第69話 懐かしのグランゼニスへ! 安定志向!
懐かしいとか言っておきながら、俺、ナイツガーデンに引っ越してからまだ二月とたってないんだよなあ。
それでも、卒業した学校に戻るような、この不思議な郷愁は何だろう。
土地を離れた自分だけが成長し、残った人々はそうでないように感じるのは、ただのウヌボレたウンコ野郎の戯れ言としても、会ってない間に変わったところを見てほしいという気持ちでもあるんだろうか。
ナイツガーデンから王都グランゼニスまでの道中は、馬車旅だった。
俺は自費で荷車と馬を調達し、荷物の一部を受け持つことを条件に、一行に加えてもらった。無条件にゴリ押しできるコネもあるけど、人類の未来を決定する大事な会議に参加する旅だ。ここは謙虚にいきたい。余計な分子である俺が、横から参加させてもらえただけでも御の字だろう。
ああ、キーニちゃんもつれてきた。危ないことは何もないはずだけど、やっぱりパーティーメンバーは一緒じゃないとな。
国の代表団なだけあって、グリフォンリースもクリムも、支給された新鎧を身につけていた。
ガーデンナイツ特有の重厚かつ垢抜けた鎧は、思いの外グリフォンリースに似合っていた。
「そ、そうでありますか? よ、よかった……」
などと照れる彼女の中身までは変わらないが。
道中、宿場を経由しつつ、王都グランゼニスまでこれといったトラブルもなく到着する。
まあ、こっちにはレベル99が四人もいるという、鬼のような状態だからな。
〈源天の騎士〉クラスへの備えは不十分だとしても、この時期の雑魚が近づこうものなら、指先一つでユワッシャーするわ。
「あなた様、あれを見てください」
俺の襟元からパニシードが道の端を指さした。
〈始まりの馬小屋〉だ。
懐かしい。思えば、あそこで初めて〈高速マップチェンジバグ〉を試したんだったな。
グリフォンリースと会ったばかりの頃も、ここが寝床だった。
今思えば地べたの生活そのものだが、あれはあれで楽しかった。
「あそこに寝泊まりする、イモムシじみて哀れで不潔な生活はもうしたくないですね!」
「おまえそれ俺の深層心理じゃないよな?」
馬のパカパカという蹄の音を聞きながら、何事もなく通過。
さらば、古き我が家よ。
外壁にたどり着くと、王城の兵士たちが盛大に出迎えてくれた。
「おお……」
俺は思わず声を上げる。
入り口からお城まで続くメインストリートには、見物人が大勢集まっていた。
建物の屋上や二階の窓から紙吹雪が舞い、楽団が勇壮で軽快な音楽を奏でた。
「まるでパレードじゃないか。すごい扱いだ。なあキーニ?」
俺が荷台にいるキーニを振り返ると、彼女は防塵用の布にくるまって亀の状態になりながら、
《大勢の人がいる》《見られる》《しぬ》《しんでしまう》《暗闇を》《早く暗闇を》
と対人恐怖症を遺憾なく発揮していた。
彼女には懐かしの我が家がどうのこうのという意識はなさそうだ。
先頭集団にいるシュタイン家当主グラヴィスは、浮ついた雰囲気もなく粛々と馬の足を進めているが、新部隊の騎士たちにはある程度の愛嬌が許されていた。
グリフォンリースとクリムが沿道の人々に手を振り返すと、うら若い乙女の騎士ということもあって、大きな声援が膨れあがる。
こう見ると、やはりガーデンナイトというのは人々の憧れなんだなあとしみじみ思う。
グリフォンリースならば、その憧れを十分に満たすだけの凛然さを民衆に見せられるだろう。
一方、俺は荷物係の冴えない男として、しずしずと続く。
騎士たちと俺のいる位置では空気の層が明確に分かれていて、あちらは華美、こちらは灰色だ。
ああしかし、安らぐわ、この誰にも気にされてない感。
心の振り子が揺らぎようがない部外者感は、受験会場にいる手伝いの学生の気分に近い。知らんけど。
「あっ……!?」
人混みから歓声とは違った声を聞き取り、俺がそちらに顔を向けると。
「あ」
見知った顔があった。
しゃらりと揺れる赤みがかった髪。
質素なブラウスに長いスカートという楚々とした少女は、ハリオさんの娘で、元俺のアパートの住人ローラさんだ。
よく見れば、その周囲には他のアパート住人たちもいる。
彼らは驚きに口を開けたのも束の間、笑顔でわあわあ叫び始めた。
アパートの管理人として一緒にダラダラしていた男が、魔王の軍勢と戦う騎士たちの列に交じっているのだ。驚き、興奮するのも無理はない。
俺も嬉しくなって手を振る。
そして前方を指さす。あそこにはグリフォンリースがいると。
それに気づいて、みんなは一層大きく声を上げた。
ローラさんたちは沿道をこちらと一緒に移動しようとしたが、混雑に阻まれ、人の頭越しに振られるいくつもの手が、俺が見た彼女たちの最後の歓迎だった。
後で挨拶に行こうっと。
町を練り歩き、住人たちへの自己紹介を兼ねた国威発揚が終わると、やがて一行はグランゼニス王城へと到着した。
ここから先は城内での式典的なことになるので、俺は一行の長であるグラヴィスにお礼と断りを述べて、町へ出ることにした。
帰りはまた一緒だが、宿泊や食事に関しては、前もってグランゼニスに伝えていたこともあるから、飛び入りの俺が迷惑をかけるわけにはいかない。
まあ、俺もこの国じゃドラゴンスレイヤーだから、顔パスっちゃ顔パスだけどさ。
ひっそりと帰郷する英雄ってのもいいものよ。
このへんの謙虚さが安定の秘訣かも。
アパートへは、まだみんな帰ってきてないかもしれないから、まずはギルドにでも顔を出してみるか。
「こんちはあ」
「あっ……。えーと……〈迷い猫バスターズ〉!」
「なに!? 本当だ〈迷い猫バスターズ〉だ!」
「おお、あれが噂の!?」
何で誰一人としてドラゴンスレイヤーと呼んでくれないんですかね?
《うう》《人だらけ》《しかも荒い》《怖いよ》《怖いよ》
真のドラゴンスレイヤーであり、しかもレベル99なはずのキーニは、この探索者たちの荒くれた空気に早速弱音を吐き始める。
俺も昔は苦手だったな。デリカシーないし、この人たち。
でももう慣れた。今じゃこの荒っぽさと馴れ馴れしさがしっくりくる。
「あっ、タタローさん!?」
「おや、久しぶりだね」
背後から呼びかけられて振り返ると(またタタロー呼ばわりだよ)、そこには魔法剣士の師弟コンビ、シェリルとアンジェラ師匠がいた。
二人とも大きな背嚢を背負った旅姿をしている。
「師匠と〈ロンローの湖畔集落〉に修業に行ってたんです。今日は、グランゼニスで催し事があるから、ちょっと見物に戻ってきただけで」
「タタロー君もその筋でかい?」
「ああ、実は……」
俺は空いていたテーブル席を確保すると、そこでこれまでの経緯を短くまとめて話した。
ナイツガーデンでのことは話すと日が暮れるので、ざっくりと、グリフォンリースが認められ、今は魔王と戦う軍勢の一員になったという内容を伝える。
「すごい! あの騎士の国でそこまで出世するなんて!」
「大したものだね。でも、君も相当腕を上げたんじゃないか? 気配でわかるよ」
ズルしてレベル99っすからね。
まあ、実戦で上げなかった分、指向性のないキャラビルドにはなったけど。
んー……でもこの余裕ぶり。やっぱりアンジェラ師匠は、レベル99より強いのかな?
「シェリルは、その後、修業の調子はどうなんだ?」
「大変ですよもう。師匠は格上としか戦わないし。一戦一戦が毎回死線越えです」
「そりゃそうだ。雑魚なんて狩ってると慢心するばかりで自分の欠点も見えてこないぞ。それに、おまえはまだ埋めるべき欠点も、伸ばすべき長所も、山ほどあるんだ。今から楽をすることを覚えてどうする」
「はあい。わかってまあす」
相変わらずいいコンビのようだ。
「あ、タタローさんから教わった例の戦法は、今でも愛用してますよ! 格上相手にはあれがないとやってられませんからね」
〈防御キャンセルバグ〉か。
「それなら教えたかいがあるよ。是非今後も活用してくれ」
久しぶりに会って、お互いに話す話題が尽きないというのが、これほど楽しいものだとは思わなかった。
このままだと日が暮れて夜になるまで話し込んでいそうだったので、俺は寄るところがあるからと一言断り、また会う約束をして二人と別れた。
次に向かったのは、商工会ギルドの会館。ハリオさんとモーリオさんへの挨拶だ。
二人とも喜んで迎えてくれたが、やはり多忙な身。長居するつもりもなかった俺との利害は一致し、キーニの住んでいた〈魔導士の塔〉の鍵だけ借り受けて別れる。
《え》《なに?》《わたしの家?》《帰っていいの?》
キーニがジト目に期待を込めて俺を見る。
「ああ。何か置き忘れたものとかあったら、今のうちにパニシードに預けておいていいぞ」
「はいはい。あなた様は妖精使いが荒いでございますね」
留守中の管理を任されてくれたモーリオさん曰く、〈魔導士の塔〉は、時折人に見に行かせて、簡単な掃除をさせているだけで、ものには一切触れていないという。
《久しぶり》《我が家》《帰ってきた》
キーニが嬉しそうに薄闇へと潜っていく。
なぜだろう。保護していた野生動物を、元の住みかに離してやったような気分になるのは……。
少しの間、キーニは塔の中を見て回り、そしてすぐに戻ってきた。
新たに持ち込むものもなかった。必要なものは全部ナイツガーデンに持っていったので、ここにあるのはいくらでも代用がきく雑貨なのだそうだ。
鍵をモーリオさんとこの留守番役に返すと、そろそろアパートのみんなもパレードから戻ってきている頃だ。
「あ、タタローさん!」
「キーニもいるじゃないか」
俺たちは運良く、アパート前で立ち話をしていたローラさんたちと遭遇した。
「征伐団の列にいるなんてどういうことですか?」
「何があったのか教えてくれよ」
「マユラちゃんは? ミグちゃんたちは?」
「ああ。時間はある。全部話すよ」
口々にぶつけられる質問を一まとめに返し、俺は以前よく利用していた食堂へと向かった。
店主はまだ俺のことを覚えてくれていて、メニューにはないフルコースを作ってくれた。
俺たちは遅くまで話し込み、その日は彼らの部屋に泊まらせてもらった。
いやあ、いい旅になりそうだ。
今日まではな!
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