第40話 地下墓地ダンジョンへ……と思っていたのか? 安定志向!

「おう、待たせたなあ」


 チンピラウォークで町の入り口までやってきたツヴァイニッヒは、片手を挙げてごくごくわずかな遅参を詫びた。


《ちんぴら》《生活態度悪い》《不良》《怖い》《近くに来てほしくないな》《そのまま帰ってくれないかな》《帰れって言ってほしいな》《言ってくれないかな》


 石段に腰掛けていたキーニが、そそくさと俺の背後に隠れて心の声を送ってくる。


「あなた様。わたし、ああいう輩には見つかりたくないので、服の中に隠れさせていただきますね」


 パニシードもああいうのは嫌いなタイプのようだ。


 まあ、俺も昔は見るのもいやだったろうな。

 ただこっちの世界に来て、荒っぽいのにはだいぶ耐性がついてしまった。


「おはようございますであります」

「おう。ご苦労、新米騎士」

「おはようございます、グリフォンリース様」


 ツヴァイニッヒに続き、半歩後ろをついてきていたセバスチャンが、グリフォンリースに挨拶を返した。


「…………」


 そこで二人は、俺の後ろのキーニにも目を留める。


《やだ》《こっち見てる》《怖いよ》《助けて》《話しかけてこないで》《おじいさんの方はまだしも》《不良嫌い》


 キーニの思いが通じたわけではないだろうが、ツヴァイニッヒは眼中になしとばかりに無視を決め込み、セバスチャンは会釈一つを彼女に向けてから、俺に目線を合わせた。


「別に、ついてこなくてもよかったのに」


 俺が言うと、ツヴァイニッヒは苦笑を浮かべて、


「いきなりハイこれですと言われて、信用するような男に見えるか? 俺が。騎士院に報告するならなおさらだ。霊廟の場所や様子も、きっちりこの目で確かめねえと。偽物なんてことになったら出世どころか称号剥奪から投獄もありえるんだぜ。この件は」

「そういうもんか」


 昨日、初代騎士公の武具のありかを知っていると言ったとき、ツヴァイニッヒは与太話の延長のつもりで全然信じてくれなかった。だが、実物を持ってくると宣言すると、少し気になったのか、自分もついていくと言い出したのだ。


 俺はグリフォンリースと、ほっとくと一生ヒキコモリしてるキーニをつれて、町の外を散歩するくらいの気持ちだったんだけどな。


「こんなにホイホイ騎士院を抜け出していいのか?」

「仕事っつって出てきたから大丈夫だ。言ってなかったが、俺は街道の整備管理をする任務を負ってる。ちょっと外の様子を見てくるっつえば、いつでも外出可能なのさ」

「へえ、そうだったのか」


「へっへっへ。いいぜえ、この仕事はよ。町の外で人と会っても怪しまれないし、地元の猟師しか知らないような間道にも詳しくなる。たとえば、騎士院全員がてめえらを反逆罪か何かで捕らえに来たとしても、俺ならこの国から全員無事に逃がしてやる自信があるぜ」

「不吉なたとえに俺を出すなよ……」

「お父上の代までは清廉潔白な騎士の家だったのですが、五年前にお坊ちゃんが当主となられてからは、ブレジード家には四十二・一九五倍のきな臭いホコリがたまるようになりました」


 セバスチャンが口を挟むと、ツヴァイニッヒは、「ケッ、甘いだけだろ」と毒づいた。

 つか、ちょっと待ってくれ。五年前? こいつ、俺とそんなに歳違わないだろ?


「五年前って、そのときツヴァイニッヒ何歳だよ……」

「あ? えーと、十二歳だな。あと三年早かったらさすがにヤバかったぜ、ギャハハハ」


 こいつ、ランドセル背負ってる年齢からこんなこと続けてるのかよ!?

 アインリッヒとはまったく別の意味でバケモンだ。こんな設定、ゲームでは全然表に出てこなかった。


 俺が言葉を失っていると、隣にいたグリフォンリースがおずおずと手を挙げた。


「あの、ツヴァイニッヒ殿。ちょっと聞きたいことがあるのでありますが……」

「ああ、俺もちょうどてめえに話があったところだ。まあ、先に言え」

「はい。自分はこの国の騎士になったわけでありますが、その、一体何をすればいいのでありましょうか? 誰も何も説明してくれなくて……」

「そのことか。ちょうどいいぜ。てめえら下級騎士は、基本的に雑用だ。中級騎士か上級騎士から連絡が来る。給金はそのときにしか支払われねえから、どいつもこいつも貧乏だな。特にてめえは騎士院から嫌われてるし、腕も立つ。いじめてやろうにも、いざというときに腕力で負けてるってのは心もとねえから、誰もてめえに関わろうとはしねえだろうな」


 ツヴァイニッヒが臆面もなく述べた内容に、グリフォンリースの表情が曇った。


「えっ……では、何もすることがないのでありますか?」


 これも一種のグリフォンリースいじめか。


「そいつは、俺のする話を聞いてから判断しな。グリフォンリース、てめえは俺の下につけ。別に子飼いの手下でも何でもねえ。大勢いる街道整備担当者の一人だ」

「ツヴァイニッヒ殿の……?」

「大丈夫なのか? 俺たちは騎士院から睨まれてるんだろ?」


 俺の問いかけに彼はニヤリと笑うと、


「作法のなってねえ小娘騎士を教育してやるとか何とか言っときゃ筋は通る。とりあえず、いずれ誰かがやらなきゃいけねえことだから、変なヤツにとっ捕まるよりは、俺んとこに来た方が多少マシだ」

「コタロー殿……いいのでありましょうか?」

「うーん。まあ、いいんじゃないか。ツヴァイニッヒは〈円卓〉のメンバーだっていうし、騎士院のやり方についても詳しいだろ」

「決まりだな。それと、俺に騎士道の講釈は垂れるなよ。一切聞く耳持たねえから」

 

《自分から言う?》《不良》《嫌い》《グリフォンリース可哀想》


 ホント、自分からあけすけに言うヤツ。でもこいつなら、自分の失点に繋がるような無茶振りはしてこないような気がする。トカゲの尻尾切りくらいじゃ許されない、苛烈な場所で生きてるヤツだから。


「じゃあ、行くか」


 俺が切り出し、みんな揃ってぞろぞろとナイツガーデンの外壁門へと向かう。


「俺はちょっと門のところですることがあるけど……笑うなよ?」

「あ? どういうことだ?」


 俺の言葉に怪訝そうにするツヴァイニッヒ。

 彼はその理由をすぐに知ることになる。


「フッ! ホッハ! ソーリャ! てえい!」


「てめえ、コタロー……」


 ひたいに青筋を浮かべるツヴァイニッヒ。


「ハッ! ホッ! ハーイ! トベウリャ!」

「それを笑うなってのは無理だろうがよゲラゲラゲラ! 何やってんだよてめえギャハハハハ!」


 外壁の通用門を挟んで反復横跳びする俺に、ツヴァイニッヒの我慢はすぐに限界に達し、腹を抱えて笑い転げた。


「これは困りましたね。いや、まったく……クク……プププ」


 セバスチャンさんも背中を向けたまま肩を震わせている。

 検問を行っていた衛兵たちも、テーブルに突っ伏して痙攣していた。


 久しぶりに行う〈高速マップチェンジバグ〉。

 レベル帯のおかげで体力に余裕はできたものの、羞恥心に関しては相変わらず。

 むしろ動きが機敏になった分、周囲へのウケもアップしている気がする。


 クソッ! しかたねえんだよ、こうしないとバグらないんだから!


「うう……わ、笑わないでほしいであります。コタロー殿を笑わないで……」


 グリフォンリースだけが悲しげに擁護してくれるが、もう一人のパーティーメンバーは、


《…………》《やだ》《怖い》《真顔で何やってるの?》《…………》《はっ》《この人、こうやってわたしを変な世界につれていくつもりじゃ》《見ない方がいい》《もうこれ以上変な世界知りたくない》《何でもはOKしてない》《……ホントにしてない》


 二度も言わなくていいわ。

 すぐ終わるからちょっと我慢してろ。


 ナイツガーデンはフラグ関係の処理が大変なのか、『ジャイアント・サーガ』においても特にバグりやすいエリアだ。

 マップチェンジもたった十一往復でいい。


「はあ……終わり。じゃあ行こう」

「ゼエ、ゼエ……。ちょ、ちょっと待て。少し休ませろや……」

「ハア、ハア……。いや、寄る年波には勝てませんな。腹筋が……」


 何でブレジード家の方々が力尽きてるんですかねえ。


 準備を終えた俺は、町の外にある森を目指す。


 ナイツガーデンは山と森が多い土地だ。

 元々、未開の土地だったところに、初代騎士公リグ・ガーデンが国を作った。

 リグ・ガーデンってのは名前じゃなくて、古い庭、って意味のあだ名。本当の名前は伝わっていない。


「コタローよお、このあたりは前に調べ尽くされてんだぜ。今さら見に来て何になるってんだよ」


 後ろからついてきているツヴァイニッヒが愚痴っぽく言う。


「確かに、文献における騎士公の霊廟はこのあたりにあるとのことですが、その遺構すら見つかっていないのが実情です」


 セバスチャンさんがしてくれた補足は、昨日、ツヴァイニッヒが教えてくれた内容と重なる。

 そう、ここには〈白騎士の霊廟〉が、本来あるはずだった。

 だが、普通の人には見つけられない。


 制作途中で没になっちまったからな!


 ゲームのデータを解析すると、作りかけて放置されたマップなんかがよく見つかる。

 容量とか、納期とか、予算の都合で結局作られなかったマップだ。

〈白騎士の霊廟〉もそのうちの一つ。


 没マップなんて、普通はいくつかのオブジェクトが置かれてるくらいで、何もないものがほとんどなのだが、そこはバグの大家である『ジャイアント・サーガ』。

 何と、そこでしか手に入らない貴重なアイテムが放置されているのだ!


 行き方は簡単。マップチェンジバグを使うと、本来何もなく通過できるフィールドに、謎のダンジョンが現れる。

 果たして俺たちは、森の中で石造りの地下階段を発見した。


「…………え?」

「…………は?」


 さすがのツヴァイニッヒとセバスチャンも、目と口を大きく開いて硬直している。


「ま、まさか……お、おい、コタロー……」

「さあ入ろう」


 俺は少し得意げに言った。

 内部は地下一階までしかない、シンプルな作りだ。

 ひょっとすると、本当はもっと深いダンジョンなのかもしれないけど、ゲーム内に残っているのは一階分だけだった。


「コ、コタロー殿……なんだか、ひ、人がいるでありますが……」

「……目、合わせるなよ。下を向いてろ」


 さっきまでの上機嫌もすっかり冷めて、俺はグリフォンリースに忠告した。


 なぜなのかは不明だが……このダンジョンには町人が数人配置されている。

 話しかけても振り向くだけで一切反応のないNPCたちだが、ここがお墓であることを考えると、何とも言えず不気味。


《なんなの》《この人たち何も見てない》《怖いよ》《助けて》《帰ろう》《早く》《早く》

 

「頑張るんだ」


 キーニが俺の背中に埋まるくらいの勢いでしがみついてきている。


 何の害もないのは事実なのだ。

 ゲームでもそうだった。ただ意味不明にそこにいるだけだ。

 しかしキーニの言うとおり、意思と感情が一切抜け落ちた顔でふらふらと歩く人々は、腐ってないだけのゾンビそのもので、近くを通るだけで背筋が冷えた。


 無言で下を向いたまま、奥を目指す。


 すると、何の装飾もない行き止まりに、宝箱がぽつんと置いてあった。

 きっと、玄室とか色々配置する予定だったのだろうが、ゲームで作られているのはここまでだった。


「う……ウソだろ、おい」


 声を震わせるツヴァイニッヒと二人がかりで宝箱のフタを開ける。


 中身は〈白騎士の兜〉〈白騎士の剣〉。

 ナイツガーデンにとっては、世界中の金塊よりも重い至宝。


「……これは大変なことになりますな」


 神妙に言ったセバスチャンの顔は蒼白だったが、俺はもっと別のことを気にしていた。


 これ持ち出すときに、あの町人たち襲ってこないよな……?

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