第53話 百合デエトで人が死ぬ! 安定志向!
「ええっ。そんなに可愛かったの? わたしも見たかったなあ~」
「見たい見たい~」
仕事を終えて帰ってきたマユラと三姉妹に事情を話すと、マグとメグが早速やんややんやとはやし立て始めた。
「ご主人様は、どう思われたんですか……?」
と慎重に聞いてきたのはミグで、俺は正直に、
「息が詰まるくらい可愛かった。正直、同じ人間とは思えなかったよ」
こう答えるしかなかった。ミグが「そうですか……」と暗い顔になってしまったが、ここでウソをついても俺の心がねじ曲がるだけで、きっといいことはなかっただろう。
「それで、明日も会うことにしたということは、結婚の申し出を受けるということなのか?」
あっけらかんと言ったマユラは、恐らくこの話題についてよく理解していないことを自覚している。
「そ、そんなつもりは……。けれど、断るに断れなかったのであります……」
エントランスの階段に座り込んだまま、グリフォンリースがうなだれる。
《結婚》《結婚する》《女の子同士》《新たな世界へ》《行ってらっしゃい》
さらっと見送るんじゃねえよキーニ! ちょっとは止めろ!
しかし、リリィ姫を見て以来、俺も頭が上手く回らない。
頭を痺れさせるような毒素でも出てるんじゃないのか、あの姫様は。
「あら、皆さん玄関に集まってどうされたんですか?」
クレセドさんたちも帰ってきて、エントランスが一層賑わう。
何か人って、立ち話の方が盛り上がるんだよな。
ツヴァイニッヒがこの場に残っていたらシスターたちと一悶着あったかもしれないが、彼とクリムは、リリィ姫の呪縛が解けた後に速やかに撤収している。
あとはグリフォンリースの決めることだ、と。
俺は、クレセドさんたちにも事の次第を説明した。
「まあっ。リリィ姫が、グリフォンリースさんに求婚を? まあまあまあっ」
何嬉しそうにはしゃいでるんですかねえ、この人。
他のシスターたちも頬を染めてきゃーきゃー言い合っている。
「皆さん。これはお二人にとって真剣な話なのですから、そんなにはしゃがないように」
そうまとめたのはマクレアさんだが、この縁談を否定的に捉える様子はない。
「あの……神様的にはありなんですか。女同士の結婚というのは……」
俺が否定の材料を一つでも得ようと聞いてみると、マクレアさんは一つ咳払いして、
「神様的にはありですね」
と一つの救いにもならないことを言った。
「姉妹神であるミリアとメイリアも女同士で結婚しています。わたくしどもとしては、二人がこの縁に前向きなのであれば、歓迎しこそすれ、否定する理由は一切ありません」
ガチレズ姉妹でゴールインとか、さすが神様は業深いことをあっさりやってのける。そこに痺れてアゴ割れるわ(ピヨリからのアッパー昇竜)。
「それで、グリフォンリースさんはどうするんです? リリィ姫といえば、ナイツガーデンで一番といわれる美貌の持ち主。それでいて心優しく純真無垢という、お姫様を絵に描いたようなお方です。このような方、大陸を探しても二人といらっしゃらないでしょう。伴侶とするにはこの上もないと思いますが」
「じ、自分は、姫様のお嫁さんになるつもりなんかないであります。あ、明日、それを必ず伝えるであります」
クレセドさんの野次馬根性丸出しの質問に、グリフォンリースは勇気を奮い起こすような声で答えた。
「ふふ……。そうですよね。だって、グリフォンリースさんには、もう……」
「ク、クレセド殿! そ、そういうことは……!」
何だ? 慌てて俺の方を見て……。
難聴系主人公を気取りたくはないが、こんな断片的な会話で俺に何を察しろと?
そして、何の対策も決まらないまま、翌日。
〈リリィの求婚〉イベントの続きが始まってしまった。
宣言通り正午ぴったりに現れたリリィ姫は、昨日と変わらず可憐で美しかった。
「ご機嫌よう。グリフォンリース様」
「こ、こんにちはであります。リリィ姫様……」
グリフォンリースはがちがちになって応じる。
リリィ姫本日のお召し物は、彼女の髪と同系色であるブルーとホワイトのふわりとしたワンピース。それに日よけの帽子だ。
グリフォンリースは、体にぴったりフィットするノースリーブのトップスにミニスカートという、リリィ姫に比べれば貧相な普段着だった。
仕方ないのだ。グリフォンリースちゃんは町のオシャレをイノイチに習得できるような器用な子じゃないので。
「今日はリリィと町を散策しませんか。お爺様の言いつけであまり外は出歩けないので、あまり町の様子を知らないのです」
「そ、それなら案内は自分に任せてほしいであります」
ツヴァイニッヒからの任務がないときは、クリムと町の警邏をしているグリフォンリースは、彼女のニーズに最適な役柄と言えた。
「まあ、嬉しいです。では参りましょう」
二人はつれだって出ていき、その後ろに、執事のアンドレア他、護衛のみなさんが続く。
「それで、本当に後を尾けるつもりですか、あなた様」
「仕方ないだろ。見守るだけでも、いるのといないのじゃ本人の安心度が違う」
俺は面倒くさそうなパニシードに言い聞かせる。
「人の恋花なんて少しも甘くないんですから、放っておけばいいんですよ。美味しくなるのはむしろ枯れてから……」
「前から思ってたが、おまえ、妙に人の恋愛に厳しいよな……。なんかつらいことでもあったのか?」
《知らない世界》《遠くで見る》《安全》《面白そう》《デバガメ》
珍しくキーニもついてくると思ったら動機が不純だし……。
ともかく、俺たちも二人を追って屋敷を出る。
見失う心配はなかった。
大勢の護衛を引き連れているのもそうなのだが、彼女たちが通った後には何だか妙な空気が、通りとそこにいる通行人たちに残っているからだ。
リリィ姫単体でもそうだろうに、すぐ隣にはあのグリフォンリースがいる。
頂上騎士の家の姫に、噂の王道新米騎士。
ヒロイックな話に弱いナイツガーデンの人々が、この組み合わせにサーガのようなロマンを感じないはずがない。
まあ……どっちも女の子という点がちょっとネックだが。
いや、女の子同士だから絵になるのか?
だとしたら、この国の皆さんもなかなか業が深いようで……。
「グリフォンリース様は、普段は何を?」
「じ、自分は、クリム殿と町の見回りをしているであります。町の皆さんは、とてもよくしてくれるであります」
二人の会話が聞こえてくる。
「素敵ですね。わたくしは本を読んだり、編み物をしたり、習い事をしてすごしておりますわ」
「習い事でありますか……」
「ええ。ピアノにバイオリン、最近はオカリナなんかも。以前お屋敷に招かれた楽団の皆さまが、とても素晴らしい音色を聞かせてくださいましたの。それ以来、すっかり好きになってしまいました」
リリィ姫の話は、すべてが屋敷の中でのできごとだ。
庭の花壇の水やりが精々で、門の外に出るときは馬車、そして目的地はよその騎士屋敷の敷地の中という展開が多かった――いや、すべてだった。
完全な箱入り娘。シュタイン家のジイサマの溺愛振りというのは本当らしい。
「あっ」
不意に目の前を猫が横切り、驚いたリリィ姫がバランスを崩した。
「危ない!」
咄嗟に手を掴んで、自分の方へと引き戻すグリフォンリース。カウンターを極めた彼女からすれば、その程度の反応は造作もないことだ。
「だ、大丈夫でありますか?」
「はい……。グリフォンリース様、お優しいのですね」
「えっ……。こ、これは人として当然のことであります。優しさ以前の問題であります」
リリィ姫の熱い視線に赤面したグリフォンリースが、掴んでいた手を慌てて離そうとしたとき。
リリィ姫は、逃げるグリフォンリースの手の端を素早く掴み、頬をうす紅色に染めながら言ったのだった。
「リリィがまた転ばぬよう。手を繋いでいてくださいませ」
「ひあう……」
「おいやですか?」
「そ、そんなことはないであります。じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」
手を握るというより、指同士をほんの少し絡め合うだけの繋がり。
かえってそれがいじらしく、初々しい。
恥じらう乙女二人は、お互いのほのかな体温のやりとりさえ直視できず、赤くなった顔を背け合う。しかし、口元にはかすかな笑み。指先が相手を求めて、少し深く絡んだ――
はぐわああああああ……。溶ける。骨髄溶けちゃううううううう。
《なんだか》《ドキドキしてきた》《変な気分》《新しい世界》《これは大変なことになる予感》
俺やキーニだけじゃない。近くにいた通行人たちも、赤らんだ顔をにやけさせ、そそくさと離れていく。
見ていられないのだ。二人の様子に、こっちが恥ずかしくなってきてしまうのだ!
真顔で耐えているのは護衛の皆さんくらいだ。すさまじい精神力!
……ん? あれ、何だろ。
いま護衛の人たちに、何か違和感が……。
いや、やっぱり何でもないや。気のせいか。
「さあ、行きましょう」
ささやかな繋がりがほどけてしまわぬよう、ゆっくりと歩き出すリリィ姫に、グリフォンリースも歩調を揃える。
彼女たちの移動速度が落ちることで、二人を包み込むピンク色の空気が濃度を増し、通行人たちがバタバタと倒れ始めた。
「何だよ……この可愛い生き物たちは……。俺の知ってる人間じゃない……」
ぶっ倒れた青年の言葉がすべてを表していた。
俺が二人の歩調に合わせ、じわりと前進しようとしたとき、
「ご主人様」
「うわっ、ミグ!?」
後ろから声をかけられ、俺は思わず上擦った叫びを上げた。
慌てて振り返れば、妹たちやマユラの姿もある。いつの間にか背後を取られていたようだ。
「し、仕事帰りか? 今日は早かったな」
「うむ。今日の三人は特に張り切っていてな」
「だって、お姫様すごく可愛いんでしょ? 見たいじゃん~」
「見たいよね~。それにデートしてるグリフォンリースちゃんも見たい~」
マグとメグが口を揃える。
「ミグも姫様が気になるのか?」
「ご主人様が、可愛い可愛いとおっしゃるからです……」
あれ……。何か拗ねてない? 何で?
しかしそんな物見遊山な三人も、リリィ姫を見た途端、たちまち静かになった。
「すごく……可愛いです……」
「あ、あんな人がいるんだ。す、すごいなー。ホントにすごいなー……」
「ご主人様、どうしよう。このままじゃグリフォンリースちゃん、取られちゃうよ~」
メグが涙目を向けてきたが、俺にはどうすることもできない。
二人の間に割り込もうとしたところで、あの騎士たちの集団に阻止されるのは目に見えてるし、それに何より、リリィ姫を悲しませることを、自分の体に指示することがどうしてもできないのだ。
ぶっちゃけ、姫になら取られても仕方ないと思えてしまうほどの敗北感。
それが姫の魅力に秘められた魔性だ。
「コタローさぁん」
気の抜けた呼びかけに振り向いてみれば、そこには買い物袋を抱えたクレセドさんの姿。プラス、他数人のシスターも随行している。
「きぐうですねこんなところであうなんて。なにかされていたんですか?」
「クレセドさん、棒読み上手いですね」
「あらっ。バレてしまいました」
悪びれた様子もなくてへぺろする彼女の背後で、
「クレセドさん、それよりあのお二人を」
「きゃーっ。リリィ姫、可愛いわ。どうしましょう」
「わたくしまで胸が高鳴ってきてしましたわ。いけませんわ」
ホントいけませんわこのシスターたち。買い物にかこつけて絶対野次馬しに来ただろ。
こうして、姫の護衛並に膨れあがってしまった俺たちは、端から見れば哀れなほどバレバレなまま尾行を続行することになった。
噴水のある広場で休憩を取る二人。
ゲームでのデート風景を思い出す。確かに、あのシーンを忠実に再現しているといっていい。リリィ姫の隣にいるのが、俺じゃないってことをのぞけば。
グリフォンリースは屋台の焼き菓子を買って、リリィ姫に手渡した。
「おいしい……。外でこんなふうにものを食べるのは初めてです。ありがとうございます。グリフォンリース様」
「そ、それはよかったであります……」
微笑むリリィ姫を直視できず、グリフォンリースは彼女の隣でリスみたいに体を縮こまらせ、クッキーを小さな口でカリカリ食べている。
「グリフォンリース様は、この国に来る前は探索者でいらしたのですよね?」
「は、はい。この国で騎士の称号をいただいたでありますが、自分は今も探索者の【騎士】のつもりであります」
「外の世界はどのようなものがあるのですか?」
リリィ姫がその問いを口にした瞬間だった。
少し離れた場所で待機する護衛の男たちが、無言を保ったままざわめいたのが、感覚でわかった。
何だ……? 何が起きた?
護衛たちの視線は、二人に――いや、グリフォンリースに注がれている。
俺はそこに奇妙なものを感じ取った。
何かおかしい。
さっきから二人に気を取られてたけど、あの護衛たち、ずっと何か変だった。
何がおかしいんだ?
俺はさらに彼らを注意深く観察する。
「自分は仲間と一緒に、グランゼニスからこの国に来たであります。あちらの国は、探索者が大勢いて――」
グリフォンリースを凝視するアンドレアたちを見て、俺ははっとする。
そうだ。
この人たち、ほとんど外部を警戒してない。
ずっと、グリフォンリースだけを見てる!
グリフォンリースが無礼を働かないように見張っているというのはわかる。
しかし、さっきリリィ姫がこけそうになったときは、ほぼグリフォンリース任せだった。だとしたらこの理由は少しおかしい。
そして、さっきの様子。
外の世界の話題になった途端、彼らは大きな反応を見せた。
これは一体……。
わからない。よくわからないが……。
このデエト、何か……裏があるような気がする。
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