せない新人マモンさん。困惑。

 そこにディアブロが近付き耳打ちする。

「マモン、憧憬は捨てろ。優しさなど悪魔には毒だ、そういうのは天使共に任せておけば良い。お前は唯々冷酷に冷淡に、目の前の厄介者を打ち倒しておけば良い」

「……! で、でもディアブロ様!」

「新入りとはいえ少しの時を仲間と共に過ごしたお前なら知っているだろう。『怠惰』は物を生み出し、『嫉妬』は模倣、反射を行う」

「……」

「『憤怒』『傲慢』『色欲』は戦闘特化型、そして『暴食』は使いものにならなくなった。――分かるか。相手の動きを押さえられる『支配』の特性持ちは今やお前しかおらぬのだ」

「た、確かにそうではありますが……」

「分かったならお前が率先して行け。上司の屍を踏み越え、能力を開花させろ。悪魔はそうして強くなっていく。全ては弱肉強食。弱い奴から食われ、死んでいく世界」

「……」

「分かるか? 私はお前に期待しているのだ。お前に死なれては困るのだ」


「マモン。殺される前に。ベルゼブブはお前が先陣を切って殺すのだ。それが全ての解決への近道」

「……!」


 彼が堂々放った残酷な一言にとうとうマモンが固まる。目は泳ぎ、顎はがたがた震え、心臓はばくばく暴れた。

 今、彼は揺らいでいるだろう。


 黒幕として表で優しいフリをしているだけのベルゼブブ様の姿と。

 ずっと変わらず優しく居てくださった明るいベルゼブブ様の姿と。

 しかしいざ他人からこうしろと言われるとそれも違う気がして。

 それでも自分だけの答えがあるかと問われればそうでもなくて。


「良いか? マモン。コイツを今ここで倒さねば確実にストリテラは崩壊する。奴を倒して初めて未来は口を開けるのだ」

「……」

「逆を言えば戦闘参加をしなければお前は戦争犯罪者になるということだ。数多の命をたった一人の私情の為に犠牲にするということだ」

「それは、分かっています……」

「なら余計分かるな? 黒幕が目の前にいる。それを倒す。何を躊躇することがある? 何を恐れることがある。勧善懲悪の基本ではないか!」

「……」

「私は信じている」

「……」


「お前の残虐性と、貪欲な精神と、期待以上の成果を」


「……」

「奴を倒す手立てを作れなければお前の魂は剥奪だ。死んでも大好きな上司サマに来世で会えぬことを覚悟しろ」

「……!」

「事は急を要するのだ。いい加減現実を見ろ」

「……、……はい。ディアブロ様」

「分かったか? 分かったらとっとと行け!」

 背中を蹴り飛ばされ、慌てて飛翔。

 改めて自分の上司の変わり果てた姿の周りを旋回し始めた。

 散り散りに飛び回る彼らに向かって手を振り、ビームを浴びせ、瓦礫を降らせと滅茶苦茶やる巨体。その一発一発がとても重く、レヴィアタンの反射だけではどうも心もとない。ベルフェゴールの出した数多の武器を手に取りつつ、距離を取りながら戦う悪魔達の必死な横顔を見て、自分の中にある邪念に馬鹿ばかしさを感じた。


 そうだ。彼は最初から私を騙していたのだ。

 彼はあんな人なのだ。


 自分だけ思い出に浸って、恥ずかしい。


 彼を打ち倒せばこの戦争も雨が上がったかのように終わる……。

 これが最後なんだ、最後なんだ……!

 これが、これが皆の為になるんだ!


 覚悟を決め、右掌を相手に向けて力を込めた。

 どう見たって相手は「無機物」ではない。元気に動き回る「有機物」の塊。しかし自分がやるしかないのなら仕方がない。ディアブロがああいったということは何か可能性があるのだ。諦めずに力を籠め続ける。

 ルシファーの重たい一発を受けてよろめいたところで彼の腕を支配できた。後方に引っ張り、姿勢を崩す。

 その瞬間助けを求めるかのように陰の中から現れ出でる弱弱しい右腕。

「……!」

 ベゼッセンハイトは構わず杖で撃ち抜いた。

 鮮血飛び散り、共に崩れ落ちる巨大な腕。

「よし!」

 皆が喜び、ガッツポーズなんかを決める中で、脳裏に浮かんでくる景色。


 あれは、自分を抱き締めてくれた腕――いや、考えるな!

 雑念を取り払え!!


 彼は、彼は悪いひとだ!!


 慣れない手つきで次々部位破壊の手助けを繰り返していくマモン。

 右腕の次は左腕。両脚。腹部にも大ダメージを与えた。


 残るは極めつけ。


 頭部。


 やることは先程と同様。頭部を引っ張ってやって、本体を引きずり出して、そこに攻撃を加えるだけ。

 ……。

 ――突然戦場に駆り出されて、慣れない能力を使えと責め立てられて。殺すのは姿違えど大好きな上司。

 そんな状況下であるのにこんなにも成長していく自分が何だか信じられなかった。

 あんなに使えない使えないと思っていた能力がこんなにも討伐の役に立っている。

 誇るべきことであり、ふと思い返す度に罪悪感を溜め込むものでもあり。

 それでもこれで戦争が、この哀しみが終わるのならば良いような気がした。それがひいては彼の為になるのならば。


 皆の為になるのならば。


 かなり弱った相手に対し、こちらは優勢だ。ベゼッセンハイトの確実な攻撃、堕天使達の翻弄、レヴィアタンの反射。全てが良い具合に連携し、着実に彼を追い詰めていた。


 よし。

 これが……!


 慣れない作業で既にカツカツになっていた魔力を振り絞り、もう一度手を彼に向かって伸ばす。狙うは最後の弱点、頭部。その装甲を破壊したら最後、剥き出しになった本体を聖光で浄化させる。

 筋書は完璧だ。

 相手の必死の抵抗をものともせず、ベルフェゴールはバズーカでの巨大な一発を彼の腹にお見舞いした。

 大きく揺らぎ、完全に弱り切った変異ベルゼブブ。

 そこでマモンが遠隔で頭部を掴み、本体と装甲とを引き剥がした。


 ――さあ最後の一仕事。

 ――これが終われば、終わればもう私は……!


 勢いよく後方に手を引き、遂に彼の頭部を露わにする。


 ――何も、辛い事を……

 ――しなくても……


 刹那、視界に飛び込んできたのはまだ綺麗なベルゼブブ様の横顔。

 あんな姿になっても尚、自分が作ったモノクルを着け続けてくれている、彼の優しい横顔。

 弱り切って、傷だらけ。


 何だかとても堪らなくなった。


 双眸から無意識の内に溢れ出る大粒の涙。

 瞬間脳内を駆け巡る今までの所業。

 飛び散る、空を舞う、肉。

 力を失いきれず、微かに痙攣する指先。

 頬を伝う、呪い。

 制御の効かない呪いにむせて、脂汗を滲ませた額。そこに刻んだ苦労。


 苦しみに寄り添えず、多数派を信用し、

 自分の消滅に怯え、あろうことか自分を一番大切にしてくれた上司に手をかける。

 もう四肢を悉く破壊した。


 あの時助けを求めた手を取ることもなく。


 ずっと自分の傍に居て、寝ないで働いていた上位悪魔が黒幕でないであろうことは分かっていたはずなのに。

 自分に自信がなくて、ずっと周りの意見に流され続けて。

 己を見失い、その場で自分を褒めてくれる誰かを、期待してくれる誰かを軽率に信仰し、本当に大切なひとのことを見失う。




 嗚呼、嗚呼……。




 自分は、何という事を。




 本当に、本当に!


 本当に、愚かだ……!




「マモン!!」

 力が緩んだ瞬間変異ベルゼブブの顔がこちらを向き、口の中が真っ赤に発光。

 熱を以てして彼に襲いかかろうとした。


 それを寸前で止めたのが後ろから飛び出してきたディアブロ。

 手刀の一振りで頭部を切断。

 剥き出しになった、見るに堪えない無残な姿をベゼッセンハイトがすぐさま射抜いた。


 そうして彼は塵っくず一つ残さず、蒸発した。


「はあ、はあ、はあ……」


 マモンの上に落ちてくる、花弁はなびらのような無数の紙と


「うう……ううう……」


 地上に勢いよく落下し、割れたモノクルだけを残して。






「ああああああああああああああああっ!!」






 * * *


 彼の優しい笑顔が書かれた設定資料。

 それが彼の最期の姿。


 横には「悪魔にしては珍しい、類を見ない程の善人」と書かれている。


「部下であるマモンを弟の様に可愛がり、大切に思っている」


「それは当然」


「彼のことが、大好きだから」


 ストリテラからも完全に消えたのその笑み。

 泣けば紙が破れてしまうと分かっていながら、どうしても涙を止められない。


「泣いちゃだめだ……泣いちゃだめ……泣けば紙が濡れる。紙が濡れれば破れてしまう……駄目、駄目……」


 言い聞かせたって、帰ってこない命。

 どんなに悔やんだって、消せない罪。


 あんなことをしたから、別れの言葉も言えなかった。

 自分がこんなにも弱いから、無駄な犠牲を生んでしまった。


 見ろ。

 平和になったか?

 救われたか? 誰か一人でも。

 死人が起き上がったか!? こんな無駄な犠牲を生んで!!



 許せない。

 自分も



 一瞬でも向こうの意見になびいてしまった自分の愚かさを改めて呪い


 向こうの方で勝利に沸いている野郎共の歓声に


 酷い憎悪の念を覚えた。


(つづく)

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