第70話 はあああああっ、不和! 安定志向!
「今日はオブルニアから人が来るみたいだよ。みんなで見に行こうか」
俺に部屋を貸してくれた、骨董品屋の息子であるロイドが言い出しっぺになって、その日もアパートの面々はメインストリートへ出かけていった。彼らの仲の良さは相変わらずのようだ。
もちろん俺とキーニも同行している。
実は、あの行列見物は、昨日一日続いていたらしい。
今回会議に参加するのは、大国だけではなく、征伐団に参加する多くの小国の代表も含まれる。だから、規模は違えど、様々な国の要人たちが、ああして民衆から歓迎されているのだという。
昨日までで大半の国は揃い、今日やって来るオブルニアと、随行している小国のいくつかで最後だそうだ。
「あっ、タタローさん」
昨日とまったく同じ入り方でシェリルたちと会う。
期せずして、再会の約束が果たされたことになった。
彼女たちも見物に来たらしい。
沿道にはすでに人が溢れていた。
代々女性が国を統治するオブルニア山岳帝都の覇は、グランゼニスの民にも知れ渡っている。その歴史の古さは大陸一ともされ、多くの書物がその偉業の数々を後世に伝えていた。
シェリルの話だと、一行の到着までまだ少しあると、先行する伝令からの報せがあったらしい。王都が用意した楽団もまだリラックスした様子で、人々も露店の売り物に気が行っているようだ。
「そういえば、アインリッヒとかは町にいないのか?」
俺はシェリルに聞いてみる。
「アインリッヒさんたちなら、別の町に遠征に出てますよ。真面目な方ですし、お祭り騒ぎにはあまり興味がないのではないでしょうか」
「そっか。いないのか」
いたら、弟のツヴァイニッヒに会ったことを伝えておこうかと思ったんだが。
いや、実際はどうあれ、体面的には家を捨ててきてしまったわけだから、その話はほじくり返さない方がいいかな。
以前より少し広くなった交友関係が、そんなことを考えさせた。
それからしばらくして――
「来たぞ! オブルニアからの使者が来たぞ!」
民間人と思しき男が、きんきん声を発しながらメインストリートを駆け抜けていった。
おおっ、と歓声が上がる。
さて……どういう反応になるか。
礼節と忠義の国ナイツガーデンのときは、憧憬の歓声だった。
だが、オブルニアに対しては――
少なからず、驚きと、畏怖が込められることになるだろう。
おおおおお……。
果たしてそうなった。
《すごい》
「これが、オブルニア……」
キーニとシェリルが口をぽかんと開け、アパートの住人たちも行列に釘付けになる。
オブルニアの特徴は、浅黒い肌に、色の白い髪。そして【インペリアルタスク】に代表される黒い甲冑と大槍。
しかも今回代表として訪れたのは、女帝ザンデリアその人だ。
山岳民族の生活を地でいく、華美なれど繊細すぎず、意匠の中に重厚さを秘めた馬車の内側に、彼女の姿ははっきりと見てとれる。
しかし、多くの観衆が度肝を抜かれ、ため息をもらした最大の理由は……。
「すげえ。獣人の部隊だ」
誰かがぽつりとつぶやいた、それら。
人に交じって行進する、獣じみた姿の兵士たち。
オブルニア帝国軍には、多くの獣人が参加していた。
あそこは、大陸でもまれに見る、人間と多種多様な獣人たちが一緒に暮らす国なのだ。
槍を御旗のように掲げる黒騎士たちに続くのは、甲冑姿の熊獣人の一団。続いて、トカゲ獣人、鳥獣人。
男性はほぼ獣の姿だが、女性は非常に人間に近く、いわゆるライトケモナー大歓喜のビジュアルをしている。ネコミミとか犬尻尾とか、いいよなあ!?
関係ないが、上級ケモナーとなると、ただの獣でもOKだそうだ。
一通り眺めてみたが、俺の知っているカカリナの姿はなかった。【インペリアルタスク】の本来の役目は帝都の守りだから、ここには参加していないのかもしれない。
獣人部隊は、中には民衆に手を振り返す愛嬌のある者もいたが、だいたいが寡黙に前を見据えたまま王城へと消えていった。
まるで、これから起こることを、半ば予測しているかのように。
※
そしてそれは、二日後の夕暮れ時に起こった。
「タッ、タタロー殿! タタロー殿はいるでありますか!?」
アパートの外からグリフォンリースの焦燥しきった声が聞こえ、俺はロイドの部屋から外へ出た。
「あっ。やっぱりにここにいたであります! タタロー殿、大変であります!」
「わかってる。部屋を借りてるから、まず入れ」
「えっ……。は、はいであります」
俺の落ち着いた対応に、いささか混乱の火力を抑えられたのか、グリフォンリースはいくぶん冷静な足取りでアパートの二階に上がってきた。
中にはすでにパニシードとキーニが待っている。
「こ、これは一体……?」
「一応、何かあるんじゃないかと用心はしてた。さ、話してくれ」
「タ、タタロー殿……。まさかこれすらも見抜いて……」
「……一悶着あるかも、とはな。何しろ、グランゼニスとオブルニアだ」
言葉を濁しておくが、会議が荒れるのはすでにゲームで経験済みだ。
が、詳細までは『ジャイアント・サーガ』では語られない。ここはしっかりと彼女の話を聞いておくべきだろう。
「昨日、一日の休憩を置いて、今日の朝から会議が始まっていたのであります」
その中で、正式名称〈魔王征伐団〉の本拠地の設定、指揮官の立場や、団員の扱いについて話し合われる予定だったらしい。
が、会議場は最初から不穏な空気だったという。
議場の空気をはっきりと色分けしたのは、グランゼニスとオブルニアだ。
今回の会議場に選ばれたように、グランゼニスは立地条件がいい。〈魔王征伐団〉を留め置くスペースもあり、いざというときにあらゆる場所へと進撃し、対処できる。本拠地の候補としては最有力だった。
だが、魔王の軍勢の攻撃をもっとも頻繁に受けているのはオブルニアだった。
本来、人が住めない過酷な土地に暮らす獣人たちと生活圏を一つにするこの国は、その結果、魔物が棲むような地域とも隣接することになっている。それゆえ、魔王以前から常に魔物の脅威と向き合っていた。
〈魔王征伐団〉は激戦区にこそ置くべきだと、オブルニアの女帝ザンデリアは主張した。
両者の意見は真っ向から対立。それぞれに与する小国も、政治的、そして原始的な生存競争のためにも、新しい戦力を欲していた。
ここまでなら、まだ予想されうる対立だったという。
「問題はその先であります。その、よく知らなかったのでありますが、オブルニアの人たちは、彼ら以外の人をあまりよく思っていないようなのであります」
ここは俺も知っている情報だった。
オブルニアの起源は少数山岳民族だ。彼らが一つにまとまり、後に帝国を自称するほどの権勢を振るうようになった。褐色の肌と、白っぽい髪は、その子孫である証しだ。
だが、その当時、そしてその後も、グランゼニスのような〝平地の人〟と〝山の人〟はお互いを別のものとして見なす関係にあった。
とりわけ厳しい山暮らしをする〝山の人〟は、生活の貧しさから下に見られることが多く、さらには、人間たちと緩やかな敵対関係にあった獣人たちとも親しく付き合うことから〝平地の人〟から獣や魔物に近い怪物として扱われた時代もあるのだ。
〝山の人〟たちは、その怒りを今も忘れてはいない。
当然、今日の会議でもそれは炸裂した。
「最初のうちは、まだ話し合いになっていたのであります。けれど、互いの兵の強さのことで獣人の人たちが怒りだすと、グランゼニスの王様たちも売り言葉に買い言葉で……」
――平地暮らしの兵士とか、探索者とか、マジ弱い。それ山の中でも言えんの?
――なんだとコラ、熊とか犬のくせに二本足で立ちやがって。悔しかったらトランペットの一つも吹いてみろ。
――はあ? 人の音楽を押しつけるとか、マジ世間知らず。獣には獣の音楽があることを知らないのかよ。
――ああ? ただ吠えてるだけのを音楽とかマジバロス。こんな知性で人との連携が取れるとか、やっぱり帝都の人間はアニマルパワー寄りですね。
――ッダァ!?
――オオ!?
「あの、それ、意訳だよな?」
俺はグリフォンリースに確認した。
「だいたいあってると思うであります……」
マジかよ。すっげえ低レベルの争いだな。いや、底に潜んでる怒りはシャレにならんものがあったとは思うけど……。
「シュタイン家は……ナイツガーデンはどうしてた?」
「はじめのうちは間を取り持っていたでありますが、途中から匙を投げたみたいで……」
「それで会議は物別れに終わったのか?」
「そ、それどころじゃないであります! あの……その……」
グリフォンリースが周囲を気にしたように口ごもったので、代わりに俺が言ってやる。
「戦争だな?」
!!
その場の空気が凍りついた。
「あ、あなた様、戦争って……」
《どうしてそうなるの》《力を合わせないといけないのに》《ばかなの》
「タタロー殿は、知っていたのですか……?」
「……いや。でも、おまえの顔を見て、何となくそこまで行っちまったかなと思った」
俺が言うと、グリフォンリースは苦しそうにうなずいて、発言を肯定した。
「グランゼニスとオブルニアの両軍が戦って、強い方が〈魔王征伐団〉の主導権を握ると……そうなってしまったであります」
力無く肩を落とす。
彼女からしてみれば、人類の希望を担う部隊へ参加し、胸を躍らせる最中の、思いも寄らぬ凶報だっただろう。
落胆という言葉ではすまない。
自覚なく、じわりと浮いた彼女の目の涙が頬を伝う。あごまで滑り落ちようとするそれを指の外側でせき止め、俺は彼女の肩に手をやった。
「グリフォンリース、何も心配するな」
「え?」
濡れた目がすがるように俺を見る。
「俺が予期したもので、悪い結果になったものが今まであったか?」
「タタロー殿!? そ、それじゃ……」
不安から一転、期待に満ちた笑顔となったグリフォンリースに、うなずいてやる。
「任せろ。この戦争、誰一人死なずに終わらせてやる」
そのために、今日まできたんだ。
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