第33話 勝利の宴のその後で。安定志向!
朝から始まった魔物の侵攻は、その日の夕刻にはあらかたカタがついていた。
町の外壁を乗り越えて内部に侵入した魔物もあったものの、大半は門の前で跳ね返され、侵入した方も、内部を巡回していた防衛隊に駆逐された。
町は少し荒らされたものの、住人たちは城の地下や避難施設に退避して被害ゼロ。
グランゼニスはほぼ完璧な勝利を得たと言ってよかった。
「かんぱーい!」
手にしたジョッキを打ち鳴らす音が、広場のあちこちから聞こえてきている。
夕日とアルコールで顔を紅潮させた兵士や探索者たちは、今は立場も忘れ、テーブルに広げられた料理と勝利の余韻に肩まで入り浸っている。
その真ん中で、絶対包囲網を敷かれているのは、はい、俺です。
隣にはグリフォンリース、そしてキーニもいる。
ドラゴンが今回の大ボスであることは、空を見上げた誰もが知っていることだった。
それが町に現れず、郊外で大暴れした後に姿を消した。そして、戻ってきたのは俺たち三人。この二つの情報を順接でつなぎ合わせることは、誰にとっても突飛な発想ではなかったらしい。
「ドラゴンは〈タイリクワーム〉を引き連れていたんだ。ヤツは〈地震〉を武器にする強敵だったが、グリフォンリースが……」
俺はドラゴンスレイヤーなる称号までもらい、戦いの様子を何度も繰り返し説明させられていた。
「ちょっと待ってくれ。今来たんだ。最初から話しておくれよ」
また新たな一団が輪に加わってしまった。
こういう調子で、話はさっきからミミズ戦でループしている。
ただ、これには俺としても救われている部分があった。
というのも、
《人がいっぱい》《みんな見てる》《死ぬ》《ドラゴンを倒したときのこと話してほしくない》《質問される》《死ぬ》《死んじゃう》
と、キーニが俺を血眼になってガン見してきているので、ドラゴン戦は何とも説明しにくいのだ。
確かに、実際に〈サベージドラゴン〉を仕留めたのがキーニだとわかってしまったら、彼女は質問攻めにあって卒倒するだろう。手柄を横取りしたいわけじゃないが、ここは俺たち三人の力の結束により、ということにしておいた方が、彼女の寿命も延びるのである。
しかしいい加減しゃべり疲れてきた……。
だいたい作り話するのって死ぬほど不安なんだぞ! 俺が心の安定一級建築士募集中なの知らないのかよ!
などと密かに焦っていたら、
「ご主人様……」
最前列にいたミグがふらりと俺の前にやってきて、眠そうな目をこすりながら言った。
「他の人より、そろそろわたしたちとお話してくれませんか」
言うが早いか、俺の膝の上に腰を下ろすと、寄りかかってそのまま目を閉じてしまう。すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「あっ、いいなー」
それを見た次女マグも出てくると、空いている膝の上に乗っかって、胸に顔を埋めてくる。こっちも寝てしまった。
「じゃあ、わたしはグリフォンリースちゃん~」
三女はグリフォンリースの両膝を独占し、背中を預けて微笑む。
「やれやれ。我の居場所はここしかないか」
最後にマユラが登場し、俺とグリフォンリースの間に無理矢理体を詰めてきた。
みんな、だいぶ疲れているようだった。
城の地下に避難してから、三姉妹はひたすらお祈りしていたという。マユラは祈る神なんていないから、ただ俺たちの無事を願ってくれていたそうだ。
俺たちが大したケガもなく戻ってきたときは、久しぶりに三姉妹の見分けがつかなくなるくらいのギャン泣きだった。もちろん、うれし泣きだが。
心配性のミグはもちろん、勝ち気なマグや天真爛漫なメグまで人目をはばからずぎゃーぎゃー泣きまくる姿に、俺も思わずもらい泣きしそうになってしまったほどだ。
今回の武勇伝を聞かせるにあたって、一時離れていてもらったわけだが、その我慢ももう限界だったのだろう。寝こけているくせに俺の服をしっかりと握っており、これはしばらく離れてくれそうにない。
「あーあ、一家勢揃いになっちまったか」
「ドラゴンの退治話はまた今度だなあ」
周囲を取り巻いていたギャラリーも、空気を読んでその場を離れていった。
やれやれ、ようやくゆっくりできる。
ふと見れば、俺の隣で、緊張が限界に達したキーニが表情を変えないまま口から泡を吹いていた。こっちも色んな意味でギリギリだったらしい。
「今回はちゃんと英雄になれそうですね、あなた様」
パニシードが俺の耳元で囁いた。
彼女は人前に滅多に姿を現さないが、どこかからちゃっかりアルコールを調達してきたようだ。花の蜜に酔っているときと同じ顔をしている。
「そうだな……」
俺が同意したとき、ふらりと近寄る人影があった。
「やあ、ドラゴンスレイヤー」
「……! アインリッヒのあに……」
兄貴と言いかけて、慌てて言葉を止める。それはゲーマーたちからの愛称であって、今の俺は特段彼と親しいわけでもなんでもない。
「活躍は聞かせてもらった。俺たちは町を守るのに必死で、最前線に君のような勇者が立っているなんて知ることすらできなかったよ」
「や……いや……いいんだ。町にはマユラやミグたちがいた。彼女たちを守ってくれてありがとう。心からお礼が言いたい」
「謙虚だね。もう少し英雄らしく傲慢に振る舞ってもいいんじゃないの?」
アインリッヒの後ろにいた【武術家】のキリエがウインクしながら言ってきた。
隣には【聖術師】のクラフツカと【魔術師】のウィンガードの姿もある。
いつか見たパーティーのまんまだ。
「グリフォンリース」
「はっ、はい」
アインリッヒの呼びかけに、肩を跳ね上げるグリフォンリース。
彼女は、目の前のパーティーに大きな気後れがある。
「今となってはおこがましい発言だけど、許してくれ。……安心した。以前見たときの君は、もっと小さな戦士だった。しかし、今は違う。恐らく、君に居並ぶ騎士は、この町にはいないだろう」
「っ……! じっ……自分はっ……」
グリフォンリースの大きな目から、じわりと涙が浮く。
「ち……違うのであります……! 自分は、ただ、コタロー殿についていっただけなのであります……。この人は、自分の……自分の……」
そこから先はもう言葉にならなかった。震える彼女の肩に、歩み寄ったクラフツカが優しく手を添えた。
「最高の仲間を得られたのですね。それはとても幸せなことです」
グリフォンリースは嗚咽混じりに何度もうなずいた。
「仲間の信頼を得ることは、勝利を得ることよりも難しい。君にはその力と資格が両方あるようだ。そんな人間と出会えたことが、俺には誇らしいよ」
「それは……」
俺もだ、って言ってもきっと伝わらないよ兄貴。
あんたと同じ町にいられたこと。
あんたから褒められたこと。
どれくらい心に響いてるかわかるか?
そんくらい、でかい人なんだよ、あなたは俺にとって。
いかん、目の前が曇ってきた。
あくびしてごまかそう……。
「お疲れかな。当然か。休んでるところすまなかった。また今度、ゆっくり話をさせてくれ」
そう言って、アインリッヒたちは去っていった。
「や、コタロー君。少しだけ話をさせておくれ」
「みなさん、その節はどうも……」
そこからほとんど間をおかずに現れたのが、魔法剣士アンジェラ&シェリルの師弟コンビだ。
アンジェラさんはお酒を片手にほんのり赤ら顔で元気そうだけど、シェリルは服もボロボロで眼鏡にもヒビ入ってるぞ、おい。何があったんだ……。
「はい、その、結構死にかけました……」
今にも力無く閉じられそうな目で、シェリルが説明する。
アンジェラと二人で防衛戦に出てたまではよかったが、師匠が狙う敵はどれも強者で、シェリルはほとんど逃げ回っていたという。
「わたしの修業になる相手ばかりを選んでいたからね。いやーすまないすまない。ハグしてやろうシェリル。ほーら元気になるだろう?」
「し、師匠、人前でやめてください……!」
アンジェラさん酔ってるわ完全に。防衛戦を無事終えたことのハイテンションじゃなくて、普通に酔ってキャラ変わってるわ。
それにシェリルさん、人前でなければいいんですかねえ……?
「コタロー君にもハグしてやりたいところだが、すでに女の子二人も膝に乗せていて、さすがのおねーさんも躊躇せざるを得ない」
「ええ、その、だから遠慮しておきます……」
両手をわきわきさせながらにじり寄ってくるアンジェラさんに、控えめな拒絶を示す。
この人、今日のこと覚えてたら、きっとベッドでバタ足するんだろうな。
アンジェラさんが酔っているせいで、シェリルも俺に言いたいことがほとんど言えないまま、やがて二人は離れていった。
その後も、ハリオさんたち、淑女モードのローラさんをはじめとしたアパートの住人や、道具屋のソックスハンターなんかが俺を訪ねては、褒めちぎって去っていった。
それらがようやく落ち着くと、ミグたちの寝息がよく聞こえてくるようになった。
騒がしいのに静か。不思議な感じだ。
なんだかやけに遠くに来た気がして、俺は空を見上げた。
夕闇は去り、星屑のカーテンが空を覆っている。
俺が英雄になった日が、こうして終わる。
暮れない昼はなく、明けない夜もない。
だから、変わらない明日も、きっとない、んだろう。きっと……。
※
翌日。
すべてが元通り動き出すはずの朝に、俺はみんなを部屋に集めた。
「近いうちに、俺はグランゼニスを発つよ」
最初、その一言を正確に受け止められた人物はいないようだった。
グリフォンリースとマユラは首を傾げ、ミグマグメグはそもそも意味がわかっていない様子で顔を見合わせ、キーニは微動だにしなかった。
「どこかに出かけるでありますか?」
と聞いてきたのが、女の子たちの代表格であるグリフォンリース。
「ああ。それで、しばらくグランゼニスには戻らない」
俺は誤解がないようはっきりと言った。本当はもう少し軟着陸する形で説明したかったが、ここで時間をかけてもいられない。
「急な話だな。どこへ行く?」
これはマユラ。
「ナイツガーデンだ。当面はそこで暮らす」
遠くもないが、気軽に往復できるほど近くもない。途中には難所と呼ばれる山道もある。
戸惑いの空気が部屋に巻きついて縛られてしまう前に、俺はマユラと、三姉妹を見た。
「ナイツガーデンは遠いし、見知らぬ土地だ。おまえたちがついてくるのは大変だと思う。だから、もしよければ、ここに残ってアパートの管理を頼みたい。家賃収入は自由にしていい。この町なら、みんながおまえたちに力を貸してくれるはずだ。ずっと平穏に暮らしていける」
これが俺から残せる唯一の置き土産だった。
が。
「やだ!」
尻が浮き上がるぐらい大きな声で拒絶したのは、ミグだった。
「やだ! やです! 絶対にいや! ご主人様と離ればなれになんかなりたくない! 絶対に! 絶対に! それなら死んだ方がましです! 置いていくなら殺してください!」
叫ぶ彼女の目からは、昨日も見たばかりの大粒の涙がぼろぼろこぼれ落ちている。
うおい! なんて過激なことを言うんだ、この子は。
「そうだよ! アパートなんかいらないよ! どうしてそんなこと言うんだよ!」
「ご主人様といられることが一番幸せなんだよ~。お願いだからつれてってよ~」
残りの二人もガチ泣き。そして三人ともきっとガチ切れしてる。
ちょ、ちょっと反応が強烈すぎる。俺は一応、彼女たちのことを考えて平穏な暮らしができる選択肢を用意したはずなのに。
平穏と安定の人生チャートを蹴って、あえて火中に飛び込もうというのか、うちのメイドたちは!?
「我も、この町に残されていくのは困るな」
「マユラ。でもおまえ、商売が。せっかく調子いいのに」
「その娘らを取られては、我の商売は成り立たんだろ。それに、我が頼ったのはコタロー、おまえであって屋根のある家ではない」
「では、決まりでありますね。コタロー殿」
グリフォンリースがにっこりと笑った。最初からこうなることがわかっていたみたいに。
「ああ。変なこと言って悪かったな。みんな一緒にナイツガーデンに行こう。これからもよろしくな」
『はい!』
泣いていたメイドたちがもう笑った。
どうやら、盛大な引っ越しになりそうだ。
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