第141話 誰がために武器を買う! 安定志向!

「大きな武器だと?」


 俺の問いかけに答える巨人の声は、戸惑いにわずかな不満の色を混じり込ませていた。

 ついさっき、司令塔たる俺に大きな武器はいらないと言ったばかりで、この手のひらクルーは即時炎上するほどにカスい。俺はすぐさま言葉を付け足した。


「俺のじゃないんだ。仲間に買いたい」


 巨人の鍛冶屋はどこかほっとしたような声で、


「それならば、店にある好きなものを買っていけ。特定の人間に合わせて作ったものではないが、使いこなせれば強力無比の武器となろう」


「それが、ここにあるのじゃ小さすぎるんだ」

「何?」


 俺は巨人がしゃべるたびに震える武器屋を出ると、平皿を逆さにしたような山と相対する。


「結構大きいヤツで、多分、三、四メートルくらいはあるんだ。だから、人間が使うよりももうちょい大きいのがほしい。それくらいのサイズの武器はないかな」

「なくはないが、練習用に作ったものなので武器としての完成度は低い。その程度の大きさの違いならば、そこにあるものでもさして変わらないのではないか?」


 真顔(顔ないけど)で言ってくる巨人。そりゃ、身長がキロメートル単位のあんたらからすりゃあ、誤差の範囲だろうな。


「人間にとっては大きな違いなのだ。彼らの世界では、虫の大きさほどのリーチの違いが、生死を分けることもある」


 ティタロが話に割り込んで小さい者たちの世界を代弁してくれた。


「そんなものか。では、いくつか出そう」


 その台詞が終わるやいなや、雲海を突き破って巨岩が現れる。

 鍛冶屋の腕だ。

 もはや比較対象に適したものも思いつかず、俺は、でかすぎる岩のアーチが足下に大きな日陰を作るのをただ黙って見ていた。


 ふと、彼の腕に、いくつも小さなトゲが刺さっていることに気づく。

 もちろん、本当に小さなトゲなわけじゃない。正しいサイズ感で語るなら、数メートルはある棒状の物体だ。


 ……武器だ!? あれ……!


「足下に置くとすぐになくすからな」


 鍛冶屋はくすくす――いや、轟々と笑いながら、反対側の手でそれらを撫でるようにさわった。なくすからって、自分に刺しておくヤツがいるか! 一人覚えとくわ!


「三、四メートルの持ち手の武器というと、大きさはこれくらいか」


 どうやら指先でサイズを計っていたらしい。大雑把(物理)なように見えて、かなり繊細な作業ができるようだ。そうでなければ、人間用の武器なんて作れないだろうけど。


 選んだ武器だけ器用につまみ、俺たちのいる小島へとぐおっと近づける。

 轟音と共に島に置かれた武器は、こちらのリクエスト通りのサイズだった。


 剣、槍、斧、槌、棍棒、杖……。物理と魔法、両揃いなベストチョイス。

 俺は形のよさそうなものを探し、


「これとこれと……この六つを買いたい。金はこれで足りるかな?」


 それが問題だった。


 巨人の武器は性能よりもデカさと重さで金額が決まっているとしか思えないところがあって、長剣に劣る性能の槍や大斧なんかに倍の値段がついている。


 俺は暗黒魔術師から奪い――もとい、友好的な立場を取りつつ運動中のプロレタリア勢が助走つけてスマイルするほど良心的な価格を提示し成立した商談で手に入れた宝石と、貯め込んだ金をすべて放出した。


 元より商売としての取引ではない。駆け引きなしの全額投入でいいだろう。

 しかし、普通サイズの武器が十万キルト以上するとなると、どうだ……?


「少し足りない気がするが、いいだろう。持っていけ」

「ありがとう。ありがたく使わせてもらう」


 ふう、セーフ……。


 巨人の集落では他にも有用な道具が売っているため、精神安定剤代わりにいくつか買っておきたかったが、まあそっちは諦めよう。


「というわけで、パニ、中に入れるぞ」

「げえっ! やっぱりですか!?」


 こんな巨大な武器、人間が持ち運べるわけがない。

 パニシードのバックヤードの出番だ。


「は、入らないんじゃないですかね……」


 入りました。


「入るもんですね……」


 別段、本人に何か影響があるわけではないのだが、何やらげっそりしているパニシード。

 そこへ、


「あのう、コタロー殿? 自分は話が見えてこないのでありますが……。大きな仲間って誰のことであります? 帝都の獣人の誰かでありましょうか……?」


 それまで我慢していたらしいグリフォンリースが、後ろからそわそわしながら聞いてきた。彼女は、新メンバーのこととなるとちょっと神経質になるきらいがある。


 が、この場で回答することはできない。巨人に聞かれると多分、大変なことになる。


「後でちゃんと話すよ」


 と、大抵のキャラが後に無言で帰宅しそうなことを言いつつ、俺は意識を切り替えにかかった。


 巨人の武器は手に入れた。

 ラストダンジョン出現のフラグも立てた。

 これでまっとうな攻略におけるイベントはすべて消化。


 まるで作業のような順調さだが、これでいい。

 安定チャートの真骨頂とは、攻略をできる限り作業化させ、ブログに何も書き込むことがない休日のごとく世界を救うことにある。


 しかしここから……俺は一時、安定チャートを離脱する!


〈アークエネミー〉。

 ヤツを造り出す工程において、ゲームとは異なる不確定な部分がいくつか生じている。


 その原因はマユラだ。

 ゲームから逸脱した(ぼくがさせました)存在のまま彼女が今日まできているために、一部のフラグが俺の目の見えないところに隠れてしまっている。

 そいつを再構成させるには、ゲーム通りの動きでは無理だ。


 よって、これよりしばしアドリブの世界に入る……! 高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していくというわけだ無理かな!


 思わずぐっと握った拳の中で諦念を固めた直後、それは起こった。


 はじめ、それは雲より高い、不純物のない空に生まれた黒い点だった。

 点は禍々しい紫電を放ちつつ、蒼穹をどんどん黒で塗りつぶしていく。


 気づけば、それは点ではなく、円になっていた。


 その円の中だけがいち早く夜になったかのように、星々がきらめく。

 俺が暗黒魔術師の空間トンネルを連想したときには、そいつはもう、目の前に飛び出していた。


 うずくまるそいつの姿は、どこか貝に似ている。

 背中に突き立つ無数の突起を、尖った貝の群れのように見させて、きっとすぐに改められる。

 ああ、これは石筍なのだと。


 その騎士は、古びた洞窟の姿をしていた。

 太古の空気を封じ、太古の水を湛え、太古の生物を宿したまま枯死した世界。

 転生なし、流転なし、循環なし。

 ゆえに何も実らず。


〈実らぬ土〉フルンティーガ。


 まさか……こんなタイミングで突入してくるとは……!


「汝が巨人の武器を手にするのを待っていた」


 洞窟の内観じみた全身鎧が、しわがれた寂声を押し出した。


「我が剣に相応しいように。汝の最期に相応しいように」


 身の丈およそ二メートル。厳かに身を起こす様子は、近くにいる巨人に引けを取らない重量感を心に撃ち込んでくる。


「フルンティーガ。参上つかまつった」 


 面当ての奥の何かと目が合った、と俺が感じた瞬間、フルンティーガの全身が開眼した。


 本当に目が開いたのだ。


 こいつの着込んでいる土色の重厚な鎧は、ある条件を揃えることにより、ギリシャ神話に登場するアルゴスのごとき多くの目を持つようになる。


 目の正体は宝石である。

 赤、青、緑、黄色、紫の極彩色は、教会を飾るステンドグラスのように神々しく、この魔性の騎士を彩る。


〈実らぬ土〉フルンティーガ完全体。

 その条件は、ヤツが〈ガラスの魔剣〉を所持すること。

 俺が暗黒魔術師に渡した〈ガラスの魔剣〉は、過たず彼の手に届いたようだ。


「さあ参られい、〈導きの人〉よ。いざ尋常に勝負」


 青眼に構えられた〈ガラスの魔剣〉が、魔に染まったような不気味なノイズを、その刀身に走らせた。

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