第112話 世界の半分? けちくさいこと言うなよ。全部やる! 安定志向!

 俺は彼らを追って建物の外に出た。

 慌てる必要はなかった。


 そこはカパルというのどかな村だ。

 グランゼニスから直でオブルニアに向かおうとすると、中継地点として使えなくもない。宿はないが村長さんの家で泊めてもらえ、道具屋の品揃えは大都市と同じという、なかなかの好環境である。


 この平穏な村の一角に、終末思想に染まった人々が住み着いて騒ぎを起こす。

 そいつらをなぎ倒しつつ、さっきの建物に踏み込むのが従来の攻略手順だ。

 が、今回、そのバトルは無視して、あの三人が集まる場所に先に潜り込ませてもらった。まあ元々〈皇女暗殺〉のおまけみたいなイベントなので、敵も大して強くはないが。


「な、何だ……」

「どうしたんだ、いやに静かだな……」

「誰か、誰かいないのか……?」


 司祭たち三人は戸惑うあまり、手分けしているようで大した分担もできていないまま村をうろついていた。


 カパル村の住人たちは明るく元気で、広場なんかにはいつも子供たちの姿がある。

 邪教に染まった人々が集まっても、その活気はまだ少しは残っていたはずだ。

 だが、それすらない。

 恐ろしいほどに静まりかえっている。


 悲鳴が上がった。今し方見回りに行かされた中男のものだ。

 ……どうやら見つけたな。


「何だ、どうした!?」

「何をしている。早く見に行け」


 小男を急かし、司祭も声の出所へと向かう。村の入り口の方だ。

 俺はのんびりと彼らについていく。

 木材で組まれた質素な門の前で、中男はしゃがみ込んでいた。


「おいっ、どうしたっ。何かあったのか?」


 小男が問いただすと、中男はぶるぶると村の外を指さした。


「……何だよ? 何を怖がってるんだ? 何もないぞ……何も…………え!?」


 彼も気づいたようだった。

 そう。何もない。


 カパル村は、山や森に囲まれた土地に建っている。

 門からもそれら大自然がはっきりと見えたことだろう。

 それがなかった。

 あるのは、地平の果てまで続く緑の草原。

 それだけ。木の一本すらない異様な光景だった。


「どういうことだ……」


 二人に追いついた司祭が、立ち尽くしたままつぶやく。


「ええい。村の人間を探せ。何か知っている者がいるはずだ。さっさとしろ! ぼさっと突っ立ってる場合か!」


 中小を追い立て、自らも村の中央へと戻っていく。俺の姿が目にとまったようだが、一瞬顔をしかめただけで、あえて無視する腹づもりらしい。


 ――しかし。


「ダ、ダメです。誰も、犬一匹すらいません」

「と、扉も閉まってて、何をどうやっても開きません」

「中に隠れているに決まっている。壊してでも入れ!」


 司祭は罵声ともつかない命令を下すが、それもかなわなかった。

 石をぶつけようが蹴り飛ばそうが、粗末な扉も、小さな窓も、微動だにしなかったのだ。


「どういうことだ……。何が起こっているんだ……」


 万策尽きて、とうとう立ち止まってしまった彼らのところに、俺は悠然と歩いていった。さらなる混乱と恐怖を植えつけてやるために。


「どうしたんだ? 何か困り事かな?」


 この無人の世界で俺がいかに異質か、先に理解できたのは手下二人の方だった。青ざめて後ずさりする二人に残され、最前列となった司祭が忌々しげに言った。


「見てわからぬのか。この村は異常だ。何が起こっているのかまったくわからん」

「ああ。だが、あんたは喜ぶべきだろ。待ちに待った終末の世界がやってきたんだぜ?」

「何だと……?」


 わずかに身じろぎした司祭の背後から、声が弾けた。


「ど、どういう、ことだあっ!?」


 発狂一歩手前にある中男だった。

 俺はニヤリと笑う。かなり効いている。一人の錯乱は他の人間をイラつかせ、冷静な判断力を奪っていく。そして最終的に同胞全員をヒステリックな状態に引きずり込む。いい役者が敵側にいたもんだ。


「この世界には誰もいない。あんたらをのぞいて、みんな消えちまった。動物も。植物は、まあいるようだがな。あんたらが小屋にこもっている間に、魔王が攻めてきて全部滅ぼしちまったんじゃないか?」

「う、うそだ、うそだあっ」

「やかましい、黙れっ!」


 司祭に殴りつけられ、中男はその場に倒れ込んだ。起きあがる気力も尽きたのか、倒れたまま地面に指を突き立て、「うそだ、うそだ」を連呼し続ける。


「……幻術か?」


 司祭は自分の声の震えを抑えるように、慎重に聞いてきた。


「いいや。現実だ。世界にはこの村しか残っていない。村の外の草原は、世界の終わりまでずっと草原だ。他に生物はいない。ここにいる四人が最後の生存者だ」


 脅しでもハッタリでもなく、きっとそうなっていると俺は確信していた。


〈閉鎖空間バグ・危険度:詰み〉である。


 人や動物は一切いない。扉も開かず、外は無限に広がる大草原――色々不可思議なことが起こっているが、根は単純なバグだ。


 ここには、地形以外が何も置かれていないのだ。

 家や木などのオブジェクトはあるけど、NPCや各種イベントが読み込まれていない状態。


 ゲームにおいては、家の外から家の中にマップが切り替わるというのも、立派なイベントの一つである。これが設定されていなければ、扉はただの壁の模様だ。


 村の出入り口――踏めばフィールドマップに切り替わるポイントも機能していないので、外に出ることすらできない。

 町の外が一面草原なのは、この村のマップの下地が、草原のグラフィックだからだ。それがそのままずっと延長されているのだ。外のようでいて、実は村の一部なのである。


 そのバグマップへの入り口を、さっきの建物の入り口に作っておいた。

 ヤツらは知らず、それを通り抜けた。


「おまえがやったのか……? おまえがやったんだな!?」


 それまで固まっていた小男が、震える指先を俺に向けた。

 俺はただ笑った。

 恐慌状態に陥った人間からすると、悪鬼の笑みに見えたかもしれない。


「俺たちに何をしたあっ。こ、こんなことをして許されると思っているのか? すぐに〈パレテフ教〉の異端審問官が来て、おまえを縛り首にするからな!」


 俺はまた笑い声を返事にした。この世界のどこに、そんな希望があると思ってるんだ。


「帰して……。元の世界に……帰して……」


 倒れていた中男の台詞が、いつの間にかすすり泣く声に変わっていた。

 そんな彼をもはや一顧だにせず、司祭が聞いてくる。


「貴様は……何なんだ?」


 俺は一言で答えた。


「クーデリア皇女の友人だ」

『!!』


 三人が大きく身じろぎする。

 俺の口から押し寄せるように言葉が溢れた。


「彼女は無事だ。傷一つついてない。俺たちが守った。彼女を愛し慕う大勢が、必死に彼女のために戦った。そして勝った。そうしてここを突き止め、俺がやって来た」


 男たちは押し黙るしかなかった。

 ここにいるのが、たまたま空き家に入り込んだ野良犬なんかではなく、逆襲のために現れた男だとはっきりしたから。


 地面に伏したままの中男が顔を上げた。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「わ、わ、わたしは違うんだ。二人に騙されて無理矢理……! こんなことしたくなかった。だから帰してくれ! 元の世界に、わたしだけは戻してくれえ!」


 小男もそれに続き、足を引きずるようにしながら、俺に詰め寄ってくる。


「お、おおお、俺だってそうだ。こいつにそそのかされたんだ。ちょっとバカなヤツらをだまして、小銭稼ぎをしようと思っただけなんだ。皇女暗殺なんて大それたこと思いつきもしなかった! こいつだ。全部こいつが悪いんだ」


 彼の指の先には、顔を引きつらせ、それでも俺をにらみつけている司祭がいる。


「そうかそうか。二人とも騙されたかー」


 俺は明るい声で言った。

 二人の男の顔に、薄暗い光が差す。


「そ、そう。騙されたんだ、俺ら、頭悪いから」

「そっかー。悪いヤツだなー。あいつ」

「そうなんだ。あいつが悪いんだ。わたしたちを悪の道に引き込んだのはあいつだ。だ、だから、わたしたちは元の世界に戻して……」

「ダメだね」


 その一言で、男たちの卑屈な笑いは、形容しがたい表情へとねじ曲がった。


「いいか、俺はあんたらが何をしたか全部〝知ってる〟んだ。証拠も証言もいらねえよ。反論も弁護もするな。全部だ。全部知っている。だから俺はただ、罰をくれてやりに来た」


「罰……だと……?」


 この場でまだ満足に口が開けるのは司祭だけだった。結局、三人のうちもっとも優秀だったのは、やはりこいつだったということか。


「ああ。罰だ。皇族の暗殺なんて企てたら、即日処刑されて、死体は山の動物に食わせるそうだが、あんたらが地位ある人間だっつうなら、物的証拠がないのはちょっと困る。だから一兆歩譲って情状酌量をつけてやることにした。一応、法治国家出身なもんでね」

「何を言ってるんだ……おまえは……」


 司祭のうめきを無視し、俺は村の風景を見せるように手を振った。


「この世界、半分と言わず、全部やるよ。全部あんたらの好きにしていい」

「……!」


「どうだ、嬉しいだろ? 人類がほとんど滅んじまった世界で、いよいよあんたの本当の力を発揮する時がきたぜ。さあ、その手下二人を率いてさ、まずは何から始めるんだ? 食料探しか? 水の確保か? それとも家を建てるか? あれだけ偉ぶってたんだ、プランはもうあるんだろ? まさか人手がたりないとか言わないよな。世の中、万全なことなんて滅多にないんだ。それを何とかするのがリーダーの務めだぜ」


 司祭は硬直している。その顔から、濁った汗が染み出してきている。

 俺は手下二人にも言葉を投げかけた。


「それと、ちゃんと仲良くしろよ? ここにはあんたら三人しかいない。永遠に、それしかいない。作物は誰も作ってくれないし、病気になっても医者はいないし、誰かが誰かを殺しても、助けてくれる兵士も王様もいない。――もちろん、神様もいねえ」


 俺の台詞が続く中、小中が小刻みに震え始めた。

 この世界の姿が意識に浸透し始めたらしい。


 孤独。圧倒的な、孤独。

 拡張しない世界、変化のない箱庭、無限の静止。


 こいつらには、お似合いの牢獄だと思わないか?


 言いたいことを言い終えると、俺は一歩足を引いた。

 それが何を意味するのか、三人はすぐに気づいたらしく、蒼白な顔面を醜く変形させた。


「ま、待て……待って……」

「金なら払う。いくらでも……何でもするから……」


 小中が揃って手を伸ばすが、足は震えて動いていない。

 ゆっくり後ずさる俺との距離は開いていく。


 司祭に目をやった。

 相変わらず俺をにらみつけるような鋭い目つきだが、眉も口元も歪んで、血のような汗にまみれてあごから滴を落としていた。

 口からもれたのは、うめき声に近かった。


「……待て……。わたしを置いていくな……」


 俺は苦笑を返した。


「それが人にものを頼む態度かよ」


 クーデリア皇女が〝鋼通し〟に見せた峻烈な態度とは雲泥の差。いや、同じ星の物質でたとえることすらおこがましい。

 こんなくだらない連中の企みで、彼女が命を落とさなくて本当によかった。


 俺は背を向けた。


「……待て……ま、待てえええええええッ!」


 何かがキレたように司祭は金切り声を上げた。目を血走らせて駆け寄ってくる彼をするりとかわし、俺は彼らの前から姿を消した。


 脱出路は入ってきた地点にはない。

 バグの詳細を知る人間でなければ、絶対にここから抜け出せない。

 永遠に。


 生きていくことは、ひょっとしたら、できるかもしれない。家の外に食べ物が落ちていたり、畑で作物のタネが拾えるかもしれない。

 外敵もいないから、三人で力を合わせれば、安定した生活基盤を築ける可能性もゼロではない。


 だが、醜悪な仲間割れを見せたあの三人がどこまで仲良くなれるかは、神様にも謎だ。


 なあに。殺すことと、死ぬことだけは、いつでもできるさ。

 そのときが来たら、好きなだけどうぞ。


 これが俺が与える罰。

 一生かけて、味わってくれ。

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