第72話 オブルニア山岳帝都! 安定志向!
ここに住んでるヤツら、みんなバカじゃねえの?
申し訳ない。
あまりの疲労度につい口が勝手にしゃべるのを許してしまった。
俺は今、オブルニア山岳帝都にいる。
山岳とつくくらいだから、当然ここは山の中だ。
気候の関係なのか、ここらの森林限界は低く、帝都は剥き出しの山肌にしがみつくように、しかし決して媚びることも揺らぐこともなく、やってやったぜとでもいうように、質実剛健で素朴な家並みを俺の前に広げていた。
帝都、というわりに華美な装飾は少なく、真四角の、どこぞのゲームでいうところのいわゆる豆腐ハウスが延々と続いている。
道はほどんと上り坂か下り坂のどちらかで、あちこちに貨物を釣り上げるためのクレーンらしき機具が見て取れる。ここでは馬車で進むのも一苦労なのだろう。
と思ったら、屈強な熊が平気な顔して荷物満載のリアカーを引いてみるのが見える。
腰の曲がった人間のジイサマが、杖もつかずに急勾配をのぼっていき、そして忘れ物に気づいたのかすぐ引き返していくのが見える。
坂道であえてボール遊びをする、人間と獣人の子供たちもいる。
まるで、そこが坂であることが気づかないみたいに。
不便さを気にも留めないみたいに。
だからバカじゃねえの!?
申し訳ない。また口が勝手にしゃべった。
いや、勝手にじゃない。
告白します。素直に、俺はここの人たちがバカだと思います。
というか、ここに帝国を作った人が。
こんな高低差の激しい土地で、どうして平然と生きてるんですか?
ここに来るまでの山道がすでにキツかったのに、住んでるところがもっとキツいって、何を考えてるんですか? すごすぎるんですか? それともバカですか? やっぱりすごすぎるんですね!?
ああもう、この国、超人しかいねえよ!
俺は大声でそう叫びたかった。
オブルニア山岳帝都。
町人も含めて戦闘能力を測ったら、恐らくは大陸最強の国となるだろう。
日焼けもあるだろうが、人間の肌は元来浅黒く、髪の色は薄いのが特徴。
体つきはひょろりとして、少しやせぎすな印象を受ける。
だがそれは貧しさではなく、風雨に削られた精悍な岩肌を連想させるものだ。
ここでは消費カロリー以上に食べるということ自体が物理的に不可能なのだろう。
そして、ごく自然に町の風景に溶け込む獣人たち。
獣人は哺乳類だけでなく、鳥や爬虫類などもひっくるめてそう呼ぶ。
一般的に人類よりもフィジカル面で優れる彼らは、帝都の重要な肉体労働力を、誇りを持って担っているようだった。そして会釈する人々からは、そんな獣人たちに対する敬意がうかがえた。
《オブルニア》《古代魔法もいっぱい》《ロマンの国》《いつか来たかった》《タタローと一緒に来れた》《うれしいな》《うれしいな》
基本ビビリのキーニだが、さすがに魔の道をゆく者だけあって、獣人を無条件に恐れたりはしない。むしろ人間よりも親しみを感じているらしい。
「あなた様、見てください。あれ、王宮でしょうか」
パニシードが指さす先には、町並みとはうってかわって、繊細な細工に縁取られた尖塔を持つ、厳かで雅な宮殿があった。
「綺麗でありますねえ」
最後に感嘆の吐息をもらしたのはグリフォンリース。
これが今回のフルメンバー。
今回、彼女は同行できないのではないかと、俺も本人も心配していたところだったが、ツヴァイニッヒが帝都近くの土地へ使いを出すという名目で、こっそり送り出してくれた。
会議が流れたので、征伐団はまだ結成されていないという、ぎりぎりの隙間を突いた裏技だった。万が一咎められたときのための、偽の手紙も持たせてくれるあたり、ツヴァイニッヒの周到さがうかがえる。
マユラたちはまたもナイツガーデンでお留守番だ。
グランゼニスに続いて、またすぐに屋敷を離れることで、三姉妹、特にミグなんかはそうとうグズっていたが、頭を撫でて、ハグして、なだめすかして、どうにか聞き分けてもらった。
こっちに定住するわけじゃない。ちょっと用を済ませたらすぐに帰る。
「すみません。第四の牙隊の詰め所はどこでしょうか」
俺は見回り中らしい、帝国兵士を呼び止めてたずねた。
「おまえは?」
高圧的でも友好的でもなく、ただ厳然と彼は問い返してきた。
俺はツヴァイニッヒに書いてもらった紹介状と、彼が皇女から受け取った手紙の封筒を見せた。封筒には皇家を示す蝋があるので、何かあったら見せろと言い含められていた。
ちなみに蝋というのは、手紙に封をするために垂らすもので、それが固まらないうちにハンコを押す。このハンコの印が差出人の身分や個人を示すものになっていて、ロイヤルファミリーのものともなると、それだけで所有者の立場を保証するものになるそうだ。
「本物のようだ」
帝国兵士は第七皇女の印を見ても、露骨に態度を変えるようなこともせず、粛々とうなずいた。
「カカリナという人に会いに来たんです」
「そうか。では、あの尖塔のある小宮殿を目指されよ。あれが第七皇女様のお住まい。第四の牙隊の詰め所は、そのすぐ脇にある」
「えっ? あれは、皇帝陛下の宮殿じゃないんですか?」
俺は驚いて聞いた。
「ははは。陛下の宮殿はもっと大きい。あれを見られよ」
彼は初めて親しげに笑い、山の上の方を指さした。
『あっ……』
俺たちは揃って声を上げていた。
坂道を上って上って、反り返るような高さのところに、山肌と一体化するように巨大な宮殿があるのがわかった。
山の頂をいくつか生え直させたような尖塔。窓の数はかぞえ切れないほどで、いざとなれば砦としても十分に機能する――いや、きっとそのためのものなのだろう。
しかし、でけえ……。あれを人間が作ったのか……。
いや、獣人の協力もあったかもしれないが、それでもハンパない。
「陛下はすべてを見下ろすお立場にある方だ。そして、常に我々を見守ってくださる。貴公も、この町で悪巧みをする暗がりはないと心がけられよ」
最後は冗談めかして言い、兵士は巡回に戻っていった。
なんつうか……。今の人、木訥としつつも、洗練された立ち振る舞いだったな。
王国のどこか緩い兵士とも、ナイツガーデンのお高くとまった騎士とも違う。自然の中から生み出された豪快さと繊細さを持ち合わせたような、そんな造形。
……でも、悪巧みはさせてもらうよ。
俺は教えられた通り、さっきパニシードが指さした宮殿へ向かった。
さっきの兵士は小宮殿と言っていたが、近くで見るとやはり大きい。
周囲は高い塀が張り巡らされ、閉ざされた正面門には屈強な歩哨が立っている。
ツヴァイニッヒに宛てられた手紙を見せても、とても中には入れてくれそうもない。
第一の関門。第七皇女の宮殿。
ここはゲームでも普段から閉ざされており、イベントをこなして関係者にならないと入ることが許されない場所だ。
そして、関係者になろうとも、それはもう手遅れの時期に来ている。
本来ならここで攻略は失敗ということになるが、現実はゲームよりもまだ融通が利くと信じて、宮殿前を通り過ぎる。
「あっ……タタロー殿……!? それに、他のお二方も!?」
運動場を持つ小さな豆腐ハウスが、第四の牙隊の詰め所だった。
その入り口に近づいたとき、ちょうど他の隊員と出てきたのが、あのカカリナだった。
忘れもしない、褐色の肌にクリーム色の髪。顔立ちは愛らしいが、目つきは敢然として凛々しく。
『ジャイサガ』屈指の愛され褐色少女カカリナは、以前と何ら変わらない姿でそこにいる。
これは幸先がいい。
駆け寄ってきたカカリナに挨拶をし、再会を喜ぶ俺たち。
「やあ。また会えて嬉しいよ」
「ああ。こちらこそ嬉しい。よく来てくれた。グリフォンリース殿に、キーニ殿も」
黒いダイヤを思わせる褐色の顔に、屈託のない笑顔を浮かべ、カカリナは歓迎の握手を交わしてくれた。
が、その笑顔はほどなくして光を失う。
「以前の約束は忘れてはいない。受けた恩は必ず返す。しかし、観光が目的だとしたら、今はあまりいい時期ではなかった……」
「ああ。わかってる。そこらへんの事情は」
俺の声も、カカリナの心情を察してどうしても翳ってしまう。
「カカリナも戦場に出るのか?」
「いや。我々はクーデリア様の宮殿を守るのが任務だ。戦へは別の部隊が行く」
戦という言葉が醸し出す、ゲームとは違う、湿り気を帯びた重苦しい圧力。
探索者になって、命のやり取りがそれほど珍しくなくなった身でなければ、とても正面きって話せる内容ではなかっただろう。
心の揺れは感じられるが、落ち込むほどじゃない。
俺のメンタルもそれなりに強くなっているのだ。特に今は、そうであってくれて嬉しく思う。
声をひそめ、たずねる。
「カカリナは今回の戦争、どう思っている?」
すると彼女は、意思ある瞳をさらに強く光らせ、
「陛下のご意思は、我らの意思そのものだ。同胞をけなされたとあっては、なおのこと引き下がる理由などない。大きな口を叩いたグランゼニスには高い代償を払ってもらう」
カカリナからすれば、そう言うしかないだろう。
そしてきっと、心からそう思っている。
しかし願わくば、心のどこかすみっこにでも、世界の危機が迫る中、人間同士が争うことにほんの少しの戸惑いと困惑があってほしい。
そうでなければ、俺は彼女に一生恨まれることになるだろうから。
さて、ここで一つ運試しといくか。
第七皇女の正門が開くかどうか……。
「カカリナ。俺はナイツガーデンに住んではいるが、グランゼニスではドラゴンスレイヤーと呼ばれている。その名の通り、町を襲ったドラゴンをぶっ倒したからついたあだ名だ」
「なに……?」
カカリナのグリーンの瞳に、驚きと警戒の色が混じる。グランゼニスの関係者は、今や敵という言葉と同じ意味を持つ。その警戒は早めに解く。
「その俺をしても、今回のグランゼニスには問題があると思う。今は人間同士が争ってる場合じゃない。が、口で言ってわかりあえるようなものじゃないこともわかる。戦争を速攻で終わらせたい。もちろん、オブルニアの勝利で。そのための秘策も持ってきた。第七皇女様に、この話を通してもらえないか?」
カカリナは目を細め、慎重に口を開いた。
「…………まず、わたしにその秘策とやらを教えてもらえないと困る。タタロー殿が、我々を値踏みしていると勘違いする」
「ああ、悪い。そうだな。カカリナの言うとおりだ」
秘策を持ってきたから無条件で皇女に話を通せなんて、むこうからしたら不愉快な提案だ。ここで出し渋る必要はない。秘策はハッタリではないから。
「オブルニアは、ダンダマリアの平原でグランゼニスと対峙する予定だろう?」
「……! どこでそれを?」
「戦いの規模と、地形を考えれば当然の帰結だ。グランゼニスもそのように対応してくる。正面からやり合えば、激戦になるのは必至。だが、そこで横槍を入れれば、一気に決着がつく」
「横槍……。伏兵か?」
はっと目を見開いたカカリナに、俺はうなずいてみせた。
背後から、青ざめた空気が伝わってくるのがわかった。
グリフォンリースとキーニだ。
彼女たちは、俺がグランゼニスで同じ話をしたことを知っている。ここで口を挟まれると厄介だが、そうはしてこないという確信、いや、信頼があった。
「奇襲部隊を編制して、相手の翼を破壊する。そうすることで戦場の主導権を握る。あとは一気に押し潰すだけだ」
「なるほど……。だが、むこうは戦場の地理に詳しい。それなりの人数でひそめば、簡単に発見される」
「わかってる。人員は最小限だ。俺がそこに入れば、部隊としては十分機能する。ただ、一人だとどうしても勢いが小さいから、人手を貸してほしいんだ。そのためのお願いを、第七皇女にしたい」
カカリナは形の良いあごに手をやり、少し思案する表情を見せた。
そして顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめて言う。
「力を……」
「え?」
「力を見せてもらえないか。貴公が、本当に部隊を任せられるほど強い戦士なのかどうか」
「ああ。いいぜ」
俺は即座に応じた。
この流れ、悪くない。
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