第92話 あなたの色に染めて! 安定志向!

 俺たちは一旦地上に戻り、図書館を出た。


 目的地の目星はすでについている。

 町の外で戦闘するよりは、あそこでやった方が安全なはずだ。


 すたすたと目的地に向かって歩いていると、肩に這い出してきたパニシードが訝しげに声をかけてくる。


「あなた様、オブルニア人になるって、どういう意味ですか?」


 それが今一番聞きたいことだろう。背後にいる仲間たちの耳が大きくなっちゃったのが、気配でわかる。


「そのままだ。カカリナたちと同じく、褐色の肌、白っぽい髪に、緑の目になる」

「コタローさん。あの封印は変装でどうにかなるものじゃないの。それに、肌と髪の色はごまかせても、目の色は変えられないわ」


 クラリッサが後ろから声をかけてくる。俺は振り向かず、前を向いたまま、


「わかってる。問題ない」


 とだけ答えた。


「コ、コタロー殿を信じるであります。コタロー殿は、変な奇跡を起こすことにかけては天才であります!」


 微妙な猜疑心に包まれた俺の背後で、グリフォンリースちゃんが清涼な空気を作ろうと必死になってくれている。

 詳細な説明ができなくてすまん、グリフォンリース……。


 今回、久しぶりにまともなバグを使う。(まともって何だよ)

 だがこれは、ゲーム的にはほとんど無意味であるがゆえに、その原理と現象をカカリナたちに説明するのは不可能に近い。


 だから結果だけを見て、そういうものだと納得してもらうのが一番だと判断した。

 別に出し渋っているとか、驚かせたいとかじゃない。

 サプライズは、するのもされるのも嫌いだ。人間、平熱平穏が一番。


 たどり着いたのは、カカリナの職場である〝第四の牙隊〟の詰め所。

 建物横の訓練場では、カカリナ以外の隊員たちが鍛錬に励んでいるのが見えた。

 ここならどんなことがあっても、大事にはならない。


「カカリナとクラリッサにちょっと協力してもらいたいことがあるんだ」


 俺は振り返り、彼女たちに手順を説明した。

 すると。


「コタロー殿、高山病にでもやられたのか?」

「酸素欠乏症かも……。いい薬あるわよ?」


 案の定、俺は病人扱いされた。


「いや、俺はまともだよ。何を言ってるのかさっぱりわからないと思うが、とにかく、今説明したとおりのことを実行してくれ。そうすればすべてうまくいく」

「念のため、もう一度確認させてもらうぞ」

「ああ。頼む」


 確認というのは、一度目は自分のため、二度目は相手のため、三度目は念のためと言われるほど大事な行為だ。俺は快く受ける。


「まず、〝第四の牙隊〟と模擬戦闘を行う」

「うん」

「そこで、わたしとクラリッサが、貴公と、グリフォンリースと、キーニに、相手を石化させるこの〈バジリコックの爪〉を刺す」

「そう」

「わたしとクラリッサはその場から速やかに逃げ、町のカフェで時間を潰してから、ここに戻ってきて、貴公らを回復させる」

「パアフェクトだ。カカリナ」

「どこがパーフェクトだ! 作戦のうち三分の二が理解できないぞ!?」


 こらえきれなくなったように、手をわなわなさせながらカカリナが食ってかかる。


「コタロー殿。作戦というのは、小さい子供にもできるくらい単純なものがいいとされる。その点において、この作戦は非常に優秀だ。だが、兵士一人一人が、自分が何をしようとしているのか飲み込めなければ、不測の事態に対しての反応が――」

「ね、ねえ、コタローさん。カフェで過ごす時間は、長ければ長いほどいいのかしら? 三時間とか、十時間とか!」


 そんな彼女を肩で押しのけるようにしながら、クラリッサも口を挟んでくる。


「あんまり長すぎると、俺たちの石像が〝第四の牙隊〟の迷惑になるんで、適当に切り上げてくれ」

「そ、そうよね。当たり前よね。ごめんなさい……すみません……」


 いや、そんなに深刻に謝らなくていいから。反省値高いからな、この人……。


「おい、クラリッサ! 君は本気でこの作戦をやるつもりなのか?」

「もちろんよ。カカリナと一緒に何かするなんて……わくわくするわ!」


 クラリッサではまったく同意が得られないと判断し、カカリナは今一度、諭すような口調を俺に向けた。


「コタロー殿、我々をからかっているのなら、ここまでにしてほしい。同僚たちの訓練の邪魔をすることにもなる。あの封印の中に用があるのなら、陛下に頼んで調査隊を組んでもらうこともできる。遊びはこれまでにしよう」


 俺も、俺じゃなかったら「全力で同意」と言いたくなってしまう話だ。だが、すまん。カカリナ。俺は大まじめなんだ。


「カカリナ。俺は英雄と呼ばれるようになる前は、大陸一の裏切り者だった」

「……!」

「あのとき、戦場で俺がしたことは一つだ。評価の後と前で、何一つ変わってはいない。変わったのは、周囲の見る目だけだ。俺のすることは、今は理解しがたいかもしれないが、後で必ずわかる。頼みを聞いてくれ」

「そうか……。そうだったな。貴公は、そういう不思議な男だった。わかった。敵前逃亡に関しては後でバウルバに怒られそうだが、言われた通りにしよう」


 カカリナは意を決した様子で、詰め所へと最初に踏み込んだ。

 そして模擬訓練を申し込み、彼女たちは、俺が頼んだ通りのことをしてくれた……。


 ※


 みなさんは石化したことがあるだろうか。恐らく、八割くらいの人は「ない」と答えるだろう。

 うん。俺も初めての体験だった。

 なんていうか……初めはちょっとヒンヤリして気持ちよかった。

 戦闘中なら恐怖そのものなんだろうが、俺の場合は後でカカリナたちが治してくれること前提だったからな。


 ただ問題なのが……。


 石化した人間ってのは、うっすらと意識があるのだ。

 浅い眠りと、薄い目覚めの繰り返しというか。

 体は一切動かず、感覚も働かないのだが、闇の中を見ている感触がある。それは眠りとは別種の闇であって、世界が暗闇に閉ざされたようなあの感じは、正直何度も味わいたいものではない。

 みんなも、誰かが石化していたら、早めに治してやってくれ。


 まあ、そんなレポートはいいとして。


 闇の中。腕のあたりに何かがふれた感触があって、そこを始点として、血流が全身に体熱を広げていくのがわかった。

 視界を塞いでいた黒が白にひっくり返り、ぼんやりと世界の輪郭を描き直していく。


「コタロー殿……こ、これは一体……!」


 やがて輪郭は、目を見開いて唖然とする二人の女性の像を結んだ。

 カカリナとクラリッサだ。


 周囲を見回すと、〝第四の牙隊〟の訓練場の端。

 訓練後に放置された俺たちは、残った隊員たちによってそこに運ばれていたらしい。


 まだ石化したままのグリフォンリースとキーニを横目で確認した後、俺は自分の手に目を落とした。

 日焼けではなく、筋肉にまでしっかり染みいったような褐色。

 カカリナやクラリッサと同じく、宝石を思わせる綺麗な肌の色だ。

 前髪をつまんで目線を向けると、クリーム色になっていた。


「カカリナ、目は?」


 俺がたずねると、カカリナは慌てた様子で、


「あ、ああ。緑だ。わたしたちと同じ……」

「どういうことなの……? どうして……? 何で……?」


 戸惑う二人に説明する言葉を持たず、俺は残り二人の治療を頼んだ。

 石化が解け、ぽてっ、と座り込んだ二人も、褐色の肌にクリーム色の髪、そして緑の目を持つオブルニア人古来の特徴が備わっている。

 それと、特に誰も言及してないが、三人とも服が黒くなった。カカリナの鎧と同じ色に。


 うまくいったようだな。

 俺は一人ほくそ笑む。


 今回のバグは、〈カラーチェンジバグ・危険度:人による〉だ。


「カカリナのカラーパターンを俺たちにコピーしたんだよ」


 ……なんて話をここにいる彼女たちにしたら、俺は問答無用で医務室に直行させられていただろうが、今回起こしたバグというのは、まさにそういうものだった。


 ドット絵というのは、いくつかに区分けされた色の集合体だ。

 たとえば、顔の色、顔の明るい所、顔の暗い所、みたいに、同じ色を使う場所が決められている。


 その配色は各キャラごとに決まっている。

 あるキャラは茶色い髪に、白い肌、青い服。また別のキャラは金髪に、黒い肌に、赤い服。みたいな感じで。


 このバグを使うと、そのキャラ独自の色パターンが、別のキャラにうつってしまうのだ。


 やり方は、カカリナに説明した通り。

 戦闘中にカラーを変えたいキャラを石化させた後、元カラーとなるキャラを逃がすだけ。今回の元カラーはカカリナだが、別にクラリッサでも問題はなかった。


 そんな簡単な方法でバグるんなら、しょっちゅう起こってるだろこのバグ! とお怒りの人もいるかもしれないが、実はこの石化というステータス異常、『ジャイサガ』においてはクッソレアなバッステなのだ。


 敵で使ってくるのは、〈いしがみ〉というレアエネミーと、〈源天の騎士〉である〈実らぬ土〉のみ! しかも後者は逃走不可なので、この条件が再現されることはない。


 このように、『ジャイサガ』のキャラクターは、バグによって好きな色に変えられる。褐色の肌はカカリナとクラリッサの専売特許ではなくなるわけだ。ただし、服装などのカラーパターンもそのまま移ってしまうので、素足のはずがスカートの色が移って緑になっちまった! とか、この紫色、髪の毛かと思ったらただの飾りで、しかもなぜか靴に移りやがった! なんてハプニングもよくある。


 俺たちの服が黒いのも、カカリナの鎧の色がそのまま移ったのだ。

 本来の色彩ではないので、バランスが悪いといえば、やっぱり悪い。


 逆にそれを活かし、配色のパターンが人間と大きく違う獣人や、あるいはグリフォンリースのような全身鎧のキャラクターは色を移し替えた相手に何が起こるかわからず、全身銀色のメタルアインリッヒとか、クマの毛皮をかぶったバーサーカーキーニちゃんとか、様々な迷キャラクターを生んでくれた。


 ああ、あと、タイツのキャラを生足にしたり、逆に生足をタイツにしたり、ハーフパンツなんて奇跡のドットキャラも生まれたな……。

 攻略なんてそっちのけで、ひたすらカラーチェンジを研究して、最適な組み合わせをノートにメモして。すべてのフェチズムの始まりと終わりがこのゲームにはあった……着せ替えがエンドコンテンツってのは、きっとこの頃に下地ができて、ああ……あああ………………。


「どどど、どうなってるでありますかあっ!?」


 ――ハアッ! 危ねえッ! いつまで浸ってるんだ俺はッ!

 狼狽しているグリフォンリースの声が、ちょうどよいタイミングで俺を現実へと引き戻してくれた。


「自分の髪が白くっ……は、肌の色も……目もでありますかあっ!?」


《なんで》《変わりすぎ》《日焼けしたことないのに》《こんなに綺麗な色になるなんて》


 おろおろする二人に、俺は何でもないことのように笑いかけてやる。


「ほら、オブルニア人になれただろ?」

 誰もが呆然とし、回答を求める視線を俺に投げかけた。

 そんな目で見られても困る。理屈なんぞどこにもない。女神様も頭を抱える案件だが、それについてのこじつけは世界に任せる。


「待って……。そういえば聞いたことがあるわ」


 クラリッサが言った。おい、マジで?


「石化から回復したあと、しばらくその石化の魔力が残っていて、それが光を屈折させて、肌や髪の色を変えることがあるって。もしかして、コタローさんはそれを利用して……?」


 初めて知ったわ。どこ情報?

 なんか、みんなからすげー尊敬の眼差しを受けてるけど、うん……。まあ、魔力のせいにすれば、だいたいのことは片づくよな。神様、これでいいんすかね?


 それにしても、褐色キャラのグリフォンリースとキーニというのはなかなか新鮮だ。

 特にキーニちゃんは野暮ったさと胡散臭さが綺麗に反転して、浮世離れした雰囲気になっている。この配色だけですでに勝ち組というわけか。きたないな褐色キャラさすがきたない!


「とにかく、これであの封印は突破できるだろ。さ、会いに行ってみようぜ」


俺はすでに勝利を確信していたし、事実、その通りになったことはここに記しておく。

 なぜならこれはゲームでも再現可能な裏口入学。

 しかし、ということは、恐るべきことに、図書館地下の封印はキャラではなく、そのキャラが持っているカラーパレットがフラグになっているということを意味する。スタッフはこの裏技を見越していた? ……わからん……。


 ちなみにこのバグ、宿に一泊しただけで直るので、アナザーカラーを継続したい人は是非宿縛りプレイをしよう。イベントでの回復だけを頼りに、血を吐くようなリセゲーの始まりだ。楽しいぞう。

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