第140話 ぼくの手に大きな武器はいらない 安定志向!

「えっ。巨人たちは魔王と戦ったことがあったのか? しかも初代魔王っていうと、〈ガラスの民〉の時代?」


 俺の反応に、巨人は地を叩く石柱である足を止めた。


「驚いた。〈ガラスの民〉のことを知る者がまだこの地上にいるとは。おまえは、ひょっとして世界一の賢者なのか?」

「そんなんじゃないよ。最近、彼らの遺跡を巡ったんだ。それで知った」


 咄嗟に女神から聞いたことは伏せた。そっちを話してしまうと、今度はグリフォンリースたちへの説明義務が発生する。


「そうか。では知っているかもしれぬが、あの時代にはまだ〈導きの人〉はおらず、魔王への理解もまるでなかった。世界に対し、とてつもない悪意と力を持って攻撃してくる相手としか」

「だから世界は一度滅んだ……。地上の多くの命も一緒に。あれ? 巨人は生き延びたのか?」

「我々は並の生命とは違う。この星がある限り、死に絶えるということはないだろう」


 見た目からして普通の動物じゃないもんな。さもありなんか。


「だからこそ、我々は魔王と戦った。あれは旧来のいかなる敵とも違った。世界にあるものを奪うのではなく、世界そのものと敵対する存在だった」

「そんなに激しい戦いだったのか?」


 俺は荒廃した大地へと言葉を落とした。それを背中で受けたティタロは、


「さきがけの労を喧伝するつもりはないが、当時は魔王に対して有効な技や魔法などなく、今よりも危険な相手だった。未知の敵に対し、我らに様子見などする余裕はなかった。あらゆる手段を用いて相手を撃滅しようとした」


 と、やや言い訳するように返してきた。


 以前『失楽園』という古典をなぜか手に取ったことがあったが、天使と悪魔のガチンコバトルでは、地上の山を引っこ抜いて投げたみたいな記述がある。そのせいで地上は、悪魔の企み抜きにしてボコボコになった。このサイズの巨人が戦うと、それと同じようなことが起こるのだろう。


「何とか魔王は倒せたものの、戦場となったこの大陸は戦いの影響で死の大地へと変わってしまった。世界を救えても肝心の命が救えなければ意味がない。そのときから、我らは戦うことをやめ、小さな生き物たちに力を貸すことに決めたのだ」

「強すぎてもダメってことか……」


 カカロットだって全力出すと地球壊れるしな。強ければいいってもんじゃないらしい。そう考えると、レベル上限という概念にも奥深い理由が……まあ、ないか。


 あれ……?

 今の会話、どこかに引っかかるところがあったような。

 どこだ……?

 いや、ないか……?


 思案ついでに巡らした視線が、目を丸くして固まるグリフォンリースとキーニのところで止まる。


「何だよ、二人とも。そんな顔で人を見て」

「ちっ、違……」


《コタロー》《やばいものが》《見える》


「?」


 彼女たちが俺の背後を見ていることに気づき、振り返る。


「おお!?」


 雲を突き抜いて地上より屹立するのは、天を支えるような巨大な剣だった。

 ここまでくると巨大な武具というより武具の形をした建造物だ。しかもそれが、周囲に幾本も突き立っている。


「鍛冶屋の住まいが近いのだ。これらは、いずれもヤツの作品だ」


 ティタロが言った。 


「で、でけえ……! どうやって作ったんだ、こんなもん」

「大陸を削って作ったようだ。本人は多くを語らないが」


 大陸……。材料からしておかしい!

 こりゃ、死の大地もできますわ。


 魔王との戦いで使われ、もう長らく放置されているという巨大な武器群を抜けると、カニの頭を思わせる平らな山が現れた。


「来たな……」


 どことなく、厭世観の染みた声がした。この平らな山が巨人の鍛冶屋らしい。


「長から話は聞いている。おまえの武器は小屋に置いてある。他にもほしいものがあれば、用立ててやろう」


 武器職人の巨人の手前に、ゴルフボールを支えるピンのような頼りない小島があった。彼が言葉で示した小屋は、その中心に建っている。


 ティタロが体を寄せ、俺たちを渡らせた。

 促されるがまま小屋に入り、ちょっと驚いた。


「普通のお店であります……」


《カウンターもある》《普通》《逆に異様》


 壁や床が隙間だらけなのは、老朽化というよりも、巨人が虫眼鏡片手に組み上げた小さな積み木の家を連想させた。それをのぞけば、馴染みのあるいたって普通の武器屋のレイアウトだ。

 壁中に武器が飾られ、ご丁寧に値札までついている。


「わりと気に入っている。人間用にうまく作れた」


 外からちょっと得意げな巨人の声が聞こえてきた。どうやら、こちらの想像通りのミニチュアらしい。

 しかも何だか褒めてもらいたそうな雰囲気も醸し出している。意外に可愛い……のか?


「げえっ……こ、この剣、十二万キルトッ……!?」


 何気なく武器を触ろうとしていたグリフォンリースが、値札を見るなり、結界に弾かれた魔物みたいに俺に向かって吹っ飛んでくる。


 普通、俺たち探索者が扱う武器は、最高級品でも一万キルトくらいだ。

 伝説の武器が金で買えるだけ素晴らしいと思わなければいけないのだろうが、しかしゲームだと考えると、一万キルトの上の武器が一気に十二万では「ざけんじゃねえ!」と言いたくもなる。


「ずっと前、〈ルコルの聖剣〉を六万で武器屋に売りつけただろ。そんくらいするんだよ、巨人の武器はさ……」

「そ、そうでありました」


 こっちの世界に来てすぐのことだ。グランゼニスでアパート買う資金作ってるときだったか? 何もかもが懐かしいよ。


「さて、俺の武器は……」


 確かゲームではカウンターの上に置かれていたはず。


 この自分用の巨人の武器はちょっと特殊で、値段が半額のかわりに選択の自由がない。キャラクターの育成具合に合わせて自動で選出されるため、お目当ての種類を引き当てるためには、事前の準備が必要になる。


 剣ならば〈超新星〉という大技があり、大剣ならば〈彗星〉がある――これはゲーム中、もっとも威力の高い技になる。

 名前の仰々しさに負けずエフェクトも派手で、ぶち込んだ地点にクレーターくらいは作ってしまうだろう。

 さて、そんな超パワーの兵器と、いよいよご対面である。


「…………」


 果たして、俺の武器はそこにあった。


「え、これが?」


 パニシードが怪訝そうに言った。


「…………やっぱりかー……」


 そこにあるのは、ダガーだった。


 工具などにも応用できるナイフよりは戦闘向きで、刃渡りも長い。それがダガー。しかしRPGにおいては非力なキャラが持つ種類の武器で、攻撃力も控えめ。『ジャイサガ』においてもそれは同様で、このダガーは巨人の武器の中では大ハズレだった。


 いや、ハズレというよりは懲罰的な意味すらあると、『ジャイサガ』界隈では言われている。


 実はこのダガー、入手難度の高さでいえば、バグなしで手に入るアイテムとしてはトップクラスだ。


 通常、力系パラメーターが高ければ長剣か大剣が選ばれ、魔力系が高ければ杖やロッドが選ばれる。〈導きの人〉は戦闘での行動によって成長の志向が決まるので、どんなプレイヤーでもだいたいどちらかに偏る。


 そんな中、このダガーという武器は、全パラメーターが絶妙に〝普通〟でなければ現れない。プログラムが「こいつは何をしてきたかわからん」と判断するほど、何でもできて実は何にもできない人じゃないといけないのである。


 この極めて繊細なステータスを意図的に作り出すことはほぼ不可能。


 しかしたった一つだけ、それを高確率で再現する方法があったりする。


〈歩くごとにレベルアップバグ〉である。

 つまり俺である。


 このバグでズルした人間は、だいたいダガーを引き当てる。


 ひょっとして『ジャイサガ』スタッフは、このバグに気づきつつもあえて残し、これを頼ったプレイヤーを罰するためにダガーを用意したのでは……? なんてことまで考えられた。

〝バグを含めて『ジャイサガ』〟という世迷い言は、こういう思い込みから生まれている。


 ダガーを前に、俺は自分の頬が引きつるのを感じたが、すぐに経験からくる誤った反応だと気づく。

 今の俺は、この武器にそんなにがっかりする必要はない。


 理由の一つは使用感。天魔戦で剣も握ってみたが、やっぱり武器は短い方が扱いやすい。

 そしてもう一つの大きな理由は――


「女神からおまえのことを聞いた。おまえは戦いをほとんどせず、それでも様々な局面を手練手管で切り抜けてきた。おまえは目を見開いて奇機を待つ鋼のような精神を持ち、仲間を頼る方法を知っている。つまり、誰よりも仲間を信じる心を持っている。おまえ自身に強い力は必要ない。よって、おまえにはあえて威力の小さな武器を選んだ」


 外にいる巨人の声が、最大の理由を過不足なく説明してくれた。


「ありがとう。最高の褒め言葉だ」


 鋼のような精神ってのは買いかぶりだけど。


 グリフォンリースとキーニを見やる。俺の最強の武器は彼女たちだ。

 顔を赤くした二人は、そわそわした様子で視線を明後日の方向に泳がせていた。


 ダガーを手に取る。

 山サイズの巨人が作ったとは思えない、小さな人間のための、小さな刃。


 そう、俺は小さい男だ。


 達成したイベントは最小限。戦闘回数は少なく、パーティーも少人数。最後の武器も微妙なダガーだ。

 けれど、これでいいのだろう。

 そんな俺に、敵を問答無用でねじ伏せる力は大げさすぎる。

 味方を応援する小さな刃で事足りるのさ。


 さて、この次だが……。


「パニ、おまえ、どれくらいでかいのまで入る?」

「あい? どういうことですか?」

「モノがでかすぎると、裂けたりするのか?」

「えぇ……。ちょっといきなり何言うんですか、あなた様。こ、壊さないよう気をつけてくださいよ。まあ、どれくらい入るかは試したことないので知りませんけど……」

「やるだけやってみるか……」

「や、優しくしてくださいね……」

「ダメだ。しない」


 不気味にもじもじしている妖精に、冷たく言い放った直後。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……。


「コタロー殿……? パニシード殿と、いきなり何の相談でありますか?」

「えっ!? グリフォンリース、何で病んでんの!?」


 薄暗い店内を濁らせるどす黒いオーラが、グリフォンリースの鎧の内側から放たれている。〈呪いの鎧〉とかそういうモンスターとして登場してきそうなレベルで。 


「今の事前みたいな会話について、小一時間問いつめたいのであります……」 

「じ、事前……?」


 黒ずんだ彼女の目しか見えなくなるほど顔を近づけ、よくわらかんことを言ってくる。

 思わず脇に逃がした視線も、その先にいたキーニちゃんの陰湿なジト目に射抜かれ、


《なにこの唐突なエロトーク》《そういう関係だった?》《いつも一緒にいるし》《人間と妖精》《サイズが違いすぎ》《マニアックすぎる……》《しかし》《いずれ破綻するに違いない》《まだチャンスは……ある》 


 エロトーク!? 何言ってんだこのウインドウ!


 いかん! よくわからんが、周囲は伝説の武器だらけだ! ここで変な気を起こされたら、勘違いでしたじゃ済まないレベルまで切り刻まれてサイコロステーキにされちまう!


「落ち着け! 俺はパニのバックヤードにどれくらいでかいものが入るか聞いてるだけだ!」

『えっ』


 二人の顔から、ぱっと狂気が去った。それから慌てて取り繕うように、


「も、ももも、もちろんわかってたであります! コタロー殿とパニシード殿は誰もが知る健全な仲! 自分が気にすることなど、一つもなかったであります、元より!」


《ぶ、武器の話だった》《セ、セーフ》《わたしは何も言ってないから》《誤解はされてない》《小さな妖精を無理矢理アレコレするとか》《アブノーマルすぎる発想》《考える方がやばい》《ここはグリフォンリースにすべて押しつけて》《知らんぷりするべき》《コソ》《コソ》


 キーニちゃんが顔を赤くしながら店の隅にコソコソ退散しているが、見えてますよ、心。


 どんな倒錯的な想像をしていたのかは知らないが、とにかく俺がここに来た一番の目的は最初からこれだった。


「武器職人、もっとでかい武器がほしいんだが」

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