第32話 ドラゴンスレイヤー! 安定志向!
俺はその場にどかっと座った。
「キーニ、俺と背中合わせに座れ!」
《!?》《なんで?》《そんなことしてる場合じゃない》
「いいから座れ!」
俺はキーニの腕を引っ張って、無理矢理背後に座らせる。
そしてすぐさま〈封じのヒモ〉をキーニに使用!
これは使い捨てアイテムで、自動で敵の足を絡め取ったり、身動きを封じたりする、マジックアイテムというより狩猟道具に近いものだ。
もちろん人に使うこともできる。すると。
《きゅう》《なにこれ》《動けない》《やだ》《助けて》《こんなのひどい》
よし、いいぞ!
キーニが俺の背中にはりつけ状態になった。
元が捕縛用アイテムだけあってかなりキツイが、期待通りの結果が得られたことに比べれば、必要経費にすらならない。
「これで俺が立ち上がれば……」
俺の方が背が高いこともあって、キーニは宙づりになる。
これなら足下からの衝撃を軽減できる……はず!
《やだ》《やだ》《下ろして》《んっ》《変なところこすれる》《うう》《変な世界についれてかれる!》《だめ》《何でもはOKしてない!》
…………どんなふうに緊縛されてるかは、想像しないようにしよう。
捕らえた相手にダメージは一切入らないアイテムだから、それほど深刻な状態でもないはず……。
そのとき、二度目の〈地震〉が来た。
覚悟ができていた分、初見よりもダメージを受けた感じはない。案外、最初のは精神的なショックの方が大きかったのかも。
「キーニ、大丈夫か!?」
俺は背後にいる彼女のステータスを確認する。
HP54/58
よし、ほとんどダメージを受けてない! 成功だ!
《…………》《…………》《……こん……》《……な世界……》《……知らない……》《変な…………》《気持ち…………》
…………。だ、大丈夫。HP自体は減ってないから。
そのとき。
ギイイイイイイイイイイイ……アアアアアアアアアア……!
津波のように押し寄せた雄叫びが、周囲の岩をびりびりと震わせた。
ドラゴンだ。もう近い。
しかし〈地震〉対策は完了だ。来るなら来い!
もう雑魚モンスターたちはほとんどが駆け抜けていってしまった後。
相手は〈タイリクワーム〉とドラゴン――正式名称〈サベージドラゴン〉のみ。
最初から大物に狙いを定めていた俺としては理想的な展開だ。
地鳴り。地鳴り。地鳴り。
来た、来た、来た!
「うわあ」
俺は口をあんぐりと開けてしまう。
ドラゴンを生で見るのは初めてだった。当たり前だけど。
大きさはうちのアパートと背比べでいい勝負ができるほど。
黒と灰の中間くらいの色彩の鱗に、真っ赤な瞳。
鳥のフォルムとは違って、四つ足にさらに翼がついた幻想的なデザイン。
爪は蜘蛛の足のように異様に長く、たった今、俺の背丈くらいの岩を簡単に踏みつぶして粉塵に変えてしまった。
こ、これに勝つのかあ……。
出発前にミグに言ったように、俺は勝てるかどうかわからない勝負なんてしない。
キーニの〈リベンジストブレイズ〉が決まれば、即死のはずだ。
だけど、本当にそうなのか? と思えてしまうほど〈サベージドラゴン〉の巨体は生物として圧倒的だった。
「コ、コタロー殿、どうするでありますか!?」
グリフォンリースの震え声に我に返る。
「ドラゴンは俺とキーニに任せろ! グリフォンリースは今まで通り、〈タイリクワーム〉にカウンター。ドラゴンのブレスに巻き込まれないよう、位置取りに気をつけろ!」
「はいであります!」
俺の返事に勝利の確信を得たみたいに、グリフォンリースの声に自信がみなぎった。
グリフォンリースは俺を信頼してくれているのだ。
だったら俺が、俺を信じないわけにはいかない。
「キーニ、俺が合図したら〈リベンジストブレイズ〉を使う。スタンバっとけ!」
《えっ》《どういうこと》《もう下ろして》《ミミズの方がまし》《そっち行きたくない》《帰る》《帰ります》《帰してください》
「ダメ!」
俺は〈サベージドラゴン〉の足下に斬り込む。
素手でビルの解体作業をやらされる気分だ。
爪の付け根の、人間なら一番痛がりそうなところに〈銅の剣〉を打ち込む。
ギイン! と思ったより派手な音がして、剣が跳ね返された。
ダメージとしては、せいぜい3とか4くらいだろう。
しかし、気を引くことには成功した。
ギイイイイイイイイイイイイイイイ…………。
ドラゴンが俺を狙って足踏みを始める。
ほとんど爆弾投下だ。かわしても衝撃波で俺はすっ飛ばされる。
が、この段階でのレベル23はやはり強い。
俺はあえて吹っ飛ぶことで逃走の距離を稼ぎ、窮地を切り抜け続けた。
《もうやだ》《死ぬ》《怖い》《怖いよ》《いっそ死にたい》《もう楽になりたい》
「勝手に絶望すんな! おまえの出番はもうすぐだ!」
背中合わせにもがいているキーニに活を入れたときだった。
〈サベージドラゴン〉の首まで裂けた口から火の粉が溢れ出る。
その兆候を見逃さなかったのは、俺の最大のファインプレイだったと思う。
「来いよドラゴン! 物理攻撃なんか捨ててブレスで来い!」
俺はドラゴンの真正面で足を止めると、背中を向けて――つまりキーニを盾にして――その場にどかっと座り込んだ。
《!?》《なんで!?》《座らないで》《逃げて》《早く》《死にたくない》《道連れよくない》《わたしだけでも逃がすべき》《やだ》《やだ》《お願い》《助けて》《お願い》
背中でキーニが暴れ出す。
「おまえは絶対に大丈夫だろうが! やばいのは俺だ!」
攻略本の推奨レベル15程度では即死だが、レベル23の俺ならぎりぎり耐えられるはず。問題はそのギリギリがどれくらいの被害かだ。
一応、このゲームでのHP0は「しぼう」ではなく「せんとうふのう」なので、そこそこの余裕はあるはず。
後は即座に〈力の石〉を使って回復すればいい。……多分。
ギイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアア!
至近距離での咆哮に鼓膜を揺さぶれると同時に、ブレスが来る。
世界が紅蓮色に染まった。
「くうううううう…………!」
俺は歯を食いしばって、一瞬の寒気と静寂の後に訪れる、灼熱地獄に備えた。
「ん……?」
あれ……? 熱くない。
俺は体勢を入れ替えないよう、肩越しに背後を見やった。
神秘的な光景がそこにあった。
キーニのローブの上を這い回っていた光の模様が、網目状の盾となって正面に展開されている。
世界を溶かすような炎はそこで裂け、俺たちの両脇を吹き抜けていく。
届くのは周囲の熱気くらいだった。
こ、こういう効果だったのか! ビビらせやがってっ……!
《あつい》《あつい》《助けて》《燃える》《許して》《ごめんなさい》《ごめんなさい》
キーニがもがき続けているので、俺はすぐに〈力の石〉を使った。
ドラゴンのブレスは特殊な攻撃判定を持っていて、標的一体を十回も連続攻撃する。
キーニのダメージが、間接的な熱波による1に抑えられたとしても、合計ダメージは10。最大HPが60弱の彼女にとっては安いダメージではない。
「俺たちは無事だぞヘッポコ竜! 悔しかったらもう一回撃ってこい!」
《!?》《何でそういうこと言うの》《ばかなの》《しぬの》《もういや》《わたしがばかだった》《この人頭おかしい》《罠だった》《男の人を信じたのが間違い》《ずっと塔に閉じこもってればよかった》《変な世界教えられるし》《やだ》《やだやだ》《死にたくない》
俺の挑発が心に響いたのか、〈サベージドラゴン〉は二度目のドラゴンブレスを吐いた。
〈力の石〉をキーニに連打する。彼女がダメージを受ける暇もないくらいに。
これで合計被ダメージ回数は二十回を超えた!
キーニの初期レベルでも、これだけ怒りを溜め込めば……!
《……ろす》
ん? キーニのステータス表の様子が……?
《……ころす》《もうころす》《ころす》《ぜったいころす》《ころす》《ころす》《かならずころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《ころす》《もうぜんぶころす》
キ、キーニが切れた!
「キーニ! 悪いのは全部目の前のヤツだ!〈リベンジストブレイズ〉いけえっ!」
叫ぶ、とほぼ同時に。
「三千世界に……」
俺は背中を通じて、彼女の腹の中からわき上がってくるようなその呪詛を聞いた。
「滅害を赦す道理なし。しかし我ら。ただ一握の激情をもって。怨敵を虐殺する。其はネメシスの律戒。一切と合切の。寛恕は乞わぬ。ゆえに――」
しゃ、しゃべった……キーニが……。
「とく死ね。〈リベンジストブレイズ〉」
轟! 爆音が聞こえたのは一瞬。あとはキーンという耳鳴りに変わる。
キーニの冷たい宣告と同時に、背中が浮き上がりそうになった俺は、慌てて両足を前に投げ出して踏ん張った。
背後を振り返らずともわかった。
キーニが前方に、恐ろしいほどの魔力を放出しているのだ。その反動で、彼女自身も吹っ飛ばされかけている。
二十回分の怒りは、やりすぎだったかもしれない。
ダメージは……カンストしたろうな、多分。それを狙っていたわけだし。
さっきまで二度、オレンジ色に染められた世界は、今度は寒気のする青白い光一色に照らされている。
絶叫のような耳鳴りの中、竜が放った断末魔がかすかに聞こえた気がしたが、怨念の叫びはそれさえも飲み込んで、世界を灼き続けた。
恐らくは、ドラゴンが絶命し、跡形もなくなった後も、ずっと。
いやあ……。
スタッフがキーニちゃんをダメな子にした理由、わかったわ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます