第3話 仲間を集めろ! 安定志向!
「ああ、あああああああああ」
王都グランゼニスの町広場の一席。公共品の四角いテーブルの上で、可愛らしい妖精が濁ったうめき声を上げている。
「ああああ、ああああああ」
「いい加減うるさいぞ」
俺が異世界人だと説明するうち、次第にふさぎ込んでいったこの妖精は、「ああああ」しか言わないバグめいた置物に成り下がっている。
「だって、だってあなた様は絶対に〈導きの人〉ではないのでしょう?」
わずかに上げた顔は、涙に濡れている。
「泣くなよ。そもそも、ハズレ覚悟で俺を引っ張ってきたんだろ?」
「でも、ネズミのフンくらいの可能性はありましたよ。この世界の住人であれば」
どういう可能性の単位だよ。
「知らないうちに別世界に入り込んでいたなんて……。しかもそこの人をつれてきたなんて……。女神様に知られたら、わたしの評価はあばばばば……」
「そうメゲるな。バレなきゃいいんだろ? 俺もこの世界の住人として振る舞うからさ」
「あなた様……」
俺は妖精の小さな頭を指の腹で撫でてやった。
まるで美少女フィギュアを愛でてる気分だ。
「そ、そうですね。バレなきゃいいんですよね? バレても、わたしは知らなかったと言い通せば灰色でうやむやですよね!?」
なんてカッスな妖精だ。でも、まあ、そう。
「さて、そうと決まれば、早速攻略チャートを練らないとな」
まず、世界は救わない方向で行く。
いや、語弊があるか。
俺が安心して暮らせるために、平和ではいてもらう。
だが魔王は倒さない。
このゲーム、フリーシナリオシステムなので、決まったストーリーというものは存在しないが、大まかな流れはある。
アテのない旅→魔王軍の襲来→魔王の討伐という感じだ。
世界情勢は、こなしたイベントの数で推移していく。
つまりイベントをこなさなければ、いつまでたっても魔王は世界に侵攻してこない。まずはこの点を押さえておきたい。
ならば、何もしなければ恒久的世界平和となるのだが、それだと今度は俺が困る。
俺はこの世界というかゲームを熟知してはいるが、それはあくまで〈導きの人〉としての攻略法で、ただの一般ピーポーとしての生き方ではない。
よって、攻略はする。しかし情勢は変化させない。
世界にも魔王にも、俺の都合だけを飲んでもらう。反論は受け付けない。
そうすると、今回の条件に合ったチャートは……。
………………。…………。……よし。
あれでいくか。
チャートができたなら実行あるのみ!
一刻も早く俺が安定を手に入れられるように、これは一種の早解き勝負――
さあ、まずは仲間を集めに行こう!
俺は広場から、大勢の人が行き交うメインストリートを抜け、裏路地を目指す。
中世ヨーロッパ風といわれるRPGの世界は、新鮮で、同時に懐かしかった。
『ジャイアント・サーガ』は時代遅れの2Dドット絵だった。しかし目の前にあるのは現実だ。
石畳の上を馬車馬が行き、武器屋や鍛冶屋らしき看板を掲げた店舗が居並ぶ。
通行人たちの服装も、簡素で素朴。王都は基本的に人間の町だが、辺境に近づけばネコ耳やイヌ耳の亜人たちも増えてくるはずだ。
どこにどんな施設があり、町があり、ダンジョンがあるか、地図を見なくてもわかる。
すごいな。これが、俺がハマってた世界なんだ。
ふと気づく。
俺、寝間着のままだった……。
「なあパニ」
「あい、あなた様」
「この世界に合った服とか持ってないか? これ、前の世界の服装だし、運動するとズボンずり落ちてくるんだよ」
せめて、異世界探索用のジャージなら機動力だけは確保できただろうに。
「では、この服に着替えてください。万一のためにわたしが用意した旅の服です」
パニシードがそう言うと、俺の目の前の空間が渦を巻くように歪み、そこから折りたたまれた上下一式がボトリと落ちた。
こいつは〈旅立ちの服〉じゃあないか!
主人公の初期装備だ。
「ありがとうパニ! おまえは最高の妖精だ!」
「それほどでもあるんです! もっと褒めて!」
「よし、着替え終わった。じゃあ行こう」
「あれっ? も、もう褒めてくれないんですか? さっきので終わり?」
褒められたがりか、こいつ。奇遇だな! 俺もだ!
表通りよりだいぶ光量の落ちた裏路地を進む。
『ジャイアント・サーガ』では、世界情勢の進行で強制加入してくる仲間とは別に、各地にいる無数のキャラクターを自由にスカウトできるシステムがある。
お目当ての人物は、この狭い道のどこかにいるはずだ。
あ、見つけた……ぞ?
「シクシク……シクシク……」
日中にもかかわらず、昨日の夜が去りきらなかった薄暗い道の端で、建物の裏口から押し出された粗大ゴミに埋もれるように、探し人は泣いていた。
多分、目的のキャラだと……思うんだけど……。
正直わからない。なぜならそいつは、頭部を重厚な兜で鎧い、面当てを下ろした上に両手で顔を覆っているからだ。
一応、体のラインが出ている部分もあるのだが、それだけで判断は難しい。
「あなた様、あの人がどうかしたんですか?」
「う、うん。あいつを仲間にしようと思うんだが……」
「ええ……。だって、何だか泣いてますよ。面倒そうですよ。放っておきましょうよ」
クズが。
こいつ本当に妖精か? やっぱり俺の心の闇が具現化したものなんじゃないのか? 俺も今、まったく同じ気持ちだぞ。
「いいですか、あなた様」
「何だよ」
「人前で泣いてる者ほど、面倒事をもたらす存在はないのです」
「おまえが言うのか」
「君子危うきに近寄らずです。さあ、逃げましょう」
ひょっとすると、こいつが世界一、世界を救う気がないのかもしれんな……。
クソッ。どうにかして当人かどうかだけ確認したい。でも、泣いてる人に声をかけて人違いでしたサヨナラは、俺のチキンハートが許してくれそうもない。
どうすればいいかな、どうすれば……。
「…………!?」
そのとき、鎧の人物を見つめる俺の視界――というか意識に、不可思議なイメージが浮かんできた。
グリフォンリース
レベル3
性別: 女
クラス: 騎士
HP: 75/75
MP: 0/0
露骨……!
これはステータス画面じゃないか?
もっと詳しく掘れるか?
力:12 体力:9 技量:17 敏捷:16 魔力:2 精神:4
これは……まさしく能力値そのものだ!
愛想:14 献身:21 義理:19 野望:3
出た!『ジャイアント・サーガ』名物、実は特に意味のなかったパラメーター!
依存:27 嫉妬:29 行動:26 反省:3
子供の頃は意味わかんなかったけど、これヤベエやつじゃねえのか!? 文字の並びが不穏すぎんだよ! つうかグリフォンリースちゃん、軒並みヤバい方に数値高えな!?
「い、いつまでもあんな人見つめてないで、早く行きましょう。あなた様」
パニシードが俺の袖を掴んで引っ張ってくる。
どうやら、こいつにはこのイメージは見えていないらしい。
俺はパニシードに目をやって、同じように感覚を広げてみる。
「な……何です? そんな目で見つめられても、わたしには大切な主が……しかし……」
パニシード
レベル -
性別: -
クラス:妖精
HP: -/-
MP: -/-
こいつの数値は読めない。まあ、パニシードは「一緒にいる」って体裁にはなってるけど、仲間キャラとして戦闘に参加できたりはしない存在だしな。
「でも、もしあなた様がどうしてもわたしを一生養って、楽させて、贅沢させて、可愛がってくれて……」
ついでに俺の方は?
コタロー
レベル1
性別: 男
クラス: 探索者
HP: 47/47
MP: 14/14
おお、見える、見えるぞ!
力:12 体力:12 技量:12 敏捷:12 魔力:12 精神:12
これまさに主人公の初期ステータス! 何の取り柄もないが、これからいかにして特定の数値を伸ばしていくかが、プレイヤーの腕の見せ所だ。
愛想:2 献身:1 義理:1 野望:93
何だよもういいよ! だいたい何でここだけ現実準拠なんだよお! 見たくなかった! 俺がこんな人間だったなんて知りたくなかった! 数値化は残酷すぎる!
これ以上は見ない! 俺のステータス画面、カット! キャンセル!
さあ仲間に初めて会いに行こう!
「……大きな御屋敷に犬は三匹、花壇にはシルクローズを植えていつでも蜜が吸えるように、あとは……その他諸々の条件を呑んでくれるというのなら……」
「おーい、そこの人ぉ」
「あなた様!」
盛大にスルーされたことを憤り、耳たぶにしがみついてくる妖精を無視し、俺は全身鎧の少女グリフォンリースへと歩み寄った。
「は、はい。何でありましょう?」
カシャンと面当てを持ち上げ、彼女はこちらに顔を向ける。
「……ゥフッ!?」
グリフォンリースは、やたらと可愛かった。
無邪気と可憐が同居した顔立ちは、無骨な鎧から出てくるにはあまりにも愛くるしく、潤んだ瞳がその儚さを一層際立てる。
ドット絵だと単なる鉄の塊だからわからなかったけど、実はこんな美少女だったとは……!?
おおおおおおおお落ち落ち落ち落ち落ちつけ。
グリフォンリースは、ゲーム最初期から仲間にできるキャラクターの一人で、加入条件は一切ない。ここで俺が断られる理由もないはずなのだ。
「じ、実は、パーティを組もうと思ってるんだが、いい前衛が見つからないんだ。もし体が空いてるなら、一緒にどうかなと……」
「パッ……パーティーに入れてくれるでありますか!?」
ひまわりのように顔を輝かせ、俺の手をガシィと掴んでくるグリフォンリース。
「お、おう。前衛なんだが、頼めるか?」
「も、ももも、もちろんであります! このグリフォンリース、命に替えてもその役目、果たしてみせるでありますうううっ!」
大きな瞳からさらに大粒の涙をボドボドと落としながら、彼女は言った。
何だ何だ何だ? 大袈裟どころの話じゃない。まるで捨てられた犬のような目だ。
ゲームのとおり無条件で仲間にできたっぽいけど、ここまでオーバーアクションだと少し気になる。それに、こいつ何で裏路地なんかにいるんだろ?
惚れ込んだゲームだからだろう。俺は真相を知りたくなった。
「なあ、どうしてこんなところで泣いてたんだ?」
普通なら泣いてる人の事情になんて立ち入りたくない。でも、グリフォンリースがらみのイベントは存在しないため、ややこしい背景はないと最初からわかっている。
「そ、それは、その……」
グリフォンリースが口ごもる。
ははあ、さては彼女の能力に関することだな?
俺は先回りして、話を促してやる。
「別に心配しなくても、腕前うんぬんでケチつけたりしないぞ。俺だって駆け出しの探索者なんだから」
「はい……であります」
少し嬉しそうに、しかしやはり寂しげに、グリフォンリースはうなずいた。
「あなたに声をかけてもらうまでに、自分は三つのパーティーと一緒に冒険したであります。でも、いつも仲間の動きについていけず、足手まといに……。三回目の冒険につれていってもらえたことは、一度もないであります……」
「つらいな」
俺は同情するように相づちを打った。
彼女と一緒に旅した探索者たちが薄情だったとは思わない。
このグリフォンリースというキャラクターは、ハズレだ。
はっきり言って『ジャイアント・サーガ』中、最低ランクの仲間だ。
というのも、彼女は敵の攻撃を受け止める前衛――【騎士】の能力に重要な、HPと体力が、他の同職に比べて一回りと半分ほど小さいのだ。
そしてなぜか、【騎士】には無用な技量と俊敏に成長指向がある。
ではアタッカーにすればいいかというと、力も低いため不向き。しかも、攻撃の命中補正に関わる技量と俊敏も、【騎士】にしては上がりやすい、というだけで仲間全体で見れば二軍、三軍の扱いだ。やはり使い道はない。
「お金も底をつき、宿に泊まるお金もなくなってしまったので、ここで野宿してたであります。もうこの鎧を手放してお金にするしかないところでありましたが、そうしたら今度は【騎士】としての働きもできなくなるので、どうにもできず……。途方に暮れていたところであります……」
「…………」
俺はこっそりと顔を背けた。
やばい。聞くんじゃなかった。すごい罪悪感が今俺を強襲してる。
こいつ、そんな理由で裏路地にいたのか……。
実は、グリフォンリースには一つだけ使い道があると言われている。
彼女の着ている〈騎士の鎧〉は、売ると五〇〇キルトという、序盤ではそこそこの金に換わる。
つまり……彼女を仲間にし、直後に装備をひっぺがし、武器屋に売りつけ、彼女を仲間から追い出す。いわゆる、追い剥ぎプレイ、というやつだ……。
グリフォンリースは仲間にしない限りずっと同じ場所にいる。きっと彼女を取り巻く状況は好転しないのだろう。ずっと粗大ゴミの同居人のまま。
そんな彼女がもし唯一の拠り所である〈騎士の鎧〉を奪われたら……。
うわあああああああ! 何度こいつから装備を奪い去ったか覚えてねえええええ!
黙り込んだ俺の様子を見て不安に駆られたのか、グリフォンリースは悲しげに、
「や、やっぱり、こんな自分は仲間にはできないでありますか……?」
助けないと! こいつだけは助けないと、俺の心の安定が失われちゃう!
俺はグリフォンリースのガントレットに包まれた手を、ガシッと掴んでいた。
「今回の俺は絶対におまえを見捨てない! だから一緒に頑張ろう!」
きょとんとした顔のグリフォンリースだったが、みるみるうちに涙がこぼれ、けれど心から嬉しそうに微笑んで……。
……そこまではよかった。
「あひっ」
「へ?」
ガシャン、と盛大な金属音を立ててグリフォンリースがひっくり返る。
「ど、どうした!?」
倒れた拍子に落ちた面当てを上げると、そこには、
「はにゃ……」
グリフォンリースのアヘ顔一歩手前があった。
何だ……何だおい! 何が起こったんだよ!?
「ふ、不幸には、慣れてるでありますが、し……幸せには……弱くて……」
「…………」
「えへへへへへ……うれひいで……ありひまふ……」
――ガクッ。
あ!? 気絶した!
「…………」
何だ……。何なんだ、こいつは……。
幸せになるたびに、こうしてぶっ倒れるのか?
こんなややこしいヤツだったなんて、ゲームでわかるかよお!?
「だから、やめておこうって言ったんですよ……」
パニシードがぼそりとつぶやく。
俺のチャート……しょっぱなから間違ったかもしれんな……。
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