第54話 彼女に伝えなければいけないこと。安定志向!
「それでは、そのコタロー様という方と一緒にこれまで冒険を?」
「はい。他にも、キーニという仲間がいて、家にはマユラ、ミグ、マグ、メグという女の子が住んでいるのであります」
「まあ、素敵ですね」
グリフォンリースとリリィ姫の会話は続いている。
グリフォンリースが裏路地で拾われ、ここまで来た道程をなぞる冒険譚。
なんか俺が妙に美化されてるが、大丈夫か?
戦闘の大半はグリフォンリースが一人で片づけてたと思うんだが。
うそ、大げさ、まぎらわしい、は俺の世界では犯罪だぞ。
それでなくとも、俺は持ち上げられるとそのうち不安になるタチなのだ。高いところは不安定だろ。足が着かない水場は怖いだろ。やっぱり底辺最強だよ。石ころになりてえ。
それより気になるのは、やはり護衛の人たちの挙動不審。
グリフォンリースを注視しつつ、ようやく周囲にも気を配るようになった。というか、かなり露骨に。
怪しい。……何だかわからないが、怪しい。
「でも、少し安心しましたわ」
「え?」
「そのコタロー様というお方が女性だったら、わたくし、太刀打ちできませんもの」
「?」
グリフォンリースだけじゃない。俺も他のみんなも「?」だった。
「あの……どういう意味でありましょうか?」
グリフォンリースが恐る恐るたずねると、リリィ姫は頬を赤らめてうつむき、
「だって、そんなに素敵な方がそばにいらっしゃったら、グリフォンリース様のお心がその方に向くのは自然なことですもの。でも、男性の方なら……お友達以上にはなれませんから」
えーと、どういうことだ?
これ、俺がおかしいのかな。
リリィ姫は、男と女は友達以上恋人未満が限界だと言ってるように聞こえるんだが……。
「女の子と結婚できるのが女の子だけで、わたくし、その、とてもほっとしています」
言って、リリィ姫は気恥ずかしそうに目を閉じた。
そう言ってた! 俺の解釈間違ってなかった!
どういうこと? どうしてそういう発想になるの? リリィ姫はクレイジーサイコレズで、常識が通じないってこと? 俺たちの清純な姫様が!?
護衛たちがざわついていた。
今度ははっきりと声まで出して。
何か、よからぬことが起こったみたいに。
「……まさか」
ここで俺にある考えが閃いた。
リリィ姫は…………本当にそう思っているんじゃないのか?
本当に、女は女としか結婚できないと、そう信じている、いや、信じさせられているんじゃないのか?
リリィ姫の前で誰もが何でもOKになってしまう最大の理由が、断られて彼女が傷つくところを見たくないという、ある種の保護欲だ。
その源は、姫の水晶のような純粋さにある。
世界の悪意をすべて拒み、無垢であり続ける清らかさにある。
しかしそれが、無知から来るものだったとしたら?
そいつを仕組んだ犯人がいるとしたら――恐らくシュタイン家のジイサマしかいない。
孫の可愛さのあまり、間違った知識を植え付けたのだ。世間擦れさせぬよう屋敷からほとんど出さず、都合のいい情報だけを与え、それ以外をシャットダウンしてきたのだ。自分の愛でる花であるよう、調整し続けてきたのだ。
ちょっと待て、待て!
そんなジイサマが、リリィ姫をおいそれと外の世界に出すか?
だとしたら、あの護衛たちは……。
ただ単にリリィ姫を危険から守っているだけじゃなく、一般常識が姫に届かないよう、監視する役目も負っているんじゃないのか!?
だからグリフォンリースを警戒し、外の世界の話になったときに急激な反応を見せた。
じょ、冗談じゃねえ!
これじゃリリィ姫があまりにも可哀想だ。
まるで道化じゃねえか! 自分の常識が間違っていると知られたら、恥をかくのはその場に相対している彼女自身じゃねえか! どうしてそれを考えないんだジイサマは! 本当に孫を愛しているのか? はっきり言ってこれは洗脳だぜ!
だが、ここにはグリフォンリースがいる……!
彼女が頼みの綱だ。
彼女なら、リリィ姫にはっきりと真実を伝えることができる。
姫が傷つかないよう、優しく労りながら指摘してやることができる。
しかし護衛たちはきっとそれと止めにかかるだろう。
させるか。
これは姫が本当の世界を知る絶好のチャンスなんだ。
「コタローさん」
肩に手を置かれて、俺はぎょっとして振り向いた。
クレセドさんは微笑んで、うなずいた。
「考えていることは一緒みたいですね」
「クレセドさん……。やるか?」
「ええ。やりましょう」
護衛は二人から離れた場所にいる。それに、リリィ姫の半端ない存在感により、グリフォンリースたちは外の世界から隔絶されているような状態だ。
ちょっとくらい騒ぎが起きたって、気づきはしないという確信がある。
ならば、俺たちのやることは一つ!
「よし、行くぞ!」
「はい!」
「えっ、なに?」
「どうした二人とも!?」
「わかんないけど、走れー!」
俺とクレセドさんが駆け出すと同時に、なぜか他のメンバーまでもが走り出した。シスターたちも長い修道服のスカート裾をつまんでダッシュ!
俺たちは一丸となって、護衛たちに襲いかかる!
「させるか! 迎撃せよ!」
アンドレアの号令の下、護衛たちが俺たちを迎え撃つ!
公園の片隅は突如戦場となった。
別に殴ったり蹴ったりするわけじゃない。彼らの中で大暴れして時間さえ稼げればいい。話の流れ的に、グリフォンリースはリリィ姫の間違いを訂正してくれるだろう。
「まさか、あなたたちが来るとは!」
アンドレアが人形の面構えに怜悧な敵意をみなぎらせて言う。
「期待に添えず悪かったな。こういうのを見過ごすと、心の安定が損なわれるんでな!」
こいつは一番リリィ姫に近い。つまり、洗脳の実行犯とみなしていい。
戸惑いなく迎撃に構えたのが何よりの証拠だ。
こいつを抑えれば、他は普通の護衛。監視網の統制は失われるはず!
俺とアンドレアの格闘戦が始まった。
互いにすべきことは認識していた。
掴んで、引き倒す。
それだけ。傷つけ合う必要はない。
相手を押さえ込めれば勝利なのだ。
「大人しくしてもらうぞ」
「諸都合によりお断りいたします」
俺には探索者としてのレベルがあるが、アンドレアにも洗練された身のこなしがあった。
伊達に〈円卓〉頂点の家に仕えてはいないということか。
戦いは五分!
当初、長引かせれば有利だと思っていた俺は、ここにきてある不安に足を絡め取られた。
グリフォンリースはちゃんと指摘できるのか?
リリィ姫を慮って、軽く流してしまうのでないか?
話のとっかかりを失えば、言えるものも言えなくなってしまう。
ここは俺が直に行って、伝えた方がいいんじゃないのか?
「わたしを前に考え事とは!」
アンドレアの素早い攻撃。
しまった、腕を取られた!
取り押さえられた犯罪者のように、腕をひねり上げられる寸前で、俺は空いている手でアンドレアの腕を掴み返すことに成功する。
この形になってしまっては、技より力だ。
しかし、アンドレアの方が姿勢では有利なため、思うように力が入らず完全に盛り返すことはできない。
膠着状態!
「くっ!」
「むう……」
ダメだ。この形からは逃れられない。
グリフォンリースの援護には行けない。
俺とアンドレア。互いの焦燥に焼けた目線が中空でぶつかり合ったとき、俺たちは同時に叫んでいた。
「グリフォンリース、言えッッッッ!」
「グリフォンリース様、お言いくださいッッッッ!」
えっ!!!!!?
俺たちは思わず見つめ合ったまま固まった。
うちの子たちとシスターたちが、護衛の人たちに飛びついたり押しのけたり引っ張ったりと騒々しい中、俺は――いや、俺とアンドレアには、はっきりと少女たちの声が聞こえた。
「リリィ姫。あの、女と女は、普通、結婚しないでありますよ……?」
「えっ……?」
「女は男と結婚するものであります。特殊な例をのぞいてでありますが……」
「えっ……え? そ、そうだったのですか? えっ……ほ、本当にですか? だ、だって、赤ちゃんは女同士でないとできないと、お爺様が……」
「い、いや、あの、むしろ、女同士ではできないであります……」
「…………そんな……あの、何かの間違いでは?」
「いえ。間違いではないであります。リリィ姫は、何か思い違いをしているようであります」
「……そう、ですか……」
……終わった。
二人の会話はそこで途切れ、周囲の喧噪がその静寂を押し包んだ。
リリィ姫はうつむき、グリフォンリースは気遣わしげに、じっと彼女を見つめる。
もうこれ以上、デートは続かない。
「あんたは……」
「あなたも……」
俺とアンドレアは、格闘で崩れた服装のまま、どちらからともなく掴み合った腕を崩し、静かに握手を交わした。そして、それを高々と天に掲げる。
試合後に健闘をたたえ合う、拳闘士のように。
この戦いに、敗者はいない。
※
「これは、姫様の父君と、お爺様のいさかいだったのです」
戦場となった公園のベンチで、アンドレアはそう切り出した。
俺は、別のベンチで、我が家の女の子たち(つまり俺以外の全住人)に囲まれ、慰められているリリィ姫を見やる。
当初は当惑し、ショックを受けた様子はあったが、今はどうにか落ち着いているようだ。
マグとメグがはしゃいでいる声と、それに応える姫の笑顔が、俺を安心させる。
「父君、つまり当主のグラヴィス様は、先代の当主、つまり実の父であり、今なお権力の一端を握るスウェイン様から、力を完全に奪い取る機をうかがっておりました。そこで目をつけたのが、スウェイン様が溺愛しておられるリリィ様です」
「姫様をジイサマから取り上げようと?」
「その通りでございます。スウェイン様はリリィ様を嫁がせることなど少しも考えてはいなかったのですが、グラヴィス様がグリフォンリース様の話を吹き込むことで、自発的に動くよう仕向けたのです」
「そうじゃなきゃ、あんな風に世間知らずに育ててしまった姫を外に出すわけがないか」
アンドレアはうなずいた。
「姫様の知識に偏りがあることは、わたしも認識しておりました。しかしシュタイン家に仕える者として、一族のお方の指示は絶対。ましてや先代の当主様ともなれば、どうしてもそれを正すことができませんでした」
人形の貌に、恥じ入る気持ちと深い自責が浮かぶ。初めて彼が人間に見えた。
「だから、グリフォンリース様とのデートは、ある意味で最後のチャンスでした。もしグリフォンリース様が求婚をお受けになり、シュタイン家に入ってしまったら、リリィ姫はこの誤った認識を正す機会を逸してしまっていたでしょう」
「アンドレアたちは、それを邪魔されないよう守っていたのか」
「はい。万が一、スウェイン様の妨害があってはいけないと。そちらは取り越し苦労だったようですが」
つまりそういうことだった。
アンドレアも俺と同じことを考えていたのだ。
グリフォンリースが正しい常識を口にする機会を、今か今かと待ち望んでいた。
そのせいで、少々グリフォンリースに対して、前のめりになりすぎてしまっていたようだが。
「本当に申し訳ない。俺の一方的な勘違いで、襲いかかったりして……」
「いえ。よいのです。あなたたちの行為は、むしろ嬉しかった」
アンドレアは美術品のような微笑を浮かべた。
「たとえ誤った常識によって始まった、あだ花のような恋でも、あの方にすれば本気のもの。そのお相手のお仲間に、姫様がこうまで思ってもらえるのは、我がことよりもずっと喜ばしく思えるのです」
「そっか。……そうだよな。姫様は、本気だったんだよな」
「はい……。昨日も、今朝も、お召し物を選ぶのに、とても真剣になって、時間をかけて……」
アンドレアの声が落ちた。
姫様の心の振り子は、限界を超えてちぎれ飛んでいきそうなくらい左右に暴れていることだろう。
彼女は何も悪くないのに。
悪いのは大人たちなのに。
それを思うと、俺も泣きたくなってくる。
だけど、これでいい。よくないけど、これでいい。悲しいけど、これでいいと歯を食いしばる。
傷つくことでしか解決できないことも、世の中にはある。
強くなるしかない。
世界が万能でない以上、悲しみはいつも誰かのそばにいるのだから。
※
って、うまくまとめたつもりなんですけどおおおおおおおおおおおおおおおお!
「リリィ・エクセリス・シュタインと申します。どうぞよろしくお願いします」
「執事のアンドレアと申します。なにとぞ、よろしく申し上げます」
なんで俺んちに姫とアンドレアがいるんだよおおおおおおおおおおおおおお!?
しかも、後ろの馬車に乗ってる家財道具は何だよおおおおおおおおおおおお!
玄関の扉を開けたまま、硬直する俺に、アンドレアが音もなく近づいて耳打ちしてきた。
「お家の争いは、グラヴィス様の勝利のようです。スウェイン様は家のことから完全に身を引きました。つきましては、そのきっかけとなったグリフォンリース様に、リリィ姫の再教育兼花嫁修業をしてほしいとのことです。これは騎士院を通じての、御家の正式な任務となります」
「フガフフ!」
変なしゃっくりをする俺の背後で、さらにビックリした顔のグリフォンリースがいた。
「リ、リリィ姫……」
「グリフォンリース様!」
リリィ姫はスカートの裾をつまんでグリフォンリースに駆け寄ると、大胆にもがばっと抱きついた。
「は、はわっ……!」
「リリィは来てしまいました。これからたくさんのことを教えてくださいませ。それに聞くところによると、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしても、赤ちゃんはできないそうですね。まだまだ未熟なわたくしが子育てなどと、と気後れしておりましたが、できないのならば、好きなだけそうすることができるということでございますよね?」
「ひ、姫様、においが、いいにおいが……あひい」
くたくたと崩れ落ちるグリフォンリースを、それでもリリィ姫は離さない。
「あのさ……これ、何か重症化してない?」
俺はこっそりアンドレアに耳打ちする。
「ええ、はい、その……。昨日、この家の方々に色々と教えていただいた結果、堅苦しいシュタイン家の考え方そのものの殻をお破りになったようで……。そもそも、ご友人の一人もいらっしゃらなかったお方ですから、少々、はしゃいでおられるようです」
「少々……」
リリィ姫がグリフォンリースに頬ずりするたびに、エントランスにガムシロップみたいな壮絶に甘いにおいが広がる。
「まずは早急に友情と恋の違いをお教えしていただければ幸いかと」
「そだな……」
俺は大きくため息をつくために息を吸い、
濃厚な甘味に、むせた。
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