第142話 強くなって弱くなる! 安定志向!

 魔王を守護する〈源天の騎士〉は、四大元素に闇を加えた計五名。

 うち、ストーリーの進行によって戦う可能性があるのは、〈閉ざされぬ闇〉を引いた四名だ。


 その中でフルンティーガを格付けするなら、「最強」である。


 回避可能なイベント戦があるのは、戦力もまだ未発達な中盤初頭。

 高い防御力とHPに加え、多様な剣技と、石化という即死と同義の状態異常を操り、敏捷が低いためにほぼ確定後攻となるものの、リカバリーをミスればじり貧に追い込まれるシビアさもあって、通常プレイであれば絶対にスルーすべき相手だ。


 プレイスタイルごとの攻略法がほぼ確立された『ジャイサガ』においてすら、中盤でこいつを倒すことは、今でも一つの偉業として賞賛されるほどである。


 そんな難敵が、探し求めていた〈ガラスの魔剣〉を得て覚醒モードになり、巨人の集落に乗り込んできた。


 巨人たちは初代魔王の仇であり、場の空気はまさに一触即発――。


「待ってたぜ。フルンティーガ」


 しかし俺は悠然と言い放つのだ。


「〈ガラスの魔剣〉はもう使いこなせているみたいだな」

「敵に塩を送るとは妙なことをしたものだ〈導きの人〉。この礼は、我が剣の神髄をもって返させてもらおう」

「それでいい。全力のおまえとどうしても戦いたかった」


 自然と動いた指先が、腰の後ろに提げた巨人のダガーを探し当てる。

 新しい武器だが、まるで長年愛用してきた相棒のように指に吸いつき、心を落ち着かせてくれる。これさえあれば誰にも負けない、そういう安心感。

 戦う準備はとっくの昔にできていた。


「よもや、魔王の側近がこの地に入り込んでくるとは」


 ティタロがうなる。


「〈導きの人〉よ。ヤツの攻撃は我らには効かぬが、こちらからも手出しはできん。すでに我らの武器は渡した。こんなところで倒れてくれるなよ?」

「もちろん。俺にはこの先、まだまだやることが残っている。フルンティーガごとき――」


 俺は応じて、一歩下がる。


「このグリフォンリース一人で十分だ!」

「ええーでありますう!?」


 グリフォンリースが真っ青になって顔を近づけてきた。


「コ、コタロー殿!? じ、自分、もちろん誰が相手だろうと前衛を務める覚悟でありますが、ひ、一人というのは言葉のあやでありますよね?」

「大丈夫だ、問題ない。おまえにはアレがある」


 グリフォンリースははっとした顔で、腰に目を落とした。


「〈天魔の試剣〉でありますね!? はっ、そうか。この武器には、とてつもない力が隠されて――」

「いや、そっちは今回使わない。盾があるだろ、盾が」

「えええでありますう!?」

「ま、待て」


 見るに見かねてか、巨人の鍛冶屋が口を挟んできた。


「オレの武器を使わないつもりか? そっちの娘には、何も買っていないだろう?」

「ああ、うん」

「オ、オレの武器は、強いぞ。役に立つぞ」

「それはわかってるけど、今はいいんだ」

「…………」


 鍛冶屋は黙ってしまった。なんか心を傷つけてしまった気がするが、この場はこうしないと俺が傷つくことになってしまう。軽く致命傷。


「ゆけ、グリフォンリース! おまえなら必ずできる。この先もずっと守ってもらうんだから、そんなおまえにできないことを俺が言うはずない! それに見ろ。〈力の石〉がある。俺はここで毎秒使い続けてるから、何も心配はいらない!」

「ッ!! そうでありました! 自分はコタロー殿を信じるであります!」


 カッと目を見開いたグリフォンリースが、盾を構えてフルンティーガへと向き直った。


「正気か?〈源天の騎士〉である我と、人間が一騎打ちだと?」


 全身に邪悪なきらびやかさをまとうフルンティーガは、そう言って驚きを示すとすぐに、


「おもしろい。さすがは〈導きの人〉の同胞といったところか。では参る!」


〈ガラスの魔剣〉を握る手に、しっかりした力を込めた。

 始まる。

 恐らく史上初であろう、人間と〈源天の騎士〉の一騎打ち。


 口の中に隠した舌さえ干からびる緊張感の中、ゆらりと間合いを詰めたフルンティーガの初撃が蒼穹に翻る。


 鉄がひしゃげるようなすさまじい音が響き、グリフォンリースの踵が地を滑って数メートルも後退した。


 技を受けきれず、押し飛ばされたのだと見るのは早計。仕掛けたフルンティーガも同じ分だけ後退している。

 グリフォンリースのカウンターが入っている。


 衝撃により、両者とも技の交差点から後方に弾き飛ばされたのだ。その威力たるや、そばで見ているだけの俺の肌が、伝わる風に思わず痛みを覚えるほどだった。


 初撃を交錯させ、次はじわりじわりと横に動くフルンティーガ。

 対するグリフォンリースは愚直に盾を構えたまま、体の向きを変えることで正対を維持する。魔王の直属を相手に、間合いを計る素振りすらない。


 魅入るあまり、使い忘れていた〈力の石〉を俺が握り直した直後、〈ガラスの魔剣〉を肩に載せてフルンティーガが飛んだ。


 重厚な外装に似合わない、不気味なほど柔らかな跳躍。

 しかし、跳躍からの一撃は重みこそあれど、技としてはシンプル。カウンターとしては絶好の狙い目だ。

 グリフォンリースもそれに向けて体に力を蓄える。


 だが、ここでフルンティーガは予想外の動きに出た。


 肩に魔剣を載せたまま、グリフォンリースの眼前に着地したのだ。

 しかも、空中でゆらりと横回転し、背を向けた状態で!


 何だ!?

 俺が目を見張るのも一瞬。


 グリフォンリースの盾の上を、斜めの剣閃が走った。


「うっ!?」


 盾が跳ね上げられる!

 何だこの技!?


 通常、剣は振り上げるより振り下ろす方が威力が出る。武器の重みが速度に加わるからだ。

 そして攻撃の際にもう一つ重要なのが、相手を打つ部分だ。熟練の戦士は愛剣が生み出す遠心力にも気を配り、運動の力がもっとも乗っている先端付近を敵に当てることを心がける。


 フルンティーガはその常識を二つとも殺した。


 グリフォンリースの眼前に背を向けて着地するやいなや、姿勢を低くし、背負い投げをするようにして、正面に剣を振り下ろしたのだ。


 当然、ヤツの前には誰もいない。グリフォンリースがいるのは背後だ。


 しかし肩に載せられた剣の切っ先は背後に伸びている。

 フルンティーガの背中から正面へ、山なりに刻まれる剣の軌道。その初っぱなを背後のグリフォンリースに当てたのだ。


 振り下ろす剣でありながら、攻撃は切り上げる剣。

 しかも、攻撃初期でまだ十分な運動エネルギーを得ていないはずの切っ先に、低い姿勢と膝の力から生んだ瞬間的な爆発力を充填させ、十分な威力を持たせている。


 あっ……! そうか、この技は〈バックスラッシュ〉!〈ガラスの魔剣〉の固有技だ!


 フルンティーガが、滑らかな動きで振り向く。

 そこには、〈バックスラッシュ〉のトリッキーなモーションに防御の呼吸を狂わされ、盾を跳ね上げられた状態のグリフォンリースがいる。


 まずいッ――!!


 絶望するほど絶好のタイミングで放たれる鋭い突き。

 全身の毛が一瞬で凍りつく感覚を味わう俺の前で、その切っ先はグリフォンリースの首に真っ直ぐ吸い込まれ――。


 ガンッ!

 異様な音がして、フルンティーガの上体が前へと泳いだ。


 ……ッッッ!!


 俺は再度目を見開く。


〈ガラスの魔剣〉は……グリフォンリースを貫いてはいない!

 それどころか、彼女の盾に押し潰され、切っ先を地面に埋めている。


 一瞬の力業だった。

 ほぼのけぞった状態にあったグリフォンリースは、そこから恐るべき背筋の瞬発力で盾を地面へと叩きつけた。


 グリフォンリースののどを正確に貫く軌道にあった〈ガラスの魔剣〉は、おぞましいほどの火花を散らしながら彼女の盾の下を滑り、本体に届くことのないまま、そのまま地面へと沈み込まされたのだ。


 ギリギリ。これしか生きる道はないという、最善最良の一手。

 しかし、彼女の反応はそれだけではなかった。


「ぬえええええい!」


 さしものフルンティーガも、勝ったと思ったのかもしれない。グリフォンリースが剣を踏みつけて前進した動きに対し、忘我とも思える沈黙のまま、盾の衝突をまともに受けた。


「ぐはっ!」


 よろめくフルンティーガ。今のは効いた! 間違いなくクリティカルヒット!


 つうかグリフォンリースちゃんSUGEEEEEEEEEEE!!!!

 マジでダメかと思った! 俺なら百パー死んでた! 俺じゃないのに走馬燈見えかけた!


 フルンティーガは、ファーストインパクトでグリフォンリースのカウンター技術を見切り、次手で確実に倒しに来ていた。〈バックスラッシュ〉はそれほどの幻惑の技だった。


 それに対して防御が間に合っただけでもすごいのに、そこから反撃するとかもう神レベルだよナニコレ!? グランゼニスの裏路地で打ちひしがれていた少女はついに武神になったの!?


「つい最近、とても恐ろしい敵と戦ったであります」


 小柄な猛禽の背中を見せるグリフォンリースが、凍った湖面のように静かに、冷たく言った。


「何も通じなかった。あらゆる攻撃を封じられたであります」


 ……それって天魔のこと、だよな。もしかしなくても。


「無力を痛感したであります。けれど本当に無力になったのはその後。自分はみっともなく取り乱したのであります。戦う気力を失いかけたのであります。けれど、わたしの一番大切な人は、冷静でありました」


 情けない過去を語っていながら、グリフォンリースの声は自信に満ちていた。


「何も通じないと思っていた相手に、その人は勝ったであります。自分ではとても思いつかないような方法で。その戦いで学んだであります。決して慌てず、心を乱さず、ただ、自分にできる最良の一択を探す努力を怠らなければ、勝機は見えてくると」


「不動の心、というわけか……!」


 フルンティーガが感じ入ったようにもらす。


 だから、意表をつかれた直後に、すぐに体勢を立て直す反応に出られた。続けて反撃にも転じられた。自分の行動に一片の迷いなく!


 天魔との戦いは、彼女をこんなにも強く成長させたのだ。

 わあああああ主人公だ! 主人公がここにいるぞ!

 しかも不動の心とか俺もHOSIIYYYYYYY↑↑↑


「〈導きの人〉が選んだのは、伊達や酔狂ではないらしい。本気で、汝一人で我を倒させるつもりか」

「一つ知っておくべきであります。コタロー殿の言うことは、すべて真実になる! おまえはこのグリフォンリースに倒されるのであります!」

「ぬう……。この気迫……!」


 なんか……すごいことになってしまった。

 グリフォンリースが普通に強い。前回の〈暗い火〉ともガチでやりあったし、グリフォンリースのグリフォンリース離れが進んでいる気がする。


 い、いや、その、一応、ゲーム攻略としては、俺のチャートとしては、予定通りなのだ。


 戦う前から勝っている。くどいようだが、それが安定チャート。

 当然、今回も戦法は完成されていた。


 通常モードのフルンティーガは剣技のほか状態異常や魔法を使う曲者なのだが、覚醒モードになると戦法ががらりと変わる。

 純粋物理攻撃のみの、剣術一辺倒になるのだ。


 剣の技は多彩で、単体大ダメージから全体攻撃まであらゆる攻撃法が揃っている。こちらの装備が十分でも、下手をすると一撃でパーティーが立て直し不能な段階まで崩されることもあって、何も知らずに挑めば通常モード以上に極悪な敵だ。


 まさしく、〈ガラスの魔剣〉によって彼の剣技は完成したと言っていい。


 しかし……ここに思わぬ落とし穴がある。


 実は、すべて物理攻撃であるがゆえに…………全部カウンターで取れる。


 全体攻撃すら、先頭の一人がカウンターを取った場合、他のメンバーはダメージを受けないという仕様により無効化される。


 そしてフルンティーガは、敏捷のパラメーターがほぼ0。

 敏捷の低い相手は、カウンター取り放題である。


 そう……。


 つまり、こいつは覚醒モードの方が弱いのだ!


 だから〈ガラスの魔剣〉を渡した! グリフォンリースに倒してもらうために!

 別に謀ったわけじゃないよ! こいつが〈ガラスの魔剣〉ほしがってたから売ってあげただけだよ!

 誰も罠にはまってなんかいない。えへへ、みんなハッピー!

 結果的にハッピーじゃない人がいるかもしれないけど、それは自己責任で!


 だが……これ、本当に必要だったか?

 こんな小細工しなくても、普通に戦って勝ててたんじゃないか?

 そう考えてしまうほど、今のグリフォンリースは神々しく輝いている。 


 ゲームだとカウンターは全部同じドットで、何をしてるかもわからないが、現実として見ると、すべてに対して必要な対処法がある。

 グリフォンリースはただ一つも間違えることなく、相手の技を絶妙な挙動でいなし、反撃を叩き込んでいる。


 その動きは俺に、あの天魔を思い起こさせた。


 はっきり言う。美しい。

 時折見せる荒っぽいやり方も含めて、洗い流されるくらい美しい。


 実力だ。この結果は、ゲームの攻略法なんか関係なしに、彼女の実力なのだ。


 そして激しい戦いの末――少女は、とうとう魔王の騎士フルンティーガに片膝をつかせた。

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