第68話 まとまれ世界! 安定志向!
八十八年ぶりに行われた〈白い狼騎士団〉入団試験は、見事に全員失格。
しかも全員が無事に、リタイアを意味する瓶詰めの雪を持ち帰るという、異様な結果。
みんな雪まみれだったから、誰の瓶もいっぱいにできたよ。
これで一応の体面は保つこともできるはずだったが、彼らは虚栄を一切求めなかった。
〈アイシクルロングヘッド〉の群れに完全包囲され、真正面から突っ切って逃げ帰ってきた――その事実を隠さず報告した。
これには、かつてガーデンナイトたちが持っていた、武術大会で勝者を讃える気概に通じるものがある。
自分は強い。だが相手はもっと強かった。だからさらなる精進を誓う。
負けてなお誇りを失わない、その心意気が。
俺たちをたずねたあの白い狼騎士は、この結果に何を思うだろうか。
落胆? それとも、安堵?
真実はきっと、何も感じない、だろう。
彼らは人を捨て去った。そして試験に参加した彼らは、まだまだ人だ。
俺はそれでいいんじゃないかと、勝手に思う。
※
「〈ヘヴィタックル〉からの〈アッパーバスター〉!〈ヘヴィ〉……〈バスター〉! 〈ヘヴィバスター〉!」
「〈カウンターツバメヒート〉!〈カウンターツバメヒート〉!」
突風すら引き起こしそうな剣と盾の奥義が、裏庭の空気をかき混ぜている。
屋敷の裏手で、グリフォンリースとクリムの素振りを見物するのは、俺とツヴァイニッヒとセバスチャンの三人だ。それと、離れた場所に、グリフォンリースの勇姿にうっとりするリリィ姫と、お付きのアンドレアもいる。
「……何だか、クリムのヤツがデタラメに成長したように見えるんだが……そんなにすげえ内容だったのか?」
「剣の振り、身のこなし、以前のクリム様とは比べものにならないほどの躍進でございます。いや、これは何というか……」
ツヴァイニッヒとセバスチャンの目は、さっきからクリムの成長ぶりに釘付けだった。
グリフォンリースだって同じように成長したはずだが、やはり元の強さが違う。
クリムは初期レベルから一気にカンストまで跳ね上がったのだ。
アリが竜に化けたようなもんである。
「ここだけの話、クリムはまっとうな武器での戦いなら、ナイツガーデンで一番強いぞ」
「てめえが言うと冗談に聞こえねえぜ。タタロー」
「ここまでの剣才を秘めた方だったとは、わたしの観察眼もまだまだ未熟でございましたな。タタロー様はこれを見越して、秘密の特訓をさせておられたのですか?」
「う、うん……。だから、使うときはそれなりに注意して使ってやってくれ。それと、あんまり調子に乗りすぎないように手綱を握ってくれると、彼女も助かると思う」
「ああ。そうさせてもらう」
ツヴァイニッヒがうなずくのを見て、俺はこっそりと息を吐く。
なりゆきとはいえ、世界最強の騎士を一人生み出してしまったのだ。彼女の今後の人生は、これまでとは大きく変わっていくことだろう。それを制御するには、腕力とは異なる力を操る人間の協力が間違いなく必要だ。悪党のツヴァイニッヒなら、以前言っていた、群衆のリーダーとかいう厄介な立場から彼女を守ってくれると思う。
町に戻ってきて、二日がたっている。
その間、風邪を引いたキーニの看病のかたわらで俺がしたことは、名前の確認だった。
見事に、ナイツガーデンでも俺はタタローになっていた。
マユラも、三姉妹も、シスターたちも、ご近所さんも、みんなが俺をタタローと呼び、コタローという名前に違和感を示した。
バグの破壊力は甚大だ。誰も逃れることはできない。
もうダメだ。たたるぞオマエ……。
それ以外は何一つ変わりはないのが救いだが、しかしタタローって名前は微妙すぎる。
やっぱりクリムにセリムになってもらえばよかったかな……。
「試験は全員不合格になっちまったけど、これからどうなるんだ?」
俺はグリフォンリースたちの訓練風景を見ながら、ツヴァイニッヒに質問を投げた。
「おう。その話をしに来たんだった」
そう言って、彼は目線をクリムから俺に戻す。
「全員不合格ってのは、騎士院としても想定の範囲内だった。ヤツらの異様さを知ってれば、俺たちにも薄々予想はできたがな」
「つまり、何かの前振りみたいなものだったのか?」
「ああ。試験は建前。本当は、これから新設する部隊の選考会だったんだよ。事前訓練でめぼしい者を割り出し、本試験のメンバーは結果から見ても全員が選出されるだろうな」
「チームワークもいいしな」
「ああ。よほどの修羅場をかいくぐったんだろうな。地位も身分も関係なく、全員ががっちり肩を組んでる感じがあった。同じ部隊に組み込まれても、あれならやっていけるだろうぜ」
ツヴァイニッヒはどこか嬉しそうに笑った。
「んで、この新部隊ってヤツだが、目的は今、世間で噂されてる魔王の軍勢だ」
魔王の軍勢。
その言葉を聞いて、知らないうちに俺の姿勢が正された。
「軍勢の被害は世界各地で確認されてる。まだ不確かなこともあるが、俺が調べた限りでは王都グランゼニスやオブルニア山岳帝都みたいな大国は、もれなく襲撃を受けたようだな。ああ、グランゼニスについてはてめえの方がよく知ってるか」
うなずく。俺たちがドラゴンスレイヤーになったあの襲撃だろう。
そしてオブルニアは、以前、皇女の人気投票がイヤで逃げてきた、褐色少女のカカリナが属する国だ。
ということは。
これは……ついに。
「いずれの国も、国家間のわだかまりを捨てて対処すべき事案として認識した。近々、軍勢に対抗するための連合征伐団が結成される。新部隊はここへ組み込まれるわけだな」
人の世界が、おとぎ話にすぎなかった魔王への戦いに本腰を入れる。
中盤の大転換期だ。
「基本的な方針や運用方法は、各国の代表が集まってグランゼニスで話し合われる予定だ。まあ、あそこが立地的に真ん中らへんだし、集まるのにちょうどいい。征伐団の中核を担うのは、ナイツガーデン、グランゼニス、オブルニアの三国。うちとオブルニアは騎士がメイン、グランゼニスは王立兵団に選りすぐりの探索者を混ぜた混成メンバーだ。うちの兄貴が交じってるかもな」
ツヴァイニッヒが苦笑する。
どうだったかな。アインリッヒはこの後も普通にギルドで仲間にできるし、参加してないような気もする。
「会議はいつ行われるんだ?」
「十日後だ。近々騎士院からの代表――まあ、シュタイン家当主だが――が、新部隊のメンバーを何人かつれて出発する。で、これが本題だ。その人選だが、グリフォンリースはほぼ確定だろう。試験での活躍を聞くに、クリムも入るかもしれねえ」
「あの二人が……」
外騎士あがりに、下級騎士の少女。
二人からすれば大出世だ。グリフォンリースに至っては、凱旋という言葉すら似合う。
「てめえは騎士院とは利害の異なる思惑があるようだが、どうするんだ? この参加を蹴るとなると、正直その後がしんどいぜ」
「いや、これはフラグ的に大丈夫だと思う」
「フラグ?」
「あ、こっちのことだ。それより、俺もグリフォンリースについていっていいか?」
慌てて話を切り替える。
「議場に招かれることもあるだろうから常時一緒に行動ってのは無理だろうが、道中を同行するくらいなら別に好きにしていいぜ」
「そうか。それでいい」
久しぶりのグランゼニス。
アパートのみんなやギルドの人たち、ハリオさんやモーリオさんは元気だろうか。
できればマユラたちもつれて、ゆっくりしたいところだが、それはまたの機会だ。
何しろこの会議、決してよいものにはならない。
それどころか、大勢の人々を巻き込む悲惨な結果になる。
イベント〈人類大陸戦争〉。
いよいよ始まるよ。
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