第71話 終わらない明日への準備! 安定志向!
会議が物別れどころか最悪の不和で終わり、民衆の大半が気づかないうちにオブルニア一行は王都を去った。もちろん、これから始まる戦争への備えをするためだ。
沸騰状態にあるグランゼニスとオブルニアの間で、一人冷めた眼差しを放っていたナイツガーデンも、できることはなにもないと、明日には荷物をまとめて急遽帰還の途につくことになった。
グリフォンリースはもちろんそこに同行するわけなので、俺としては今日中にあるフラグを立てておかなければ、彼女と一緒に帰れなくなる。
俺はこれ見よがしにパニシードを頭の上に座らせ、王城へと向かった。
ドラゴンスレイヤー+〈導きの人〉の宣伝効果は抜群で、俺は関係部署と各将軍に戦の準備を急がせる王様と、どうにか直接話す機会を得た。
「ドラゴンスレイヤーが戦争の協力を申し出ている」
と話せば、取り次いでくれると信じていた。
「おお、来たか。忙しなくてすまぬな。話は聞いている。我々に力を貸してくれるのだそうだな?」
謁見の間で大層な準備をする時間も惜しんでいるのか、グランゼニス王との会話は、城の執務室で行われている。
窓と扉を残し、部屋の四方を埋め尽くす本棚。大きな執務机の上には膨大な量の紙束が積み上げられ、無造作に転がされたままのいくつもの羽ペンが、今が火急の事態であることを如実に物語っていた。
「はい。王様。お許し願えますか」
俺は下手に出る。このあたりの言い回しは、探索者時代よりもナイツガーデンでの生活で身についたような気がしなくもない。
王様は破願して、
「もちろんだ。歓迎する。あの帝都の雌狐め。少しばかり高いところに住んでいるせいで、自分を神の眷属と勘違いしているようだ。ここらでどちらが上か、はっきりさせてやらねばならん」
相当煮えたぎってますなあ、これは……。笑顔、途中から引きつってたぞ。
策謀家のシュタイン家が、匙を投げてさっさと帰宅するわけだ。
グランゼニス王とオブルニア女帝には、紛れもなく似通った一つの性質があり、それは動くだけで吹きこぼれるほどに血の気が多いということだった。
今から「戦争なんてくだらねえ!」と直訴したところで、両脇を衛兵に掴まれて宙づりにされたまま運び出されるだけである。
頭を冷やすには、言葉ではもはやたりない。
そしてゲーム的にも、戦争に協力する運びでいいのだ。
「ありがとうございます。それで、王様に一つお願いがあります」
「何じゃ。申してみよ」
「グランゼニスとオブルニア、両軍がぶつかるのは、ダンダマリアの平原になると思います」
「む……」
上機嫌だった王様の顔が、にわかに鋭さを持った。
「それは将軍たちも話しておった。タタロー、探索者という個の身でありながら、なかなか鋭いな」
俺はまたお礼を言ってから、本題に入る。
「オブルニアと対峙したとき、俺に伏兵を任せてくれませんか」
「ほう……。伏兵とな」
「少数の部隊ならまわりの森に十分身を隠せるし、横から俺が大暴れすば、翼の一つや二つ潰してみせます」
翼というのは、横に広く構えた軍勢の端っこ部隊のことだ。
詳しいことはよく知らないが、大軍同士が一つの戦場で向かい合った場合、戦いの起点になるのがこの翼の部分らしい。いきなり全軍突撃で正面から殴り合ったりはしないのだ。
彼らは端っこにいて、かつ相手の端っこを攻めるので、戦ってる最中に包囲される心配があまりない。だから真っ先に動ける。そして相手の翼を潰すと、その分相手の軍は小さくなるため、攻め手は敵軍を包むように攻撃するチャンスを得ることになるのだ。
よって、集団戦においては、この翼の戦いをどう制するかがとても重要だといえる。
もちろん、戦争にはもっと他の多くの要素が存在するのだろうが、『ジャイアント・サーガ』におけるイベントではこの程度の認識があればいい。
「翼を重視するとは、一介の探索者には思いつかぬ作戦だ。ドラゴンスレイヤーならば、その自信もあながち大言壮語とは言えまい。よかろう。そなたに奇襲部隊の指揮を任せる。もちろん、このことは最重要機密だ」
「ありがとうございます!」
俺は今日三度目のお礼を言い、深々と頭を下げた。
〈人類大陸戦争〉は、ほとんどの『ジャイサガ』プレイヤーが通過することになる苦いイベントだ。
グランゼニスかオブルニアのどちらかにつき、相手側を打ち倒すことになる。
負けてもゲームオーバーにはならず、そのままストーリーは進む。
敗北した国は、重要NPCや仲間キャラが損害を受け、中には死亡する者も現れる。
俺がグランゼニスのスラムでぶん殴った、ジェスクという傭兵もその一人だ。
参加する場合、どちらの国に与しても奇襲部隊の隊長ということになる。
横から戦場に躍り込んで、何度か戦闘に勝利すると、イベントは終了となる。
勝っても負けても、後味はそれなりに悪い。
今回は関係ないが、実はこのイベント、恐ろしく細ーい糸を手繰ることで、回避することも可能だったりする。
序盤からグランゼニスとオブルニアを行き来して、必要なイベントを正しくクリアしておくと、主人公はあの会議場で両国の仲を取り持てるようになるのだ。
初見プレイで〈人類大陸戦争〉を経験し、人生に無駄なトラウマを増やしたプレイヤーは、二周目のプレイでどうにかそれを回避しようと試みる。
すると、本当にその方法が見つかる。
これには、一周目で煮え湯を飲まされたプレイヤーもにっこり。
実によくできたゲームである。
俺は、決戦までには必ず戻ると伝え、お城を後にした。
「あなた様、よかったんですか? 戦争なんかに参加して……。グリフォンリース様が聞いたらがっかりしますよ」
パニシードが不満げにもらした。彼女は、俺がグランゼニス王を説得するものだと思っていたらしい。そしてきっと、グリフォンリースやキーニもそうなのだろう。
「大丈夫だ。俺に考えがある」
そう答えて、俺はアパートへと戻った。
「えっ……。奇襲部隊でありますか……?」
城であったことを包み隠さず伝えると、やはりグリフォンリースとキーニの顔には戸惑いが色濃く浮かんだ。
「タタロー殿は、戦争を止めてくれるものかと……」
「ああ、止める。でもそれは今じゃない。それに、まだやることがある。ひとまずは、騎士たちとナイツガーデンに帰ろう」
翌日、俺たちはグランゼニスを離れた。
来るときに胸の中にあった誇らしさと期待はすっかり萎み落ちて、ナイツガーデン一行の旅程は非常に寂しいものとなった。
「人間はどうなるのでしょう」
道中、騎士の一人が、シュタイン家当主グラヴィスにそう問いかけるのを聞いた。
「わからぬ。だが、今のまま手を結んだところで、懐に忍ばせたもう片方の手への疑いは晴れぬだろう。ひどく遠回りになるが、必要なことだと割り切るしかない」
「せめて、我々だけでもしっかりせねばなりませんね」
「そういうことだ」
時間がそれを許してくれるならな、とグラヴィスが言いかけた気がして、何だかこっちまで滅入ってきた。
バカヤロウ俺、鬱々としてる場合じゃないぞ。
帰途も自分に活を入れ続けた俺は、ナイツガーデンに帰るなり、屋敷にも戻らずツヴァイニッヒに会いに行った。
「すでに話は聞いてるぜ」
さすがは王都に密偵を送り込む男。しかし落胆と失望は隠しようもなく、彼の野性的な笑みにも若干の翳りが見える。
「確かに、因縁のある国ではあった。が、それを言ったらナイツガーデンだってオブルニアと確執はある。過去には何度かいざこざがあって……それでもどうにかやってきた。どんな形にせよ、お互いを知る場があるというのは後々必ず意味を持つ。王都と帝国は離れてる分、怒りを融解させるきっかけに乏しかったんだろうな」
「開戦を阻止するのはもう無理だ。ところでツヴァイニッヒ、オブルニアへのツテはあるか?」
「何? いきなり何を言い出すんだ? いや……そんな質問してる場合じゃねえか。あると言えばあるぜ。何だ? この戦争、オブルニアにつくつもりか?」
「そうだ」
俺のはっきりした答えに、ツヴァイニッヒは絶句した。
「てめえは騎士じゃねえから、傭兵まがいのことをしようと自由だろうが……。仮にもグランゼニスのドラゴンスレイヤーが、オブルニア側につくのか?」
「ああ」
グランゼニス側にも同じことを打診して、すでに受理されていると知ったら、さすがのツヴァイニッヒも怒りだすだろうか。
「わかった。だが、万が一、戦闘でグランゼニスにとっ捕まっても解放の期待はするなよ。そいつは俺が生首になってもどうにもならねえ」
「怖いことを言うな。俺もおまえも無事なまま終わらせるさ。いや、誰も殺させずに」
「何だと……? 何か企んでやがるのか?」
ツヴァイニッヒが詳細を聞きたそうな目を向けてきた。
「ややこしい話になる。終わったらちゃんと話すよ」
「ちゃんと聞かせろよ? 遺言状じゃなく、生きたてめえの口からな」
「心配してくれてるのか?」
「ケッ。てめえが生きてないと、俺の質問が受け付けられねえだろうが」
「確かにそうだ」
俺はつい笑ってしまった。ヘッタクソなツンデレ。
「オブルニアの女帝は、帰国するなり戦の準備を始めるだろう。時間がないとまでは言わねえが、出立は早い方がいいぜ。紹介状は明日までには作っておいてやる。このあいだ、ちょうどあのカカリナの件で、第七皇女から礼状が届いていたところだ。そこに行けば、話くらいは聞いてもらえるだろうよ」
「助かるよ。迷惑はかけないよう気をつける」
「ナイツガーデンは静観の立場だ。てめえは騎士じゃないにしても、俺の行為は騎士院の方針に背くことにもなりかねねえ。だが今が博打の打ち所でもある。せいぜいうまくやってくれや。命をチップにして待ってるぜ」
どちらからともなく差し出した手を、俺たちは握りあった。
さあ、ちょっと忙しないけど。
行くか。オブルニア山岳帝都!
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