第74話 八方美人の憂鬱! 不安定志向!

「あなた様、これは何の真似です……!?」

「タッ……タタロー殿、どういうことでありましょうか……!?」


《おかしい》《これはまずいことになるかも》《何をするつもりなの?》


 引退した帝国兵士が運営しているという宿屋を紹介され、その一室に入った直後、俺は襟元から飛び出したパニシードに飛びつかれ、グリフォンリースとキーニからは壁の端にまで追いやられて、質問を浴びせられた。


 三人の疑問符はただ一つ。俺がオブルニアに傭兵として参加意思を表明したことにある。


 グランゼニスにもオブルニアにも同じ提案をした、完全なコウモリ野郎だ。

 仲間がその意図を知りたがるのも当然のことだった。


 これはあるバグを引き起こすための必須条件だ。

 しかし、その全貌を説明するのは、今の俺には不可能だった。


 理屈がわからないのだ。

 取るべき行動はわかっているが、それが結果とどう結びつくのか、自分でもわからない。

 だから説明できない。 


 状況的に見て、俺は最悪な位置にいる。

 どちらが勝っても、どちらかには確実に糾弾される。あるいは、その卑怯な手口により、両方から。

 そうしたとき、俺の立場は八方美人からの八方ふさがり。


 戦争は俺が望んだ結果になるかもしれないが、自分の周囲の安全性までは確保できない。

 こんな不安定、そうそう起こるもんじゃない。


 俺は三人の顔を見回し、その目に訴えるように、告げる。


「みんなの言いたいことはわかってる。だけど信じてほしい。俺がこれからやることは、この戦争を一人の死傷者も出さずに終わらせる唯一の方法だ。まっとうな方法じゃないことは重々承知だ。それでもやるしかない。大丈夫。みんなには迷惑をかけないようにやるさ」

「そんなんじゃありません、あなた様!」

「自分たちはタタロー殿を心配しているのであります!」


《わたしたちのことなんかどうでもいい》《タタローが心配》《変な犠牲とか考えてないよね?》《いらないそんなの》《タタローがいなくなるなら》《戦争なんて止めなくていい》


 みんな涙目だった。俺のすることを信用できないんだとばかり思ってたけど、それは違った。

 心から俺のことを心配してくれている。だからその真意を問おうとしたんだ。


 うっ……。

 ジーンとしてしまった。心がゆっくりと揺れる。

 変だな。心を揺り動かされるのは大嫌いなのに、全然悪い気がしない。

 こんな彼女たちを心配させるのは、許されざるよマジで。


「心配するな。これは完璧な作戦だ。俺は勝利がわかってから戦う男。絶対に、絶対に大丈夫だから」

「本当ですよね?」

「信じるでありますから……」


《これだけは絶対にウソをつかないで》《他はウソでもいいから》


 ひしっとしがみついてきた三人を、俺は精一杯腕を伸ばして抱きしめた。


 大丈夫。

 このバグは確実に起こる。

 問題は……どうしてそうなるのか、まったくワカランことだけだ。


 と。


「おおい、タタロー殿、みんな――」


 バタンと扉が開き、笑顔のカカリナが部屋に入ってきた。

 そして、身を寄せ合う俺たちを見て、硬直した。

 凛々しい眉毛は八の字に降下し、かわりに真っ赤な火照りがのど元からもの凄い勢いで額まで上がってくる。


「あっ、すっ、すまないっ! ごめんなさいっ。愛の邪魔してごめんなさいっ!」


 涙目になってそう叫ぶと、カカリナは部屋を転がり出ていった。

 俺たちはポカンとした顔でそれを見送る。


 愛って、わざわざ言ってたな。

 どんな勘違いしたのか、すっげーはっきりわかっちゃったぞ……。


 ちなみに、宿の外で体育座りをして小さくなっていた彼女に再会したところ、安くてうまい食堂を教えに来てくれたとのこと。

 さっきのは勘違いだと教えてやると、カカリナはほっとした表情で、俺たちをその店に案内してくれた。

 うん。前々から思ってたけど、戦闘能力は別にして、この子ポンコツだわ。


 ※


 さて、その翌日……。

 俺はカカリナからの訪問を受け、再びクーデリア第七皇女と会うことになった。


 ブスは三日で慣れ、美人は三日で飽きるとかいうヤケクソじみた言葉があるらしいが、少なくとも二度目程度で見慣れるほど、この幼皇女様のご尊顔は気安いものではなかった。

 むしろ、二回目に見る映画のように、細部のディテールまでわかってしまって、その完璧さにため息ももれない。


「タタロー。喜んでください。お母様はあなたの望みをかなえてくださいます……」

「あ、あっ、ありがとうごじゃります」


 公家かな?


「親衛隊の中から選りすぐりの者をあなたに貸してくださるそうです。彼らはあなたの言葉一つでためらいもなく命を捨てます。その意思と命を、決して軽んじないよう……」

「は、はいっ。もちろんです」

「そしてあなたも、みなと共にわたしの元に帰ってきてください。いいですね」

「ははあーっ」


 すっごい返事しちまった。それくらいの破壊力の「わたしの元に」。

 たった二度会ったことがあるだけの俺に対してもこの温情。


 きっと彼女は、元来とても優しく、人なつこい性格なのだろう。

 抑制気味のささやくような声にも、それがにじみ出てくる。


 仕えている第四の牙隊は、もうほとんど神に仕える信者だろうな。

 きっと、彼女の姉たちも同じく、多くの信奉者を抱えている。

 だから総選挙とかやらかすのだ。

 帝国ってスゲー。いろんな方面に。


「はあ……。二日続けてクーデリア様に謁見してしまった。なんて愛らしく、美しいのだ。今夜は夢に見てしまいそうだ。あっ、そうしたら三度も会ってしまうのか……? こ、困った、いや、嬉しい!」


 小宮殿を出たカカリナが頬を赤く染め、克己的な帝国騎士とは思えない、しまりのない顔で言った。半開きの口からヨダレが垂れかけている。これはむしろ不敬では。

 それにこの人、人気投票で別の皇女様に入れかけたんだよな。ひょっとして可愛い女の子に節操ないだけなんじゃああるまいな……。


 そう思った俺の視界を、不意に、黒い影が覆った。


 獣人二名を含んだ六名全員が【インペリアルタスク】の黒い甲冑を身につけ、横一列に整列している。

 いずれも隙のない精悍な佇まい。ヘッドギアの下からのぞく眼光は、それだけで敵を殺せるほどの鋭さを秘めている。

 カカリナが慌てて胸に拳を当て、敬礼のポーズを取った。


「我ら、第一の牙隊」

「我が忠義と力のすべてをもって貴殿に仕えます」

「存分にお使い下さい」


 彼らは口々にそう言った。

 皇帝が俺に用意してくれた人員だろう。

 クーデリア皇女からのお達しが終わるのを見計らい、俺に会いに来たようだ。


「彼らは陛下の身辺警護をする第一の牙隊の中でも、機動力と攻撃力で知られる者たちです。皇帝陛下は、貴殿の奇襲にこれ以上ない最高の戦力を選んでくださったのです」


 カカリナがやや興奮気味にそう説明してくれた。

 少数ではあるが、全身から発される気迫だけで、すでに並の兵士の十倍の戦力を感じさせる。確かに、このメンバーで食い破れない壁はないだろう。

 彼らが俺の言葉を待っていると気づき、咄嗟に、指揮官らしい台詞を吐き出した。


「よろしく頼む。俺がこの国を勝利に導く。そのかわり、どんな命令でも疑わないでくれ。俺一人ではこの作戦は成功しない」

『ははっ!』


 一斉に返ってきた声が肩に重くのしかかり、これからの行動を少し憂鬱にさせた。

 彼らはこの国でも極上の忠士であり、そして、戦場で彼らに取らせる行動は、その意に背くものになるからだ。


 ゲームのような無機物を相手にするのとは違う。

 どういう形になるのかはわからないが、できれば彼らに悪い評判がつかないことを願う。

 俺の評判はフルボッコでいいので……。


 奇襲部隊のメンバーは、以降、俺と行動を共にするよう言いつけられていたそうだが、ひとまずは元の詰め所に戻ってもらうことにした。

 開戦までにするべきことはもう何もない。

 グランゼニス、オブルニア両方で奇襲部隊を手に入れ、あとは戦場でことをなすだけだ。


 さあ、絶対にうまくいってくれよ。

 どんな屁理屈でもいいからさ。

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