第34話 新天地だ! 安定志向!
引っ越しの際のなんやかんやは手短にいこう。
俺はアパートをモーリオさんに売却した。今のままの経営を続けるという条件付きで。
もっとも、彼も今の上客たちを逃すような馬鹿なことは最初から考えてもいないだろう。
ローラさんたちとの人脈は、金銭では計りきれない価値がある。
ドラゴンスレイヤーが住んでいたアパートとして価値はさらに上昇するだろう、と豪語し、モーリオさんは一〇〇〇〇〇キルト、ポンとくれた。
家具類は置きっぱなしでいいらしい。
必要最小限の荷物だけ持って、あとはむこうで調達するというやり方が正しいそうだ。
ただ、国から国へという引っ越し自体が珍しく、夜逃げでもない限り、商人でもなかなかやらないとか。
「流れ者の探索者ならではの腰の軽さかもな」
とモーリオさんは笑っていた。
ちなみにキーニの家も、ついでにモーリオさんが管理してくれることになった。
彼女、地味に探索者としては経験豊富らしく、町を移動することに関しては何にも思うところがないらしい。
引っ越しの話をしたときにステータス表に何も出なかったのも、そのためだ。
あそこは心の絶叫欄であって、彼女の心を細大もらさず暴露するスペースじゃない。
プライベートはきっちり守られているのだよ。
「よし、じゃあ、私物は全部パニシードに預けろー」
「わあい」
「えっ? ちょっ、そんなにいっぺんは……ウボァー」
バックヤードを管理するパニシードのおかげで、俺たちはほぼ手ぶらで町を出発することができた。
町の人への挨拶は簡単なものになっちゃったけど、きっちりやると何日もかかっちゃうから、しょうがない。しばらくはスピード優先のチャートなのだ。
ドラゴンスレイヤーは人知れず去るぜ。
まあこんな感じで、俺たちは平穏にグランゼニスを出てきた。
目指せナイツガーデン!
※
着きましたナイツガーデン!
あっさりだよ。まあ、道中の苦労話なんて、したところでね。
だって、一番もんく言ってたの俺だし。いや、あくまで心の中でだけど。
高レベルのグリフォンリースは平気だし、ドラゴンを仕留めてレベルが5も上がったキーニも、黙ってるといえば黙ってる。体力的には一般人のマユラや、三姉妹だって弱音の一つも吐かなかった。
俺だけだよ! 山道が整備されてないとか、坂がきついとか口に出しかけてたのは。
体力はあるのだが、いかんせん旅に不慣れというのはどうしようもない。余計な筋肉を使ってかえって疲れてしまった。
宿場町はいくつもあったから、野宿をしなくてすんだのは不幸中の幸いだ。
「おお! こ、これが騎士たちの国ナイツガーデンでありますか!」
外壁の検問を抜け、町の広場に来たグリフォンリースが両手を大きく掲げて叫んだ。
おーい。人が見てるぞー。ちょっと笑われてるぞー。
ただ、彼女の興奮もわかるといえばわかる。
グリフォンリースのクラス【騎士】は、そもそもこのナイツガーデンが発祥といわれている。
ここでの騎士はクラスであると同時に社会的立場も表し、公務員であり、貴族であり、為政者であるのだ。
「それほどいい国か? 我らをよからぬ目で見ていたぞ」
と、やや不機嫌に水を差したのはマユラだ。
町を取り囲む城壁の入り口で、マユラと三姉妹が執拗な質問攻めに合ったのを根に持っているらしい。
荷物検査までされたが、その間の門衛たちの態度は、確かに女の子にとって好ましいものではなかった。つまり……変態くさかった。
「まあ、四人同じ顔がいればな……」
俺は言葉を濁したが、無論、それが正しい分析でないことは自分でわかっている。
騎士たちの態度は、決して褒められたものではなかった。
そしてそれが、この国にまとわりつく内憂なのだ。
「邪魔だ。そんなところで商売をするな」
広場の一角で露店を広げていた女店主に対し、鎧姿の男二人が高圧的な言葉を浴びせている。
「おやめください。これは修道院のみなで作ったハンカチです。騎士院の許可も受けています」
女店主は、声だけ聞くと、俺たちと同じくらいの年代のようだ。
「何だと? そうか。なら俺が徴税してやろう。売り上げはいくらだ? 半分もらってやるぞ」
「何をおっしゃいます……。これは恵まれない子供たちの生活の糧に……」
《なにあれ》《ゲスい》《悪そう》《そのうち体とか要求してきそう》《男の神の世界を教えてやるとか言って》《可哀想》《誰か助けてあげないのかな》《誰か》《誰か男の人を倒す男の人を呼んできて》
キーニの発信は妄想が割り込んでくるのが厄介なところだが、途中まではだいたい賛成だ。仕方ない、俺がいく。無視すると後で気分悪くなって心の平穏が損なわれるからな。
「すいません。ハンカチください」
俺はそのやり取りに割り込んだ。
「何だ、このガキ」
「今、我らが話をしていたところだぞ」
このゴロツキと大差ない男二人……とても残念なことに、ここナイツガーデンの騎士。クラスでいうところの【ガーデンナイト】なのだ。
「あ、そうなの? じゃあ、先にどうぞ。どれを買うんだ? 俺は、この柄なんか好きなんだけど、できれば残しておいてほしいな」
「ぐっ……」
まさか、強請ろうとしてましたとは言えないだろう。しかしハンカチを買うつもりもない。
「フン、まあいい。今回は譲ってやる」
「ケッ。そんな安物に興味はないぜ」
おまえの捨て台詞が一番安いんだよ。
俺は目線だけでふてぶてしい二つの背中を見送った。
「ありがとうございます。助けていただいて」
「え? ああ、いや、別に……」
「ハンカチを買うというのは、そのための方便だったのでしょう?」
少女はにっこりと笑った。
う……。バレてる。
だけど笑顔は純粋に喜んでいて、声には何かを揶揄する響きはない。それどころか、聞いているだけで心が安まるような、穏やかな音色だ。
よく見れば、この女の子、とびきり可愛い。
ふと、黒地に白の刺繍があるフードから、赤い髪がちらりと見えた。
ん……? 赤い髪……?
「やっぱり、せっかくだから、この国に初めて来た記念に一枚ください」
「まあ、お優しいんですね」
口元に手を当ててクスクス笑う。
「あの、俺はコタローっていうんですけど、あなたは?」
「はい。わたしはシスターのクレセドといいます」
……………………ッッッッッッッッッッッ!! クレセド!
俺の頭のてっぺんからつま先まで電撃が走った。
クレセド。やっぱり、この女の子が、あのクレセド!
「コタロー殿、突然修道女さんに名前を聞くなんて、なんのつもりでありますか?」
「うわあ!」
こんな時にいきなり横から顔を近づけられたら、悲鳴を上げてしまうのも仕方ない。
《ナンパ》《やっぱりタラシ》《もう手を出した》《はやい》《それよりわたしを甘やかしてほしい》
逆側から無言の圧力をかけてくるキーニもいる。
くっそ、こいつらは何もわかってない。目の前の女の子が何者なのか。
クレセドだぞ。あのクレセドさんなんだぞ。
「ハ、ハンカチを買っただけだから」
「そうでありますか。では買い終わったので行くであります」
がっしと腕を掴まれ、連行される俺。背中から地味にキーニも押してきている。
「ちょ、ちょっと待て、その、まだ話が……」
などと言っても、グリフォンリースちゃんの牽引力が弱まるはずもない。俺はタイヤの止まった事故車となって大人しく引きずられることにした。
「店主、ちとたずねたいことがある」
遠ざかっていく背後で、マユラがクレセドに話しかけるのが聞こえた。
「ブラニーという人が住んでいる家を知らないか」
「ブラニーさんなら……で……に」
「……。そうか……。……。ありがとう」
よく聞き取れなかったが、何の話だ?
グリフォンリースたちだけでなく、ミグたちも加わって広場の端まで連行された俺は、ようやくその疑問を解消する機会を与えられた。
「うむ。ハリオからの餞別だ」
と、マユラは一通の手紙を差し出した。
彼女は俺と違い、出立直前までお得意さんに挨拶回りに行っていた。そのときに受け取ったものだろう。
それは、ハリオさんがナイツガーデンの旧友に当てた手紙だった。
「挨拶がてら、むこうに知り合いはいないかとたずねたら、紹介状を書いてくれた。当面のねぐらの世話をしてくれるらしい」
「マジかよ……」
こいつの人脈もすげーな。
「ただ、もう十数年会っていないから、先方がどういう状況かはわからないそうだ。一応、住まいはこの先にある」
「わかった。行こう」
まずは宿に泊まって様子を見ようとした俺にとっては、幸先のいいスタートになった。
が。
目的の家に到着し、俺たちは言葉を失った。
〝騎士院所有物件につき立ち入り禁止〟と書かれた看板の奥に佇む御屋敷は、歴史を感じさせる周囲の家屋よりも一段階暗い色をしていて、人の気配が完全に消え去ってから数年はたっているように思えた。
「ダメなようだな」
マユラが目を細め、ぽつりと言った。
ウソだろ……。
ハリオさんの知り合いってことは結構な金持ちだったんだろ、多分。
一体何があったんだよ……。
それに誰だよ、さっき幸先いいとか油断したヤツ。
そういう発言が危ないって知らないのかよ、トーシロが……。
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