第6話 ねこだいすき! 安定志向!

 徹底した俺の金策チャートが発動した。

 まず、その日の内に探索者ギルドに駆け込んで登録を済ませる。


 探索者、ってのは世界を旅する冒険家全般のことを指すと同時に、主人公のみがなれる【クラス】でもある。

 他の【クラス】と違って最初から突出した数値はないけど、戦闘やイベントでの行動によって、どんなふうにもパラメーターを伸ばすことが可能な万能職だ。


 登録が済んだら、すぐさま依頼リストを見せてもらう。

 魔物の討伐や、ダンジョンの探索なんて放っておいて……これだ。


〈迷い猫捜索 その1〉

報酬:三〇キルト


「ね、猫を探すでありますか?」


 グリフォンリースが戸惑ったようにたずねてくる。


「そうだ。不満か?」

「いっ、いえ! 自分はコタロー殿を信じるのみであります!」

「いい返事だ!」


 俺は複数あるカウンターの一つに寄ると、受付のおねーさんに〈迷い猫捜索〉の依頼を受ける旨を伝える。

 内容が内容だけに、おねーさんも「頑張ってくださいね」と朗らかに笑いかけてくれた。

 だが、まだだ。


「ついでに、この依頼も受けたいんですが……」

「えっ……」


 俺は一気に〈迷い猫捜索 その10〉までを受ける。そして、十匹をまとめて収容できる背負いカゴを貸してもらう。


「そ、そんなにいっぺんに受けて大丈夫なんですか?」


 さすがに心配そうなおねーさん。

 大丈夫に決まってる。

 最小戦闘回数縛りのプレイヤーは、みんなこうやって稼ぎをするのだ。


「気まぐれな猫の居場所を探すなんて、一匹でも大変ですよう……。報酬も安いしぃ」


 すでに職務放棄気味なパニシードの声を無視して、俺はカウンターを離れ、出口へ。


「猫、捜索中!」と書かれた張り紙をカゴに張りつけているせいで、周囲の探索者たちからも失笑がもれているが、おまえたちはこのクエストを甘く見すぎている。


 俺は出口付近に置かれていた樽のフタを持ち上げ、中から一匹の猫を取り出すと、背中のカゴに無造作に投げ込んだ。


 あまりに自然な動作に、ギルド内が一瞬静まりかえる。

 はい、これで三〇キルト。

 残り九匹捕まえるのに、一時間も必要ないぜ。


 ※


〈迷い猫捜索〉というクエストに少し説明が必要だろう。

 これは、『ジャイアント・サーガ』の戦闘がキツめな序盤において、安全に金策をするために用意された救済措置の一つだ。


 一匹につき三〇キルトという安価なれど、このクエストは受注した瞬間に次の猫探しがリストに載り、魔王が滅びて世界がエンディングを迎えるまで途切れることがない。

〈王都襲撃〉という禍々しいイベントの最中でもリストの最上段に居座り続ける。

 どんだけ重要なんだよ、猫探し。


 このクエストの最大の利点は、町から出ないため戦闘をせずにすむということの他に、なんべんクリアしても絶対にシナリオが進行しないという点にある。


 普通のギルドクエストには〈イベント進行ポイント〉なるものが設定されていて、おおよそ七回ほど依頼を達成すると序盤のチュートリアルが終了し、中盤へとシフトしてしまう。中盤から魔王の影が世界を覆い始めるので、それを阻止したい俺としては、ギルドから受けられるクエストはほぼ猫探しに限定されるといっていい。


 さて、ここまでがゲームシステム的なお話。

 この依頼は、俺にとって別の側面を持つ。


「うっきゃああああ!? あなた様、あなた様! 早くこの猫を捕まえてください! こいつ、目がマジです! わたしのことを性的な目で見てますう!」


 屋根の上を飛ぶパニシードの後ろを、灰色の猫が影のように追跡している。


「コタロー殿! それが依頼にあった猫であります! 最後の一匹であります!」


 重そうな鎧を軋ませながら、グリフォンリースが通りの向こうから叫んでくる。

 性的っつうか野性的な目だよな、と心の中で思いつつ、俺は路地から声を張り上げる。


「パニ、そのまま誘導しろ! 右へ行け! 青い屋根の家で捕らえる!」


 俺は青い屋根の家へと先回りし、バルコニー付きの開け放たれた窓から堂々侵入する。

 そこは誰かの私室らしいが、部屋の主人は不在。

 まあ、きっといつも不在なのだろう。俺は詳しいんだ。

 素早く視線を走らせ、タンスからはみ出した〈それ〉を素早く抜き取って、荷物入れにねじ込む。


「いやああああああああ! 助けて、助けてえええええええ!」


 直後、涙で顔をくしゃくしゃにしたパニシードが俺の胸に飛び込んできた。一瞬遅れて灰色の狩人が窓から襲いかかってきたところへ、持っていたカゴの入り口を向けてゲット。


 カゴの中では十匹目の訪問者を混ぜた猫玉が、にゃあにゃあ言いながら転げ回っている。


「よし、ご苦労パニ」

「猫、きらい……」


 セミみたいに張りついて動かなくなったパニシードが、そう漏らした。


 ※


「コタロー殿は迷い猫探しの天才でありますか!?」

「まあな」


 猫探し百匹RTAにトライしたこともある俺からすれば、すべての猫の位置を見破るなど造作もない。ゲームとは違い、中には逃げ出すヤツもいたのだが、パニシードを囮に使ったら簡単に引っかかった。

 やはり動物は本能には勝てないのだよ。

 すべての猫を捕まえたところで、俺はギルドへは戻らず、道具屋へ立ち寄った。


「おお、あんたたち。猫探しは順調かね」


 道具屋の親父は気さくに話しかけてくる。

 背中の張り紙のおかげで、俺は小一時間町をうろついただけですっかり有名人になっている。


「ああ、このとおり十匹全部ゲットだよ」

「へえっ。もうかい? 大したもんだねえ。ギルドでもあんまり人気ないクエストだから、飼い主は助かるだろう」

「ところで、買い取ってもらいたいものがあるんだが」

「はいはい。背負った猫たちじゃなきゃ、何でも買い取るよ」


 俺は肩から提げている荷物入れを、カウンターの上に載せた。


「とりあえず、これ全部だ」

「何だね。大掃除でもしたのかい」


 荷物入れから出てくるのは〈薬草〉〈魔法薬草〉といった回復薬。〈攻撃ポーション〉〈防御ポーション〉といった使い捨て補助アイテム。〈ペーパーナイフ〉〈獣の牙〉といった小物だ。


「あれっ、コタロー殿。それはどうしたのでありますか?」

「道中で、ちょっとな」


 実はこれ、すべてグランゼニスの城下町で手に入るアイテム。

 普通なら主人公が、民家で家捜しして手に入れるものだ。


 この手の話は毎度毎度ツッコまれて、もう耳タコだろうが、やっぱりヤツらが一般家庭に押し入ってタンスやツボをあさっていくのは犯罪だ。

 俺はどストレートにあれを真似する勇気はない。いくらゲームそっくりの世界でも、無断侵入した時点で衛兵に通報されてしまうだろう。


 だが、背中に「迷い猫捜索中!」と張り紙がされていて、なおかつ自由奔放に走り回る猫を追いかけている最中のことならば? やむを得ないことと、多少は目をつぶってもらえるのではないか? 


 ククッ、クヒヒ……。

 パニシードが思いつきそうなゲス的発想だが、今のところどうやらうまくいっているらしい。

 本来『ジャイアント・サーガ』の主人公はもっと外道だ。これくらいは許せ。


「……ッ、これは……!」


 品物を一つ一つ吟味していた親父が、目を見開いて手を止めた。

 青い屋根の家で手に入れたアイテム。

〈コットンのソックス〉だ。

 今回の目玉商品といっていい。


 いわゆるアクセサリー枠で装備するものなのだが、こいつは結構謎めいたアイテムだ。

 性能はゴミなのに売値が妙に高い。

 そのため、序盤の金策では真っ先に狙われるという、グリフォンリースちゃんみたいな存在なのだ。


「このツヤ、この使用度合い、そしてこの香り……ソックスハンターのわたしでもなかなかお目にかかれない逸品だ……!」


 親父は恍惚と言った。


「えぇ……。あなた様、この人なんかやばくないですか……」

「何やら、卑猥な波動を感じるであります……」


 パニシードとグリフォンリースから無理解の声が上がる。

 そうか親父……ソックスハンターだったのか……。道理で高く売れるわけだ。

 俺はしんみりとうなずく。

 ありがとう。また一つ『ジャイアント・サーガ』の謎が解けたよ。


「いくらで買ってもらえる?」

「むうっ……四〇〇ではいかがかな?」

「おいおい。その値段じゃ、あんたのハンターとしての目を疑わにゃならなくなるぜ」

「フッ……そう言われては値切り交渉はできませんな。六〇〇。これが適正価格」

「いい目をしている。それで売ろう」

「欲張らないところが気に入った。さらに五〇出しましょう。これは敬意の証だ」


 ぐっ、と手を握り合う俺と親父。

 女性二人は完全に白い目をしているけど、まあ、いいよね?


 その後、ギルドで猫たちを換金し、三〇〇キルト。

 もう一度、同じ猫探しを受けてさらに三〇〇キルト。

 道具屋で売りさばいたものと合わせて、なんやかんやでこの日だけで一五〇〇キルト稼いでしまった。


 見たかコンチクショー! 俺が本気で攻略にかかれば、『ジャイアント・サーガ』なんてただのバグったヌルゲーなんだよ!

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