バグ技と安定チャートでいく、フリーシナリオ異世界攻略!
伊瀬ネキセ
第1話 異世界到達! 安定志向!
俺、小山小太郎は安定が好きだ。
自転車に補助輪が付いている時代はよかった。
教室で座った椅子ががたついていると、神様を呪い始める。
世間は俺を乗り物酔いしやすいタチだとみなしているが、不安定な揺れによる精神的動揺に苦しんでいるにすぎない。
船は乗り物ではない。墓だ。
落ちる夢を見て足がガクッとなると、心臓もグフッとしそう。
そして人付き合いもニガテだ。相手は不安定な人間だ。俺が安定させようとしても、つかまって揺さぶってくる。
そういう俺だから、
「引きこもったんだろうなあ……」
今さらの自己分析をする十五の夜。
俺は多分弱かったんだ。
高校入学までよくもったな。受験で発狂しなかったのは我ながら驚きだ!
でももう無理だよパトラッシュ……。
ああ、布団の中あったかいナリィ。
ベッドを布団に変えて正解だったよ。どこに転がっても絶対に床がある。
今はただこのぬくもりを愛していたい。明日も明後日もずっとこうだとわかっていれば、心が安定するよマジで。いや、明日なんていらない。ずっと今日のままでいい……。
「どうしよ……どうしよ……」
……なんか、誰かの声が聞こえた気がする。
「このままじゃわたしだけ使命未達成……。女神様からマイナスの査定が……ああああ」
ずいぶん切羽詰まった幻聴だな。
幻聴じゃなかったりして。いや、まさかな。
今は夜中の十二時。
場所は俺の部屋で、俺以外の人間はいない。
「何時だと思ってるんだ、ネズミでもしゃべってるのか?」
俺は寝返りついでに幻聴にクレームをつけた。
んで、目が合った。
……小人と。
「おフッ……!?」
お聞き下さい。これが俺の悲鳴だ。咄嗟に「何ッ!?」とか「うわっ」とか言えればいいのに、のどからせり上がってきた空気はこのように声帯を震わせる。
よく見てみると、そいつは正確には小人じゃなかった。
身長十五センチくらいの、羽の生えた、あれ。
妖精だった。
「あっ」
と俺は察した。こりゃあ夢だ。そうでないと説明がつかない。
じゃあ細かいことは気にしなくていいな。楽しもうぜ俺。
妖精は座り込んで泣いていた。セミロングの髪は夕日色。ミニスカートの旅姿で、マフラーを巻いているのがオシャレだ。
「どうして泣いてるんだ?」
現実の俺は「泣く」などという超絶不安定状態の人間に近寄ることすらないが、夢の中なら紳士にもなれる。
妖精は、涙に濡れた大きな瞳をこちらに向けて答えた。
「〈導きの人〉が見つからないんです。世界を救う大切な人なんです。他の仲間たちは、きっともう〈導きの人〉を見つけているはずなのに、わたしだけ……」
〈導きの人〉か。何だか懐かしいフレーズだな。
……懐かしい? 何で? 俺、前にどこかでそんな単語聞いてたか?
ま、いいや。夢ってそんなんだし、楽しめ楽しめ。
「それは大変だな。俺ができることなら何でもしてやりたいが」
「え? 何でも? じゃあ〈導きの人〉になってください」
「えっ。ああ、ええと……」
なんか今、ちょっとヒヤっとしたものが俺の背中を通過したんだけど、こ、これは夢だよな?
「めぼしい人は見つからないし、見たことない場所に迷い込んじゃうし、わたし相当困ってたんです! 考えてみれば〈導きの人〉のうち誰かが世界を救えばいいんだし、きっと仲間たちはそういう人を選んでくれてます! わたしだけがハズレを引いたくらいで、世界は滅んだりしませんよね!?」
涙のカケラが残った目を見開いて、唐突にまくしたてる妖精。
こいつ……真面目系クズってやつか?
「大事なのは体裁! 懸命な努力の末にそれっぽい人を見つけたという言い訳が立てばいいです! さ、行きましょうあなた様!」
なんて夢だ。これが俺の心が抱えている闇なのか。
わりと賢いじゃねえか! これならあと二十年はこもれるか!?
「あー、はいはい。待ってて。今、タンスからハガネのヨロイとか取り出すから」
適当に受け流しつつ、心の闇との対話を楽しもうとした俺の体がフワリと浮いた。
「こフッ!?」
見れば、俺の指先を妖精が掴んでいる。
う、うそだろ。やばい!
空を飛ぶ夢だけは! それだけはやめてくれ!
妖精も異世界も〈導きの人〉も心の闇も受け入れる! 足カックンだけは! 足カックンだけはイヤアアアアアアアアアアアアア!
※
「あなた様ー。あーなーたーさーまー」
――俺、覚醒。
「セーフッ!」
俺は上半身を跳ね起こすなり、両手を水平に切った。
足カックンをまぬがれた! 足カックンをまぬがれた! それだけで今日は素晴らしい一日になる!
「おはようございます、あなた様」
「…………」
素晴らしい一日、ならないんじゃねえかな。
なんで俺の心の闇が目の前をまだ飛んでるんだよ。
それにここどこだよ。
朽ちかけた何かの小屋の、ワラ山の上……やっぱりどこだよ!?
そこは、家畜を飼育しておくための小屋のように思えた。その家畜はおらず、打ちつけた板の隙間から日の光が垂れ幕のように差し込んでいる。
俺はワラ山から起きあがると、小屋の出口に走った。
飛び出すと同時に、世界の光に目がくらむ。無理矢理まぶたをこじ開けた。一瞬でも早く、外の様子が知りたい――
「あ」
ここ、地球じゃねえわ。
俺は一瞬で理解した。というか、させられた。
だって、青空にうっすらと二つの月が見えるんだもん。
俺が部屋ごもりしてるうちに、地球の衛星が増えたとかありえないもん。
「じゃあ、ここ……異世界……?」
妖精だとか、〈導きの人〉だとかがノンフィクションの?
「――――ッ!?」
そこで唐突に、ガツンと、俺の頭の中に閃くものがあった。
二つの月、町はずれにある馬小屋からのスタート、妖精、そして〈導きの人〉……。
まさか。まさかだけど。
その閃きに驚きのすべてを押し流された俺は、無言であたりを見回す。
広々とした草原が風に撫でられて一斉に揺らぐ先に、巨大な都市が見える。その中で一際図太く天へと突き出すのは白亜の巨城。
「あれは、グリンゼニスの城と、城下町か?」
俺は妖精にたずねる。いや、多分、妖精パニシードに。
「惜しいですね、あなた様。あれはグランゼニスのお城と町です」
「ああ、そうだった。一文字間違えたか」
久しぶりだったからな。
間違いねえ。
『ジャイアント・サーガ』だ。
俺が小学生のころどハマりしたフリーシナリオRPG。
イベントの数が尋常じゃなく、選択肢によってストーリーの展開が変わる。
フラグ管理がガバガバで、戦闘難易度も高め。世間じゃバグまみれのクソゲーって評判もあるけど、俺がこれまでの人生でもっともやり込んだゲームだった。
どうやら、その世界に入り込んだらしい。
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