第41話 悪者の本領! 安定志向!
「だから、そのための検証をしてほしいと言っているのです」
考古学研究室というプレートが掲げられた部屋の入り口で、かれこれ数分間は同じ問答が繰り返されていた。
「わたしにもこれが初代騎士公の遺品であるという確証はありません。が、その可能性は極めて高いと考えられます」
ツヴァイニッヒがツヴァイニッヒとは思えない、丁寧で落ち着いた口調で話すと、
「だが、霊廟の位置は不明。安置されていた状況も話せないでは、胡散臭いと思われても仕方あるまい?」
研究室前で入り口を塞いでいる中年の騎士が、上から目線で跳ね返す。
名前はなんていったかな。そう、バイゼルフィッシュ。
「何度も申し上げたとおり、霊廟は特殊な結界が張られており、もう一度あそこに立ち入ることは不可能でした。安置されていた状況については、宝箱の中に置かれていたとしか言いようがありません」
「それを発見したのが、貴公と、たまたま近くにいたそちらの二人だと?」
俺とグリフォンリースを、蔑みを込めた目で見るバイゼルフィッシュ。特にグリフォンリースに対し、その感情が強いようだ。つか、俺、誰って感じだろうしな。
「これから街道整備について指導するところでした。しかし、そんな話はどうでもいいことです。研究室には初代騎士公の文献が残されているはず。それと照らし合わせるだけでも、この装備が本物かどうか判断できるでしょう。なぜそれを拒まれるのですか?」
「むっ……むう……」
「バイゼルフィッシュ様……」
中年騎士の隣にいる、学者風の男が、さっきからそわそわと体を揺すっている。その目線は、ツヴァイニッヒが手にした剣に固定されて離れない。
「そんなに重要なものなら、刃の部分だけでなく、柄の部分も布で包み丁重に持ってくるはず。その扱いがすでに、自分でまがい物と認めている証拠ではないのか?」
バイゼルフィッシュは学者をたしなめるような視線を送った後、また苦し紛れとも取れる発言をする。
彼がこの装備の真贋を調べようともしないことは、あらかじめ予見されていた。
なぜかというと……彼が〈円卓〉第六席にいる人間だからだ。
ツヴァイニッヒの一つ上の席。つまり、彼が奪い取ろうとしている席に座っている。
この功績を認めれば、バイゼルフィッシュは確実に地位を一つ落とすことになる。
だから、調べようとしない。認めようとしない。
しかし、この柄のチラ見せはすでにツヴァイニッヒの計画の一つなのだ。
騎士院考古学研究室には、実は初代騎士公の武具に関わる精密な資料があるらしい。
担当の〈円卓〉メンバーと研究員以外は見ることのできない重要機密扱いだが、逆に言えば、彼らは本物の姿がどんなふうであるかよく知っていることになる。
家の死活問題を孕むバイゼルフィッシュはまだしも、研究員たちが本物を見て、それを見過ごすことなどできるはずもない。
「バイゼルフィッシュ様。これは調べてみるべきです。この形、この細工、文献に書かれた初代騎士公の御剣そのもの……」
研究員がとうとうこらえきれずに、部屋からこちらに歩み寄ってきた。
「ま、待てっ」
バイゼルフィッシュの制止の声も届かず、騎士公の剣が研究員の手に渡る。
「ぐっ……ぐぐっ……! 貴公、もし偽物だった場合、相応の覚悟はおありだろうな?」
「おありませんな。自分はただ、その真贋を確かめるために貴公に調査をお願いしているだけですので」
バイゼルフィッシュの最後の悪足掻きに、少しだけいつもの彼らしく不敵に言い置いて、俺たちはその場を離れた。
背中を向けたツヴァイニッヒがどんな顔をしているか、あの中年騎士が知ったら、その場でブチギレていたかもしれない。完全に勝利を確信した悪者の顔だった。
※
「本来なら、霊廟の位置や様子、発見したときの状況なんかも色々加味して結論を出すんだが、今回必要な信憑性は、実物から得られるもので十分だろ」
ツヴァイニッヒの口調がすっかり元に戻ったのは、騎士院から彼の屋敷に戻ってきてからだった。
「まだ何とも言えねえが……心から言わせてもらうぜ。ありがとう、コタロー、グリフォンリース」
客間でいきなり頭を下げてきたツヴァイニッヒに、俺たちは動揺を隠しきれない。
「よしてくれよ、気持ち悪いな」
「自分は別に何もしていないのであります……」
彼は顔も上げないまま、いつになく真剣な声で言った。
「気持ち悪いだろうが我慢しろ。俺の家のことだけじゃねえ。初代騎士公の遺品は、この国の騎士すべての宝だ。国中のあらゆる騎士たちから感謝を受ける資格と義務が、てめえにはある。俺はその一人目だ」
「……わかったよ。どういたしましてって言っておく」
ツヴァイニッヒの心情に比べると、我ながら軽い言葉だけど、しょうがない。
「こうなったからには、この前の申し出の答えは、伏して撤回させてもらうぜ。まだてめえに俺と組む気があればだが」
ようやく頭を上げたツヴァイニッヒの顔には、いつも通りの野性的な笑みがあった。
「ああ。頼む。何かあったときは力を貸してほしい」
「決まりだ。俺とブレジード家すべての当主の名にかけて、力を尽くす」
がしっと握手を交わす。
「さて、さしあたって俺に頼みたいことと言えば、まあ修道院のことだろうな」
「どうにかできるか?」
「修道院に限らず、騎士院は町への影響力を徹底させようとしている。こいつは騎士院そのものの方針だから、変更させるのは難しい。だが、修道院だけに限定するならできねえことはねえ。確か、預かってる貴族のガキたちから、寄付金をふんだくるだけのケチな目的だったはずだ……」
ツヴァイニッヒがソファーの背もたれに寄りかかると、すぐ背後に控えていたセバスチャンが口を開いた。
「いけませんな。修道院の管轄は、〈円卓〉第五席のメイルシール様。迂闊に口出しすると、現状の二十三・四倍大変なことになりますぞ、坊ちゃん」
「ああ? セバス。てめえまさか、騎士の家に仕える男が、ケンカの準備ができてねえと泣き言言うつもりじゃねえだろうな」
「まさか。坊ちゃんでしょそれは。失礼本音が」
「ケッ、上等だ。そういうわけで、俺たちはもう準備できてる。あとはてめえの意思次第だコタロー。やるか? やらねえか?」
すでに異様な眼光を湛えた二人。
武闘派すぎるでしょこの人たち……。
そんなきな臭い選択いきなり迫られても困る。
「一応、言っておくとだ。てめえらには何一つしてもらうことはねえから、心配はするな」
「何か作戦があるのか?」
「イノシシの群じゃねえんだから、それくらいはある。実はな、以前、初代騎士公の霊廟の発掘調査をしたのが、そのメイルシール家なんだよ」
「結構な規模の調査でございましたが、成果は皆無でございました」
「それ自体は失態とは言えねえ。ヤツにしても上から命じられて指揮を執っただけだ。だがな……」
ツヴァイニッヒはいじめっ子の笑みを浮かべた。
「以前、〈円卓〉には一席目、四席目、六席目、に権力の壁があると言ったな。その区切りである四席目のホーエンデウツ家は、ここのところ評判が悪く、地位の下降を恐れてる。特にすぐ下にいる五席目のメイルシールは最大の脅威だ」
「ま、まさか……」
「ホーエンデウツを焚きつけて、メイルシールと対立させる。俺たちが行った霊廟の位置は、まさしくメイルシールが大規模調査をしたところだ。ヤツが重大な見落としをしたか、あるいは、何かを企んで秘匿したとそれとなく伝えれば、神経過敏なホーエンデウツは好機とばかりに動くだろうさ。そうなりゃ、修道院の話どころじゃねえ。蜂の巣を叩き割って、蟻の巣をほじくり返したみたいな状況になるぜ」
ケッケッケと笑う騎士に、俺は悪魔の姿を見た。
こいつ……地位を一つずつ上げていくより、国家転覆とかさせた方が早いんじゃないか?
そう思いつつ、俺は妙に納得もしていた。
このツヴァイニッヒというキャラクターは、アインリッヒよりも少し弱いって設定だけど、実際のところ、完全下位互換ってわけじゃない。
アインリッヒの兄貴が完璧超人なのに対して、こいつは超攻撃型の魔人なのだ。
力と速さに突出していて、回復役の負担が少ない戦闘開始3ターン目までは、アインリッヒの戦力を凌ぐとまでいわれている。火力偏重パーティーを作るなら、クレセドさんと並んで必ず選ばれるほどだ。
そんな性能が、性格にまで表れている。こいつは間違いなくゲーム通りの騎士だ。
「別に大博打に出る必要はないからな? 他の手だてだって、考えられないことはないんだ。安全性を十分に確保したなら、やってくれてもいいけど」
「ああ。なら、そうさせてもらう」
そう言いつつ、危険な空気が消えない顔を見ながら、俺はようやく、ツヴァイニッヒと手を組むということの意味を理解した。
こいつは騎士という立場と、騎士院という組織に縛られている。
たとえばハリオさんたち商人が、個人的な好意からやってくれるようなことも、ツヴァイニッヒにとっては一大事になる可能性がある。
頼るのも頼られるのも、一般人の俺が考えているよりずっと重いのだ。
だから、簡単には協力なんてしない。
こいつを頼るときは、俺も相応の覚悟をしないと失礼だろう。
ともあれ、ツヴァイニッヒの力は得られて、修道院の方もなんとかなりそうだ。
お世話になった恩は返せたかな。
『ジャイサガ』中盤は色々忙しい。
イベントをこなした回数だけでなく、宿屋に泊まった回数や戦闘を行った回数で発生する時限式のクエストも多い。
特に問題なのが〈人類大陸戦争〉。
今の俺は、こいつを潰すために動いていると言っていい。
まあでも、それは先の話だ。
しばらくは、町の様子を見ながら新天地での生活に慣れることにしよう……。
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