第5話 まさかの返金! 安定志向!

 グランゼニス城、謁見の間。

 王様がセーブしてくれたり、レベルアップまでの経験値を教えてくれたりすることで有名な部屋だ。

 あと、エンディングかと思ったら真のボスに襲撃されたりな。


 そんなメモリアルな場所で、俺たちは赤いビロードの上にひざまずかされている。

 正面、床が二段ほど高くなった場所に鎮座するのは豪奢な玉の座。

 その偉容に少しも押し負けずに座しているのは、白髪と白髭の豊かなグランゼニス王だ。


 やべえよこの人。

 戦争英雄だった過去を持つグランゼニス王は、『ジャイアント・サーガ』においても専用のドットを持つ特殊なNPCで、イベントの取得次第では他国に戦争をふっかけるくらい好戦的なお人なのだ。


 リアルにおいてその覇気たるや、ひざまずいた俺の背中に鉄板が乗せられているほどのプレッシャー。引きこもりが浴びるにはあまりにも有害である。


「堅苦しい思いをさせた。顔を上げよ」


 グランゼニス王は、思いのほか気安い口調で言った。

 言われるがまま持ち上げた俺の顔は、恐らく相当引きつっていたと思う。王様は気の毒そうに苦笑してきた。

 仕方ねえだろ、このゲームには投獄イベントなるものもあんだよ!


「コタローといったな」

「う゛ぁ……う゛ぁい!」


 やべえ声がひん曲がった。


「賊によって奪われた金貨を取り戻してくれたこと、礼を言う。額として大きいわけではないが、民から献上されたものを無下に扱ったのでは、王としての沽券に関わる」


 実はまだパニシードがゴネているのだが、この期に及んで反抗は不可能だ。


「とんでもないです。川遊びをしていたら、たまたま見つけただけです」


 第一発見者が怪しまれるのは世の常だが、謁見の間に案内されるまでの間に、俺たちの潔白はすでに証明されている。


 グリフォンリースが楽しげに川で遊んでいる様子が、町の住人によって確認されていたのだ。特段怪しげなところもなく、俺への疑いもかからなかった。あのとき適当に出した指示が、こんなところで身を助けるとは……。


「わざわざ足を運んでもらったのは、ワシが若い頃、おぬしと同じように妖精をつれた旅人に会ったことがあるからだ」


 ほう。それはそれは。


「詳しいことは教えてもらえなんだが、旅人は〈導きの人〉と呼ばれ、これから大義を成すために多くの試練をくぐらなければならないという」


 先代の〈導きの人〉だったんだろうか?


「助力を申し出たが、多すぎる善意は試練を弛めてしまうとて、大したことはさせてもらえなかった。だが、やはり心残りでな。妖精をつれた旅人を見かけたら、城に案内するよう衛兵たちに通達しておいたのだ」


 おお……この流れは、まさか王様から援助してもらえるパティーン!?


「そなたが〈導きの人〉であるかどうかはわからぬ。また、問うのも無粋であろう。そなたの試練は、そなたのためにある。しかし、平和に身をゆだねず、あえて苦難の道を選んだ者のよしみで、かすかな世話くらいは焼かせてほしい。この――」


 何だ!? 何をくれるんですか!?

 わざわざ人を呼びつけたんだ! 一五〇〇キルトも返金した! この恩はでかいでしょう!? 宝物庫に保管されていた名剣の一つくらい――!


「〈銅の剣〉と八〇キルトを授けよう!」


クソッタレエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!


 ※


 兵士たちから羨望の眼差しを受け、丁重に城外まで案内された俺の手元に残ったのは、王様がくれた贈り物と、それとは別に金貨発見の報奨金一〇〇キルトだけだった。


 この〈銅の剣〉……速攻で売っ払おう。八〇キルトくらいにはなる。

 それで合計二六〇キルト。

 しかし俺は一五〇〇キルトを失っている。

 何だ……何なのだこれは!? 全然採算があってねえぞ!


『ジャイアント・サーガ』にこんなイベントはなかった。

 バグじゃない。

 あの一五〇〇キルトが使えないという理由は、十分に説得力のあるものだった。

 現実でも、紙幣に入った数字を追って強盗犯を突き止めるという手法があるそうだし。

 これじゃまるで……リアルによるバグ技封殺だ……!


 バグという理不尽を、正常な理屈で圧殺する。

 この世界はバグを容認していないのか?

 だけど、だとしたら、そもそもバグが存在しているのがおかしいじゃないか。

 じゃあ、これは俺も知らない没イベントだった?

 あるいは……誰かが裏で糸を引いている……?

 でも一体、誰がそんなことできるっていうんだ?


「王様から認められるなんてすごいであります! コタロー殿は賊の宝の隠し場所を見抜いていたのでありますね! すごい! 尊敬するであります!」


 思い悩む俺の顔を、嬉しげに輝くグリフォンリースがのぞき込んでくる。

 夕日と興奮に赤く染まったこいつの顔は、どこまでも純粋だ。

 とても俺をハメるなんてできそうにない。


 一方、俺の肩の上でぶーたれている性悪妖精のパニシードは。


「ケチ、ヒゲ、しらげ、偉そう、王様、ケチ、ケチ、ケチ、ヒゲ!」


 金を奪われて心底ご立腹だ。

 こいつも違う。

 つうか、おまえ悪口の語彙少ねえね……。


「いい加減、機嫌直せよ。パニ」

「あなた様はいい人ですか!? 王様なんだから、お礼に一五〇〇キルトそのままどーんとくれたっていいじゃないですか。それがたったの一〇〇キルトなんて! あなた様がどれだけ苦労してあのお金を見つけたか、あのケチは何も理解していない!」

「おまえは寝てただろ……」

「ね、寝てましたけど、あなた様の苦労はわかるんです!」


 何かに怒りをぶつけないとやってられないんだろう。

 その気持ちはわかる。

 俺も悔しい気持ちでいっぱいだ。

 王様に対する怒りじゃない。

 バグ技さえ使えばすべてうまくいくと思い込んでた、俺自身に。


『ジャイアント・サーガ』をナメるな俺。

 伊達に、俺の小学生時代をすべて吸い込んだゲームじゃねえぜ。

 次に何が起こるかわからない。それがフリーシナリオの怖さだっただろう。


「でも、きっと次はうまくいくさ」


 俺は密かに奥歯を噛みしめながら、口の中でつぶやいた。

 そうだ。次はうまくいく。いや、いかせる。

 まだちょっと記憶が曖昧なこともある。

 全部きっちり思い出せ。

 今思えば、チャートもヌルい。もっと短縮できるはずだ。

 絶対に、是が非でも、幸せになってやる。

 何であろうと、誰であろうと、もう邪魔はさせねえぞ!

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