第7話 お金は使うもの! 安定志向!
金策二日目もバリバリやっていくぞ!
初日はちょっと正統派にやりすぎてしまったが、〈迷い猫捜索 その21〉からはバグ技も駆使していく!
ちなみに、昨夜は〈はじまりの馬小屋〉で寝た。
あそこはゲーム中盤のイベントでぶっ壊れるまで、無賃宿として利用できるのだ。
俺は久しぶりの肉体労働のせいで爆睡。
グリフォンリースも、路地裏での心細い生活から解放されて、よく眠れたらしい。
こいつはホントに純朴というか、お人好しというか、無防備というか。
……俺がウルフじゃなくてチキンだったからいいものの、もうちょっと用心が必要なんじゃないですかね?
朝イチで探索者ギルドを訪れた俺は、早速〈迷い猫捜索 その21〉~〈その41〉をまとめて受注する。
「やれるんですか?」
という、おねーさんの期待に満ちた眼差しに、俺は黙って親指を立てた。
今回も例の〈高速マップチェンジバグ〉を使っていく。
そのマップの色々なフラグをブチ壊すこのバグだが、探索者ギルド内での活用法はこの猫探しだけだったりする。しかも、〈その21〉から〈その41〉まで限定。恐らく〈その25〉と〈その34〉の猫がギルド内に隠れていることに秘密があるのではないかと思われる。
「トゥ! ハァ! ヘァー! フゥアー!」
俺の反復横跳びが始まる!
このバグに必要なマップチェンジの回数は、およそ百二十八。
つまり六十四往復もしなければならないのだ。
しかも、
「な、何だぁ!?」
「ギャハハハ! 一体何がしてえんだよアイツ……」
「アハハ……誰か解呪のスキル持ってるやついないかー?」
ギルドを高速で出たり入ったりしている俺を見て、探索者たちが爆笑の渦に溺れだす。
くっ……覚悟はしていたが、かなりハズいな、これは!
「コタロー殿を笑わないでほしいであります! わ、笑うなあっ!」
ゲラゲラ笑い転げる探索者たちに、グリフォンリースが怒りの声を上げてくれる。
だが、もう一人の仲間であるパニシードは笑いをこらえるのに必死だ。ちいっ、味方一人に裏切り者一人で、差し引きゼロじゃねえか!
グリフォンリースがいきり立っているおかげで、幸い、誰にも邪魔されずに六十四往復をやり終えた。
「ゼエ、ゼエ、ハア、ハア……」
やっぱキツいわこれ……。早くレベル上げして、ステータス上げないと。
「おー、やっと終わったみたいだぞ」
「ハハハ、おつかれさん。さっさと猫探しに行けよ」
途中から飽きて見向きもしなくなった探索者たちが、ぞんざいな労いの声をかけてくる。
へっ……バカヤローどもが。
「だ、大丈夫でありますか?」
「が、頑張りましたね、あなた様! プ……ククク……」
結局、最後まで笑ってやがったこの妖精。
俺は床に置いていた背負いカゴを持ち、ギルドの一角にある酒場の、テーブル脇に積まれている樽の一つへと近寄った。
フタを開ける。
……けっこースゴイ光景だな、これは。
俺は樽の中から猫を一匹ずつ拾い上げると、次々にカゴの中に落としていく。
「えっ……」
ギルド内の多数の人間が絶句するのが、背中越しにわかる。
カゴの中の猫が増えるに従って、ざわめきの数も増えていく。
「う、うそだろ……。何であんなところに、あんなに猫がいやがるんだ?」
「わかんねえ。そ、それに、どうしてあいつはそれを知ってたんだよ……!?」
「け、今朝確認したときには、猫はいませんでしたよ!」
やっぱ、何も知らない人が世界のバグと遭遇したら、そりゃ混乱するよなあ。
ここでのバグ効果は、探しているすべての猫が一カ所に集まる、というものだ。
町の外をうろつくよりも圧倒的に早くクエストをクリアできるのが強み。疲労度に関しては……よくわからん。
「違う。あいつのさっきの奇行……いや儀式が、猫を呼び寄せたんだ」
「すげえ、ホンモノだ。あいつ、ホンモノの迷い猫バスターだ」
誰かがそう言うと、それに賛同するうなずきが波のように起こり、やがて声となって俺たちへと降り注いだ。
バスター……バスター……バスター……!
暇か、こいつら!
「すごいであります! さすがはコタロー殿であります! 自分、もう何がなんだかわからないであります!」
「やはりあなた様こそ〈導きの人〉! こ、これならもうわたしが猫に追いかけられる心配はないんですよね!?」
いや、さっきまで笑ってたおまえは、次からまた囮役なんだ。悪いな。
迷い猫バスターのコールが鳴りやまぬ中、俺たちはポカンとしているカウンターのおねーさんのところに行って、本当に依頼の猫かの確認をしてもらう。
そのとき、ふと別種のざわめきが、ギルドの入り口の方から押し寄せてきた。
「おおっ、アインリッヒのパーティーだ!」
「あいつら、全員無事に帰ってきやがった!」
目をやると、俺たちとどっこいの、若い四人組のパーティだった。
「おまえら、首尾はどうだったんだ?」
探索者の一人が声をかけると、パーティーのリーダーらしきイケメン男が、ニコッと笑って親指を立てた。
「まさか、本当に〈ゴブリン穴〉を潰してきたのか!?」
「一人前の探索者でも躊躇するダンジョンだぞ!?」
「若いのに大したもんだぜ!」
そんな様子に、俺は目を細める。
――おお、あれがアインリッヒかあ。
アインリッヒ
レベル5
性別: 男
クラス: 剣士
HP: 145/166
MP: 14/14
力:19 体力:18 技量:23 敏捷:29 魔力:9 精神:11
いいステータスだ。
さすがは〈全プレイヤーのお兄さん〉と呼ばれた男。
序盤から終盤まで活躍所しかない、ゲーム屈指の強キャラだ。
そして他のメンバーもなかなか。
【武術家】のキリエ。【聖術師】のクラフツカ。【魔術師】のウィンガード。
いずれもフリーで仲間にできるNPCであり、同時に『ジャイサガ』プレイヤー垂涎の良キャラたちでもある。そしてドット絵から等身大となった彼らの美男美女ぶりったら、これまたため息ものだった。
このゲームでは、フリーの仲間たちも独自の冒険を行っているという設定のため、所定の位置にいたりいなかったりする。だから、こうしてギルドで鉢合わせになることも、ある程度は予測していた。
そうか。現実では、こういう光景になってたんだな……。
迷い猫バスターの余韻は完全に散り去り、新たに生じたアインリッヒたちの熱気がギルド内を席巻する。
「…………」
ふと、グリフォンリースが下を向き、俺の服の袖を弱々しくつまんでいることに気づいた。
どうした? と声をかける前に、渦中のアインリッヒと仲間たちが、俺たちの隣のカウンターにやってくる。グリフォンリースは鎧姿をさらに縮こまらせて、俺の陰に隠れた。
アインリッヒたちは、にゃあにゃあうるさいこちらのカウンターに気づいたらしく、少し驚いた様子で顔を見合わせてから、嫌みのない朗らかな笑みを向けてきた。
俺も適当に手を挙げて挨拶しておく。
黒髪ロングのクラフツカが、カウンター上を自由気ままに歩き回っている猫たちにさわりたそうに、ローブから手を出したり引っ込めたりしている。
ああ、やはり可愛いなクラフツカ。俺はいつもパーティに加えて回復役にしてた。
俺の黒髪ロングの原点だよ、こいつは。
……ぎゅっ。
服の袖が、一層強い力で握られた。
視線を振り向けた先で、グリフォンリースが視線を足下に落としている。
「?」
さっきからどうしたんだ、こいつは?
俺が再びアインリッヒたちに向き直ったとき、その理由がわかった。
アインリッヒは、俺の陰にいるグリフォンリースに気づき、そして微笑んだ。
優しい笑みだった。
ああ、そうか。
きっとグリフォンリースは、アインリッヒと冒険に出たことがあるのだ。彼がリーダーだったかはわからないけど。
そしてグリフォンリースだけが追放された。
今、彼女が俺の背後に隠れているのは、その負い目からだろう。
アインリッヒも自分の命に責任を持つ探索者だ。
できるだけ有能な仲間を探すのは、探索者の第一義務といっていい。足手まといをわざわざ引き入れるのは、自分だけでなく、仲間をも窮地に陥れる裏切りだ。
だけど、【騎士】としてちぐはぐな能力を持つグリフォンリースのことを、どこかで気にしていたのだろう。
……大丈夫だよ、アインリッヒの兄貴。
グリフォンリースはさ、確かに変なステータスの【騎士】だけど、ちゃんと戦い方があるんだ。
俺が責任持って、こいつにそれを叩き込むよ。
絶対に裏切ったりしない。
あんたが俺たちプレイヤーを、絶対に裏切らなかったみたいに。
「はい。確認終わりました。すごい! すべて依頼の猫です!」
ギルドのおねーさんの一声が、しんみりした俺の気持ちを断ち切った。
「こちらが報酬の六〇〇キルトです。お納め下さい」
「あ、ど、どうも」
俺は金貨を受け取り、再び猫探しのクエストを受けると、グリフォンリースを促してギルドを出た。
「アインリッヒ殿たちは、優秀な探索者であります……」
広い大通りを進み、ギルドが見えなくなったところで、グリフォンリースはぽつりと言葉を落とした。
「そうだな」
「それに比べて、自分はダメダメであります」
「ま、俺も似たり寄ったりだ」
「コタロー殿はっ……! なんかすごいであります! よくわからないけど、狙ったとおりのことを起こしてしまう不思議な人であります……。わたしは、それについていってるだけの……お荷物――」
カシャンと、俺は彼女の面当てを落とした。
「わっ。何でありますか」
俺はグリフォンリースの前に回り込んで、面当てに顔を肉薄させる。
「おまえの言うとおりだ、グリフォンリース。俺は狙い通りのことができる男だ。そんな俺がおまえを仲間にして、アインリッヒたちは仲間にしない。そこには必ず理由がある」
「り、理由……?」
「長くなるから、その時になったら説明する。俺から今言えることは……揺らぐな!」
「!!」
「俺の仲間として絶対に揺らぐな。自分を肯定して、安定させろ! 目の前の目標に集中しろ!」
「は……はっ! 了解であります! 了解でありますッ、コタロー殿!」
ビシイーと直立不動になるグリフォンリース。
よしよし。俺の仲間は不安定では困るのだ。
それにこいつが自信喪失して失踪でもしたら、俺のチャートが粉々になってしまうからな。
それじゃあ今日の猫探し、行くぞ!
※
そして数日が経過し、ついに目標金額の五七〇〇キルトに達した。
その頃には俺たちはすっかり迷い猫バスターズとしての地位を確立しており、猫たちも背中のカゴを見ると、安心して飛び込んでくるという奇っ怪な状態になっていた。
「やっ……やりましたね、あなた様! こんな大金、見たことありませんよ……!」
〈はじまりの馬小屋〉で金貨の枚数を確認し終わると、コインの反射光で瞳を金色に染めたパニシードが、陶然となりながらつぶやく。
「これだけあれば、すごい装備が揃えられるであります。コタロー殿の戦力大幅アップ間違いなしであります!」
グリフォンリースもここ数日の苦労が実って嬉しそうだ。
さて、じゃあ、パーッと使いに行こうか!
「親父、〈魔導騎士の盾〉をくれ」
『えっ……ええええええっ!?』
町の高級防具店でも、最高額を誇るその装備を口にしたとき、仲間二人の悲鳴は綺麗にステレオとなって俺の頭に響き渡った。
「たっ、た、たたた、盾ェ!? あなた様、まままま待って! わたしがいち、にい、さんと言ったら正気に戻ってくださいね!? はい、いち、にい、さんっ!」
「やめろ。俺は正気だ」
言って、顔の前に浮いているパニシードを手で押しやる。
「ココココーコココ殿! それに、それは【騎士】用の装備であります! コタロー殿には重くて扱いづらい――」
「そんなことはわかってる」
俺は武器屋の親父から〈魔導騎士の盾〉を受け取ると、グリフォンリースに渡した。
「これはおまえのものだ」
「ひあっ……!?」
受け取ったグリフォンリースは上擦った声を上げると、へなへなとその場にくずおれる。
「おい、どうした? まさか、重くて持てないんじゃないだろうな……!?」
「ひ、ひがうであひまふ……う、うれひくて、こひが……こひがっ……」
いかんアヘ顔になりかけてる。
幸せが強すぎたんだ。
「あーなーたーさーまー!」
パニシードが丸い目をつり上げて、再度俺の眼前に回り込んできた。小声で言ってくる。
「聞いてください。別の世界から来たあなた様は知らないかもしれませんが、武器や防具は、装備しないと、意味がありません」
「知ってるよ。偉大なるドラゴンのクエストで教わった」
「盾は防具です」
「ああ」
「防具じゃ、敵は、倒せません」
「そうとも限らんぞ」
「限るんですあなた様! 防具は守るため、武器は攻撃するためのものです! 返品しましょう! おじさーん! この盾を返品して、武器防具の一式を――」
「やめなさい」
俺は虫を捕まえるみたいに、両手でパニシードを挟み込んだ。
「むがっ、もがあっ」
指の隙間から手足をばたつかせる妖精を捕らえたまま、俺は武器屋を出た。
グリフォンリースは盾を両手で我が子のように抱きかかえ、周囲を不安げに見回しながら、それに続く。
「コッ、コタッ、コタロー殿っ」
「何だ? もうちょっと普通に歩け。見るからに怪しいぞ」
「だだ、だって、五七〇〇キルトの盾であります。こ、これを買うために、コタロー殿は大変な苦労をしたであります」
まあ、最初の一五〇〇キルトだけ予想外で、後はおおむね予定通りだが。
「それにパニシード殿の言うことももっともであります。な、なぜ自分にこんなすごい盾を? 五七〇〇キルトあれば、コタロー殿がかなり良い装備一式を揃えられましたのに。せめて、剣とか……」
「ああ、剣も必要だな」
うなずく。
「じゃあ、またこれから猫探しを?」
「いや、取りに行くだけだ」
「へっ……? どこへ?」
俺はニヤリと笑った。
「ラストダンジョン」
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