第67話 俺の名前はタタロー。今日からよろしくな! 安定志向!
「タタロー殿」《タタロー》「タタロー!」
わかってんだよ何度もその名前で呼ぶなよ!
ああクソ、タタローって何だよ。
漢字にしたら祟郎か!? 鬼太郎の親戚か何かか!?
決め台詞は「たたるぞオマエ」ですか!?
俺は脱ぎ捨てた〈旅立ちの服〉を着込みながら、彼女たちに呼びかける。
「あのさ。実は今まで黙ってたんだけど、本当の名前はコタローっていうんだ」
「えっ……。まさか。タタロー殿はタタロー殿でありますよ」
《コタローなんて人いない》《あなたはタタロー》《間違いない》
「今さらそんなこと言われても違和感あるわね。どうして偽名なんか使ってたの?」
ダメだ。俺はこれまでタタローだったことになってる。
しかも、コタローが本当の名前だって言っても信じてもらえそうもない。
「すまん。その通り。俺はタタローだ。だけどさ、今度からコタローって呼んでくれないか。あだ名でもいいんだ」
「コタロー、でありますか……。うーん」
《間違えそう》《やっぱりタタローがいい》
「気が向いたらねー」
ああ、タタローの呪縛から逃れられない!
俺の「あだ名で呼んでもらえば変化ないんじゃね」作戦はいともたやすく打ち破られた。
小細工なんて通用しない。なんて恐ろしいバグなんだ。世界をマジに塗り替えやがった!
おい……まさか、たかが名前とか思ってるヤツはいないよな?
このバグによって引き起こされた〈名前バグ〉は、パーティーの先頭にいる人物だけが被害を被る。
もしいつも通りグリフォンリースちゃんが先頭にいたらどうなってたと思う?
ゼリフォンリースだぞ!? ゼリーなの!? ゼリーと電話が融合したまったく新しい物質なの!? うちのメイン盾ちゃんを絶対にそんな名前にはさせられねえ!
キーニはスーニ。……。あれなんかそれほど悪くない? でもキーニちゃん混乱すると「キニー」って叫ぶじゃん。「スニー」って叫び声っぽくない。そう思わないか? ……思わないのか。
そしてクリムはセリムになる。……普通にヒロインっぽい名前ですね。
…………。
何だよ俺が一番変な名前じゃねえかよ!? ゼリフォンリースだって気にしなきゃ気にならないよ!
だが後悔してももう遅い! 世界は変わってしまった!
ここにレベル99、タタロー爆誕! たたるぞオマエ!
他のメンバーも同様にレベル99になってる。
ステータス確認は割愛するが、とにかくこの場には不適切な超パワーを手に入れた。
この暴力を駆使してこの窮地を切り抜ける!
「俺たちが前衛だ。クリムは殿をやれ! 他の騎士は絶対にはぐれるな。はぐれたら死ぬぞ!」
レベル99の俺たちだけなら〈アイシクルロングヘッド〉の群れを全滅させるのも不可能じゃない。だが、時間がかかればそれだけ他の騎士たちの命を危険に晒す。
最初から撤退が目的だったのだ。いらん欲をかかず、ここは一気にとんずらあるのみ!
それにこう言っちゃなんだけど……『ジャイアント・サーガ』って、属性ゲーとか耐性ゲーと呼ばれるくらい対策と準備が重要で、特にボス戦はレベルを上げて物理で殴ればすべて解決する脳筋RPGとは違うんだよな。もし今の完全包囲から冷気のブレスを集中砲火されたら、俺たちでもそれなりに危ないのだ。まあ、だからこそ逆に、低レベルでも安定チャートが組めるわけだけど。
「何だかわからんが、あんたらだけにいいカッコさせるかよ!」
「俺たちもやるぞ!」
いかん。俺たちの気炎に合わせて、すでに十分あったまってた騎士たちが勝手に動き出そうとする。
これではせっかくの作戦が台無しだ。
「待つであります!」
それに一喝を叩き込んだのは、レベルが上限に達し、何となく気迫もアップしたグリフォンリースだった。
「犬死に無用! 単なる命の放棄は騎士道にあらず! おのおのの命を使う場所はここではないはず。今は自分たちに任せるであります!」
彼らを突き動かす騎士道の発信者であるグリフォンリースの言葉が、はやる心に冷静な水を注ぎ込んだのか、彼らの足が止まった。
騎士道が愚かの道だとしても、崖っぷちでも止まらず直進して落ちるバカとは違う。
命を捧げたものへの忠義のために、愚直に我が身を使う。それが本質。
今は忠義を示すどころか、至らぬ自分を鍛えている最中にすぎない。
そんなところで死んでる場合じゃねえ!
騎士たちの顔つきが、誇り高い諦念から、生きるために泥をすする覚悟に変わった。
後は一丸となってここを突っ切るだけだ。
「行くぞ!」
「はいであります! タタロー殿!」
くっ……。タタローという響きに気が抜けるな俺! こらえろ!
名前のどうしようもなさを頭の外に追い出すと、俺は飽きるほど開いた攻略本の一ページを記憶から引っ張り出す。
〈アイシクルロングヘッド〉は、首の長い、恐竜でいうところの雷竜に似た姿をしている。名前の由来は首の長さではなく、頭の部分が見事に長方形の形をしていることからだ。骨を見るとはっきりわかるらしい。
図体はでかいが動きは鈍く、後ろにでも回り込んでしまえば、一番の脅威となるブレスの危険性もない。
つまり、ダッシュで抜けてしまえば危険性は大きく低下するということ。
逃げ道を塞ぐ〈アイシクルロングヘッド〉の群れに、まず突っ込むのはキーニ……を羽交い締めにした俺。
《なんで!?》《どうしてわたしを盾にするの》《普通に戦えばいいのに》
足をばたつかせてもがくキーニの前に、青白い網目状の盾が生まれ、前方から集中した冷気のブレスをすべて吹き散らす。
レベルカンストでもこいつを正面から受けるのは気が引ける。
「くしょん! ぴっくしょん! は、はな……」
炎と同様、余波は受けてしまうので、くしゃみを連発するキーニ。ダメージは俺が握り込んだ〈力の石〉ですばやく回復するが、これ寒気にも効くのか?
中距離での戦いを凌ぎ、接近戦へ持ち込む。
間近に俺たち――というか夜ご飯――が現れ、魔物たちが食欲に負けて布陣を乱したところで、グリフォンリースに先頭を守らせた後続の騎士隊を突っ込ませる。
彼らには無抵抗のダッシュあるのみ。軽量化するために、身を守るもの以外は捨てさせている。
だが、本家よりはだいぶ小さいとはいえ、竜の眷属である〈アイシクルロングヘッド〉は、下腹の位置がすでに俺たちの頭より高い位置にある。
足もそこから伸びているわけで、地団駄を踏むヤツらの攻撃ときたら、空から攻城戦用の破壊槌が降ってくるのに等しい威力と迫力がある。
移動先を読んで踏みつけてくるような器用な真似はしないが、その中を駆け抜けるのは、臆病者には不可能な芸当だった。
キュイイイイイイール!
甲高い咆哮を上げつつ、〈アイシクルロングヘッド〉が俺たちを踏みつぶそうと足を打ち下ろしてくる。
「うおお!」
「ひええ!」
一踏みごとに地鳴りが足下から胃までせり上がり、衝撃で生じた雪柱が目の前を覆う。
密集していればいい的で、騎士たちは当然散開するが、それは同時に孤立することも意味する。
足を取られて雪の中に倒れ込めば、あっという間に逃げるべき方角を見失う。
運悪く尻尾にでも当たれば、痛みで冷静さも吹っ飛ぶ。
お互いが身につけているカンテラの光も、吹雪でかき消され、よく見えない。
すべての要素が騎士たちに死ねと言っている。
「こっちであります! 迷わず走って! 速く、速く!」
暗闇、吹雪、そして異形の魔物たち。
あらゆるものが脆弱な人間の感覚を覆い、その道を隠そうとしてくる。
はぐれれば死ぬ。
逃げ遅れても死ぬ。
命を投げ出す覚悟は簡単だったのに、生き残るのはこんなにも苦しく、難しい。
そんな極限状態の中、騎士たちは片時も目を離さずに追い続ける。
それは、灯火。
〈オーバーヒート〉で炎を身に纏い、自分自身が先導の光となったグリフォンリースだった。
雪片に目を打たれても、魔物の咆哮がすべての音を奪っても、まとわりつく雪が重くても、闇がすべてを包んでも、痛みが心をくじけさせようとしても。
彼女だけは、前方で燃える剣を掲げる彼女だけは、
何人たりとも、覆い隠すことはできない!
「行け! 行けえ!」
キーニをお姫様抱っこに持ち替え、〈アイシクルロングヘッド〉に追い回されながら、俺も叫び続けた。
「光を目指せ!」
「光を!」
「太陽を!」
騎士たちの叫びが、吹雪の音にも負けず響く。
冷たい風に消えてしまわないように。
自分の心の火が、道の先にある火と同じように燃えさかるように。
そして――。
「タタロー! どこにいるの!? 抜けたわ、みんな抜けた!」
殿のクリムの叫び声が聞こえた。
「ここだ! わかった! すぐに追いつくからおまえも行け!」
自分で言ってて死亡フラグくさかったが、レベル99の二人がそんなことになるわけもなく、俺たちは全速力で〈吹雪の谷〉から遠ざかるグリフォンリースたちと、無事に合流できた。
※
「やった……」
「助かったのか、俺たち……」
「ウソだろ、おい……」
ぜえぜえはあはあ言いながら、大きな岩の陰に身を潜める騎士たちが、お互いの無事を確かるように、顔を見合わせた。
魔物の包囲から抜け出し、さらに数分に渡って走り続けた彼らだ。
汗と戸惑いにまみれた表情から微笑が生じ、それが顔一杯の笑顔と喜びに変わるまで、五秒といらなかった。
「生きてる。生きてるぞおおおお!」
「やった、やったあああああ!」
何とか、なった……。
はああああ……。
俺はその場に座り込んで大きくため息をついた。
体力的には余裕があるはずなのに、なぜかくたくただ。
「グリフォンリース。生きてる。わたしたち生きてるよおお……」
「そうであります。みんなで生き残ったであります」
人目もはばからず泣きじゃくるクリムを、グリフォンリースが抱き留めてやる。
「タタロー……」
衣擦れのような小さなささやきが聞こえ、俺がふと我に返ると、キーニの顔がすぐ近くにあった。
「おフっ……。わ、悪い。抱きかかえたままだった」
慌てて手を離してやるが、キーニの腕は俺の首に巻かれたままだった。
「お、おいい……。もう自由にしていいんだぞ」
「うん……」
珍しく生の声で自分の意思を告げると、彼女はひしっと俺にしがみついてきた。
「寒かった……から。もう少し、暖まり……たいな……」
「……そうか。そうだな。もう少し暖まるか」
「ぴえっくしゃい!」
「すごいくしゃみですね……」
翌日、キーニちゃんはホントに風邪ひきました。
ぼくが全部悪いです。
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