第111話 黒幕を追いつめろ! 安定志向!

 難敵〝鋼通し〟を撃破し〈皇女暗殺〉は終了するが、実はこれに連結するイベントがもう一つ残っていた。

〈終末教団の陰謀〉である。


 ここでは皇女暗殺を目論んだ首謀者たちと対峙することになるのだが、最終的にはしらを切られて逃げられてしまうという、何とも後味スッキリしない展開が待っている。

 恐らく現実でもそうなるだろう。


 ゲームなら「うぜえ!」で済んだかもしれないが、グリフォンリースちゃんの腕を傷つけられ、俺も手のひらに穴を空けられた恨みがある。クーデリア皇女の命を狙った途方もなく大きな罪にそれらを加算して、しっかり償ってもらわないと気が済まない。


 というわけで、だ。


 ※


「帝国の皇女たちは何人死んだでしょうね?」

「さてな。まだ話は入ってきていないが、もう二、三人は始末できたのではないか?」

「ま、まさか逆にやられたってことは……?」

「バカを言え。裏社会でも名の通った達人だ。そう易々と返り討ちにあってもらっては困る。あれを雇うためにこちらは大金を積んだのだ」

「す、すいません」

「へへ、へ。まあ、俺たちの金じゃないですけどね」

「それでも無駄な出費は抑えるべきだろ……。あんな殺し屋雇わなくても、ちょっと騒ぎが起きれば信者は増えるんだから……」

「黙れ。わたしのやり方にもんくがあるのか?」

「いえ、いえ……。そんなことはないです……」


 三人の男たちが、薄暗い部屋で小さなテーブルを囲っていた。


 いずれも中年。大中小と背の順で並びやすいサイズの体を、いずれもフードのついたローブに隠して向かい合う様子は、どぶネズミが下水道で鼻をつきあわせているような卑小さを感じさせたが、そのイメージとは反対に、テーブルにぶちまけられた黄金色の光は彼らの顔に栄光の輝きを照り返させていた。


 金貨の小山。それが小さな燭台の光に照らされ、第二の光源となっている。


 彼ら三人の力関係を把握するのは、短いやりとりで十分だった。


 小は典型的な腰巾着。調子のいい性格で常にボスと意見を合わせ、立場はナンバー二といったところ。

 中はやや弱気なタイプらしい。先ほどから言わなくてもいいことをつい口にして二人から不興を買っており、要領の悪いナンバー三だと推察される。

 頭目は大の男だ。戦う者特有の屈強さはないが、肩幅は広く声に厚みがあり、二人から恐怖とも敬意ともつかない感情を向けられている。態度も首魁のそれだ。


「ずいぶん貯め込んでいましたね、あの女」

「豪商だった旦那の遺産だそうだ。子供も亡くし、悲嘆に暮れていたところを、わたしが導いてやった」

「こんなに金を取られたら、その女はこれから先どうなるんです……?」

「どうなろうといいじゃないか。うるせえヤツだな。それよりちゃんと金貨をかぞえろよ」

「わ、わかってるよ」


 小男から毒づかれ、中男は首をすくめた。大男は少し苛ついたように首を動かしただけだった。


 総量をかぞえつつ質の善し悪しでも確認しているのか、男たちは山から金貨を一枚ずつ手に取っては眺め、その後、自らの前に積み上げていく。

 一人が取ると別の二人も取る。作業というよりどこか余興を楽しむような空気があった。


 ……因果な遊戯だ。


「それにしてもここまでうまくいくとは、さすがは司祭様です。人心をこれほどまでにたやすく掴まれるとは……。やはり司教の地位もすぐそこでございますね」

「ふん。元よりわたしが今の地位にとどまっていることの方がおかしいのだ。幹部連中も甘い。この世界の危機、存分に利用せずしてどうする。所詮は、平和ボケした烏合の衆だということだ」

「しかし……我々が終末信仰を広めていると教会にバレたら……」

「バレるはずがない。貴様のようなドジが、うっかり口を滑らせでもしない限りはな」


 リーダーである司祭にじろりと睨まれ、中男は慌てて目を伏せた。


 司祭に合わせて中男に侮蔑の眼差しを送った後、小男は突然歌うように切り出した。


「古い世界の遺物は捨てよ。新しい世界に備え、身を清めるのだ。さすれば、終末の後も我らと共に生きていける……。いい文言ですなあ。これを言っただけで、あらゆるバカたちが我先にと金を落としていく。――ああ、早く報せが届かないかな。オブルニアの姫たちがごっそり死んだとなれば、世界はもっと暗くなって、我々の金づるももっともっと増えるに違いないでしょうに」

「慌てるな。虚飾に満ちた帝都のことだ。皇女の死はすぐには公表されないかもしれん」

「まあ、あの気の強そうな女帝のことですからねえ……」

「け、けれど、ちょっともったいない気もします」


 再び挟まれた中男の言葉に、苛立ちを含んだ司祭の鋭い視線が飛んだ。


「い、いえ。殺し屋への報酬の話ではありません。皇女がです。みな、大層美しいと聞きましたので……」

「へっへ。そうらしいな。しかも年頃ときている。確かに、ただ殺してしまうのは惜しい」

「ひ、一人くらい、生かしたままさらってきてもらえないでしょうか。できれば一番年下の姫を……」

「へひひ。好きだなおまえも。男も女も、子供なら見境なしか? 俺は、そうだな、長女なんかがいいかもな。第一皇位継承者だし、一番美しいと聞くぞ。今からでもあの殺し屋に追加依頼が出せないものかな……?」


 中男の言葉を皮切りに、小男が下卑た話で盛り上がり始めたのを、司祭の声が断ち切った。


「バカげた話もそこまでにしろ。ここと帝都がどれだけ離れてると思っている。それに、そんなことをあの殺し屋が引き受けるはずがない。おまえたち、いい加減その浅はかな頭をどうにかしたらどうだ。おまえたちの教団内での醜聞を隠すのに、わたしがどれだけ骨を折ったかもう忘れたか?」

「も、もちろんですよ……」

「わかってます……。でも、末の皇女は惜しいなあ……」


 はあ。もう無理。聞いてるだけでムカムカしてきた。そろそろケリつけに行くか。


「三人集まって罪の告白おつかれさん」


 部屋の隅に置かれた荷物の陰から、俺はのっそりと姿を晒した。

 室内の照明は燭台一つのみ。終末信仰の親玉にして、皇女暗殺の黒幕でもある三人の男たちは、慌てふためきながら周囲の闇を見回し、そして俺を見つけた。


「なっ、何者だおまえは? はっ、話を聞かれた……!」

「ひ、ひいい……。け、警備の者を……」


 二人が激しく動揺する中、司祭だけは、鋭い目つきで俺を見据える。


「いつからそこにいた?」

「あんたらが部屋に入ってくる前から。内側からだけじゃなく、外側からも鍵をかけられるようにしておけよ。不用心だな」

「……ふん」


 鷲鼻を鳴らすと、司祭は言った。


「ここで何を見たり聞いたりしたのか知らんが、それを元に我々を糾弾したところで無駄だぞ」


 いやに堂々とした態度。しらばっくれるつもりか。


「そ、そうだ! 我々は〈パレテフ教団〉の教徒だ。しかもこの方は司祭様だぞ! お、お、おまえが何を言おうと、誰も信じはしない!」


 中男が前に出てわめいた。当の司祭が舌打ちすると、言わなくてもいいことを口走ったと気づき、青ざめた顔ですぐに引っ込む。


「〈パレテフ教団〉……? そこが終末信仰をしてるのか?」


 俺が首を傾げると、懐に待機しているパニシードがこっそり言った。


「うちの女神様を信仰する人間の集まりですよ。人間界じゃわりと知られた教団なんじゃないですか」

「あの全裸をか」

「全裸言うな」


 状況を理解できたところで、俺は三人に向き直る。


「つまり、終末信仰の教祖様は副業ってわけか。なんつうか、より罪深いんじゃねえのか? それは」

「罪深い? 愚か者め」


 司祭は動じずにふてぶてしく笑った。


「魔王が現れ、世界は恐怖と悲嘆に暮れている。このような事態を収拾できぬ無能な為政者たちこそ罪深いというものだ。いずれ、人の文明は滅ぼされるだろう。だが、わたしは生き残り、滅びを受け入れた人々を率いる。それだけの力を持っているのだ」

「なるほど……。他の二人は単なる欲ボケだが、あんただけは、ガチで世界の終わりの次を見据えてるわけだ。そいつは誤解してたよ」


 俺は腕組みをしながらうなずいた。


「終末信仰のヤツらも、人が生きようとする努力をあざ笑うろくでなしだと思っていたが、あの人たちはあの人たちで、善意で仲間を増やそうとしてたんだな。自分たちの仲間になれば、世界の危機の後も生きられると信じて……」

「ふん……。目先のことしか見えぬ小人にもようやく理解できたか?」


 司祭は鼻を鳴らす。


「でもなあ、威張り散らしてる二人の前で指摘しちゃうのはちょっと可哀想だけどよ。言わずにはいられないな。あんたさ……世間知らずだな。その歳で」

「何……?」


 色の濃い眉毛がぴくりと動く。


「為政者が無能? グランゼニス王や、皇帝ザンデリアが? あるいはナイツガーデンのシュタイン家が? 何の冗談だよ。血の気は多いし腹黒いのもいるが、あんなバケモノどもそうそういねえよ。よく知りもしないで見下すと恥かくぜ。あんた、ひょっとして旅とかしたことない? 生ぬるい土地に引きこもって、ろくに苦労もしないまま、自分には力とか才能があると思い込んじゃった?」

「…………」


 あっ……。図星っぽい。


「ふん……。野良犬がきいた風な口を。地べたを這いずるおまえには見えていないものが、わたしには見えているのだ」


 ブチ切れて馬脚をあらわさなかったのは褒めるべきだろう。

 司祭はそのままゆっくりと戸口の方へと移動した。


「だが、ここを嗅ぎつけたことは評価してやる。その金は貴様にやろう。それですべて忘れることだ」

「ど、どうせ、言ったって誰にも信じてもらえないんだ。よかったな、へへ……」

「みょ、妙な正義感を起こすなよ。こっちに手を出したら、ただじゃ済まないからな……」


 司祭に続いて残り二人も逃げ出す動きを開始した。

 本家ゲームなら、ここでプレイヤーには以下の選択肢が提示される。


 ・ひひっ ありがたくもらっておくぜ

 ・ざけんじゃねえよ さんぴん


 …………。なんつーかどちらも極端な感じで、〈導きの人〉の育ちはどうなってるんだろうといつも疑問に思う。特に「ひひっ」とかひどい。こいつら以上にさんぴんですやん。


 しかも、ここでの最適解は、上の見逃す方だ。なぜなら、下を選んでも結局こいつらを取り逃がしてしまうから。

 だったら上を選んで三〇〇〇キルトを手に入れた方が、大局的にはお得というわけだ。


 プレイヤーはゴミに成り下がった気分になるが、正義を気取るのは概して損だというスタッフからのメッセージなので、ここは甘んじて受けるしかない。


 どちらの台詞も俺には似合わなかったので、とりあえず沈黙して待つ。

 俺が部屋の奥側にいるため、彼らは何の障害もなく出口までたどり着けた。


「早く鍵を開けろ。ぐずぐずするなノロマめ」

「わ、わかってます。今やってますよ……」

「ちくしょう。こんなところで見つかるなんて。あいつも消してもらいましょう。司祭様」

「黙れ。その話は後だ。……早くしろ、このドジが。いつまでかかっている」


 ひそひそ話までしっかり俺に聞かれつつ、中男が内側の鍵を開けた途端、三人はそそくさと狭い戸口から出て行った。


「あーあ。そこ、通っちゃったか……」


 薄暗い虚空に笑みと共にそう吐き出す。出入り口はそこだけなんだから、当然だろと頭ではわかっているが、楽しくて言わずにはいられなかった。


 ここまではゲーム通り。

 あいつらは逃げ出して、その後のことはわからない。


 ただ、終末教徒たちはまだ町にいるので、完全な解決といかなかったのは確かだ。

 これでこのイベントは終わり。大成功だ。


 ……でも、気に入らないよな。

 ヤツらが皇女を狙ったって証拠はない。〝鋼通し〟は何も言わなかった。俺が証人になってさっきのやりとりを証言しても、三対一では不利だ。終末信仰についても、知らぬ存ぜぬで押し通されるだろう。同じ教団の人間も、彼らを味方するだろうから。


 地位ある者は裁けない、って悪意の込められた展開。

『ジャイサガ』スタッフは本当に皮肉屋が多い。


 だから抵抗させてもらう。

 スタッフがこのゲームに残した、あのバグで。

 そこの扉に罠を仕掛けた。


 あいつらには相応の罰が必要だ。

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