第2話 まずは確認だ! 安定志向!
いやあ、ビビったねえ……。
異世界召還って本当にあるんだねえ。
夢を忘れない少年の心のままでよかった。
異世界って、トラックとの死闘の末にたどり着くもんだと思ってたけど、無傷でも行けるんだな。いや、トラックの場合は転生か。こっちは召還だからトラック必要ないんだ。
ところでトラックに勝ったらどうなるんだろ……? より積載量の多いトラックと戦って……最後には世界を救うのか? やっぱり。そうか。そうだよな。アハハ……。
…………。
「ハッ!?」
危ねえ! 今俺、壊れかけてた!?
思考を安定させなきゃ! 状況整理、状況整理……!
そうだ、妖精に色々質問してみよう。
「パニシード!」
「あい。あなた様」
やっぱり主人公のガイド役のパニシードじゃないか!
ホントに『ジャイアント・サーガ』の世界なら、聞くことなんか何もねえよ!
いや待て俺! だから早まるなって!
「パニシード。この世界はいずれ魔王からの侵略を受けるが、それが始まるまでまだ少し猶予があるな?」
「えっ!? どうしてそれを?」
「北の海を越えた未知の大陸にいる巨人たちが、破滅を予期して女神に助けを乞うたのがすべての始まりだよな?」
「えっ!? えっ!?」
「巨人たちは〈導きの人〉たちが相応しい力を手に入れたとき、最高の武具を渡すと約束してくれてるんだよな?」
「なっ……なんなんですかあなた様は!? どうしてそんな極秘事項を!?」
目をまん丸にして固まっているパニシードをよそに、俺は口元を手で覆い、浮かびかけた笑みをこっそり隠した。
やっべえな。俺、神様の次にこの世界に詳しいぞ……。
こらえきれない喜びが顔の下半分からせり上がって、とうとう俺の目を細くさせる。
だが、まだだ。
もう一つ重要なことを確かめなければ、笑ってはいけない。
俺は固まったままのパニシードを置いて、家畜小屋へと戻った。
俺が寝ていたワラ山に近づき、適当に調べたのち、すぐに外へ出る。
そして中へ戻り、また外へ、中へ、外へ、中へ、外へ。
「あ、あなた様? 何をしているのですか?」
パニシードが哀れなものを見る目で、俺を見つめてくる。
心の弱い俺にはきつい視線だが、今は無視だ。目も回ってきたが、それも我慢だ。
黙って往復する。……が、ちょっと遅い気がする。
ゲームの中でのキャラの出入りはもっと素早かった。
くっ。仕方ない。運動なんて久しぶりすぎてやや危険だが、より高速なムーブに切り替えるしかない!
「トゥッ! ハアッ! フゥッ! ハッ! オーリャ!」
反復横跳びッ! それはある種とても危険な運動だ。道端で縄跳びしていても職質は受けないが、反復横跳びをしていたら死ぬほど怪しい! それが廃屋の戸口の外と内を往復しているとなればなおさら!
「…………」
というパニシードの凍りついた表情ももっともだ!
「ゼエ、ゼエ、ハア、ハア……」
苦しい。体が鉛のように重くなってきた。
……俺は異世界の馬小屋で何をしているのだろう?
半ば酸欠状態に陥りながら、小屋を出たり入ったり。何のために……何でだっけ……何で……。
白い霧の中に沈んでいこうとする俺の意識をぎりぎりでつなぎ止めたのは、安定、という名前の神だった。
そうだ。すべては安定と安心のため。これは不安定な努力じゃない。必ず結果が実る努力だ。だから頑張れる……!
そうして何十往復しただろうか。
ヘロヘロになりながらももう十分だと思った俺は、ゲエゲエとカエルのような喘ぎ声を垂らしながら、さっき自分が寝ていたワラ山に手を突っ込んだ。
カツリ、と指先が硬いものにふれる。
取り出してみると、それは金属製の手甲――ガントレットというやつだった。
錆び付いた上にでこぼこで、装備としての価値はないように見える。だが――
「ファファファ……!」
俺は今度こそ声を上げて高らかに笑っていた。
「ぴぎいっ……」
パニシードがいじめられたネズミみたいな声を上げる。
……勝った!
俺は汗だくの握り拳と共に確信を固めた。
このアイテム……〈終わりのガントレット〉は、さっき調べたときはなかった。
これはもっと先のストーリー、グランゼニスの探索者ギルドでいくつか仕事を受けた後に発生するイベントで必要となるキーアイテムだ。依頼を受けるまではそのアイテムは本来そのマップに出現しない。
はずだが。
俺がフィールドと小屋を素早く何度も行き来したがためにフラグがバグって、ここにガントレットが出現したのだ。
これが『ジャイアント・サーガ』名物〈高速マップチェンジバグ・危険度:低〉だ。
〈はじまりの馬小屋〉ほか、いくつかのマップでこのバグが確認されている。
この世界は『ジャイアント・サーガ』に似ているというだけじゃなく、バグまで完備しているのだ。そしてその中には、使い方によってプレイヤーに有利に働くものが数多く存在している。
今、それらが通用することが完璧に証明された!
そして今こそ結論しよう。
これが……これこそが俺の求めていた世界だ!
ここに俺をよく知る第三者がいたとしたら、この発言に違和感を覚えることだろう。
安定感バツグンの自室から、見知らぬ異世界に放り出されたら、その不安定さに発狂すること間違いなし。そう思うはずだ。俺もそーなると思う。
だが、その異世界が『ジャイアント・サーガ』そのものなら話は別だ。
俺はメイン・サブ問わず全イベントを網羅し、すべてのマップを理解し、あらゆるバグとその利用法に精通している。
それはつまり……俺はこの世界で、圧倒的に安全で安定で安寧な生き方を知っている、ということだ。
これが一番大事なことだ。
この世界でなら俺はほぼ何でもできる。欲望のすべてを満たすこともできるだろう。
でも大切なのはそこじゃない。
一切ハプニングのない、一切サプライズのない、一切リスクのない、
完全に安寧な人生設計が組めるということが何よりも大切なのだ!
俺よ。ああ俺よ。人はなぜ何度もクリアしたゲームをまたやるのだ?
それくらい大好きだから? やり込み要素があるから? 昨日記憶を失ったから?
違う!
不安がないからだ!
ボスの強さも、ダンジョンの出口も、攻略に必要なレベルも、すべて知っている!
起点も結末もすでに知っていて、安心できるからだ!
その分刺激がない? 知るかバカ!
全問わからんテストをやるより、全問わかるテストをやる方がいいだろ!?
刺激はかすかでいい!
鮮やかな解決という満足感が、俺の心を満たしてくれるのだから!
よおし、多分俺、今いいこと言った!
地球で将来のためにとかいう戯言が、どれほど信用のないことか。
人間何が起こるかわからないのだから、それはしょうがない。
しかしこの世界は違う。
努力に対し、確実な成果が待っている!
そしてその最適な努力を、俺は完璧に知っている!
勝つる……これで勝つるううううううううう!
「待て、パニシード!」
そろそろと小屋から逃げ出そうとしていた小さな背中が、俺の呼び声でビクリと跳ね上がった。恐る恐る振り向けられた顔には、この世のすべての恐怖を見せつけられたような引きつりが刻まれている。
「すまん。ちょっと取り乱しただけだ。何しろ、違う世界からつれてこられたんだからな。本当だぞ? だからそんな目で見んな」
「ち、違う、世界……?」
「だからその目はやめろ。今、ちゃんと説明するよ……」
俺は自分のこと、そしてパニシードがしたことを語り始めた……。
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