第39話 ツヴァイニッヒさんのお宅へ! 安定志向!
その日の夜、適当に選んだ自分の部屋の天井を見上げながら、俺はベッドの上で昼間のことを思い出していた。
「ダメだな」
ツヴァイニッヒは、あっさりと俺の申し出を断った。
あまりにも即断だったため、グリフォンリースやマユラの眼差しがきつくなるが、ツヴァイニッヒは気にしたようもなく、
「ドラゴンスレイヤーと手を組むこと自体は、俺もやぶさかじゃねえ。その力と知名度は得がたいもんだ。だが、今のてめえらは騎士院で蛇蝎のごとく嫌われている存在だ。そいつと手を組んだとなれば、まわりから一気に狙われることになる」
「狙われる?」
「政治的に抹殺されるってことだ。もしてめえが俺以外の〈円卓〉メンバーと手を組んだら、俺はてめえを口実にしてそいつを潰す。俺がやるんだから、他にもできるヤツはいる。俺がその標的になるわけにはいかねえ」
粗暴でありながら知的な光を目に宿らせ、彼は言った。
「てめえを毒薬として蹴落としたい〈円卓〉メンバーに送り込む、って使い方はある。そのために手を組むこともできる。だがやらねえ。てめえにゃ毒役は無理だ。兄貴と同じにおいがする。弱い者いじめができねえヤツのにおいだ」
「……修道院にしているみたいにか?」
「それよ」
ツヴァイニッヒは、びっと俺に指を突きつけてきた。
「修道院のヤツらだとか、町の住人だとかを弱者だと思っちまうそのセンスが、兄貴と同じなんだ。そいつを持ってる限り、てめえは俺のやり方に必ず反発する。そういうヤツとは手を組めねえ。お互いに不利益なだけだ」
俺は虚を突かれていた。
「じゃあ、誰が弱者なんだ?」
「その日によって違う」
「……え?」
「その日によって違うが……まあ、騎士にゃ違いない。騎士の中で弱っているヤツを潰す。どんなに誠実でも優秀でも、弱っていたら蹴り落とす」
「ちょっと待ってくれ。騎士を追い落とす? 騎士院の騎士たちは為政者なんだろ? そっちの話じゃないのかよ」
戸惑いつつ聞いた。するとツヴァイニッヒは姿勢を低くし、下からねめつけるように俺を見た。
「コタロー、知っとけ。騎士院の騎士の最大の目的は、家を継続させ、繁栄させることだ。そのために政治をする。そのための政策を作る。民草なんてものは、その行為に付随する砂埃みたいなもんだ」
「なっ……!」
「俺も含めて全員がその認識を持っている。町に住む人間の笑顔がいくつ増えたかなんて、誰も気にしてねえ。一応、騎士たちは国のための政治をする。民のためになることも多いだろう。しかしその目的は、さっき言った家の地位向上のため、それだけだ。行為は同じでもその違いは大きい」
と、とんでもないことを聞いてしまった。
何をやってるんだ、この国の騎士たちは!?
「〈円卓〉メンバーの俺と手を結んで、院内の力を拝借しようって考えは悪くねえ。この国で成り上がりたかったら、まず有効な手だ。あるいは、修道院を何とかしようと思ったか? どうであれ、それを素直に申し出たことは評価するぜ」
「…………」
「別に、お付き合い全般をお断りするって話じゃねえよ。闘技場でのグリフォンリースの青臭え啖呵は小気味よかったし、ちょっと頼みたいこともできたしな。ただ、一蓮托生はできねえ。俺はてめえらに命を懸けないし、てめえらも俺に命を懸ける理由はねえはずだ。まあ、せいぜいがオトモダチってとこだろ」
ちょっと反省する。こいつは、俺が思っていた以上に、手を結ぶってことについて重く、ある意味で誠実に捉えてる。そして、それができない理由も、お互いの利益になるようにはっきり明言してる。
ツヴァイニッヒは見た目通りのチンピラじゃない。
そして浅薄でもない。
「わかった。それでいい。それで頼みたいことって?」
たずねると、ツヴァイニッヒは照れくさそうに鼻の頭をかいて、
「ああ、あのよ。さっきの三人のチビたちに、うちの掃除を頼めねえかな。もちろん謝礼は出すぜ。なんせ、うちには俺とセバスチャンしかいねえからな。まともな掃除なんてできねえんだよ」
「戦力が、一と、一千万二百分の一ですからな」
「ま、そういうこった。どうだ?」
セバスチャンの二度目の茶化しを華麗にスルーして、彼は言った。
「そういうことならマユラに話をしてくれ。あの三人を統括しているのは彼女なんだ」
「そうか。じゃ、そいつに聞こう」
…………。
……。
仕事の契約が終わると、ツヴァイニッヒとセバスチャンは帰っていった。
思った以上にがちゃがちゃした話になってしまった。
政治なんてやるつもりはない。
修道院のことはもちろんだけど、中盤のイベントフラグを管理するために、社会的地位の高い人間にツテを作っておきたかっただけだ。
が、すんなりとはいかなさそうだ。
少なくとも、俺がツヴァイニッヒに利する何かを提供しない限り、むこうも力になってくれることはないだろう。
何かできることないかな……。
そう思いながら、俺は眠りについた。
※
二日目。
俺たちは朝からミグたちを手伝って自宅の大掃除をした。
仕事量としては、三姉妹八割・残り俺たちって感じで、ほとんど役に立ってなかったけど。特にパニシードなんか、俺の部屋の窓辺を掃除したら後は何もしなかった。
そして三日目。
俺とマユラはミグたちをつれて、騎士院の騎士が多く住むという地区を訪れていた。
グリフォンリースとキーニはお留守番だ。
「ずいぶんと大きな屋敷が多いな。さっきまでとは通りの雰囲気がまるで違う」
マユラがつぶやく。
「ああ。ナイツガーデンは、騎士の階級と住まいが連動してるんだ。だいたい古くから続く家が上に来る傾向があるからな。ここらへんは、建国当時からある屋敷ばかりだから、でかいし、どれも古いんだよ」
「ご主人様、物知りですね!」
「よっ、ご主人様、歴史の先生!」
「えらい~」
生徒三人から賞賛されつつ、俺は『ジャイサガ』屈指の優良キャラたちを排出したブレジード家を目指す。
「ここだ」
地図を見なくても迷わず来られたのは、ゲーム内でも何度も通った道だからだ。
「うわ、大きいな~」
メグがのんびりと言った。
確かにでかい。俺たちの屋敷よりもよほど大きいだろう。
門構えも立派だが、正面門から母屋までの間に、噴水のある広場すら見えている。
「でもボロっちくない?」
「こら、マグ。そういうこと言わないの」
素直なマグを、一番大人なミグがたしなめた。
「でも実際ボロいですね。あなた様。こんな屋敷をもらわずに済んでよかったです」
パニシードまで悪口を言っている。
まあ、そうだな……。ツヴァイニッヒには悪いけど。
石畳には所々ひびが入り、噴水に使われている石にも欠けた部分が目立つ。
草木も頑張って手入れをした形跡があるが、周囲の屋敷に比べると、美容室帰りのイケメンと、数分前に起きたばっかの俺くらいの差はある。
俺は前もって言われていた通り、正面門脇にある小さな通用口から中に入り、噴水広場を抜けて母屋のドアノッカーを叩いた。
「おう、来たか。……あ? 何驚いてんだ?」
扉を開けてくれたツヴァイニッヒが言うとおり、俺たちはみんな目を丸くしていた。
だってこいつが、頭に三角巾を巻いて、手にハタキを持ってるんだもんよ。
「何だその格好?」
「何だって、掃除の格好に決まってんだろ」
「いや、ミグたちにそれを頼んだんだろ? キャンセルか?」
「そんなわけねえだろ。チビ三人じゃ手が足りねえから、俺とセバスもやってんだよ」
に、似合わない……。チンピラみたいな風貌なのに、騎士であり、為政者であり、おまけに自宅の掃除もするのか? 何者なんだよ、こいつは。
「とりあえず、片っ端から掃除してくれるか。無理せず、今日やれるところまででいいぜ」
「お任せください」
「頑張るよ!」
「やりがいありそう~」
「おう、頼んだ!」
三姉妹が仕事モードに入る。他方、俺とマユラは客間に通された。
ちょうど、セバスチャンが掃除を終えたらしく、雑巾を手にした彼と、部屋の入り口ですれ違う。
「坊ちゃんはコタロー様たちのお相手を。どうせいてもいなくても変わらないでしょ。失礼本音が」
「うるせーな。でもまあ、そうさせてもらうぜ」
言い方はアレだけど、これはきっと、人の前で主に掃除をさせない、セバスチャンなりの気配りなのだろう。うん、わからないけどきっとそう。
「適当に座れ」
と、まるで友達を家に上げたみたいな口調で言うツヴァイニッヒ。
俺は室内を見回しながら聞いた。
「本当にこの屋敷に二人しかいないのか?」
「ああ、いねえよ。セバス以外の使用人は、親父とお袋が死んだときに解雇した。払える給金がなくなっちまったからな」
何でもないことのように言ったけど、両親がもう他界してるとか結構重いな。まあ、そうでなければこの若さで当主になってるはずがないか。
「寂しいものだな……」
マユラが言うと、ツヴァイニッヒはゲラゲラ笑って、
「てめえらに比べればな。だが、騎士院の仕事をしてれば、寂しいなんて感じてる暇もねえよ。今、久しぶりにその言葉を思い出したぐれえだ。で、どうだ。そっちの屋敷の掃除は終わったのか?」
「ああ。ミグたちの宣言通り、昨日までに終わらせた」
「たまげたぜ……。こりゃ、騎士院の嫌がらせもまったく逆効果だったな」
愉快そうに言う。その態度から、俺は彼の本意をうかがった。
「ツヴァイニッヒは、騎士院のやり方に反対なのか?」
「俺が? 何で?」
「どっちかっていうと、俺たちの味方みたいな言い方だからさ」
「ギャハハハ! そんなわけねえよ。俺だって騎士院の人間だぜ。騎士院のやり方に大賛成っつうか、いつも実践してる。ただ、今回のことを目論んだヤツらの中に、俺がいなかったってだけの話。要するに、どうでもいいんだよ、てめえのことは」
あまりにも言葉を選ばない物言いに、マユラが眉間にしわを寄せた。
「いやな言い方をするな……。おまえは、本質的には悪人ではないのに、そんなふうに言うから修道院からも誤解されるのだぞ」
「おいおいマユラよお。勘違いすんじゃねえぜ。シスターたちは一切誤解なんかしてねえ。俺はヤツらの敵側だ。窮地に陥っても情けなんかかけねえし、むしろ積極的に潰しにいく。俺をいい人だなんて思ったら、そのときはヤツらも終わりだよ」
割り切った性格である。
そのときふと、俺は部屋の中で何かが蠢くのを目撃した。
あれは……。
「あっ、ウサギだ」
マユラが声を上げる。そう。黒と茶色を混ぜたような色のウサギがいる。
「ああ、そいつか。そいつはな……ただのウサギだ」
「そんなこと見りゃわかるわ!」
俺は思わず大声でツッコんでいた。
「ウサギはいいぜえ。犬猫と違って、こいつらはまったく人に寄りつかねえ!」
「それでペットにする意味あるのか……?」
ツヴァイニッヒは足下まで来たウサギをひょいと抱き上げる。
「こいつはペットじゃねえ。うちの留守番だ」
『留守番?』
俺とマユラは互いに同じ声と同じ顔を向け合った。
「騎士ってのはな、基本的には戦闘集団だ。集団戦闘で特に重要なのが、情報と連絡だ。だから、日常においても情報のやりとりは重視される」
特に可愛がるでもなく、持ち上げたウサギをリリースするツヴァイニッヒ。
ウサギは確かに何の愛嬌も示さず、部屋の隅に跳ねていった。
「だが、俺の家には俺とセバスチャンしかいねえ。俺が騎士院に勤めに出ればセバスもついてくるから、その間ここはもぬけの殻になる。もしその瞬間に屋敷に重要な報せがもたらされた場合、それを放置した俺の失態になるってわけだ」
「だから留守番としてウサギを置いてるってのか? いや、意味ないだろ、それ……」
「言い訳が立ちゃいいんだよ。他の騎士たちにも、いいから用はウサギに伝えろと言ってある。それで困ったことはねえ」
「それは単に、屋敷を訪ねてくる者がいないということではないのか?」
マユラが至極もっともなことを言った。いくら留守番役にしたって、実際にウサギに何かを伝えてくれるはずもない。
「いや、いなくはねえよ。たまにいる。俺をハメようとしてわざわざ屋敷に重要案件を届けたバカってのもいたが、その日のうちに完璧に処理した。そのバカの地位と一緒にな」
「ど、どうやってだよ。魔法か何かを使ってるのか?」
「いいや。ただのウサギだっつったろ。まあ、てめえらが知るようなことじゃねえぜ。ともかく騎士院〈円卓〉ともなると、留守番役ってのは結構重要なんだ。グリフォンリースを屋敷に置いてきたのは正解だったぜ。下級騎士とはいえ、家に誰もいねえってだけで難癖つけることができるんだからな」
うわ、結構面倒くさい。
「ツヴァイニッヒは騎士院の騎士なんだよな。それって、結構偉いんだよな?」
「まあな。騎士院の最高決定機関である〈円卓〉の序列では、七番目ってとこだ」
「つ、つまり、この国の騎士の中で七番目に偉いってことじゃ……」
俺が少し動揺すると、ツヴァイニッヒは椅子の手すりを掴んで少し身を乗り出し、
「人間ってのは、権力のステージが変わると、その中での順位がすべてになるもんなんだ。〈円卓〉は全部で十二席ある。力の区切りとしては、一席目、四席目、そして六席目に、大きな格の差があると思え。俺は七席目だから、〈円卓〉じゃ烏合の衆だ。頂点から七番目なんてことは、言われなきゃ思い出しもしねえよ」
「そういうもんなのか……」
「親父とお袋が急死して、俺の家は間違いなく斜陽だ。だが、どんなピンチだろうと、俺が当主である以上、家の格を落とすなんてことは絶対にさせねえ。今は貧乏くせえ生活だが、次の次の代までには、上を狙えるくらいまで立て直してみせるぜ」
「意外に謙虚だな。俺の代で頂点に立つとか言わないのか?」
「ギャハハハ! 言うだけならタダだが、さすがに恥ずかしいから言わねえよ。〈円卓〉までくると、序列ってのは一代や二代じゃ入れ替わらねえんだ。下がるならまだしもな。機が熟して熟して、腐り落ちるくらいになってようやく上がるれものと思え」
なるほど。ツヴァイニッヒはこの家を守りたいし、上の地位も目指したいのか。
「なあ、一発で一席分上がれるくらいの手柄とか、ないもんかな?」
ここまで短絡的な質問になると、もはやただの与太話としか受け取らないのか、ツヴァイニッヒも「あめえバカ」とか「ナメんなクソが」とか言わず、悪戯っぽい笑みを浮かべて思案する。
「そうだな……。〈円卓〉メンバーを暗殺した敵の首級を挙げるか、他がてんでダメな中、孤軍奮闘で他国の侵略を食い止めるか、あるいは、初代騎士公の武具を発見するとか、それくらいインパクトがねえとダメだろうな」
初代騎士公……?
「それって、白騎士の装備ってことか?」
「ああ。ガーデンナイツの始祖にして、伝説の騎士だ。噂じゃ、この町の近くに秘密の霊廟があって、そこに遺体と共に装備が安置されてるそうだが。以前、騎士院でも調査隊を編制して調べてみたが、見つからなかったって話だ」
「ツヴァイニッヒ。そいつを見つけたらさ。俺に手を貸してくれるか?」
「ああ……? てめえ、何を……」
なあ、ツヴァイニッヒ。
俺、それのありか知ってるよ。
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